もし上越市が誕生していなかったら
出典: Chakuwiki
1971年4月29日に直江津市・高田市が合併して誕生した上越市。もしこのときに合併協議が廃案になり、平成の大合併直前まで直江津市・高田市が存在していたらどうなっていたか。
- 市街地のストロー効果が起きず、直江津・高田両市の市街地は現在ほど廃れていない。
- 逆に春日山周辺は田園地帯のままだった。
- 直江津と高田の関係は三条vs燕の様相を呈していたかも。
- 合併協議が進捗した場合は、旧「上越市」の枠組みが2003年頃に完成。その後は現在と同じ枠組みになる。
- 但し市の名称が「上越市」になっていたかどうかは微妙。ひょっとしたら「頸城市」、または平仮名で「くびき市」になっているかも。
- 逆に合併がご破算になった場合、直江津と高田がそれぞれ独自で周辺町村を合併。
- 稲田周辺に直江津があったら、そうなってたかもね。
- 合併協議が進捗した場合は、旧「上越市」の枠組みが2003年頃に完成。その後は現在と同じ枠組みになる。
- 北陸新幹線の新駅設置を巡っても両市は対立。
- すったもんだの末に脇野田駅ではなく春日山駅が選ばれ、北陸方面へ向かうカーブが大変なことになる。
- 向こうでもネタになっているが、フル規格新幹線初のスイッチバック駅になっているかもしれない。
- 12両編成用のターンテーブルがあったら笑う。
- 向こうでもネタになっているが、フル規格新幹線初のスイッチバック駅になっているかもしれない。
- すったもんだの末に脇野田駅ではなく春日山駅が選ばれ、北陸方面へ向かうカーブが大変なことになる。
- 警察署は現在のように上越警察署だけではなく、合併せず高田警察署と直江津警察署の2署のまま。
- ほぼ唯一の観光資源、上杉謙信のお膝元の座を巡っても対立。
- 春日山城と林泉寺が分割統治されてたかも。
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カテゴリ: 歴史のif検討委員会 地方史 | 新潟
