もし玉の海正洋が現役中に急死しなかったら
出典: Chakuwiki
- 輪島や北の湖の横綱昇進はかなり後にずれ込んでいた。
- 男児が誕生し、後に若貴や曙のライバルとなっていた。
- 「中日・玉の海・エビフライ」が流行語になった。
- 1980年頃まで現役で、その後は片男波親方として協会の重要なポストに収まっている。
- 北の富士勝昭の現役引退がもう少し先だった。実際、玉の海亡き後、北の富士の成績は悪化している。
- 琴櫻や2代目若乃花(間垣親方)、三重ノ海(現理事長)の横綱昇進は無理だったにちがいない。いずれにしても、大相撲史はがらりと変わっていたであろう。
