もし阪急神戸線が阪神の妨害で開通しなかったら

出典: Chakuwiki

阪神急行電鉄の経緯を見れば分かるとおり、阪急神戸線の特許は阪神電気鉄道との駆け引きの結果、かなり際どい所で小林一三が収得した。そのため、もし灘循環電気軌道の免許が阪神側に下り、神戸線が開業しなかったら?

[編集] 全般

  1. どちみち、某アニメのストーリーは大きく変わっていた。
  2. 阪急は大鉄(現:南大阪線)並みの中規模会社であり、阪神を凌ぐ存在とはならなかった。
    • 場合によっては現実と逆に、阪神の手で阪急が買収され、阪神が巨大な企業連合となっていた。
  3. 社名は「阪神急行電鉄」とはならず、よって「阪急」の略称も生まれない。今日では「北摂電鉄」(北電)と呼ばれていた可能性も……

[編集] 大阪梅田から西宮に至る区間だけが開業した場合

灘循環電気軌道と無関係な区間が開業したとする場合

  1. 経路は当初の申請どおり、梅田から伊丹・門戸厄神を通って香櫨園までとなる。
  2. 門戸厄神駅は宝塚からの支線と連絡する重要駅となる。
  3. 香櫨園駅が阪神との接続駅として重要な意義を持つ。
  4. 六甲山麓の住宅開発は行われなかった。
  5. 阪神との競合は拠点間に限られ、経由地が大きく異なるため沿線では行われない。

[編集] 全線が開業しなかった場合

全線の計画が頓挫した場合

  1. 尼崎市西宮市芦屋市神戸市東部共に開発は沿岸地域が中心となり、山手地域はほとんど手が付けられず、JR西日本の躍進する近年まで山林か農村となる。
  2. 阪神本線は輸送量の増大により、全線の複々線化が大正期の計画通り実行されている。
  3. 西宮球場はおろか、阪急ブレーブスも存在しなかった。あったとしても宝塚ないし豊中に本拠地が置かれていた。
  4. 宝塚から南に延びる路線の名が「西宮線」になっていた。もちろん終点は今津ではなく西宮の香櫨園。
  5. 伊丹市は、旧伊丹町を除いて近年まで農村地帯。昭和の大合併で宝塚市に飲み込まれていた。

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