もし10.8決戦で中日ドラゴンズが勝っていたら

出典: Chakuwiki

1994年10月8日、セントラルリーグ公式戦の最後の試合(130試合目)である中日×巨人戦が行われ、どちらかが勝てばセリーグ優勝という状況の中、巨人が6-3で中日を破り36回目の優勝を飾りました。そして日本シリーズでは西武ライオンズを4勝2敗で下し17回目の日本一を達成しました。しかし、もし中日が勝っていたら・・・。

  1. 中日が5回目(当時)の優勝を果たす。
    • 名古屋での反応は言わずもがな、だが全国的(特に関東)には・・・。
  2. 翌年、当時の高木守道監督のシーズン中の休養(事実上の辞任)が起こることはなかった。
    • 第二次星野政権樹立は1,2年程度ずれ込んでいた。ナゴヤドームで高木監督が見られたかも。
      • むしろ、第二次星野政権さえもありえなかったかもしれない。
    • 当時巨人の4番だった落合が、中日の監督に就任していたか、根拠は無いがなんか怪しい。
    • その後の球団史が今とは違うことが予想される。
    • 守道氏の生涯で唯一の退場劇もなかったはず。
  3. 中日は日本シリーズに負けてしまい、40年ぶりの日本一は達成できなかった。
    • 西武の森監督は続投し、石毛・工藤は西武に残留している。
    • 巨人に勝って喜んで、それに満足して日本シリーズで燃え尽きるのは中日の悪しき伝統。
  4. 長嶋茂雄はこの年限りで巨人監督を辞任(前半独走しながら後半追いつかれた責任を取り、この試合で負けたら辞任する方針だったため。)。
    • なお落合も長嶋監督の胴上げを公約していたため、長嶋監督退任なら同時に引退の予定だった。
    • 参考
    • よって藤田元司が翌年から監督復帰することになる。
    • 原辰徳の監督就任が早まっていた。
  5. ナゴヤ球場最後の優勝だった。
    • 優勝していればナゴヤ球場最後の日本シリーズだった。
    • いや、1996年も土壇場で追いつきペナントを制し、本当にナゴヤ球場で最後の日本シリーズとなった。
      • となると「メイクミラクル」という言葉は2008年に使われていた。流行語大賞にもならなかった。そして「メイクレジェンド」は生まれてない。
  6. 1994年は西武ライオンズ球場(当時)開催分の第3・4・5戦がテレビ朝日の独占だったため、ネットしたメーテレにおいて50%超えと言う驚異的な視聴率を記録していた。

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