ボスニア・ヘルツェゴビナ

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  1. ボスニア紛争。
    • エスニッククレンジング(´;ω;`)
  2. サラエボ事件。最近はサライェヴォ事件と書くのが極東島国のトレンド。
    • サライエボとも。
    • 高校世界史の教科書では以前からサライェヴォ。
    • 壺に閉じ込められた巨大な魔物が150年ぶりに復活したりとかはしない。
  3. セルビアとモンテネグロの境界線がわかっても、ボスニアとヘルツェゴビナの境界線が分かる人は極々少ない。
    • ボスニアとヘルツェゴビナというのは地理的名称で、政治的にはスルプスカ共和国とボスニア・ヘルツェゴビナ連邦の連合国家。
  4. スルプスカ共和国が面積の半分を占めており、スルプスカが無くなるととても小さく見える。
    • スルプスカ共和国の形もたいがいだけどね…
    • ヤボながら言っておくと、スルプスカとはセルビア語/人の意味の自称。
    • 対するボスニア・ヘルツェゴビナ連邦は、西方教会(カトリック大部分+一部プロテスタント)のクロアチア系と、イスラム教徒(ムスリム人)からなる。宗教の違いで民族が区別されているが、言語はスルプスカのセルビア系を含めて殆ど同じである。
    • ボスニアにイスラム教徒が多いのは、かつてのカトリック圏と正教圏の境界に位置し、異端の存在を含め両者の締め付けが弱かったため、オスマン帝国に併合された際にイスラムへの改宗が進んだからであろう。オスマン帝国の宰相でボスニア出身というのも多く、セルボクロアチア語がトルコ語に次ぐ第2公用語として広く通用したくらいである。
      • 脱線するが、現在のトルコを「建国」したケマル・アタチュルクは南スラブの血が濃かったらしい。
  5. サッカー日本代表監督イビツァ・オシムの出身地。
    • オシム自身はクロアチア国籍。
      • そして旧ユーゴ時代のサラエボの副市長。
  6. 首都はザクレヴ。
    • コスモバルクの父ちゃんもザクレヴ。
    • サラエボじゃなかったっけ?ザクレヴはクロアチアの首都だったような。
    • ザクレブじゃなくてザグレブ。
    • サラエボはオーストリアの皇太子が殺されて第一次世界大戦の原因となったところ。
    • その名もフランツ・フェルディナンド。
      • Take me out♪
  7. ユーゴスラビアから独立。
  8. 海岸線はことごとくクロアチア領で、ほんのお情け程度に自国領の海岸線がある。
  9. ユーゴスラビア独立後、セルビア人によるイスラム教徒への大虐殺が起こった。
  10. 実はオリンピック開催経験国。1984年のサラエボ冬季オリンピック。
    • その会場のスタジアムは今は内戦の犠牲者の集団墓地に・・・

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