一宮市

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一 宮
扶桑 犬山
大口

小牧
稲沢
北名
古屋
豊山 春日井
  • 尾張一宮駅についてはこちらを参照。

一宮市の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 138をこよなく愛する
    JR線から望む138タワー
    • 1(イチ)3(ミ)8(ヤ)
    • 東横イン尾張一宮駅前の店舗番号もまさかの138。
    • あともう2度くらい東にずれていたら、東経138度上にあった。
      • だいたい富士山の辺りだな。だから一宮にも富士があるのか。
  2. 実はいちみや市なのかいちのみや市なのか誰も知らない
    • (正確には"いちのみや市"のようだ)
    • 三宮西宮のように「ノ」を抜いているからそう思ってしまう。でも慣れるとすぐ読める。
    • 似たようなことは下関市尾道市にもいえる。
      • 「しもせき(ぜき)」「おみち」・・・。言わないな、イチミヤでも語呂は悪くないし。
  3. 138タワーは全国税金の無駄遣いランキング第1位である
    • 正式には「ツインアーチ138」。高さは当然138m。
    • これは名古屋市内の高層ビルから見られる
    • 建てた意味は不明
      • 建てたら電波障害が発生したらしい。税金使って市民に迷惑かけてどーすんだ。
        • おかげで工事費を払わずにケーブルテレビになりました。ありがとう。神田さん。
        • それツインアーチではなく東海北陸道高架の電波障害。その証拠に道路公団がケーブルテレビ代を払ってくれてる。地デジ化にともない電波障害がなくなるのでまもなく有料化予定。(2012年5月現在)
    • 大阪梅田新シティの梅田スカイビル展望台に 「梅田スカイビルの仲間たち(全国のタワー建造物紹介)」と言うコーナーがあるのだが、「ツインアーチ138」の所在地がなぜか「岐阜県」として紹介されていた。税金使って、シンボルにした意味なし!
      • そもそも市外局番からして(0586)で岐阜系だな。
      • 昔テレビドラマで犬山へ観光旅行へ行った話から「岐阜県犬山市」とはっきり言っていたのを思い出した。
      • 「岐阜タンメン」の運営会社の本社はこの一宮市内にある。
        • この立地ゆえ、起死回生の一手として岐阜に店を出せた。それが現在の岐阜タンメンにつながっている。
    • これを建てたときの市長はハコモノ大好き神○真○現知事である。
    • 前日の天気を色つきの布で表現するも、全く市民に浸透していないので「謎を解け!まさかのミステリー」で取り上げられるハメに…
      • 通天閣では電飾で「翌日の」天気を示してますが、「前日の」ですか?
        • 翌日の天気予報です。快晴=白 晴れ=橙・桃 曇り=緑・黄 雨=紫・青
        • 現在はタワー上部のカラー電飾で予報している。日暮れから夜9時過ぎまで。
    • 何気に京都タワー(131m)よりも高い。
      • なぜ一宮と京都?ひょっとして、つボイノリオ繋がり?
    • そして何を張り合っているのかは知らないが、東隣のスイトピアとか言うのもついでに。
  4. 自称・日本一の桃源郷。
  5. 5月~9月の昼間は,地元民より観光客の方が多くなる。
  6. 首都圏在住の旅行の添乗員が,再開を果たすための場所。
  7. 合併したのに選挙区は別々
    • 2005年4月に合併したものの旧尾西市は9区、旧一宮市と旧木曽川町は10区だった。
    • 元々はどちらも中選挙区時代の旧愛知3区同士。
  8. ア歯科がある。
    ア歯科
    • ダジャレでつけたのかもしれないが謎。情報求む。
    • タウンページの歯科の項目で一番最初になるからだったと思う
    • 国道22号線にあった。
    • 全国にいる別のア歯科の歯科医だと思うが、テレビのバラエティーに「歯が痛くて顔がはれ上がっていても、電話予約したとき、「ア歯科ですか?」と患者が言いやすいから。」と答えていた。
      • 香川にもあった。
  9. 一宮ICのラブホが昔まぶしかった。
  10. 市の中心部にある真清田神社(尾張国の一之宮として2600有余年の歴史を持つ神社)はかなりの歴史があるが、市民はただの公園と思っている。
    真清田神社
    • 住所は一宮市真清田1丁目2番1号で1番地ではない。。。
    • 十年位前までその近くに大きな呉服屋があったようだが、潰れてしまった。
    • 2600年前ならまだ初代神武天皇が生きていそうな大昔、神話の時代。
  11. 本町商店街は雨よけのための通りだと思っている。
    • 真清田神社寄りのアーケードは老朽化がひどい。
  12. 大学が一つもないので恥ずかしい。
    • 中核市・特例市で大学がないのはここだけ?
    • 一宮女子短期大学が2008年「修文大学」として四年制大学になります。
    • 市では無いがここよりも人口が多い東京都足立区も、東京芸大千住キャンバスが出来る2006年迄四大が全く無かったので。
  13. 日本3大七夕祭りを名乗りたいが、無理っぽい。
    • 仙台、平塚は決定、安城や高岡と3番手を争っている。
      • 愛知県統計年鑑によると、安城よりは人出は多いらしい。
  14. 割と降雪がある。
    • 伊吹おろしで冬は名古屋に比べると多く積雪する。
    • 冬に北の方角にケッタをこぐ場合、強風で余り進まない
  15. 駅前の道路が放射状に伸びている為、初めて車で走ると確実に目的地に着かない。
  16. 出身地を聞かれると、恐る恐る「尾張一宮」と答えてみる。
    • 大概は通じるが、「一宮市」と答える勇気はまだない。
    • ちなみに「愛知県」と答えると「名古屋?」と返答されて、ちょっと説明が難しくなるので、「尾張の一宮」と答えることをお勧めする。ほぼ100%通じますよ。(東京在住)
    • 「餃子の街」宇都宮と間違われるのはまだしも「焼きそばの町」富士宮と間違われるのはなんか納得がいかない。
    • 堂々と「尾張一宮」と答えるべし。間違っても「新一宮」とか「名鉄一宮」と答えてはいけない。
    • それにしても近年まで宝飯郡一宮町があったのを始め、各地に一宮という地名は点在するが市に関しては全国でもここだけなのに尾張を強調しているのは何故だろう?
  17. 商売の話で「一宮カラスに気をつけろ」と言われている。正確な意味は・・・。
    • 「買うなら、たたけ」「売るなら、まけろ」
  18. カレーハウスCoCo壱番屋。
    • そういやこの会社も従業員の入れ替わりが激しい。一宮カラスの典型か?
  19. 七夕祭はシンナー中毒と珍走団のたまり場だった。
    • が、バブル崩壊と住民の高齢化に伴い、そのような連中すら来なくなった。
  20. 毎週月曜日になると商店街は麻痺状態になる
  21. タマコシが潰れた。でも社長が近江の盟主・平和堂の社長とマブダチらしく、救ってくれた。
    • それまでは「お互いの出店エリアに進出しない」という紳士協定があったとか。どんどん大阪に向かってる平和堂の勢いを考えると、嘘ではないかと思われ。
      • いえいえ。それに加えどちらもニチリウグループの創設時からの参加メンバーなので。平和堂が他県進出検討時の昭和後期は、愛知はユニーの寡占状態だったのでそうでは無かった関西進出ではないの?市場としてはもうひとつの北陸には進出していますし。
    • 乗客が多すぎて路面電車が廃止になったことがある。
      • 名鉄一宮駅と旧尾西市起を結ぶ路線。
      • 今のバス路線だけど、名鉄一宮を南北に走る尾西線の角度を丁度真っ二つにする印象。
    • 十年位前に結構大きな呉服屋が潰れたみたいだけど。市内に何箇所も売り場があって真清田神社近くにでっかいビルがあったんだけど…。(潰れた直後に一ノ宮を訪れた関東人)
      • 現在は葬儀会社の建物。真清田神社を意識した外観で、屋根は緑青色。(地元民)
        • 呉服屋のさらに前(20年ほど前)はダイエー系列のディスカウント店「トポス」だった
        • 更にその前はダイエー一宮店。アーケード街を挟み南側にタマコシ本店・名鉄丸栄百貨店がありました。
  22. 尾張一宮駅には、名古屋-金沢・和倉温泉・富山間の特急「しらさぎ」(米原経由)や名古屋-高山・飛騨古川・富山間を結ぶ高山本線の特急「ワイドビューひだ」などが停車する。
    • 大阪-名古屋-中津川-塩尻-松本-長野間の特急「ワイドビューしなの9・16号」は、尾張一宮駅には停車しない。
      • いわゆる「大阪しなの」は2016年春で見納めになりました。
    • 勝手に要約すると名古屋~岐阜間は快速と特急が同じ停車駅だということ。
      • 「ひだ」は停車しない便のほうが多い気がする。
  23. 騒音おばさん(フライパンおばさん)がいる。
    • どうも、そのおばさんは隣のアパートからの悪臭が出る・生活音がうるさいと言いがかりにし、防音壁をフライパンで叩いたり、早朝からラジオを大音量で流すという悪質ないやがらせをしているそうだ。(今は不明、周辺住民の方、情報求む)
    • NNNの取材で「うちは犠牲になることはない、みんなにおすそわけ」などと言い放った。
  24. ご当地ソングがある。しかし、若い人はほとんど知らない。
  25. なぜか、一宮市観光協会が存在する。
  26. 一宮商工会議所がモーニングについてホームページを立ち上げたのは、モーニングは一宮が発祥の地だとしたいからか?
    • モーニングがすごいことは有名。
  27. JRの駅は「尾張一宮」だし、名鉄の駅は殆ど「一宮」って言ってるけど、正しくは「名鉄一宮」、千葉県にも一宮町があるが、その町の駅は「上総一ノ宮」。一体「一宮」駅はどこにあるのだろうか・・・?
    • 香川県に存在。各国の「一宮」があるだけにたいていは旧国名をつけている。
      • 高知県には土佐一宮駅があるがここは「とさいっく」と読む。
  28. つボイノリオの出身地。上の方にもあるとおりここのご当地ソングを作った。
    • もっと古いご当地ソングが、七夕祭りの期間中会場で流されているが、誰が歌っているのだろう?(橋幸夫だった記憶。情報求む!)
      • 舟木一夫の「ロックンロールふるさと」。昭和30年代のヒット曲の裏面だったと思う。彼の出身である萩原町の思い出を詞に乗せている。橋幸夫と西郷輝彦の三人が「初代御三家」と呼ばれた。
    • その名も「一宮の夜」!
    • しかし、つボイは名古屋市昭和区八事生まれと言う噂あり。
      • 居住地はそこで間違いないはずだが…。
      • 育ちは市内の今伊勢町ですね。生まれは同じく奥町のようです。
    • ちなみにつボイの父親は岐阜県にある郡上八幡宮の近くの出身。
    • つボイ氏によれば、今伊勢小学校→今伊勢中学校→ヤリ高→愛知大学、がエリートコース。
    • 1980年1月に結婚したつボイの妻は名古屋のスクールメイツ出身(スクールメイツ名古屋校は1970年開校)とされているが、つボイよりも年上で1946年生まれと言う未確認情報もあって真偽不明。
    • つボイの長男(1980年12月14日生まれ)は愛知高校出身(公式ブログ判明)で、現在東京で「坪井ユウサク」名義でバンド活動中。
    • つボイの次男(1986年生まれ)は東邦高校出身。
  29. 市内の小中学校では体育館のことを「屋内運動場」、略して「屋運(おくうん)」と呼ぶ。
    • アリーナと呼んでいる学校もある。
    • 小学校で、2時間目と3時間目の間の20分程度の休み時間のことは「中間放課」という。名古屋では「大放課」、全国的には「~分休み」などと呼ばれるもの。
    • 4時間目と5時間目の間の休み時間は「昼放課(ひるほうか)」という。
  30. 数年前、市長が「一宮市を名古屋の副都心にしたい」と言ったら市議会で笑われた。
    • 名古屋から意外と離れてるもんな。
  31. 名古屋地裁・一宮支部で国境をも跨いだ連続保険金殺人事件が裁かれたことがあった。
  32. 一宮高校の略称は「ヤリ高」。初めて聞いたとき反応に困る。
    • 旧制一宮中学の「ヤリ中」以来の伝統ある呼称。地元民はその呼称の由来について考えようとしたこともない。「ヤリ高」はあくまで「ヤリ高」。
    • 「一」が槍の形にみえるので、「ヤリ高」なんだと先輩から聞いた。
  33. ソニー一宮が女子ホッケーで有名。
    • 北部の巨大なソニー倉庫は潰れてコナミに買い取られた。
  34. 一宮人は岐阜市にもわりとよく足を運ぶ。
    • 岐阜市やその近郊は名古屋に比べ車で移動しながらの買い物がし易い。岐阜市の商圏に一宮も含まれる。岐阜市から見て一宮市は、大垣市各務原市と同じ距離。
    • 一宮~名古屋は近いようで微妙に離れている。市の大部分は名古屋よりも岐阜寄りになる。
  35. 同じ尾張でも名古屋と北西部の一宮では言葉使いが微妙に異なる。語尾に関しては名古屋は「~だ」、一宮は「~だ」+「~や」が混じる。市西部や尾西など県境に近いところは「~や」が更に目立つようになり、高齢者のなかには「~よぅ」を使用する人も見られる。アクセントは名古屋と基本は変わらないが一宮の方が抑揚が強い印象。
    • NHK-FMの電波は、名古屋局82.5MHzよりも岐阜局83.6MHzの方が感度が良い。(丹陽・千秋など市の南・東部は微妙)
    • 天気予報(特に積雪量や最高最低気温)は名古屋よりも岐阜の方が当たっている事が多い。
  36. 北方町は、電話番号の市外局番・市内局番や郵便番号が旧木曽川町と共通であったため、木曽川町に妙な親近感がある。
    • ちなみに各務原市川島町も一宮系の番号だったことがある。(郵便番号は現在は完全に岐阜県系)
  37. SEAMOといいAKB北原といいメディアで出身を名古屋と称する一宮出身の芸能人が多い。
    • それどころか岐阜や三重の人ですら東京へ行けば名古屋を自称する傾向。埼玉千葉の人が旅行先で「東京から」と言う感じで。
    • 位置的に名古屋⇒東京で岐阜⇒横浜ならば、一宮は川崎市のイメージ。
  38. 昭和の大合併時に吸収した町村の自治体名が未だに残っている。一宮市浅井町○○みたいな感じ。
    • 出張所もある。地理に詳しくない人に平成大合併の痕と言えば信じてもらえそう。
    • おかげで合併を辿っていた時に物凄く楽だった。
      • 昭和の大合併でこの手の地名となった地名は兵庫県にかなり多い。東海3県だと熊野市もこの手の地名で昭和の大合併前の自治体名がわかりやすい。
  39. 尾張国の一の宮・真清田神社へつづく商店街や境内ではコスプレした人が良くいる。写真撮影なんかしている。神社の近くにコスプレのグッズ売ったり着替えできたりする店があったが、ここ有名なのか?何かの聖地なのか?
    • そういえば、誰に感想を聞いてもハッキリものを言わせない「イチゴミルク茶漬け」の店は今でも健在?
  40. 東海(特に愛知)人を何かと「何だこれ?」な気分にさせるCMでお馴染みのエレベーター製造会社の本社がある。
  41. 佐川急便の中京中継センターがある。
  42. 愛知尾張では珍しく日本維新の会の力が強い。因みに立憲の候補もリベラルっぽいが維新的な候補で割りかし有名。
    • その立憲候補はある界隈では有名らしい。
  43. 愛知県北部の中心地域だが、小牧市だったり春日井市だったり稲沢市だったり牌の奪い合いが続いていた。(現在は沈静化)
  44. 2005年4月1日に尾西市・葉栗郡木曽川町の1市1町を編入合併したが、他の「一宮」と紛らわしいのでこの時に「尾張一宮市」にしてもよかったのでは?
    • 一宮は千葉県にもあるのでJR東海道本線の駅名は「尾張一宮」となっている。
      • 千葉県側はJR外房線の駅名が「上総一ノ宮」だが、「上総」を「かずさ」と読める他県人はかなり少数。(尾張も読めない人がいるが。)
  45. 名古屋から車で30分程度で余裕のアクセスが可能。(国道22号経由でも。)
  46. ここを地盤とする某政党の候補者(愛知10区)は○○劇場などいろんな意味で有名になっている議員となっている。

丹陽の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 丹羽郡の南に由来。
  2. 名神高速と国道22号の一宮ICがある。
  3. ラブホ街が目立つ。
  4. 一宮ICは小牧IC豊中ICと似ている。

千秋の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 意外にも名鉄犬山線も通るが、犬山線の駅はない。豊中市を通る阪急神戸線吹田市を通る阪急京都線のような感じ。
  2. 現在地区にコミュニティバスが走り遥か西の一宮総合駅へと向かうが、岩倉市との境目付近の停留所から犬山線石仏駅が最寄り。

北方の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 岐阜県本巣郡北方町ではありません。
  2. 岐阜県と隣接するが羽島郡笠松町。

尾西の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 起工業(元尾西市)は山内一弘(プロ野球)と鳥山明(漫画家)の出身校
  2. 同じ県内に「西尾市」があって、紛らわしかった。
    • 名鉄には現在も「尾西線」と「西尾線」の双方が存在する。
    • 初めて地図を見て首を傾げてしまった。
    • 隣の三重県には「ひさいし(久居市)」があったが津市と合併してなくなってしまった。
  3. 正しい読み方を知るまで「おにし」と読んでいた。
  4. 市の中心となる駅がどこかわからない。
    • 昔は「起(おこし)」駅が中心だったが、路線が廃止されてしまったので、そのことを知っているのは相当な年寄りである。
  5. 地域密着型の喫茶店が多い。
    • 毛織物が盛んであった尾西地域の商談場所として喫茶店を使用していた名残で、モーニングサービス喫茶の発祥地とも言われている。
      • モーニングサービスを売りにした喫茶店は市街地は勿論、水田の広がる郊外でも探すのに苦労しない。
    • 井戸端会議や自治会合やコンペなど打ち合わせ場所の一部にもなっている感がある。
    • マンガ喫茶(略:まん喫)も市内に多く、休日は駐車場がほぼ満車なところが結構ある(モーニング喫茶も同じ)。
  6. 平成大合併で一宮市に編入後、住所に一宮市の次に「尾西」の文字が無いので、土地勘のない人には合併前から一宮市と思われる。
    • 旧尾西市域は、元々昭和大合併以前の一宮の中心部と同じ「中島郡」なので、場合によっては市制当初から一宮市と思われても不思議ではない。
    • 国府宮神社のある稲沢市も、かつては旧尾西や旧一宮の中心部(真清田神社・一宮駅)と同じ中島郡。
    • 羽島市民からすると逆に奥町や北方町が平成合併前から一宮市ってのが地味に違和感ある。合併で境目がすっきりした。
  7. 現在の小選挙区割で旧尾西市は、海部・津島や稲沢と同じ愛知9区で海部元総理のお膝元である。ちなみに旧一宮市と旧木曽川町は愛知10区である。
  8. 旧尾西市は、日本の大動脈である東海道新幹線に近いルートを通る「美濃路」のほぼ中央部に位置し、宿場町の起(おこし)がある。
    • 因みに東海道宮宿と中山道垂井宿を結ぶ美濃路七宿は、1.大垣、2.墨俣、3.起、4.萩原、5.稲葉、6.清須、7.名古屋。
    • 美濃路沿いにある尾西歴史民俗資料館(旧起宿脇本陣・旧林家住宅)は、起宿の景観を構成する主要な要素である。
    • 歴史ある「美濃路」旧宿場町を有する地域(大垣、一宮西部、稲沢、清須、名古屋中区)について、歴史的・文化的な繋がりや親近感を感じる。
    • 「美濃路」は、1600年の関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康が凱旋路として通行したことや将軍上洛ルートとして使用していたことから「吉例街道」とも呼ばれたとのこと。歴史的に見ても大動脈が旧尾西市の中央部を横断していたことになる。
    • 厳密には美濃路(県道尾西清洲線)沿いではないが、美濃路起宿からほど近い富田(県道尾西津島線)沿いに、織田信長と斎藤道三が会見した正徳寺跡がある。
      • 県道136号は尾西清洲線から一宮清須線へ改称された。
  9. 日本の大動脈である名神高速道路や東海道新幹線で西から走ってきて、初めて「尾張・名古屋に入った」と実感する場所である。
    • 名神高速道路の「愛知県」看板は金の鯱鉾の絵柄であるため、名古屋エリアに入ったことをより強く感じる。
  10. 旧尾西市は、愛知県西部(尾張西三河北部・知多西三河南部)の中では、冬期の「伊吹降ろし」の最も風上寄り(西側)に当たるため、風下側(東側)の旧一宮や名古屋よりも積雪が多い。
    • 岐阜県側へ行けば更に雪が多くスタッドレスは必需品となるため、岐阜県側(岐阜・西濃地域)へ通勤通学する車が多い分、冬のスタッドレス装着率は高いと思われる。
  11. スギちゃん(杉山英二)の出身地だぜ。
    • 水野裕子の出身地でもある。
  12. 名鉄尾西線沿線が旧尾西市の市名の由来。今でいう茨城県常総市のような

木曽川の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 木曽川沿いだからと言って長野にまで及ぶ名前を僭称していた。
    • そんなこというと富士川町(→現:富士市)とか……
      • 富士川町は静岡県にあったのが消えた後、山梨県に再出現した。
    • 土地の西側を流れる大きな河川 木曽川にちなんで「木曽川」と呼ばれている地域である。
  2. コンタクトレンズ発祥の地。
  3. 山内一豊の生誕地だと言い張っているが定かではない。
  4. 黒田城というお城が建ってた。
    • 跡地は黒田小学校。
    • 元城下町だけあって大地主が多い。
  5. ちっちゃい町なのに駅が4つもある。
    • 内訳は…
      • JR:東海道本線「木曽川駅」
      • 名鉄:名鉄名古屋本線「新木曽川駅」
      • 名鉄:名鉄名古屋本線「黒田駅」
      • 名鉄尾西線:「玉ノ井駅」
    • 尾西とは真逆だな。
  6. 木曽川町の名前の由来は、木曽川ではなく、木曽川駅である(それ以前の名は黒田町)。
    • 終戦頃まで尾西線が玉ノ井の先、「里小牧駅」「木曽川橋駅」と木曽川橋のたもとまで繋がっていた。当時はその路線も通称「木曽川線」と呼んでおり、そのころにはあの一帯を「木曽川」という呼び名が定着していたと思われる。ちなみに終戦前に休止、のちに廃止となった玉ノ井以北の線路跡は現在道となっているが、地元ではこれを「電車道(でんしゃみち)」と呼んでいる。
    • 因みに黒田駅の隣に「木曽川堤駅」があるが、ここは木曽川町域ではなく、もと北方村(1955年に一宮市編入)。「木曽川橋駅」も北方村にあった。
  7. ふだんは意識せず暮らしているが、実は家系をたどると織田信長の家臣やその親類の子孫に当たるような人々も相当な数 住んでいる。「前田」「柴田」「丹羽」「加藤」「長谷川」等々、織田信長とか豊臣秀吉とかを扱った歴史小説に登場するような苗字の人の割合が比較的多く、地元の小学校の教室では、そうした苗字の生徒の数が生徒数全体の数割に達する。
    • 住民たち自身はそうした分布状態がごく当たり前だと思っていて、特に意識もしていないが、他府県に引っ越しすることなどをきっかけとして、その特殊事情を初めて自覚する人もいる。
    • 「三輪」という苗字の人の割合も、日本の他の地域に比べて特に多い。
      • 稲沢のほうが多いと思うが…
  8. 昭和初期~昭和30年代くらいまで、尾張地域全般と同様に、毛織物産業が主要産業で、木曽川町のいたるところに大小さまざまな織物工場があり、一年中「ガッチャン、ガッチャン、ガッチャン…」と、一定リズムで刻む自動織機の音がしていた。
    • 従業員数が数千名にも及ぶ大工場もあったが、一方で夫婦や親子だけで営む小さな家族経営の工場も非常に多く存在していて、概して言えば製品の売り上げは好調で、地域の経済・景気はかなり良かった。
    • 昭和30年代ころからだろうか、アジアの国々が安い労働賃金・製品価格で織物産業の領域で勢力を伸ばしてくると、それとともに尾張地区の織物産業は次第に撤退してゆき、木曽川も同様の展開となった。
      • かつて繁栄を誇った巨大な毛織物工場の数々は、毛織物産業の衰退とともに、ボーリング場になったり、他業種の工場に改装されたり、スーパーマーケットになったり、ショッピングモールになったりした。