国道421号

出典: Chakuwiki

  1. 経由地:近江八幡市東近江市~(旧永源寺町)~(問題区間)~(旧大安町)~いなべ市~東員町~桑名市
  2. 石榑峠区間(特に三重県側)を語らずして、この国道は語れない。それほどインパクトの強い酷道としてマニアの間では有名。
    • かの有名なコンクリートブロックに多く存在する擦った傷跡がこの区間の過酷さを物語る。
      • このコンクリートブロックが設置されたのは20年ほど前だったと思う
      • 当時、三重県側のブロック設置箇所の脇に山小屋があって、自転車小僧が野宿していた。
    • それに、峠に入る前(平野部)から2トン車以上通行不可と書かれている看板の多さからもその過酷さが伝わる。
    • 三重県側の場合、荒れたコンクリート舗装・極端な隘路・離合可能箇所の少なさに加え、エンジンブレーキや性能のいいエンジンが要るような急坂がその過酷さを増す。離合する際には相当の覚悟が必要。
      • ある意味、国道308号の暗峠と共通点がたくさんある。
      • 急坂での離合は、上りの場合でも下りの場合でも操作が相当難しい上に離合可能箇所がほとんどないので、長くバックしなければならないケースが多い。
        • ゆえに、素人には絶対オススメできない。
      • 一方、滋賀県側はというと三重県側と比べたらさほど過酷な道ではない。
        • 気候面では滋賀県側のほうが厳しいです。冬季通行止めになるのも、滋賀県側の半端じゃない積雪量が原因じゃないでしょうか。
        • ガードレールが埋もれてどこが崖っぷちだかわからないほど積もります。
        • ちなみに三重県側は断続的に積雪があるものの、最終区間の麓までは比較的簡単にいけてしまいます。
        • ただし最終区間は山肌を流れる水がそのまま路面で凍結してピッカピカのアイスバーンになり、大変危険です。
    • ウィキペディアの該当記事にも注意を促す記事を書かれているほど、過酷な道である。
    • でも、ここに迷い込む人が多いためか結構交通量も多い。
      • なぜか、渋滞も発生することもよくありうる。2トン車以上通行不可という文字からあまりにも狭い道であることが推測できんのかな…
      • 鈴鹿越えの裏道と信じてくる人が多い。滋賀県側から上ってきて、ブロックでびびる人は多いが、三重県側から上って来た人は結構普通に突っ込んでいく。
      • カーナビとネットが普及する以前は閑散とした道でしたよ。
    • もし探検するのであれば、(冬季閉鎖区間なので)春か秋かつコンパクトカーで。コンパクトカーじゃないといきなりコンクリートブロックでする危険性があるし、急坂でのエアコンつけながら離合などのほぼ無理。
  3. 石榑峠の三重県側は、その峠の上のNTTドコモの電波中継塔のための道というイメージが強い。
    • 一見元NTT専用道路を無理やり国道にしたように見えるが、意外にも八風街道という別名を持つ伝統ある街道なのね。
      • 本来八風街道は別の道で、ちゃんと八風峠という峠を越えるんですよ。
      • 滋賀県側からR421を上ると、途中に八風キャンプ場にいく脇道があるんだけど、そちらが本来の八風街道。
      • 三重県側はR306田光から三重県側の八風キャンプ場までが旧八風街道に相当するんじゃないかなと思われ。
      • 思われ・・と書いたのは、過去に立て看板を頼りに途中まで車で行ってみましたが、とんがり屋根のロッジのようなものがあるところで道を見失って峠までは到達できなかったためです。
  4. 石榑峠区間以外はいたってまとも。
    • 最近は聞かなくなったけど、昔は雨が降るとすぐに路肩が決壊して、長期間通行止めになることが多かった。
  5. あと、紅葉で有名な永源寺へのアクセスロードとしても有名。
    • 滋賀県側に「名水 京の水」という湧水があり、シーズン中は迷惑路上駐車が酷い。
    • 三重県側は宇賀渓での森林浴&川遊びがおすすめ。
  6. 石榑峠区間には大きなトンネルを中心とした壮大なバイパス道路の計画があるので、あの過酷な区間があぼーんする日もそう遠くはない…だろう
    • バイパス開通と同時に、今の石榑峠区間が閉鎖される予定のため。
      • NTTの中継局へのアクセスルートとして存続すると思われ。それが本来の用途だし。
    • もし開通すると、中京圏と滋賀とのつながりがますます深くなる…かも
  7. 実はあまり知る人は居ませんが、三重県道140号線と国道306号線の間の区間も以前は集落の間をクネクネとすり抜ける一種の酷道でした。
    • 国道306号線との接続は、現在の石榑北交差点ではなく、石榑南交差点でした。

ツールボックス