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[編集] 地域別の噂
[編集] 多摩地方の噂
- 通称三多摩
- 北多摩、南多摩、奥多摩と3つに分けたり多摩東部、多摩西部と分けたり。広いので、調布、三鷹、武蔵野の住民とかは奥多摩はおろか立川ぐらいからすでに記憶があいまいになる。それほど広い。
- 旧東多摩には中野区、杉並区、世田谷区の一部が含まれる。従ってこの3区の住民が多摩を馬鹿にしているのは非常に滑稽である。
- 明治の郡制で東多摩郡と南豊島郡が合併したことで、新宿の一部や渋谷も「豊多摩郡」となった。
- 北多摩と西多摩の境は拝島駅ホーム上であり、北多摩・西多摩・南多摩が集まる地点もここが最寄り駅である。
- 東京23区のこと(特に東京駅より向こう)はあまり知らない。そのくせ東京都民としての自負はやたらとある。
- でも23区の住民には東京都扱いされていない現実。
- 足立や江戸川区民には言われたくないわな。
- 明治生まれの東京出身者はいまだに「都下」という。
- 本来の都心は皇居がある千代田区。その周辺区を都下と言う。まあそのころの多摩地区は神奈川県だったんだけど。
- 10代でも都内、都下の使い分けしてますよ。
- 俺は23区、多摩(地区)と使い分ける(by 10代の人間)
- 都下というのは東京都全域をさす言葉が正しい意味。多摩地区だけを表すのは誤用。
- 南北の移動は非常に不便。よって中央線沿線と京王沿線(日野・八王子除く)、西武沿線と京王沿線の交流はあまり無い。
- 例外は武蔵野線でつながっている府中と国分寺ぐらい。
- 八王子~昭島~福生~瑞穂には八高線と国道16号が走るので、八高線の本数以外は便利であり、南北交流も活発。
- 中央線を境に格差がある。
- 1893年まで神奈川県だった。東京府になった理由は、多摩川の水源の問題と自由民権派の押さえ込みの為。
- 江戸時代は韮山代官所(静岡県伊豆の国市)の管轄だった。自由民権派は、もともとは新撰組のスポンサーだったりもする。明治政府からは目の敵にされていた模様。
- その前は現在の東京都全域が武蔵県だった。一時的に神奈川県、品川県、大宮県などに分離して、再合併したという仕組み。もちろん旧東多摩(中野・杉並)も旧神奈川県。
- ラーメンチェーン日高屋の多い地区
- 三多摩県の県庁所在地をめぐる競争は、現在は立川が一歩リード。
- 中央線沿線の住民は、東京駅より東側は「千葉」、西武線の北側は「埼玉」、京王線より南は「神奈川」だと思っている。
- 西武線の北側というより西武線沿線はすでにさいたまな気が・・・ついでに神奈川は多摩川より南だと思ってるよ。
- 調布飛行場の脇に味の素スタジアムがある。
- 目の前には東京オリンピックの競歩折り返し地点もある。
- 猫の町。
- 南側は、東京都側の町田市が周辺から神奈川県扱いされて、神奈川県側の相模原市が県民から多摩地区の端っこ扱いされるという不思議な地区。
- 多摩、稲城から電車で最短距離で新宿へ行くには、どうしてもいったん神奈川県に入ることになる。
- 都内なのに都営地下鉄が走っていない。バスも青梅地区以外は走っていない。
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