東ドイツ
出典: Chakuwiki
- 正式名称「ドイツ民主共和国」
- 旧西ドイツ側の蔑称は「(占領)地域」="Zone"
- 日本の北海道出身女性アイドルユニット、ゾーンではない。
- 2chに出てくる珍妙な犬でもない。
- 「ツォーネ」と発音する。
- 1990年に西ドイツに吸収合併された。
- 勝者であるはずの西ドイツ人が事あるごとに併合を後悔している。
- 労働力の質が低いわ、工業力は無いわ、ネオナチは沸くわ…
- 世界初の人口減少国(戦争・食糧不足などによる一時的な人口の減少を除く)
- たいていの物は西ドイツよりも安いが工業製品は別・・・
- 秘密警察シュタージが常に民衆を監視するために、家族どうしでも反体制的な言動があった場合には密告するよう教育がなされていた。
- ロシアのプーチン大統領は、KGB時代シュタージの幹部として東ドイツに派遣されていたことがある。
- 亡国後、殆どの事物は嘲笑・否定されていったが、ユニークな信号機だけは見事に復活を遂げ、旧西でも人気。
- 統一直後にはあまりなかった、旧東の事物をなつかしむ風潮が数年前から強まっている。ノスタルジーと東(オスト)をもじって"Ostalgie"(オスタルギー)という。「紙製」トラバントの車体が今も使用されている(エンジンはVWのものに差し替え)のもその現れか?
- 国歌は西より、かなりかっこいいかつ評判がいい。
- そしてその国歌は某エロゲーのエロシーンに使われている。
- しかもそれが使われ続けて18年以上経つ、いやはや恐ろしい話だ
- サッカーのミヒャエル・バラックは東ドイツ出身
- 標準ドイツ語の原型となるオーバーザクセン方言が主に使用されていたが、旧西では「東独語」として憎悪・揶揄の標的になっていた。
- 近縁のはずのベルリン(但し、西)方言の話者からも叩かれていた。
- これも今は「オスタルギー」で評価が変わってる可能性も…
- 東ドイツの名車「トラバント」は紙で出来ていた。
- 製造当初は樹脂製でかなり先進的な素材を使っていた。紙製と揶揄されるのは東ドイツ経済が崩壊寸前だった1980年代のもの。原料不足で樹脂に紙パルプを混ぜ込んでいた。
- が、同年デビューした日本の名車と言えばスバル360。屋根はやっぱり樹脂製だったが、トーションバー・サスペンション、横置きリアエンジンレイアウトなど、もっと先進的な技術を採用していた。マイナー・チェンジで分離給油(2ストロークエンジンでオイルと燃料を別々のタンクに給油し、自動的に混合してくれる。トラバントは最後まで燃料とオイルをタンク内に混ぜる混合給油。オイルの混合に偏りが出て焼きつく恐れが高い)も採用。しかも当時日本はまだ工業後進国。やっぱりこの時点で東側の民生技術はダメダメだった。
- トラバントのヘッドライド光軸のハイ/ロー切り替えは一旦車外に出てヘッドライドの横のノブを操作して行う。
- 未だに旧東ドイツ圏ではトラバントが走っている。
- 日本の、10年落ちぐらいの軽自動車を提供したら喜ばれるんじゃないだろうか? 排気量そんなに違わないし。
- 排ガス対策でフォルクスワーゲンのエンジンに換装している車体が多数。
- ちなみに1980年代でICを生産できる技術のあった東欧国はソ連と東ドイツだけ。
- 同じ頃、西ドイツのLSI企業はインテルと大ゲンカ中。
- もともとアメリカで創業したAMDがドレスデンに工場と研究所を持ってきたため。
- それはもう少し後の話。この頃Intelは、他社に生産力を依存するセカンドソースを、打ち切り始めたため、世界中で訴訟沙汰になっていた。その1つが、日本のNECと起こした「泥沼のV30訴訟」。
- トラバントの復活が現在計画されている。
- 単なる復刻版ではなく、ビートルやFiat500同様の現代ライズされたトラバント。
- 設計は玩具メーカー。現在、生産するメーカーを探しているとのこと。
- 東ドイツの宗教政策に関して。
- 教会内部での自由は確保されていた。今のところ教会内部のスパイスキャンダルは報告無し。
- 教会へ通うことは妨害されることも。高校生などが日曜の少年グループ(日本でいうボーイスカウト)に参加せずに教会に通うと、大学入学資格試験の受験資格が剥奪される。
- 牧師養成も完全に地下活動だった。当時の養成機関は語学学校としてのみ認可されていた。
- 従って壁の崩壊後、東側の神学者は英雄扱いされた。
- 崩壊後の方が教会に行く人は減った。崩壊前は集団行動の意識があったのでは?
- オリンピックではソ連と並んで驚異的な強さを誇った。
- ドーピングのおかげである。しかも国家ぐるみで行われていたので質が悪かった。
- 東ドイツ軍のヘルメットは何とも言えない独特さがあった。
- あれは、ヒトラーが戦前に不採用決定したものだそうです。