東ローマ帝国

出典: Chakuwiki

  1. 東西に分裂したローマ帝国のうち、東側は15世紀までしぶとく残った。
    • 分裂直後の経済力は東が西を圧倒していて、東で一年働くと西での六年分の稼ぎが得られた。そのため、多くの人が東へと向かった。
  2. 首都はコンスタンティノポリス(旧称はビザンティウム)。今のイスタンブール
    • そのためビザンツ帝国ともよばれる。
      • ビザンティン帝国とも呼ばれる。ビザンツ・ビザンティンは分野で使われる言葉が違う。
  3. 公用語はギリシア語。また、ギリシア文字の小文字(αとかβとか)が生まれたのもこの時代になってから。
    • それまではすべて大文字で記していた。
    • はじめの200年ぐらいはラテン語も通用していたが、住民のほとんどがギリシア語しか話せずしだいにラテン語は使われなくなった。
  4. 政権は常に不安定。皇帝のうち1/3はロクな死に方をしていない。
  5. 帝都の城門を閉め忘れて滅んだ。
    • お~スマン!
  6. 国としてはは自称してない。『ローマ帝国 ギリシア語:Βασιλεία των Ρωμαίων (Basileia tōn Rōmaiōn)』

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