NEC
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[編集] NECのうわさ
- 日本電気。略してニチデン。
- 秋葉原界隈の古参のPCマニアでさえ、すでにその単語が通じることは少ないかと。
- 「みいそ」と言われてわかるマニアは既に絶滅危惧種。NTTの「みかか」に比べてもマイナーな存在になってしまった。
- わかる人≒パソ通BBSを知ってる者。ちなみに語源は「みかか」と同じく、日本語キーボード配列のかなキーより。
- NECと言えばPC-9801、と考える者は未だに多いと思う。
- Windows95発売以前のPC市場は、98にあらずんばPCにあらず、であった。
- 黒船(日本語対応DOS/V機)到来により、10年と経たずに1メーカーに成り下がった。
- その盛者必衰の物語は、DTMミュージシャンが初音ミクに語り継がせる。
- そしてH98や98NXなどの亡霊が取り付き、耳を引っぱる。
- そのときの傷を隠すため、初音ミクは耳当てをしている。
- DOS/V機が日本で発売された頃のNECの社長だか会長だかのコメント「あんなフロッピードライブが1台しかないパソコンが売れるはずがない」
- まだまだハードディスクが高価だった頃のお話。
- 当時はFEPの辞書をフロッピーに入れていたから、まったくの妄言というわけでもない。
- スパコンを安く売ったらアメリカに怒られた。
- アメリカが高くて低性能なスパコンをつくってただけなのに、八つ当たりされたという説が有力。
- VALUESTARに水冷を搭載したり、割と独自路線を進んでいるようだがイマイチぱっとしない。
- 独自路線が行き過ぎると、独自規格や相性問題が出てくるのでほどほどにしてほしい。特に98NXは黒歴史。
- 一般的なDOS/Vマシンと違いAドライブがHDDであったため、知らない者が使うと混乱に陥った。
- HDDのことは固定ディスクと呼んでいた。
- 98NXのHDDはCだろう。
- 『NEC=パソコン』というイメージが定着したせいで、一般家電(テレビ・冷蔵庫など)の存在が分からない状態に。
- 部屋の蛍光灯がNEC製だった
- TV-454/455は名機
- 放送局のマスター装置を製造し、多くの放送局に納入しているものの、放送事故が多いという噂も。
- 大阪・毎日放送の設立に参加しており、現在も大株主として名を連ねる。
- こいつの最大の使命は、ここから望める富士山の眺望を阻害することで商敵の士気を挫くことである。
- StarOfficeというサービスがあるが某オフィスソフトと勘違いされる。
- 今ではケータイのNEC。
[編集] 98ユーザーの噂
- PC-8801時代からの移行組世代(N88-BASICをそれなりに使った)、MS-DOS全盛世代、Windows黎明期世代に区分できる。
- おおむね86~V30組、286~386組、486~Pentium組ってとこか。
- DOS5~Win3.1時代がこの世の春だったのかなぁ。
- Win3.0ですでに画面の狭さとメモリの高価さが露呈していた。
- EPSON-PC(98互換機)ユーザーとは犬猿の仲(?)。
- 互換性に劣るH98ユーザーに反エプソン原理主義過激派が多かった。その頭目とおぼしきキモヲタ店員が当時の祖父地図の最上階に屯していた。
- 一太郎、Lotus1-2-3などの単体オフィスソフトがデファクトスタンダードだった。
- 後ろのCバススロットを使い切ってしまうユーザー続出(これはエプソンも同様)。
- サウンドボード、SCSIボード、GAボード、増設メモリ……あ、埋まった。
- つーか今で言うと、メモリを増設するためにPCIを使ってるようなもんだもんな。
- 上位クラスのサウンドボードを積んで、より多数の和音を使うのがステータスだった。
- スピークボードとか。86音源にプラスすると別次元の音場になった。
- ローランドのMIDIとか積んでたりすると神扱い。
- 逆に言うとそれだけCバスは使いやすかった。本体開ける必要なかったし。
- 当時高校生だった自分は、高価な機械を壊してはならぬと、フタを空けるだけでもビクついていた。
- そしたら想像以上にえらく頑丈で、20年近く経っても動くというのは大したものだ。さすがはバブル以前の工業用機械(≠家庭用PC)。
- 現在でも、工場の機器制御用や役所の古いアプリケーションの動作用PCとして現役。
- そのためか、AT互換機(DOS/V)上で動くハード/ソフトのエミュレーターも多数出ている。
- CUIは扱えて当たり前で、AUTOEXEC.BATやCONFIG.SYSは一から書ける者も少なくない。
- AUTOEXEC.BATやCONFIG.SYSの編集で、2進数の計算やメモリのチューンを覚えた者も少なくない。
- 自分の作業環境や日本語FEP環境をきっちり揃えることができた達成感は、他に換え難かった。
- 98最終期のOS(MS-DOS6.2だったかな?)でメモリの自動計算ツールが出たが、「邪道だ」「計算が甘い」とあえて使わない猛者もいた。
- 車のATに対するMT派の意見のようなもの。
- その頃までDOSをカリカリ使ってた人からみれば、DOS5で構築した環境をわざわざ壊す理由がない。
- アッパーメモリにジグゾーパズルのように常駐物を格納し、メインメモリを600KB以上開けると喝采された。
- でも結構無理があるので、500~550くらいが普通だった。
- RAMディスクをメインメモリに300KBくらいとって圧縮解凍のテンポラリドライブにすると、その超高速ぶりに大興奮。当時のFDDやHDDに比べてだけど。
- このあたりの情熱の原動力には、かなりの割合で「エロ」が含まれている(当時はエロゲも98全盛)。
- ALICE-DOS等ゲームメーカー独自のDOSもあった。
- この頃のゲームには、98の動作クロックを変えるとか、専用の音源ドライバが付属とか、妙に気合の入ったものがあった。
- マシンの挙動を変えるアプリなんて、今じゃウイルス扱いされそうだ。感染力がないけど。
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