さいたま市/岩槻区

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ご当地の噂 - 世界アジア日本関東埼玉さいたま市岩槻区

さいたま市・岩槻区
西

大宮

浦和

岩槻区の噂[編集]

  1. 小学校ではパン工場、成人してからは岩槻インター近くのラブホテルでお世話になる。
    • そのパン工場では、かの東大生にも好評の「頭脳パン」を生産している。
      • ちなみに俺の学校で行ったのは南平野の給食パン工場だった。
    • ラブホの客を当て込んだウェアハウス岩槻店は馬鹿でかい。
    • まさに「人形の町、恋の街岩槻」
      • 蛭子さんはローカル路線バス乗り継ぎの旅にて「岩槻は人形とラブホの街」と表現してました。
        • テロップにはラブホは表示されなかった。
    • かつて、人形に家紋を入れることで有名だった「秀月」は経営再建のために中心街に構えていた店を捨ててしまった。その跡地は、ご多分に漏れずラブホになるとか…。
    • たしか国道沿いにあった葬儀屋の跡地にもラブホが…
    • ウェアハウス岩槻店の入り口の装飾はお化け屋敷風、トイレはジャングル...一見の価値あり!
  2. 雛人形で有名。
    • 岩槻駅に飾ってる雛人形は台湾製(はなわ)
  3. さいたま市編入前は市役所に電話をかけると「はい『人形の街』岩槻です」と応えられたものだが,さいたま市に編入してから無くなってしまった。
  4. 地下鉄乗り入れ先を春日部市に狙われている。
    • 完全に岩槻で決定なので春日部に乗り入れることはまず無いと思うが・・・
  5. 安室奈美恵と結婚していたtrfのSAMは、数少ない出身地の有名人。
    • 有名人では他に、増岡弘(マスオさん、ジャムおじさん)、辻よしなり(ワールドプロレスリング)、豊田順子(日テレアナウンサー)、伊藤さおり(北陽)など。
    • 明珍宏和(若手声楽家)も。
      • 佐藤健も忘れないで。
        • V6の森田剛もいるよ。
          • ℃-uteの矢島舞美も。
  6. しかしさいたま市と合併するとは、思い切ったよなあ。
    • 春日部がよほどいやだったのだろう
    • 埼玉高速鉄道の岩槻延伸を期待して合併したと言われている。それと東武野田線の影響で大宮志向の住民が多いのかも?
    • かつては南埼玉郡だったにもかかわらず、かつては北足立郡だったさいたま市と合併したため、ここだけジグソーパズルのピースのような境界になった。
    • しかし税務署や法務局は相変わらず春日部管轄なのでちょっとした混乱に。
    • 図書館とかはさいたま市ブロックに変わったし、春日部市のイベントに岩槻の団体が呼ばれにくくなったし、コミセンの施設利用料も高くなったし、そういうところに関係のある人間からしてみれば微妙と言わざるを得ない。そんな私も中央区に引っ越した時は手続きが楽だったから一応恩恵は受けてるけど。
  7. 本当は埼玉県庁がおかれるはずだった(埼玉の名称は岩槻が埼玉郡にあったから)しかし、使える建物が無いという理由で浦和に。
  8. 「小木人形」「矢作人形」という人形店がある。しかし、おぎやはぎとは全く関係無い。
    • 「小木」は「こぼく」と読む。
    • 「矢作」は「やさく」と読む。
  9. 目白大学がある。
    • 目白学園は東京都新宿区が発祥だが、大学は岩槻のキャンパスが先(新宿にも大学の新宿キャンパスができて、あっちには一応大学院もある)。
    • 当初岩槻キャンパスには人文学部があったが、2005年頃からの学部再編で人文学部はなくなり、代わりに医療・看護関係の学部が並ぶことになった。その後、目白大学クリニックという病院もできた。
      • 人文系の学部や教授陣の多くは新宿キャンパス(同じく2005年に新設された外国語学部など)に順次移籍した(学生はそのまま)が、新宿キャンパスとはカラーの異なる岩槻キャンパスの一部卒業生らからは不満の声もある。気軽に遊びに行けなくなったじゃまいか。新宿の方が近い人もいるとは思うけど。
  10. 中心地の県道2号には何故か大宮アルディージャの旗が下がっている。
  11. その昔、残土に埋もれた建物があった。
    • そしてそれは今も埋もれっぱなしのまま放置である。(2009年12月現在)
      • さらにその向かいには幼稚園があるというなんともカオスな光景である。
      • 例の精神病院のことか...最終的には心霊スポットになってた。
  12. 城北中学校には不良が大量にいる。(竹刀にボンタン)
    • 今は大量には居ない。(by卒業生)
      • 今も学年ごとに2人はいたりする(by在校生)
    • 岩槻の中学は基本荒れている
      • 岩槻では学校校舎の窓ガラスを割るような事件が多発。いまだに昭和●●年という錯覚を起す。
  13. サティの前が自転車駐車禁止になったのは困る。
    • ホント困る。東岩槻南口の駐輪場も狭くてたまに収まりきらないし、そのうち規制されるんだろうか。(by今は東岩槻利用者)
      • そんなサティも2010年3月で閉店に。
      • 東岩槻南口の駐輪場(ロータリーの西側の方)はとうとう有料化してしまったorz
  14. 東北本線宇都宮線)敷設時には、川口から岩槻・幸手を経由して栗橋へ抜ける案もあったと言う。
    • 結局、先に開業していた上野・前橋間鉄道(現:高崎線など)より最小距離で分岐して敷設できる大宮経由となった。もし岩槻経由ならもう少し栄えた可能性はある。東北本線が出来るまで大宮駅はなかったし。
    • 川口分岐じゃなくて浦和分岐じゃなかった?小学生のときに見た郷土史の本に書いてあった憶えがある。
    • 真の理由は、ここ岩槻が鉄道を敷設するのに反対運動をおこしたため。岩槻が反対せず、東北本線と高崎線が浦和で分岐していれば、岩槻にも幹線が通っていることになり、岩槻は20万都市になり、大宮は上尾や蓮田と大して変わらなかったかも(大宮が今のように県都の浦和を見下せるような町並みではなかっただろう)。
      • これの可能性が極めて高い。
        • まさにそれです。あーあ。忌避してなければもっと発展したのにな。どーしてやっちゃったんだろ。
          • それが意味するのは「忌避という話自体が後付けの捏造」ということなのだが?分かった上でわざと書いているのかもしれないけど・・・
            • どのみち城の堀が多くて当時の鉄道建設には向かなかったかと。
    • そして、埼玉県は県都の浦和市がダントツの首位都市となり、さいたま市は誕生せず、岩槻が吸収合併されることもなかったかも…。
    • 熊谷分岐案もありました。wikiの利根川橋梁(東北本線)ページを見てね。
  15. その昔岩槻(市)は歴史と伝統のある立派な城下町だったのだが。
    • 何故川越並に旧街並みが残らなかったんだろう?残念だ。
    • 最近旧16号の歩道に和風の街灯を建てたり、岩槻駅を和風にする改修工事を始めたりと地味にがんばってる。
  16. バンビのジイサンが死んでバンビが閉店したのはちょっと悲しい。
  17. 諏訪団地辺りの治安がかなり悪い気がする。
  18. 本当は岩槻に県庁が来るはずだったらしいが、当時の住民が反対運動を起こしてこなかったとか。
    • 上の記事くらい読みなさい。
    • 反対運動の有無は別として、一応城下町の岩槻に適当な建物が無く、中山道でも最小規模の宿場である浦和に適当な建物があったという通説も多少無理がある気がする。
  19. 旧岩槻区役所裏の裏小路公園あたりがリトル京都化しとる。
  20. 県内では有名な開智学園がある。
  21. 時の鐘と岩槻藩遷喬館がある。
    • というかそれしかない。岩槻城も残ってないし。
  22. 実は大正初期から昭和初期にかけて武州鉄道という鉄道が通っていた。岩槻小付近で野田線が高架になっているのは、その武州鉄道をまたぐため。目白大付近の航空写真を見ると、まっすぐ南北に走る線路の跡が分かる。
  23. 区役所がワッツの建物に移転したのは、ワッツの建物を取り壊したくないかららしい。
  24. 知名度が低い為、普段「岩槻に住んでる」と言うと「どこそこ?」と言われて悲しい思いをする岩槻区民だが、3月初めは唯一テレビで岩槻の名前が出る。ただし、特産品がカブってる県内の市が出ることも多い。
  25. 電話市内局番は700番台で春日部市等と同じ。
  26. 東北自動車道国道16号が交わるから物流基地が置かれやすい。日本郵便新岩槻郵便局や西濃運輸岩槻支店がある。
  27. 郵便番号が340番台ではなく339なのもさいたま市になった理由に近い。
  28. 城址公園には東武のかつての英雄「DRC]が静態保存されている。
    • 塗装塗り替えや管理人が常駐しているため状態は良い模様。
  29. 岩槻区にあるLa petit princeというバーのマスターはココリコ遠藤章造にそっくりである。
  30. 岩槻市時代、関西人から高槻市と間違えられやすかった。



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