新型コロナウイルス関連の投稿は当分の間厳禁といたします。詳しくはこちらをご覧ください。

ざんねんな航空会社事典

提供: chakuwiki
移動先: 案内検索

ざんねんなモノ事典 > ざんねんな交通事典 > ざんねんな航空事典 > 航空会社

ざんねんなモノ事典 > ざんねんな企業事典 > 航空会社


※編集される方は「Chakuwiki:お願い/ざんねんなモノ事典」をご覧ください。

日本[編集]

日本航空
  1. かつての親方日の丸企業であることに胡坐をかいてしまった結果、2010年に破産。
    • 経営再建の間にライバルの全日本空輸に抜かれてしまった。
  2. やはりここも特に123便の事故のせいでその後複数の死者が出る事故を起こしていないにもかかわらず事故を起こす印象が強くなってしまっている。
    • 乗員の飲酒(アルコールの検知)と解雇が多発し、ますます悪印象が強くなっている感がある。
    • 70年代にもかなり死亡事故を起こしているのでそのイメージもありそう。
      • 82年の羽田沖逆噴射事故も。
全日本空輸
  1. サービス性と安全性は世界でもトップクラスなのだが、機材選定でハズレくじばかりを引いてしまう。
    • L-1011のエンジン2機停止からの一時運航停止、DHC-8-400Qの胴体着陸、A320neoシリーズの納入遅れ、787の納入遅れとエンジン欠陥で大量欠航など言いだしたらきりがない。
  2. スカイマークの救済の代償としてエアバス社からかつて運航していたボーイング747シリーズよりも巨大なA380を3機導入されるハメになる。
  3. アジア最大のLCCエアアジアと手を組んで合弁会社エアアジアジャパンを設立するものの考えの違いですぐに提携解消して、エアアジアジャパンを引き取りバニラエアとなる。
スカイマーク
  1. 日本の中堅航空会社なのだが当時の代表がエアバスが営業に来たときにA380に惚れて、日本航空と全日空を差し置いてA380を導入することを決めたがこれが原因で一度経営破綻してしまう。
    • A380を導入する前にA330を導入して実際に運航したものの僅か1年足らずで退役して海外に売り飛ばされてしまう。
  2. クレーム対応を公的機関に丸投げするなど暴挙に出た結果、消費者庁が激怒した。
AIRDO(旧・北海道国際航空)
  1. 北海道のローカル航空会社。
    • 北海道の財界の強力なバックアップによって設立。
  2. 一度、倒産したことがある。
    • たくぎんの倒産が、遠因とも言われている。
  3. 旧社名「北海道国際航空」時代に、国際線を開通したことがない。
横浜国際航空
  1. スカイマークはHIS、AIRDOは北海道の財界によって設立されたが横浜国際航空は一企業から設立された。
    • しかし、上記2社みたいに巨大というわけではなく、導入を予定していた機材が飛空艇というものであったため、型式証明が難しかった。
    • ほかに予定されていた就航先の小笠原村などからは否定的であり、当時の運輸省と交渉を行っていなかった。
ギャラクシーエアラインズ(清算済み)
  1. SGホールディングス(旧佐川急便)が航空貨物部門として設立された貨物航空会社だが設立からわずか4年で清算された。
    • 導入した機材であるA300はかつてチャイナエアラインが運航しており、すでに17年以上経過している経年機で燃費や整備費などがかなりかかっていた。
    • ちなみにIATAコードはJ7であり、かつてアメリカに存在して最安値であり安全性が低かったバリュージェット航空が使われていた。

アジア[編集]

高麗航空
  1. 評価が最低の1つ星。しかも単独ワースト。
  2. 所有飛行機がボロ過ぎて、中国に乗り入れ拒否される始末。
    • 欧米から嫌われているせいか、ボーイングやエアバス機を購入できないでいる。
      • そのため機体は主に旧社会主義国であるロシアにあるイリューシンやツポレフから仕入れていることが多い。
        • 但し、比較的最近の機体であるTu-204のエンジンはロールスロイス社製であり、整備保守などは中国が行っている。
      • エンジンが古いせいかクーラーがついておらず、客室乗務員がうちわを配っている。
  3. 機内食がおいしくない。
  4. そもそもここは所属国からして「ざんねん」だからなぁ。
チャイナエアライン
  1. 今でこそ死亡者を出す事故は起こさなくなってきているが、1994年から2002年にかけて4年ごとに200人以上の死者が出る大事故を起こしたために事故を起こす印象がいまだに強い。
    • このうち1994年の事故は日本の名古屋空港で発生した。
      • そして1998年に起こした事故では事故を起こした機種が1994年の事故の機種と同型だった(エアバスA300)ことや、1994年の事故と発生状況が似ていたことから社会的に非難された。
エア・サイアム
  1. タイを拠点とする格安航空会社の先駆けで太平洋線などに大型機で就航していた。
    • 運賃の安さで日本の若者にも人気だった。
  2. しかし機材不足やタイ政府の政策転換などで経営が悪化し最終的に突然運航を停止した。
    • バンコクには搭乗予定者400人が取り残されていたという。
    • 空港の使用料などの多くも未払いのまま回収できなかった。
ガルフ・エア
  1. 中東を代表する老舗航空会社だがエミレーツやエティハドなどの台頭によりすっかり影が薄くなってしまった。
  2. もともとはバーレーン、UAE、オマーンの共同出資だったが好景気によりバーレーン以外が独自会社を設立したため離脱してしまった。
    • そのせいでアブダビやマスカットを始発とする路線が飛ばせなくなった。
大韓航空
  1. 1970年代後半から1980年代にかけて飛行機が国家がらみの事件に巻き込まれてしまうことが多かった。
    • ソ連防空軍にミサイル狙撃や撃墜されたり、北朝鮮の工作員に爆弾を仕掛けられて爆破されたり・・・。
    • 1990年代ではCRMの欠如と人材の育成不足やブラックな体質であったため、事故を連発してしまいアメリカから一時的に安全管理の評価がダウンされてしまい、アメリカへの路線増設やコードシェアを禁止されていた。
      • なおその後にデルタ航空の副社長を代表として招聘して、安全性を向上させている。
  2. 創業家出身の社長の娘が自分の地位を盾に客室乗務員のナッツの出し方に文句を言い、飛行機を引き返させるというトラブルを起こしてしまった。
    • これにより韓国財閥の評判がさらに悪くなった。
  3. 大韓航空に限った話ではないが縮小した日本路線を台湾や東南アジアに回した結果、供給過多状態に陥り売り上げが大幅に低下している。
ガルーダ・インドネシア航空
  1. 1990年代後半から2007年まで連続して事故を起こしたため、一時的にEUからブラックリストに登録されて、ヨーロッパに飛来できなかった時期がある。
    • その事故の一つに福岡空港の離陸失敗事故があり、離陸滑走中にエンジンに問題が出ていたがすでに離陸寸前で中止を強行したため、滑走路をオーバーランして3名が亡くなっている。
    • 現在は安全性が向上してEU乗り入れ禁止も解除されている。
      • むしろ、スカイトラックスによる格付けで五つ星を獲得するようになった。
オリエント・タイ航空
  1. タイのビジネスマンによって設立された航空会社だが、使う機体は他の航空会社で使われてきた機齢20年以上のボロ機材ばかりである。
    • かつては日本にもチャーター便が運航されていたが、東京タワーに衝突するスレスレの重大インシデントを起こしいる。
    • 格安で機齢の古い機体を買い漁ってはろくすっぽに整備をせず、飛べなくなったら各地の駐機場で放置したり、空き地にポイ捨てしてることでも有名。
      • 同じく格安で古い機体を購入するも、厳格な整備マニュアルを通じてメンテナンスをし、機体を大事に扱うデルタ航空とは大きく異なる。
  2. 使わなくなった機材は空き地や空港、果てには台北桃園空港や香港国際空港などに放置するという暴挙を起こしている。
  3. 自社の機材故障で大量欠便が出たにも関わらずチケット購入者への返金すらしなかった。
アシアナ航空
  1. 1988年に設立された韓国の航空会社でアシアナはラテン語で「アジアの」を意味する単語。イギリスのスカイトラックスからは5つ星の評価を受けているが...
    • 安全面はかなり低く、サンフランシスコ空港で着陸失敗事故を起こしたり、広島空港では計器着陸装置を破壊する事故を起こしてたりする。
      • 安全面向上のために同じスターアライアンスに所属している全日空の職員を招聘してるがそれでも事故が発生している。
  2. 航空会社の競争激化などで親会社の錦湖アシアナグループはアシアナ航空を売却することを発表している。
マレーシア航空
  1. 1947年に設立、ジェット機黎明期を開拓してきた歴史ある会社にも関わらず、トータルの事故数が5件程度と遥かにJALやANAを下回る。
    • しかし2014年に2度の事故(失踪と撃墜事件)が発生し経営状況が悪化。経営まで墜落直前に。
    • 一応、元・ファイブスターエアライン

ヨーロッパ[編集]

KLMオランダ航空
  1. 航空事故死者数において世界最悪の「テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故」の当事者航空会社の1つ。
    • その時のKLMの機長の慢心ゆえの行動が問題視された。
      • 機長の名前が「ザンテン」だったことからメーデー民からは「残念機長」と呼ばれている。
    • ちなみに衝突する寸前にKLMの機長は衝突を避けようと無理やり離陸しようとしており、衝突時にKLMの機体の機首がもう少し上がっていれば事故は防げただろうといわれている。
    • もう1つの当事者航空会社であるパンアメリカン航空の機体は衝突した際にKLMの機体を避けようと滑走路正面から見て横に向けていたためコックピットにいたパイロット・副操縦士・機関士や一部の乗員乗客が助かっているが、KLMの方は乗員乗客全員死亡した。
      • 被害が大きかったのはKLMの機体がその前に燃料を補給していて重くなっていたのも原因とされる。
      • パンアメリカン航空側の機長は衝突寸前にKLMの機体のことをさして「あのバカ来やがった!」と発言している。
        • 脱出した機長はKLMのクルーに激怒していた。
    • なお本件以外にジェット機での死亡事故は起こしていない。
クロスエア
  1. 1975年に設立。スイス・ヨーロッパを中心とした中距離路線を運航していた航空会社。1990年代後半にスイス航空の子会社となった。
  2. しかしそれ以前から会社自体が急成長しており慢性的な人材不足に陥っていたため経歴に不安のあるパイロットでも使い続けなければならない状況になっていた。
  3. その結果、2000年・2001年と立て続けに墜落事故を引き起こしてしまった。
    • 特に2001年11月にチューリッヒ郊外で起こした3597便の事故では当時ドイツで活動していたアイドルグループのメンバーが犠牲になった。
      • この事故は機長の経歴だけはベテランだったが、その実は免許試験を何度も落第し、入社後も操作ミスで航空機を全損させる事故を起こしているというとんでもないパイロットだった。
        • メーデー!でこの事故が紹介されたときもナレーションはこの機長を「無能」と断じてしまうほどだった。
サベナ・ベルギー航空
  1. 大正時代に創設されベルギーのナショナルフラッグキャリアとして長い歴史を誇ったが911後の航空不況で消えてしまった。
  2. ベルギーは小国だったため収益源になる国内線がほぼ無く万年赤字状態だった。
    • 晩年はスイス航空の支援で何とか存続できているような有様だった。
      • そのスイス航空も後に倒産してしまった。
ヴァージン・アトランティック航空
  1. 独自のサービスや雰囲気で人気のある航空会社だが近年は路線の縮小が目立つ。
    • 四半世紀以上飛んでいた成田便も東京支社ごと消滅してしまった。
      • ただし復活計画はある模様。
  2. 機体に特色あるメッセージを書いているが一部が下ネタじみている。
    • "More experience than the name suggests,"(名前に反して経験豊富です)
  3. BAを引退したコンコルドを買い取る計画があったが拒否されてしまった。
  4. 会長のリチャード・ブランソンは賭けに負けて女装してエアアジアの女性客室業務員の罰ゲームをしたことがある。
  5. BAをライバル視しており、上記のメッセージのほかにワンワールド加盟航空会社に対して皮肉るメッセージが塗装されている。
アエロフロート・ロシア航空
  1. ソ連時代には保有機数世界最大の航空会社だったがそのほとんどがヘリコプターや軽飛行機など。
    • 航空機でできる事業なら何でも担当していた結果。
  2. 機長の乱行による墜落事故を複数回起こしている。
    • 腕前の誇示のため目隠しして着陸し失敗、自らの子どもを操縦席に乗せ操縦桿を触らせて墜落…。
  3. かつては運賃が安く就航地が多いだけが取り柄だった。
    • ソ連製の機体はどれも設備が古臭く機内サービスも悪かった。
    • そのため、日本では金のない若者が欧州へ旅行する時に利用することが多かったとか。
    • ある意味ではLCCの元祖と言えなくもない。
アリタリア-イタリア航空
  1. 2000年代に入ってから経営が全く安定しなくなった。
    • 2007年にエールフランス-KLMが買収しようとしたが労組の反対で没になり、翌年に会社更生手続きにより倒産した。
    • その後イタリア政府により企業分割が行われ完全民営化に成功し現在の社名に変えたが、その後も経営が悪化しエディハド航空の傘下に入っても効果はなく2017年にまた倒産した。
    • 現在はデルタ航空や地元の国鉄会社、空港・高速道路管理会社が経営サポートを行っているようだが果たして・・・。
スイス航空
  1. かつては「空飛ぶ銀行」と呼ばれるほどの堅実な経営で知られていた。
    • しかし上記のサヘナ・ベルギー航空を傘下に収めたあたりから経営が悪化し、1998年にスイス航空111便墜落事故が発生すると赤字が一気に増えた。
    • 2001年に同時多発テロが起きてサヘナ・ベルギー航空が倒産すると翌年スイス航空も共倒れしてしまった。
      • 本来であれば、スイスを代表する銀行であるUBSが資金を提供して倒産を回避するつもりであったがUBSが肝心なところでミスをしたため倒産は免れなかった。
  2. 現在はクロスエアがスイス航空を継承する形でスイスインターナショナルエアラインズ、スイスグローバルエアラインズ、エーデルワイス航空の3つに分かれて経営している。
エールフランス
  1. メーデー民には「ボナン落ち」をやらかした会社として知られている。
    • ちなみに「ボナン」とはエールフランス447便墜落事故の時の副操縦士のうちの1人のこと。
    • ピトー管の着氷により機体が失速した際に本来は機首を下げるようにするのが正しい対処法だったのだが、なぜかボナンは機首を上げる動作を機長がコックピットに戻ってくるまで続けていた。
      • ちなみにもう1人の副操縦士は正しい対処法を行っており、ボナンともう1人の副操縦士の操作で機首の上げ下げが相殺されている状態だった。
    • 機長が戻ってきた際に機長はボナンが危険な操作をし続けていることに気づくも、時すでに遅し。猛烈な勢いで大西洋の海面にたたきつけられた。
    • 墜落する際にボナンは「こんなの嘘でしょ。なぜなんですか?」とまるで他人事のように呟いている。
    • この事故のせいでメーデー民や一部航空マニアからは危険な航空会社として認識されてしまった。
  2. 447便の事故が印象的だが他にも2000年にコンコルドの墜落事故を起こし結果的にコンコルドの運行停止までになってしまった。
    • 下記DC-10に書いてある通りにDC-10のエンジンから脱落した部品を踏んでしまい、タイヤがパンクして燃料タンクに当たり炎上。クルーらはなんとかしてル・ブルジェ空港に着陸しようとしたが間に合わずホテルに墜落してしまった。
  3. 2018年には羽田空港を飛び立った293便が航路を逸走し東京都心、そして皇居の上空を超低空飛行してしまうというインシデントを起こしてしまった。
  4. 労働組合の力が非常に強く毎年ストライキを起こす。
    • ヨーロッパ系の航空会社は労働組合の力が強く上記のサベナ・ベルギー航空とアリタリア-イタリア航空の経営破綻の原因の一つになっている。
  5. 上記2つの事故の他にもエアバス社のA320のデモフライトで墜落させてしまった事故があった。
ブリティッシュ・エアウェイズ
  1. 1990年に機体の整備ミスが原因で操縦席の窓が外れ、機長が機体の外に吸い出される事故が発生したことで有名。
    • 機長は絶対絶命の危機であったが再現VTRではどうしてもシュールな絵柄にしか見えなかったことからメーデー民からはタイタニック機長と呼ばれるようになってしまった。
      • なお、クルーからは空気が薄く気温低い場所に晒され続けていることからすでに死んでいると思われていたが緊急着陸した際は重症ではあったものの生存していて、クルーなどはびっくりしていた。

アメリカ[編集]

パンアメリカン航空
  1. 特に1960年代にはニューヨークのアイルドワイルド空港(現:ジョン・F・ケネディ国際空港)に巨大な自社専用ターミナルビルを設けたり、当時世界一高いオフィスビルであったパンナムビル(現:メットライフビル)を建設したりするなどの栄華を誇っていた。
  2. しかし1970年代に入ると、高コスト体質が治らなかったことや、カーター大統領が航空規制緩和法を施行したことで他の航空会社が国際線を運航しやすくなったことで価格競争が激しくなり、だんだん経営が悪化した。
    • 国内線はないに等しく、収益強化のためナショナル航空を買収したが肝心のナショナル航空はマイアミを中心に上下に伸びるように路線を展開しており東西にはあまりなかった。そのためナショナル航空職員の人件費をパンナムと統一化したことで人件費だけが増えただけであった。
  3. そして1988年にパンアメリカン航空103便爆破事件が起こったことや湾岸戦争の発生によりとどめを刺され、1991年に倒産した。
  4. パンナムを題材にしたドラマも制作されたが1シーズンで打ち切られた。
  5. 日本では、大相撲の表彰式の「ヒョー、ショー、ジョウ!」でも有名。
  6. 現在パンナムはフライトアカデミー部門がANAの子会社としてあり、商標権そのものはアメリカの鉄道輸送会社として残っているのみである。
    • パンナム航空はその後何度か復活して運航されたが結局軌道に乗らずにこちらもすべて倒産している。
イースタン航空
  1. かつてはアメリカ国内線でビッグ4の一角を占めていたが墜落事故や高賃金のせいで潰れてしまった。
    • ワイドボディ機で初の死亡事故を起こしたのはここ。
    • なおビッグ4の残り3社はユナイテッド、アメリカン、デルタという現アメリカ航空界の3強。
    • 草創期に大陸横断路線の認可が取れなかったことが響いたらしい。
  2. 同じ名称で2代目にあたる会社もあったがこちらも経営不振で消滅。
    • 2代目は三菱スペースジェットを大量にオーダーしていただけに日本としても惜しい。
ブラニフ航空
  1. 60年代から70年代にかけ派手な塗装や客室乗務員の独自コスチュームなどで人気を博していたが拡大に失敗し消滅した。
    • イラン・イラク戦争による原油高が効いてしまったらしい。
  2. 末期の拡大路線の頃には極東にも便があったがなぜか日本には就航しなかった。
  3. BAとエールフランスのコンコルドの米国内区間(ワシントン-ダラス)を共同運航していたが超音速が出せず短期間で運航中止。
  4. 80年代後半に一度復活したが地味な塗装で往年の姿とは雲泥の差があった。
    • こちらも湾岸戦争の影響で結局潰れている。
ユナイテッド航空
  1. アメリカの航空会社の一つでアメリカンとデルタと並んでアメリカ三大メガキャリアの一つだがトラブルや不祥事が後を絶たない。
    • 代表的なのが2017年の乗客の強制排除事件。ベトナム系アメリカ人の医者が仕事のため降りるのを拒否してクルーが空港警察を呼び強制排除したことで問題になった。
      • しかも、この時のCEOは事件直後はクルー側を支援してたこと、不適切な言葉を使ったやり方でさらに炎上した。
    • これ以前と以降でも州知事の便宜で不採算路線を復活させたり、乗客の子犬を死なせたり、レギンス着用の10代少女の搭乗を拒否するなど言い出したらキリがない
エア・フロリダ
  1. 1972年に設立されたフロリダ地方を中心に路線を展開してきたローカル航空会社。
  2. しかしジミー・カーター政権による航空規制緩和政策により、ワシントンDCへの路線を開設。元ブラニフ航空のエドワード・C・アッカーの手によって路線の拡大や新機材を積極的に進めたことでわずかの間で全米に空路を拡大した。
    • また、ロンドンやブリュッセル・アムステルダムなど欧州方面の路線を就航させたり欧州各地へのチャーター便を運行するなどわずか数年で急成長を遂げた。
  3. しかしエアベルリンへの買収が失敗、またアッカーがパンアメリカン航空へ移った一方、エア・フロリダの経営陣は度々交代するなど不安定な状態になってしまう。
  4. そして追い打ちとなったのが1982年1月13日に起こしてしまったエア・フロリダ90便墜落事故。
    • 真冬のポトマック川へ90便が墜落したこの事故では乗客乗員74名と地上で巻き込まれた4名が死亡する大惨事に。
  5. 当時記録的な寒波に襲われていたワシントンDCで足止めされていた同機は猛吹雪で機体中に氷雪が付着していた。除氷作業は行われていたがそれも不十分なものだった。
    • それどころかエンジン始動前のチェックリストで防氷装置である「アンチ・アイス」をOFFにしてしまう。
      • 地元のフロリダならまだしも当時氷点下で風雪が強いワシントンでそれをやってしまったことでエンジン回りのセンサーが冷気で機能しなくなり結果誤った情報をもとに離陸。結果大惨事へとつながった。
        • この事故の生存者はのちにインタビューで「恥を知れ」とパイロットを非難した。
  6. これが切っ掛けとなり利用者は激減。国際航路からも撤退をしてしまう。その後も路線縮小が続いた結果事故の2年後に倒産してしまった。

南米[編集]

LAPA
  1. 1977年に設立されたアルゼンチンの航空会社。Líneas Aéreas Privadas Argentinasを略してLAPAであり、LAPA航空という表記は間違いである。
  2. 1990年代に入ると次第に勢力を拡大し、1996年にはアルゼンチンの航空会社のシェアの30%を占めるようになっていった。
  3. しかし拡大するにつれ人員を増やした結果質の悪いパイロットでも使わざるを得ない状況になってしまった。
  4. その結果1999年にホルヘ・ニューベリー空港から離陸するはずだった3142便で事故を起こし、乗客乗員65名と巻き込まれた地上の2名の67名を死亡させる惨事となった。
    • 事故原因はフラップが降りていなかった状態で離陸しようとしたために浮かび上がらずに滑走路をオーバーラン、道路に飛び出しその先の建物に衝突してしまったというものだった。
  5. しかし、事故機の機長も副操縦士も、シミュレーター記録で操縦に不適格な兆候がたびたび見受けられていた。
    • それ以上に衝撃的だったのはコックピットボイスレコーダーに残されていた、機長と副操縦士と客室乗務員の世間話。さらにコクピット内では禁止事項である喫煙をしていたというもの。
      • 原則コクピットに入ってからは高度3000mを越えるまでは客室乗務員との会話は原則禁止であり、彼らはそれを平然と破っていたのである。その結果フラップ操作のチェックを忘れるというあり得ないミスをしでかしたのであった。
        • フラップが下がっていない状態で離陸しようとすると警告音が大音量で流れるが、彼らはそれに対しても何の違和感すら覚えず離陸を続行、その結果惨事となった。
  6. もはや人災であり、事故後、被害者や遺族からLAPAが集団訴訟を受けたのは言うまでもなかった。
  7. この事故も相まって2003年にLAPAは倒産してしまった。

関連[編集]




関連記事