ざんねんな鉄道車両事典

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国内[編集]

共通[編集]

多扉車
  1. ラッシュ時の切り札だったが、今やホームドア化の障害になっている。
    • 京王6000系に至っては4ドア化までしたが、結局(ry

国鉄・JR[編集]

スライドバンボディシステム
  1. コンテナを荷役機械なしでトラックから貨車に積み替えるシステム。トラックが来ないと荷下ろしできないという欠点があった。
キロハ18
  1. 一般型気動車で唯一新製した優等車。需要が限られすぎて早々と荷物車に改造されてしまった。
キハ31形
  1. 車体が小型であり、床下機器も詰まりすぎてトイレすら設置することができず、中堅車でありながら見捨てられた。
キハ40系
  1. 大柄で頑丈な車体とは裏腹にエンジンが非力すぎた。
    • JR化後に高出力エンジンに取り替えた車両もある。
    • その頑丈な車体故に現場では厚遇されており、登場から40年経っても今尚主力形式である。
50系客車
  1. 当時近代化が進んでいたにもかかわらず、労組の圧力により機関車けん引の客車列車を存続させるためだけに1977年から大量投入された。
    • 奇しくも上記のキハ40系列と同い年である。
  2. 国鉄時代は使用されていたが、分割民営化されるととたんに行き場を失った。
    • 客車の耐用年数は20年だが、あまりにも使い勝手が悪かったので10年程度で留置→廃車が定番のパターンだった。
    • ごく一部は気動車改造を受けたそうな。
  3. 国鉄分割民営化後に一番輝いていた運用は、津軽海峡線快速海峡。
EF58
  1. 61号機はロイヤルエンジンと評されるほどの名車であるが、口の悪いファンからはゴキブリ呼ばわりされていた。
EF71
  1. 板谷峠の交流電化でEF64を駆逐したが、山形新幹線開業で需要がなくなり、駆逐したEF64の方が生き残った。
EF200
  1. 平成のマンモス機として世に出たがバブル崩壊で持て余し、メーカーが機関車製造から撤退したことで延命できなかった。
クモハ84形
  1. 国鉄分割民営化後にJR西日本で生まれた、JR史上最初で最後の旧型国電形式。
    • 故障頻発で123系に置き換えられたそうな。
103系1000番代
  1. 千代田線乗り入れ用として登場したが、その発熱量の多さに営団地下鉄からのクレームで撤退に追い込まれた。
    • 「鉄板焼き電車」と揶揄されたほど。
  2. 1500番台も故障の多さに福岡市営地下鉄からのクレームで撤退に追い込まれている。
    • こいつだけワンマン運転できなかった。
JR西日本に転属した113系
  1. 先頭車化改造で国鉄時代に見せなかった一面を見せてくれる。
113系1000番台初期型
  1. 総武・横須賀地下線乗り入れ用として登場したが、当該路線は見通しの悪さからATCが導入されることになり、ATCを設置した増備車が導入されることになり、地下に乗り入れることはなかった。
119系
  1. 登場時は旧国を駆逐する存在だったため、身勝手な鉄ヲタに帯を剥がされるなどのイタズラを受けた。
123系
  1. 国鉄最後の新形式である。
    • しかし郵便車などを改造した魔改造車。
157系
  1. 登場時は非冷房だったため、下降窓を採用したが、雨水が侵入して腐食が進行し、保守に手を焼いた。以来、205系が登場するまでは下降窓の採用に消極的になったとか。
    • 元々は準急用だったため、冷房は準備工事に留めていた。
JR西日本183系
  1. 特急「雷鳥」用485系から交流電化区間運転設備を113系に譲り渡した残り。
  2. 北近畿方面で気動車急行を電車特急に大量に置き換えた。
185系
  1. 自称特急型車両。
    • 正体は大阪鉄道管理局で新快速として運転していた117系に特急ヘッドマークをつけお情け程度にデッキを付けただけの実質快速型車両である。
      • サイコガンダムならぬサイコ新快速。
  2. 特急「踊り子」や各種新特急として使用されたが、他の線区になかなか進出できない。
    • いつまでも東海道線に居座っているので、ここ10年くらいJR東日本東海道線の旅客列車で最古の車両の座についている。
207系900番台
  1. 地下鉄千代田線用直通用に造られた先行車。
    • しかし大量導入されることなく1編成のみの導入となった。
    • 実は国鉄で唯一のVVVFインバーター制御車だった。
      • 量産も考えられていたが、301系と同じくコストが問題になり、これ以上は作れなかった。
  2. 207系という称号をほぼJR西日本に取られた。
  3. 205系と区別がつきにくいほどよく似ており、一般の人には当時の山手線と同じ車両が入ったという感覚でしかなかった。
301系
  1. 地下鉄東西線直通用に、国鉄で初めてアルミを使った車両。
    • しかし当時財政難だった国鉄の出費は相当なものだったらしく、いくつか導入した後で鋼鉄製の103系の増備に変更した。
キハ120形
  1. 登場時はトイレがなく、しかも駅にトイレのないローカル線で運用されたため、×××した利用客がいて新聞に取り上げられるほど問題になり、トイレ設置に追い込まれた。
  2. 同世代のタイプが置き換えられる中、ここは会社の都合で延命させられている。
  3. JR東日本キハ100系、まだバリバリだけど?
キハ130形
  1. 投入先が大誤算だった。日高本線でなければ塩害で寿命を縮めることもなかった。
    • その軽量車体故に寿命を縮めた。
キハ181系
  1. 大出力化も本形式だけで板谷峠を越えることができなかった。
213系5000番代
  1. 転換クロスシートを採用するも登場時はトイレがなく、2ドアだったので扱いづらい存在だった。
    • 後に飯田線に拾われるとともにトイレ設置。
2600系
  1. 空気ばね式車体傾斜装置を採用したが、土讃線の線形には対応できなかった。
    • いい実験台だ、有意義だ。
E233系7000番台
  1. 埼京線に導入された新型車両だが、導入当初に車両LCD破壊、つり革盗難、車番ステッカー盗難が多発。今ではこそは警備を厳しくして、改善されたが…。
    • それもあってか相鉄JR直通線用増備車では全車に監視カメラが付いたぞ。
キハ125形
  1. 車体が小型過ぎて大量投入には至らなかった。
    • その後大型のキハ220形に移行。それ以来、JR九州は小型車を異端視するようになり、中堅車のキハ31形ですら廃車にした。
200系新幹線
  1. 1992年の山形新幹線開業により400系新幹線と増結するようになったが、連結器カバーが開く姿がエイリアンみたい…
300系新幹線
  1. 引退日が先輩の100系新幹線と同じ日になってしまった。
500系新幹線
  1. 山陽新幹線で300km/h運転を行うために開発された車両。新大阪~博多間を300系と比べて15分も縮めた凄い車両。
    • 本当は320km/h運転したかったらしいが、ブレーキ力が足りずに立ち消えとなった。
  2. JR東海から目の敵にされる。
    • 座席数は確保したが、300系新幹線と座席配置が異なったり運転台の後ろに旅客乗降口がない、シートピッチが1,020mmと20mm狭いのが気に食わなかったらしい。
      • なおその後JR東海が導入したN700系の先頭車のシートピッチは1,023mmである。3mm広ければ良かったらしい。
  3. 2007年からのN700系の導入の際には、300系新幹線より先に500系新幹線が追い出された。
    • いまではひっそり山陽新幹線の「こだま」として活躍している。
  4. このことが教訓となり、700系以降は新幹線用車両はJR東海とJR西日本が共同開発することとなった。
    • しかしJR西日本は在来線でいろいろな事故を起こしたため、今では実質JR東海が新型車両を開発している。
新幹線E4系電車
  1. デビュー当初は輸送力を重視し、E1系に続く全車ダブルデッカーとなったが、現在JR東日本の新幹線は高速運転に注力するようになり、最高速度が低い (時速240キロ) E4系は2020年度までに引退することとなった。
E6系新幹線
  1. 高速化を図るために、空気ばね式車体傾斜装置を採用した車両。
    • これにより東北新幹線区間では「はやぶさ」と併結し、320km/h運転ができるようになった。
  2. しかし在来線の車両寸法ギリギリで製造したために、田沢湖線内で車体傾斜できず、スピードアップできなかった。
    • 車体傾斜装置があるのに在来線を制限65km/hで運転する始末。
  3. 結果、運用数を減らせなかった。
    • E3系6両編成は26本でE6系は24本だから2本減ってるじゃないかと言う人もいるかもしれないが、この2本の製造削減分はE3系6両編成がE6系置き換え前から担当していた「やまびこ」「なすの」との併結列車運用を引き続き担当しているためで、実は26本のまま変えていない。
E331系
  1. 京葉線用として製造され、国鉄・JR通して旅客車としては初の連接台車が採用されたが、相次ぐ故障でニートレイン運用離脱を繰り返し、わずか8年強で廃車になった。
キハE200形
  1. 量産先行車3両製造されているが、それ以降は増備には至っていない。
    • ただ派生形式は登場しているものの肝心の本形式の増備には至っていない。
E351系
  1. JR東日本では初の振り子装置搭載車両だったが、揺れが多く中には酔う人もいたため、「失敗作」 と言われるようになった。
  2. 2018年に引退後は全車両が解体された。
E257系500番台
  1. 房総地区の特急で使用されていた183系・189系を置き換えるために19編成製造されたが、特急が大幅に減らされた結果余剰車が出る羽目に。
  2. 一部は書類上幕張車両センター所属のまま豊田車両センター常駐となり、中央線の臨時列車に使用されることとなった。
215系
  1. 湘南ライナーの混雑緩和を目的としてオール二階建てで登場したが、ドア数のせいで乗降に時間がかかり、遅延の原因になることから湘南ライナー運用から撤退することとなった。
    • アクティーにも使用されていたがこれも撤退。
    • その後はおはようライナーや臨時快速に使用されている。
      • もともと東海道線のみの運用を想定しているために耐寒・耐雪構造ではないので冬になると中央本線の臨時快速には使えなくなる。
    • この失敗が都政に活かされなかったことが悔やまれる。
  2. グリーン車以外全席ボックスシートなので乗り心地は最悪。
    • 座席のフレームは無駄にフランスから取り寄せたようだ。
    • 湾曲したガラスとダブルデッカー車特有の横揺れのせいで進行方向逆向きの2階席は乗り物に強い人間でも確実に酔う(by普段は車酔いをしない自分)。
  3. 実は湘南ライナーは215系がいなくても、185系と251系だけで回せる。
    • とはいえ通勤客のライナー需要は高いので215系はもっぱらピーク時間の詰め込み要員として使われるが、リクライニング可能な上記の車両に比べるとグリーン車以外ボックスシートしかないこの車両の充当列車はハズレであると言わざるを得ない。
E501系
  1. 常磐線中距離電車の増発に向けて製造されたが、たった4本60両で打ち切りに。
  2. 常磐線普通列車にグリーン車を設置することになり、E531系に置き換えられてしまった。
    • 拡張車体であったためグリーン車を連結できなかったらしい。
    • なおE501系より古い高崎線・宇都宮線211系はグリーン車を連結して継続運転した。
  3. 茨城県内運用が中心になったが、10両固定編成が輸送力過剰すぎる。
    • 10両編成は朝くらいしか運用しない。
  4. 交直流車であることから、水戸線で使えると思ったら、デッドセクションでの故障が頻発した。
    • これにより事実上の交流専用車となり、常磐線でひそひそと生きながらえている。
キハ285系
  1. 世界初のハイブリッド車体傾斜システム搭載車両として試作された車両。だが、あまりの高性能に量産化されることも営業運転されることもなく解体された。開発費25億円。もったいねえ。
    • せめて「気動車」ではなくて「客車」として使って欲しかったような気が・・・。
10000系貨車
  1. 100km/h走行可能であるが牽引できる機関車に制約があり、扱いづらい存在だった。
  2. コンテナ車に至っては規格変更で5tコンテナ4個積みに削減された。
フリーゲージトレイン
  1. 新幹線と在来線で異なる軌間の運転に対応し、高速運転に対応できる、夢の車両。
  2. 20年余りにわたり3車種によって様々な試験が行われていたが、開発を事実上断念。
    • 高速化の方が問題と思いきや、在来線で踏切が閉まらないという事態が発生。
  3. 役人の尻拭いとして、近鉄に導入してもらうことになった。
253系
  1. 座席を交換したら窓割りが合わなくなってしまった。
    • E257系2000番台にも言えるが。
      • E257系のほうは元サロハの普通半室だったほうのグリーン席の窓割りが合わなくなっただけでそれ以外の窓割りはあっている。
      • 一方の253系1000番台はもともと1,060mmシートピッチを1,100mmピッチに変えたために元クロの1,090mmピッチから10mm広げただけの6号車以外の5/6で窓割りが豪快にずれる。
  2. グリーン個室もついていたが後継車であるE259系には引き継がれなかった。

私鉄[編集]

ワイドドア車
  1. 多扉車と同じく、ラッシュ時の切り札だったが、今や東京メトロ東西線でしか役割を果たしていない。
  2. 小田急1000形のワイドドア車は、後の改造でドアが開く幅が狭くなった。
    • しかし外側の扉口はそのままなので外から見ると半開きしているように見える、
レールバス
  1. 車体をバス同様に製造した、安い車両。
  2. 標準寿命より短く、30年程度でほとんど置き換えられてしまった。

東日本[編集]

定山渓鐡道2300形電車
  1. 東急7000系に似た外観を持つ車体とは裏腹に防寒の観点から固定窓を採用したため、夏場は気分が悪くなる乗客が続出し、ゲ○電と揶揄される始末だった。
    • 吐気用の袋も用意されていた。
  2. それゆえにどこも譲渡されなかった。
京王6000系電車
  1. これまで京王の車両は引退後、他社に譲渡されることが多かったが、6000系は車体の長さが20メートルもあるのか、他社に譲渡されず大半が解体された。
小田急10000形
  1. ハイデッカー構造がバリアフリー化の障害となり、7000形よりも先立たれてしまった。
小田急20000形電車 (RSE)
  1. ハイデッカー構造や、編成中ほどのダブルデッカー車がバリアフリーの障壁となり、上記の10000形と同じく2012年に引退した。
  2. 2014年に富士急行に譲渡された際は、短縮後の3両編成にダブルデッカー車が組み込まれなかった。これはダブルデッカー車の貫通扉が、片側は2階部分にしかないことも要因のひとつである (反対側は通常の高さに貫通扉がある) 。
    • これらはJR側の車両である371系にも同様のことが言える。まぁこっちは後年車椅子対応席が用意されたけど。
小田急30000形電車 (EXE)
  1. 観光輸送のみならずビジネス利用も考慮された仕様だったが、1996年のグッドデザイン賞は受賞したのに対して小田急ロマンスカーで初めてブルーリボン賞を逃してしまった (ローレル賞も受賞せず) 。
    • 一方で一説によると乗り心地に関しては歴代ロマンスカートップクラスと言っても過言ではないらしい。
  2. 順次EXEαへのリニューアルが進められており、EXEαの2本目からは窓側にコンセントが付けられているが、EXEαの1本目にはコンセントが付いていない。
    • 券売機や予約サイトではEXEとEXEαの区別がされていない。
小田急電鉄 喜多見検車区の保存車両たち
  • 喜多見検車区には1形 (開業当初の車両) ・2200形・2600形・9000形 (初の地下鉄直通車両) ・3100形 (NSE) ・10000形 (HiSE) ・20000形 (RSE) が保存されている。
  1. いずれも、複々線開業に伴う運行本数増加により増えた車両の留置スペースを確保する目的で、一部車両が解体されることとなった。
    • なお、車両が解体される大野総合車両所へは、深夜に他の車両の牽引によって回送されたが、こちらには多くの鉄道ファンが集った。踏切通過後は遮断機が上がると踏切の内側で回送車を追いかける人も少なくなかった。
京急600形(3代目)
  1. 1人掛けと2人掛けに切り替わるツイングルシートなる物を採用したが、結局使われないという理由で4次車でこの装備自体廃止となった。
    • その後オールロング化改装も受けることに。まあこれは2ドア→3ドア+オールロングというもっとすごい改装となった2000形の前例があるので一概に残念なわけじゃないけど。
東武2000系
  1. 20m車の導入をしない東急と営団地下鉄日比谷線に屈して導入した18m車。
  2. 日比谷線乗り入れ終了後にMT比を変えて野田線に転属したところ、故障が多発して転属は一部をもって立ち消えとなった。
東武20000系
  1. 地下鉄日比谷線直通車両をリフレッシュするために導入した18m車。
  2. しかし日比谷線の20m車化が決定し、お役御免になる。日比谷線のためだけに導入したのに!!!
    • 25年も働いたからいいでしょ
    • のちに改造の上で宇都宮線に転属されたがその内容はこれまでの東武らしさをことごとくぶち壊している。
東武30000系
  1. 東武が20m車10両編成で運転する半蔵門線に直通するために製造した車両。
  2. しかし当時10両編成を保守できる検車場がなかったため、6両+4両の分割車両にしてしまった!
    • 既に東上線には10両固定編成の地下鉄直通用9000系がいたのに、なぜ分割編成にした…
    • 当時はまだ半直運用はラッシュ時の輸送力増強程度にしか考えていなかったらしく、地上線の準急(いわゆる伊勢崎や新栃木発着の赤準急)にもつかせられるように6両編成と4両編成を分割できるようにしたというのも理由の一つ。
  3. 連結部に人が乗せられず定員が少なくなるので、混雑率190%越え(当時)の東急田園都市線からクレーム殺到。
    • 分割できるメリットは、太田行きフラワーエクスプレス号の運転のみだった。
  4. 仕方がないので10両固定編成の50050系に置き換え。
    • 30000系のほとんどは東上線に転属してしまった。
      • そして東上線で10両固定化改造を受けたらしい。
東急2000系
  1. 3編成しか製造されなかったこともあり、東武非乗り入れ車両に。
    • そのため2003年以降日中の運転がほとんどなかった。
  2. 新デザインのカーテンを搭載していたが普通のものに交換された
  3. 2018年に大井町線転属。同時にIGBT化。
京成AE形(初代)
  1. 成田空港の開業に合わせてスカイライナー用の車両として登場。しかし空港の開業遅れで運用開始が遅れ、さらに過激派に車両を焼かれるなど、散々な目に遭った車両であった。
  2. 成田空港駅が現在の位置にできるのに合わせ、AE100形が登場。初代AE形はあまり活躍できずに廃車となった。
    • 走行距離が短かったため、車体だけを通勤型のものに乗せ変えた3400形として生まれ変わっている。
営団06系
  1. 21世紀の地下鉄車両の基本モデルとして位置づけられたが、1編成しか製造されず、6000系よりも先立たれてしまった。
営団07系
  1. 有楽町線にホームドアが設置されると特殊なドア配置が災いして早期引退となった。
    • だが東西線に転属しただけ廃車になった06系よりはマシ。
埼玉高速鉄道2000系
  1. 車両改修工事に伴いドア上にLCD画面が設置されたが、あくまで広告用なので行先案内は3色LEDのまま。
相鉄11000系
  1. JRへの乗り入れを想定していたが結局直通は後輩の12000系に任せて線内封じ込めとなった。
    • まぁリニューアルされたら直通する可能性はあるが。
富士急行2000系 2002編成
  1. 2014年2月に引退する予定だったのが、引退記念イベントが記録的豪雪により中止となった。

西日本[編集]

名鉄7000系
  1. 鉄道ファンや利用者の人気は高かったものの現場での扱いが悪かった。
    • 運転台が高すぎて他社に譲渡すらされなかった。
      • 運転台に入るのに側面にあるステップを2階まで登る必要があった。
    • 消費電力も大きかったそうだ。
名鉄1600系
  1. 空港アクセス特急を見越したものの、空港線開業時に登場した2000系がその役割を担ったため、当初の目的を果たすことは少なかった。
  2. 「パノラマsuper」とか言いながら、全然パノラマじゃない。
  3. しまいには特急政策の見直しにより要らない子となってしまい一部特別車化。その際ク1600は改造されず9年の短命に終わった。
  4. とにかく不具合が多い。1700系化されても。
    • 登場早々前面貫通幌をぶっ壊したのが代表。
名鉄8800系
  1. 観光輸送に特化した特急車だが、それがアダとなり観光客減に伴い改造することになったのだが…
    • 窓割りとあわない座席が出現した。
    • 個室は残したものの、通勤には不評だったらしい。
  2. 足回りはパノラマカーの使い回し。そのため110km/hまでしか出せなかった。
    • 晩年にはかなりガタが来ていたようにも思う。
  3. これらが重なって登場から21年の短さで形式消滅。
名鉄6000系
  1. 通勤車両ながらクロスシートを装備したことが評価されブルーリボン賞を受賞したが、そのクロスシートが「1.5人掛け」と揶揄されるほど狭く、同じ座席を採用した6600系共々ロングシート化された。
近鉄2610系
  1. 長距離急行用として4扉ながらオールボックスシートを採用したが、さすがに無理があったのかボックスシートはあまりにも狭く通路側の肘掛けすらなかった。そのため1990年代の車体更新時にL/Cカーに改造された名古屋線所属車両を除きロングシート(トイレ前を除く)に改造された。
近鉄3000系
  1. 京都市営地下鉄烏丸線乗り入れ用として登場した近鉄初のオールステンレス・電機子チョッパ制御車だが、結局どちらも後が続かず、地下鉄乗り入れも叶わなかった。
  2. 結果4両1編成のみの存在となったが、異端車的存在のためか同時期に作られた8600系よりも先に廃車になってしまった。
  3. 近鉄というよりもアメリカの都市鉄道あたりが走らせてそうな見た目。
近鉄10000系
  1. 日本初の2階建て車両である初代ビスタカーだが、試作的要素が強かったために座席予約のコンピュータ化に対応できず1971年に登場からわずか13年で引退。
近鉄12000系
  1. いわゆる元祖スナックカーだが、後に登場した12200系があまりにも大所帯だったためその陰に隠れる存在となった上、登場間もない頃に2編成を事故で失ってしまった。
    • スナックカーの名前の由来となったスナックコーナーも有効に利用されたとは言えず、数年後には車内販売の基地となった上、更新時に撤去された(12200系も同様)。
  2. 定員確保のためトイレはTcの運転室後部に設置され、2両編成だと使いにくい位置だった。
南海2000系
  1. 高野線ズームカーの第2世代として登場したものの、橋本までの複線化が完成した後は大運転(平坦区間と山岳区間の直通運転)の減少や2300系投入により車両が余剰となり、一部が南海本線に転属した。高野線に残った車両も橋本以北の運用に入ることも多い。
南海8200系
  1. 南海初の界磁チョッパ制御車として登場したが、6連×3本が製造されただけで、後にVVVF化を含む更新を受けた際に6200系に編入され、50番台の車番となった。
京阪600系(旧)
  1. 旧型車の車体更新車で、車体の製造こそ2000系と同世代だが、車体強度が低かったため冷房の取り付けができず、昇圧に当たっては大半の車両が高性能化などの改造が行われず廃車解体された。
    • 一部の車両は1800系(初代)の走行機器と組み合わせて1800系(2代)となり昇圧後も生き残ったが、やはり冷房化されず改造後5年程で6000系に置き換えられ廃車された。
    • これに対し同じような車体更新車である700系(旧)はまだ車体がしっかりとしていたため、冷房取り付けと高性能化を行い1000系に生まれ変わり現在も活躍中。
京阪3000系(初代)
  1. 後継車である8000系の登場で一気に陳腐化した。
    • 利用客は8000系に乗りたいがために待つほどの人気であったため、淘汰が前倒しされた。
    • しかも先代の方が何故か生き残った。
  2. 大井川鐵道に譲渡された車両も車齢が最も若いながらも1編成しかないため、見捨てられた。
京阪9000系
  1. ラッシュ時の特急用として3扉クロスシート車として登場したが、転換クロスシートではなく一方向きの固定クロスシート車であったため不評で、3000系(2代)の登場に伴いオールロングシート化され、本形式独自の塗装も他の車両と同じ現通勤車標準塗装に変更された。
  2. 加えて10000系7連化の影響で5編成のうち4編成が7連に短縮された。
阪急5200系
  1. 阪急最初の冷房車として登場したが、試作的要素が強かったなどの理由で先輩の3000系や5000系よりも早くに引退した。
阪神3801・3901形
  1. 西大阪線(現阪神なんば線)難波延伸を見込んで設計されたが、難波延伸そのものが途中で計画中断された上、4連×3編成のうち1編成が脱線事故で廃車となり、残る2編成を6連と2連に組み換え前者は8701・8801・8901形(以下8801系とする)、後者は7890系に改造された。8801系は本線の特急や急行に運用されたものの直通特急の運用からは外され、難波延伸を見ることなく2009年2月に廃車された。
    • しかも8801系が廃車された1ヶ月後に当系列の目的だった難波延伸が実現したのは何とも皮肉だった。
    • もう一方の7890系は2019年現在も現役。
阪神8000系第1編成
  1. 1984年に8000系のプロトタイプとして1編成登場したものの、車体は従来の車両とほとんど変わらなかった上、1995年の阪神大震災で3両が廃車となり、残る3両が量産車と組まれて6両編成になった。このため大阪側と神戸側で外観が異なる結果となった。因みにこの編成(8523F)は直通特急の運用には入らない。
一畑電車7000系
  1. 86年ぶりの新車であったが、投入理由は中古で導入する2両編成ですら電気を多く消費し勿体無いからであった。

海外[編集]

KTX-I(KORAIL100000系)
  1. 韓国初の高速鉄道用電車だが一般車の座席の半分が進行方向の反対を向いているのであまり評判が良くない。
    • 向きを変えられるようにする話もあったが流れてしまった。
    • 導入当初の200系新幹線みたいだな。
  2. 映画上映サービスもあったがいまいち受けがよくなく廃止。
中華之星(中国国鉄DJJ2形)
  1. 中国が自力で開発した高速鉄道用車両だったがブレーキや電気系統のトラブルが頻発し実用化を断念した。
    • その後はフランスや日本などの技術を導入したどこかで見たような車両ばかり導入している。
新時速(中国国鉄X2000系)
  1. スウェーデンのお情けで中国へ渡った車両。
    • 1編成しかもらえなかったので替えが効かなかった。
  2. 整備しないので、みるみるボロボロになった。
ソ連国鉄ER200形電車
  1. おそらく東側陣営初の高速鉄道用車両だがどう見ても日本の0系新幹線を野暮ったくしたようにしか見えない。
  2. 首都モスクワとレニングラードを結ぶ特急で俊足ぶりを見せていたが運用は何と週に1往復だけだった。
ペンシルバニア鉄道GG1形電気機関車
  1. アムトラック成立後の塗装が安っぽいおもちゃのように見えてしまう。
    • レイモンド・ローウィによるデビュー当初の流麗な塗装との落差が激しすぎる。

関連項目[編集]




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