もしあのスポーツ選手が別の競技で活躍していたら

提供: chakuwiki
移動先: 案内検索
  • 新規追加は50音順でお願いします。
  • 記事は元ネタがなくても構いません。ただし、元ネタの有無で項目を分けています。
    • 元ネタがあれば、項目内にそれに関する文章を書いていただければ幸いです。

元ネタがある人[編集]

幼少期や学生時代の部活を続けていたら・・・?

石川遼[編集]

サッカー

石川遼は幼少期はゴルフの他にサッカークラブに所属していた時期があり、中学時代にゴルフ部がなく別の部活に所属していました。もし、ゴルフを諦めサッカーを続けていたら。

  1. 果たして「ハニカミ王子」のニックネームがついたかどうか?
  2. 地元に近い柏レイソルか浦和レッズのユースに所属していたかも。
  3. 松山英樹のプロ転向も史実より早まっていたかも。

大林素子[編集]

サッカー

大林素子がバレーボールを始めたのは中学進学後で、それ以前はサッカースクールに通っていました。もし中学以降もサッカーを続けていたら。

  1. 全日本女子バレーチームのオリンピック出場はシドニーより前に途絶えていたかもしれない。
  2. 日立ベルフィーユの集団退部騒動もなかったかもしれない。
  3. 長身なのでポジションはGKかDF。
  4. 読売ベレーザに所属して高倉麻子らとともに女子サッカーの開拓を進め、アトランタ五輪にも出場していた。

ガッツ石松[編集]

野球

ガッツ石松は元々野球少年であったが、貧しい家庭を養うためプロボクサーになりました。

  1. 少なくとも「ガッツポーズ」が「ガッツ石松」由来なのは間違ってもありえない。
  2. 「僕さぁ、ボクサーなの」のギャグもなかった。
  3. 高校、大学、社会人と進んで、引退後に体育教官になっていた。
  4. 現実の板東英二ポジションに落ち着きそう。
    • 不祥事で干されるところまで一緒にはならないよね・・・?

稀勢の里寛[編集]

野球

稀勢の里寛は中学時代は相撲の他に野球にも取り組み、チームでは「エースで4番」として活躍、地元の名門常総学院からスカウトされるほどでした。

  1. 日本出身横綱のブランクは史実より長くなっていた。
  2. 常総学院では投手を務めていた。

具志堅用高[編集]

野球

具志堅用高は高校進学時は野球部に入部するつもりでしたが、先輩のボクシング練習を目の当たりにしてボクシング部に入部しました。

  1. 世界王座13度防衛記録はもちろんなかった。
  2. もし高卒でプロ入りしていたら与座朝勝より先に興南高校出身初のプロ野球選手になっていた。
  3. さすがにカンムリワシではなかっただろう。

ミハエル・シューマッハ[編集]

サッカー

F1ドライバーとして活躍したミハエル・シューマッハはサッカーでもプロレベルであったと言われています。

  1. フェラーリはともかく、ベネトンは史実より早く(20世紀中)に消滅していた。
  2. 2002日韓ワールドカップでドイツの準優勝メンバーにいたかもしれない。
  3. 弟は史実通り?

杉谷拳士[編集]

ボクシング

北海道日本ハムファイターズの杉谷拳士は父がプロボクシング元日本王者で、自身もボクシングジムに通っていた時期がありました。

  1. 日本ハムのベンチは少しばかり暗い雰囲気だったかもしれない。
    • 西武ドームのウグイス嬢にネタにされることもなかった。
  2. 父と同じ協栄ジムに所属して親子日本王者になっていた。
  3. 兄がプロ野球選手になっていたかもしれない。
  4. 世代が近く名前に「拳」が付くかつ父が元日本王者など共通点も多い拳四朗とライバル関係になっていた。
  5. 現実通りの明るいキャラだとしたら、亀田一家程ではなくてもプロレスラーまがいのパフォーマンスで有名となり相手選手にいじられる可能性もなきにしもあらず。

鈴木隆行[編集]

ボクシング

鈴木隆行はサッカー選手かプロボクサーか悩むほどのボクシングファンだったとある番組で告白しました。

  1. 2002W杯日本代表には代わりに久保竜彦か山下芳輝あたりが選ばれていた。
    • 場合によっては開催国初のグループリーグ敗退もありえた。
  2. 東京の中堅ジム所属だったと思う。
  3. 世界タイトル挑戦までは行けたかも。

中野浩一[編集]

中野浩一は高校時代陸上部に所属したが太ももの肉離れのため大学進学を断念。その後父と同じ競輪の道を歩んだがプロゴルファーになることも考えていたそうです。

共通
  1. 世界選手権10連覇はもちろんなかった。
  2. 競輪の知名度も史実のようには上がらず、20世紀のうちに全廃されていたかもしれない。
    • ケイリンがオリンピック種目に採用されることもおそらくなかった。
  3. 加護亜依は2015年くらいまでに芸能界を引退したかもしれない。
陸上
  1. 名門大学でモントリオール五輪を目指していた。
  2. ただモスクワ五輪ボイコットで競輪に転向していた可能性もあった。
ゴルフ
  1. 世代が近い尾崎直道辺りがライバルになっていたかもしれない。

錦織圭[編集]

サッカー

錦織圭は小学生の時にサッカーに本格的に取り組んでいました。もし中学以降もテニスではなくサッカーを選んでいたら?

  1. 日本人男子最高ランクもグランドスラム決勝、そしてオリンピックテニスのメダルなども夢物語のままだった。
  2. 松岡修造も史実よりおとなしかった。
  3. 地元に近いサンフレッチェ広島ユースに所属していたかも。

福島千里[編集]

スピードスケート

福島千里は十勝出身というだけあって幼少期はスピードスケートにも打ち込んでいましたが、凍傷になったため陸上に絞ることになったそうです。もし凍傷にならずスケートに絞っていたら?

  1. 日本女子短距離のオリンピック出場は遠いままだった。
  2. バンクーバーでオリンピック初出場を果たしていた。
  3. 北海道ハイテクACの知名度も史実より下がっていた。

巻誠一郎[編集]

アイスホッケー

巻誠一郎は幼少期にサッカーの他にアイスホッケーにも打ち込んでました。

  1. 2006ワールドカップでは代わりに久保竜彦が選ばれていた(コンディションさえ良ければだが)。
  2. 弟もアイホケの選手だったか?
  3. 父と共にクラブチームを発足させてアジアリーグを目指したかもしれない。
    • または、親兄弟揃って日光アイスバックスのコーチや選手になっていた可能性もある。

村上幸史[編集]

野球

村上幸史は中学まで軟式野球の投手としてノーヒットノーランも記録し強豪校からも誘いが来るほどの実力でしたが、体育の授業中に陸上部の顧問からスカウトされたのを機にやり投に転向しました。もし、スカウトされず野球を続けていたら?

  1. 日本のやり投が史実のようにレベルアップすることはなかっただろう。
  2. 石川雅規あたりとライバル関係になっていた。

山口俊[編集]

相撲
  1. あのメンタルではそこまで大成しなかったかもしれない…
  2. 父親と同じく時津風部屋に入門していた。

元ネタがない人[編集]

もしあの選手が、自身に関わりのないあの競技で活躍していたら・・・?




憧れの東京!仕事と住居を同時提供TokyoDive[PR]

関連記事