もしあの人が健在だったら/小説家

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もしあの人が健在だったら > 小説家

男性[編集]

青島幸男[編集]

  1. 2009年のドラマ「意地悪ばあさん」で主役をつとめる。
    • 史実通り、市原悦子主演の「意地悪ばあさん」だったらどう思ったか。

アイザック・アシモフ[編集]

  1. 「ファウンデーションシリーズ」の執筆を続けていた可能性が高い。
  2. 同様に科学エッセイも多く執筆していたかもしれない。
  3. 2007年に日本で開催された世界SF大会にゲストとして招待されていたかもしれない。
  4. フジテレビで放送された「トリビアの泉」(初期~中期)のオープニングで、アイザック本人が、タモリと共に出演していた。
  5. 「黒後家蜘蛛の会」「ユニオンクラブ綺談」もあと数冊は増えていただろう。

池波正太郎[編集]

  1. テレビ時代劇の衰退を誰よりも嘆いた。
  2. 時代考証を完全に無視した近年のNHK大河ドラマの内容に憤慨していた。

伊藤計劃[編集]

  1. 星雲賞、日本SF大賞、PKD賞特別賞は史実通り受賞している。
    • そしてそのたびに虚淵玄、田中天ら友人たちと、賞状を賭けてボードゲームに臨んで大敗を喫し、手放してしまう。
  2. 小島秀夫直々のオファーで『メタルギアソリッド』の新作のシナリオを執筆していた。
  3. 『屍者の帝国』(史実では中絶)は2010年までには完成していた。
  4. 交友関係から、ニトロプラスのゲームのシナリオを執筆したり、F.E.A.R.のTRPG(おそらくシステムは『トーキョーN◎VA』か『ダブルクロス』)のリプレイにプレイヤーとして参加したりしていた。
  5. 04と同様の理由で『魔法少女まどか☆マギカ』の脚本も1本ほど書いていた…かな?
  6. 史実では第30回日本SF大賞の受賞作となっていた『ハーモニー』が何らかの形でアニメ化されていたかもしれない。
    • 当然「Project Itoh」は存在せず、普通にノイタミナでの放送となっていた。ただし演出は控えめになり、一部シーンはカットされる。

井上ひさし[編集]

  1. 自らが呼び掛け人である「九条の会」での活動を続けていた。
  2. 東北を題材にした小説を書き続けた。
  3. 2011年の東日本大震災による福島第一原発の事故で、反原発運動に参加していた。

遠藤周作[編集]

  1. ヨブ記の評論を予定通り執筆していた。
  2. 2008年のネスカフェゴールドブレンドのCMで唐沢寿明との合成映像で出演するのではなく、本人が直接1972年時のCMを再現する形で出演していた。
  3. 2016年時点でも生きていたら、「沈黙」のハリウッド映画化にコメントをしていたかも。
  4. キリスト教信者であることを生かし、死生観等についてエッセイを書いていた。

開高健[編集]

  1. 釣に関する紀行及び著作は、もっと多くなっていた。
    • 史実では行った事のないインド・ロシア(ソ連が崩壊したのは彼の死後だった)・アフリカなども紀行し、本を著している。
  2. サントリー(かつて、コピーライターとして勤務していた)の外部顧問を務めている。またサントリー(特にウィスキー)のCMにも頻繁に出演している。
    • 東日本大震災直後に放送された「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」を有名人リレーで歌うCMにも加わっている。(開高は、歌唱も趣味であった)
  3. 娘や妻が悲惨な最期を遂げる事もなかった。
    • ただしその場合、妻・牧羊子との関係は破綻していた可能性がある。
  4. 阪神大震災や東日本大震災では、直接現地に赴き支援活動をしていた。また、これに関連する著書もあっただろう。

景山民夫[編集]

  1. 料理の鉄人が放送終了するまで審査員を続けていた。
  2. さらに幸福の科学の広告塔として活動し続けた。
    • 2009年の総選挙で幸福実現党から立候補していたかも。
  3. 探偵!ナイトスクープにも顧問としてもう少し長くゲスト出演を続けていたかも。

川端康成[編集]

  1. 文壇の大御所として活動していた。
  2. 1994年の大江健三郎のノーベル文学賞受賞にマスコミからコメントを求められ、お祝いの言葉を贈った。
  3. 現実以上に「川畑泰史」と名前を混同する関西人が多かったかもしれない。

菊池寛[編集]

  1. 公職追放が解除されたあたりで文藝春秋の経営に戻っていた。
    • 「文藝春秋」は史実よりゴシップ色が強い雑誌になっていたかも。
  2. 石原慎太郎が芥川賞を受賞したことをきっかけに再評価されていた。

佐藤大輔[編集]

  1. たとえもっと長生きしていたとしても、ほとんどの架空戦記は絶筆に終わっていたことだろう。
    • 新シリーズを発表しては長期中断、また新シリーズを発表しては・・・の繰り返しになっていた。
  2. 「学園黙示録」もおそらくは未完に終わっている。

司馬遼太郎[編集]

  1. 現代(特に戦後)を舞台にした作品を執筆していたかもしれない。
  2. 「坂の上の雲」はおそらくまだドラマ化されていない。
    • 坂の上の雲ミュージアムも存在しなかった。
  3. 2001年に「二十一世紀に生きる君たちへ」を改稿し、発表していた。

澁澤龍彦[編集]

  1. 日本における幻想文学の長老として評価されているかもしれない。
  2. 構想で終わった「玉蟲物語」を執筆して世に出していた。
  3. 荒俣宏あたりと共著で作品を出していたかもしれない。

竹山道雄[編集]

  1. 『ビルマの竪琴』の著者として有名だが、中道保守の論客としても活躍していたので親中国や親北朝鮮の文化人を批判する一方、むやみな右傾化をいさめる文も書いていた。

太宰治[編集]

  1. 戦後の日本文学史が大きく変わっていた。
  2. 心身とも健康のまま過ごしていた場合、1990年代中頃まではご存命だったかもしれない。
    • 仮に実史より40年生きてたら1989年に亡くなるので松下幸之助、手塚治虫、美空ひばりと共に昭和とともに生き、昭和とともに亡くなった人物の代表となっていた。
    • もちろん生涯が小学館の学習漫画の題材にもされていた
  3. 「グッドバイ」が未完成のまま終わることはなかった。
    • そして後年、一部の女性たちから「女性の敵」呼ばわりされる。
      • 「グッド・バイ」は、愛人をたくさん持っていた男が、その愛人と別れる過程を描いた太宰本人曰く「現代の紳士淑女の別離百態」な内容なので。
  4. ノーベル文学賞を獲得し名声を手にしていたかも知れない
  5. 同い年の作家である松本清張と比較される機会が現実よりも多かった。
    • 両者の対談も実現していた。
  6. 生家である青森県北津軽郡(現:五所川原市)金木町の斜陽館は、旅館として使われる事も、一般公開される事も無かった可能性がある。


中上健次[編集]

  1. 有吉佐和子も健在だったら両方和歌山出身ということで何らかの絡みがあっただろう。
  2. 部落問題に関して引き続き何らかのコメントをしていた。
    • 永山則夫の死去においてもコメントをしている。
  3. 「中上健次シンポジウム」はなかった。

野沢尚[編集]

  1. 「龍時」は無事に完結していた。
    • アテネ五輪での代表の体たらくもあって、サッカーファンからこの作品を引き合いに出されている。
  2. 「坂の上の雲」は史実よりも早く放送されており、メインで脚本を務めている。

花登筺[編集]

  1. 現在でも実在の経営者等をモデルにした繁盛記物を執筆している。
  2. 喜劇界の衰退はなかった。
  3. 星由里子とおしどり夫婦になっていた。


三島由紀夫[編集]

  1. どっち道10年~15年は投獄されただろう・・・
    • 1980年代以降の日本は右傾化したため、それ以前に仮釈放されている可能性も高い。
  2. 大江健三郎よりも早くにノーベル文学賞を受賞していたかも
    • ノーベル賞受賞を機に政治や思想からは身を引いて、作家としての活動に専念してくれていた可能性も・・・・
      • いや、三島の性格を考慮すれば「政治や思想からは身を引」くこと等は考えられないだろう。
  3. 川端康成のガス自殺もなかった可能性が高い。
    • というか川端と師弟でダブル受賞していれば二人とも自殺することはなかっただろう。
  4. 国会議員になっている。首相になっているかも・・・・
  5. 石原慎太郎が今よりも影が薄かったはず。
  6. 公安当局の監視が強化されていたはず。
    • 日本の右傾化に伴い数年すれば監視もゆるくなっていたと思う。
  7. 「正論」、「諸君!」といった保守系論壇誌の常連寄稿者となっていた。
    • いや、むしろ「朝日ジャーナル」「噂の真相」(いずれも左派系だがいわゆる「新右翼」も寄稿していた)の常連となっていたと思う。
  8. 愛国ラップグループ「英霊来世」との交流があり、彼らの曲の作詞も手がけていた。
  9. 愛国芸能人(津川雅彦など)との対談をしたり、公式HP並びに「憂国ブログ」を立ち上げていた。
    • 小林よしのりとも対談していた。
    • ツイッターやFBも立ち上げ、定期的にコメントを寄せていた。
  10. 「たかじんのそこまで言って委員会」や「TVタックル」で準レギュラーとして出演していた。
  11. サイゾーに連載を持っていた。
  12. 母校の凋落をも憂いていたかも。
  13. 「新しい歴史教科書をつくる会」にも関与していた。
  14. 小説家としてだけではなく劇作家としての活動も続けていた。
    • 三島が脚本を書いた舞台でヒロインを演じた杉村春子や越路吹雪との交友関係も続いた。
    • 1980年代以降は松田聖子を可愛がり、三島の舞台のヒロインを聖子が演じていた。
  15. 戸塚ヨットスクールを支援する会の会長は石原慎太郎ではなく三島が就任していた。
    • 但し石原も1会員として支援する会に参加。
    • 伊東四朗が会員なのは史実と変わらず。
    • 大阪の桜宮高校の体罰問題に対してどういう反応を示しただろうか?
  16. サブカルチャーにも精通していたと言われる彼は宮崎駿や高畑勲、富野由悠季などにも関心を持ち、独自の評論を雑誌に寄稿していた。
    • 「新世紀エヴァンゲリオン」を通して「現代若者のニヒリズム」を説いていた。
  17. 日本文化チャンネル桜にも何回か出演していた。
  18. 大江健三郎の暴走を止めてくれた可能性も・・・実際に三島も大江の事を評価していたので
  19. それでもネット右翼には否定的な立ち位置になっている気がする。
  20. 昨今のLGBTの潮流には肯定的だったろう。

ヤマグチノボル[編集]

  1. 「ゼロの使い魔」はもっと早く完結していた。
    • 2014年辺りにアニメ5期が制作され、きちんと原作の最後まで映像化されていた。
      • そもそも癌自体がなければ執筆スピードも早くなるだろうから、4期ももっと早く制作されていた可能性がある。
  2. 「スオムスいらん子中隊」も完結していた。
    • 2009年春はせいぜい劇場版公開辺りまでにはきちんと到来していた。
      • 上手くいけば507JFWも小説化にこぎつけていた。
        • 遅くとも「ReBOOT」の代わりに507JFW編が始まっている。
    • 恐らくノーブル以前にドラマCDが実現していた。
      • 下地紫野や花守ゆみりがこの作品に関わることはない。
    • 展開次第ではブレイブPrequel3巻の展開が大きく変わっていたかもしれない。
  3. エロゲ脚本もある程度は続けていたはず。
  4. MF文庫Jのイベントには確実に招かれている。

女性[編集]

有吉佐和子[編集]

  1. 現代社会が抱える問題に鋭い目を向けた何らかの作品を執筆している。
  2. 笑っていいとも」のテレフォンショッキングに度々出演していたりするかもしれない。
    • 番組ジャック事件はトーク番組出演の際にはネタにされそう。
  3. 山崎豊子の良きライバルとなる。

栗本薫[編集]

  1. 「グイン・サーガ」が完結していたかは微妙?
    • 少なくとも200巻には到達していた。

鷺沢萠[編集]

  1. 「春の居場所」は完成されていた。
  2. 近年の日本の反韓感情に何らかの苦言を呈していた。

向田邦子[編集]

  1. 橋田壽賀子に激しくライバル視されていた。
    • 橋田壽賀子・向田邦子・平岩弓枝の辛口ホームドラマ御三家が健在し続けていた。
  2. 大相撲の”栃若時代”のごとき状況をテレビドラマ界に出現させていた。
  3. 月9ドラマも現実と違う嗜好や内容となり、トレンディードラマは誕生しなかった。
  4. おバカなバラエティ番組も誕生しなかった。
  5. アニメの脚本も書いていた。
  6. 大河ドラマの脚本は確実に複数回書いていただろう。
  7. 90年代以降、面白いおばあちゃんになった黒柳徹子を主演にしたテレビドラマを書いていただろう。
  8. (史実では死亡の原因となった)遠東航空機墜落事故から生還できていた場合、その出来事が『奇跡体験アンビリバボー』などで取り上げられていた。

山崎豊子[編集]

  1. 今でも「週刊新潮」での連載を続けていた。
  2. 「約束の海」は完結し、映画化またはドラマ化されていた。

米原万里[編集]

  1. 癌を自然療法で治すことに対する批判は少なくなっていた。
    • 彼女が死の間近に近藤誠を批判することもなかったか?



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