もしあの人が健在だったら/海外政治家

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アメリカ大陸[編集]

アメリカ[編集]

ジョン・F・ケネディ[編集]

  1. 人類は1970年までにへ、1980年までに火星へ、1990年までに土星へ、2000年までにアルファ・センタウリ恒星系に到達していた。
    • 意外と宇宙開発がのんびりしたものになっていたかも。ある意味ケネディの遺言でしょ?
    • よくて2000年までに冥王星でしょう。
  2. カルカノはごく一部のマニアしか知らないマイナー銃になる。
  3. いずれにせよベトナム戦争が発生し、ケネディ政権は現実の世界のブッシュ(息子)と同類扱いで後世に評価される。
    • ケネディが史実で高く評価されているのは任期途中で亡くなったために同情されているからなのだと思う(日本だと小渕恵三がこのタイプ)。健在だったらボンクラ呼ばわり必至だったろう。
  4. 2期連続して政権が続いていたでしょう。
  5. リンドン・ベインズ・ジョンソンは2期連続して副大統領のまま。
    • ケネディの任期が終わる'68年の大統領選には出馬しなかった。
    • 或いはそれでもケネディの任期が終わる'68年の大統領選に出馬し、共和党のニクソンと選挙戦を戦っていた。
  6. マイケル・ムーアやモーガン・スパーロックの風刺映画も無かったと思う。
  7. オバマ候補の応援に駆けつけていた。
  8. オズワルドやジャック・ルピーも健在。
  9. 阪神の抑えのトリオ、ウイリアムス・藤川・久保田もJ.F.Kと呼ばれていないかもしれない。
    • ロッテのYFK(藪田→藤田→小林雅英)なども。
  10. ニューヨークの「ジョン・F・ケネディ国際空港」は今でも「アイドルワイルド空港」のままだったかもしれない。
  11. いずれにしても、この暗殺がらみの陰謀論はほとんどなかっただろう。
  12. ビリー・ジョエルの「ハートにファイア」の歌詞が変わっている。
    • 1963年の象徴として代わりにあげられるのはワシントン大行進かこの年に死亡した人物としてデュボイス、ゴ・ディン・ジエム、エディット・ピアフあたりが挙げられていた。
  13. もしかすると、キャロライン・ケネディの駐日大使就任にも影響を与えているか?

ロバート・ケネディ[編集]

  1. ヒューバート・ハンフリーは民主党の代表にはなれなかった。
    • ニクソンと大統領選挙を戦うのはもちろんロバート。
    • ロバートが勝った場合、兄弟共に大統領になった例となる。
  2. ベトナム戦争が長引いたかは微妙・・。
  3. その後のアメリカ大統領史も違ったものになっていただろう。
  4. 野球のワシントン・セネターズ(第2次)やワシントン・ナショナルズ、アメフトのワシントン・レッドスキンズ、サッカーのD.C.ユナイテッドの本拠地の名は「D.C.スタジアム」のまま。

アルゼンチン[編集]

エバ・ペロン[編集]

  • 選挙で選ばれたわけではないものの、国政に介入していたということで。
  1. クーデターの後は夫のファン・ペロンと一緒に亡命していた。
    • それでも結局は史実のイサベルの代わりにアルゼンチン副大統領に就任していただろう。
      • そして女性初の大統領になっていたかもしれない。
  2. ミュージカル「エビータ」は無かった。
    • 当然映画化もされないので、マドンナがアルゼンチンで顰蹙を買うことはなかった。
    • アンドリュー・ロイド・ウェバーのブレイクが遅れていた。
    • 多くの人にとって「エビータ」とは化粧品のことだった。
  3. 100ペソ紙幣には未だ登場しなかった。
  4. いずれはアルゼンチンでも彼女のことを「活躍している女性」としてもてはやす人も増えていただろう。

アジア[編集]

イラク[編集]

サダム・フセイン[編集]

  1. 処刑画像や動画がネットで広まることはなかった。
  2. ウサマ・ビン・ラディンが殺害されたことについて何らかのコメントをしていた。
  3. オバマ政権になってもアメリカに強硬な態度を示している。
  4. 国内の過激派は弾圧され続け、史実ほど過激派が強くなっていない。

インドネシア[編集]

スカルノ[編集]

  1. デヴィ夫人が芸能界デビューすることはなかっただろう。
  2. 失脚後はスイスに亡命していた可能性がある。
    • それでもインドネシアの政権に戻ることを虎視眈々と狙っていた。
    • 成功した場合、少なくとも東南アジアは共産党の影響がもう少し強かった。
  3. 娘のメガワディはもう少し長くインドネシア大統領の職に就いていた。

トルクメニスタン[編集]

サパルムラト・ニヤゾフ[編集]

  1. トルクメニスタンが経済制裁の対象となっていた。
  2. ウズベキスタンのカリモフ大統領が死去した時に葬儀に出席していた。

韓国[編集]

朴正熙[編集]

  1. 1988年のオリンピックは名古屋で開催されていた。
  2. アメリカは南北両国の国交を断交した。
  3. 軍事政権は現在も続いていた
  4. 80年代のうちにクーデターで政権を追われていた可能性も。
  5. 自分の任期切れと同時に金鍾泌に大統領の座を譲って、引退していたかもしれない。
    • 金鍾泌に禅譲された場合、光州事件もなく平和裏に民政移行が実現していたかも。
      • 金泳三、金大中の大統領就任も史実より早まっていただろう。
  6. 日本の政治討論番組にゲスト出演していたかも
  7. SAPIOでは小林よしのり、櫻井よしこと討論していた
  8. なにより民団と総連の一時的な和解にマジギレしていただろう
    • 根拠としては文世光事件により夫人を撃ち、殺した人物が総連のスパイだったという説があるため
  9. 左派政権成立後(金大中、盧武鉉あたりの頃)に国民弾圧の罪とかで自宅軟禁されていた
  10. 「真・ゴーマニズム宣言」「まんが嫌韓流」の内容の一部がかわっていた
  11. 80年代になってかなり経ってもテレビ放送は白黒のままだったかもしれない。
  12. 娘が大統領になることはない。

北朝鮮[編集]

金正日[編集]

  1. 2012年の弾道ミサイル発射のどちらか一回は無かった。


中国[編集]

毛沢東[編集]

  1. 四人組が失脚しないので文化大革命が続いていた。
    • おそらく今の中国は現実より悲惨な状態になっているだろう。
    • 経済大国になるのは夢のまた夢になっている。
      • その分日本経済の凋落は無かったか、あってもだいぶ遅れていた。
    • 少数民族への扱いは史実以上に酷い事に。
  2. 日中国交正常化が白紙に戻されていたかもしれない。
  3. トウ小平はいずれ抹殺されていたかもしれない。
  4. 一人っ子政策は無かった。

ヨーロッパ[編集]

イギリス[編集]

マーガレット・サッチャー[編集]

  1. スコットランドの独立に関して何らかのコメントをしていた。
    • ただし、認知症を患ってないことが前提。

フランス[編集]

シャルル・ド・ゴール[編集]

  1. 「シャルル・ド・ゴール空港」などはなかったか、もう少し名称付けが遅れていた。
  2. さらに暗殺で狙われる回数が増えていた。
  3. ゴーリストの力がもう少し強くなっていたか。

ジョルジュ・ポンピドゥー[編集]

  1. ポンピドゥーセンター完成の際に来館して何らかのコメントをしていた。
    • そもそも名前が「ポンピドゥーセンター」ではないかもしれない。
    • 完成後によりフランスの文化政策を進めていた。
    • ポンピドゥー・センター・メスの開館が早まっていたかもしれない。
  2. ゴーリストの力が逆に弱くなっていた。
  3. ジスカールデスタンは大統領になるのが遅くなっていたか、そもそもなれなかった可能性がある。

フランソワ・ミッテラン[編集]

  1. 女性問題のことや暗殺疑惑のことでパッシングを受け続けていた。
    • 「国父」として再評価されることはなかったかもしれない。

ルーマニア[編集]

ニコラエ・チャウシェスク[編集]

  1. それでも失脚していたことには変わりないだろう。
    • 東欧革命は「完全無血」で達成されていた。
    • 革命方法で「アラブの春」に一定の影響を及ぼしていたかもしれない。
      • その場合はカダフィ大佐も死ななかった可能性はある。
  2. 失脚後はどこかに亡命しているだろう。
    • 金日成と仲が良かったらしいので北朝鮮に亡命したりして…
  3. そもそも存在を知られていない

アフリカ[編集]

リビア[編集]

ムマンアル・アル=カダフィ[編集]

  1. どこかに亡命していた。
    • そして亡命政府を樹立していた。
  2. アラブの春自体なかったら今でも独裁政権を続けている。
  3. 逆に今のリビアの混乱はないかもしれない。



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