もしあの人が選挙で落選していたら

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青島幸男[編集]

1995年都知事選
  1. 世界都市博覧会が中止にならなかった。
  2. これ以降東京都知事はオール与党相乗りになっていた。
  3. さいたま市の合併に影響が出ていたかもしれない。(対抗馬は後年合併協議会の会長になったので)
  4. 「有名人が出馬しても勝てない」ということになり、都知事は官僚出身など手堅い人事が続いていた。

石原慎太郎[編集]

2011年都知事選
  1. そのまま国会でリベンジする姿勢を取っただろうから、日本維新の会の成立が史実より早くなっていた。
    • もしくは太陽の党としての活動期間が若干長くなっていた。
      • おそらく後者でしょう。
  2. 各メディアから「天罰発言に対する天罰」と風刺された。
    • ネット上では「非実在青少年」をもじって「非再選老人」と風刺されていた。
  3. 場合によっては2020年のオリンピック立候補が撤回されていた。
  4. 猪瀬直樹が都知事になることもなかった。

東国原英夫[編集]

2007年宮崎県知事選
  1. 宮崎は注目される事はなかった。
    • 鳥インフルエンザも大問題扱いされず、対策も遅れていた。
    • 鳥インフルエンザのニュースは二、三日ほどで報道されなくなっていた。
    • 風評被害があと数年続いている。
  2. 都城泉ヶ丘高校はセンバツに選ばれてなかった。
  3. いまだに宮城県と混同されている。
    • また宮城県の知名度が宮崎県に今のように逆転されることは無かっただろう。
      • 宮城ってそんなに知名度低い?仙台は日本の主要都市だぞ。
      • 知名度でいえば仙台市>>(越えられぬ壁)>>宮城県
  4. 今も「談合」のイメージが強い。
  5. ザ・グレートサスケ氏(岩手)や桜金造氏(東京)の知事選出馬はおそらくなかった。
  6. 勝手に都道府県知事の項目はつくられる事はなかった。
  7. 元嫁と復縁していたかも。
  8. 相変わらず「そのまんま東」のまま。
    • そしてビートたけしに選挙のネタでイジられていた。
    • TVタックル(テレビ朝日)で、東国原英夫とビートたけしが、競演する事も無かった。
  9. 2008年冬にも行われるであろう「衆議院議員選挙」で、自民党からの出馬要請も無かった。
    • ただし2012年の衆議院選挙は史実通り比例代表での出馬をしていた。ただし日本維新の会ではない可能性が高い。
      • おそらく自民党からの出馬で、近畿ブロックではなく九州ブロックだった。
  10. 宮崎を代表する有名人といえば蛯原友里となっていた。
    • そのうち彼女が知事選に立候補したりして。
      • 特に政治に興味があるとかでもないのにそうやすやすと知事に祭り上げられることはないのでは?
    • 井上康生の可能性もあり。
    • コブクロの小渕も候補。

嘉田由紀子[編集]

2006年滋賀県知事選
  1. 例の新駅は予定通り建設に踏み切る。
  2. 国松善次が3選。
  3. 他の政策も転換していない。
  4. 大戸川ダムも国交省の計画通りに工事が続けられる。
  5. 「日本未来の党」も誕生しなかった。
    • メディアにおける小沢一郎の悪役性もやや薄くなっていた。
      • 2014年1月現在、小沢たちは未だに民主党にいるかもしれない。

橋下徹[編集]

2008年大阪府知事選
  1. 「大阪維新の会」は誕生しなかった。
    • 日本維新の会」も誕生しなかったため、2012年12月の衆院選では現実以上に自民党の圧勝となっていた。
      • 「日本維新の会」ではなく「たちあがれ日本」か「太陽の党」になっていた。
        • そしてみんなの党と合流するが、例によって分裂したかもしれない。
  2. 御堂筋パレードは2010年現在も継続中。
  3. 「大阪都構想」はいつのまにか立ち消えに。
  4. 大阪府庁舎のWTC移転は議論すらされなかった。
  5. 現実では後任になっている松井一郎も知事にならなかった。
    • そのまま自民党に残っていたか、別の神輿を見つけていたか…?
  6. 泉北高速鉄道南海の子会社になることはなかった。
  7. 平松邦夫が2011年の選挙で大阪市長を続投していたが共産党が支持することはなかった。
  8. 2025年開催の大阪・関西万博への立候補もなかった。
    • 2019年のG20大阪サミットも開催されなかった。
2011年大阪市長選
  1. 当然ながら、「大阪都構想」はもろくも崩れ去っていた。
  2. 翌年の衆議院選挙は自民党が史実以上に圧勝していたのは言うまでもないだろう。
    • 民主党の議席数ももう少しだけマシになっていたはず。
  3. 慰安婦発言は史実ほどの波紋を呼んではいなかったか、その発言自体が無かった。
  4. 大阪市交通局の民営化も議論されなかった。
    • 市営バス路線の廃止も現実よりは少なかった。
    • 地下鉄の終電の延長や駅トイレのリニューアルなどもなかったかもしれない。
    • 2014年の値上げの時、1区の運賃が180円に値下がりすることはなかった。
    • イベントなども現実より少なかった。
    • 御堂筋線への30000系投入は現実よりも早いペースで行われている。
    • 地下鉄駅構内の案内表示(サインシステム)のリニューアル(ヒラギノ&パリサインへの変更)も行われなかった。
    • ekimoなどの駅ナカ商業施設も開設されず、駅売店は今も大阪市の外郭団体が運営する「SUBSTA」のまま。
  5. 大阪市においては中学校における学校給食は現在に至るまで実施されていない。
  6. 桜井誠との意見交換会は行われなかった。
    • マスコミにとって在日特権を許さない市民の会を紹介せざるを得ない事態にならなかっただろう。
  7. 大阪の公立学校で使用されていた「にんげん」という副読本は廃刊にならなかった。

橋本昌[編集]

1993年茨城県知事選
  1. 1993年に佐川一信氏が当選するが、史実通り彼が1995年に亡くなってしまった場合、茨城県知事選のサイクルが史実と狂う。
    • 結局1995年、知事に就任する。
    • 2003年の知事選は衆院選と同日だった。
2009年茨城県知事選
  1. 茨城空港は開港しなかったかもしれない。
  2. が当選していたら、全国最年少の知事が誕生していた。
    • 参院選に出ることもなかった。
  3. 石川県知事と在任期間を巡って耐久レースをすることもなかった。
  4. 民主党系の単独候補がいたら危なかったかもしれない。

美濃部亮吉[編集]

1967年都知事選
  1. 大井オートレース場と後楽園競輪場は存続していた。
    • 「走れコウタロー」のネタにされることはなかった。
  2. 参議院選には出馬しなかった。
  3. 美濃部達吉の方が有名だった。
    • 下手したら父・達吉どころか外祖父・菊池大麓や曽祖父・箕作秋坪、高祖父・箕作阮甫も亮吉より有名だったかも知れない。
  4. 外環道の工事のペースは現実以上に早く、関越~東名の区間もとっくに開通済み。
    • 東名から先の区間も既に着工してたかも。
  5. 成田新幹線は開通していた。
    • 京葉線は大崎の方へ行っていた。
      • りんかい線は勿論JRの路線となっていた。

若狭勝[編集]

2016年10月衆議院補選
  1. 小池を支持していた自民支持層が民進候補に流れた事で落選したとみなされていた。
  2. 小池都知事はこの時点で自民党に見切りをつけていた。
    • 都議会では公明党のみならず民進党、生活者ネット、社民党などにも協力を求めていた。
  3. 若狭勝は自民党を離れていただろう。
    • むしろ自民にい続けた気がする。

和田義明[編集]

2016年4月衆議院補選
  1. 「町村信孝氏の婿養子になっていれば当選していた」という声が出ていた。
  2. 補選で保守勢力は両方とも落としていたことになっていた。
  3. 史実どおり京都3区で泉健太が勝利した場合、両選挙区で落としたことから7月の参議院選挙に大きく影響を与えていた可能性もある。
  4. 自衛隊基地のある千歳市、農村部の当別町周辺の票が対立候補に流れたことで「安倍政権の進める農業政策・安保政策が支持されていないのではないか」という声が大きくなり、時の安倍政権の進退問題に発展していたかもしれない。

関連項目[編集]




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