もしあの列車・種別が○○だったら/私鉄

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もしあの列車・種別が○○だったら > 私鉄


目次

東武鉄道[編集]

東上線特急が○○だったら[編集]

  • 2019年のダイヤ改正で、「川越特急」として復活するとのことリンク

現在でも続いていたら[編集]

  1. 今の快速急行がそのまま特急を名乗っていた。
  2. 今の快速が快速急行になっていた。
    • 正直こっちのほうがいい。

有料特急だったら[編集]

東武東上線の特急は過去には「フライング東上」という有料特急を運行していたが、短期間の運行にとどまり、それ以来、有料特急は運行していない。もし、特急があくまで有料として運行し続けていたら?

  1. スペーシアは無理でも、200系か300系を使用した特急が走り東上線のイメージは上がっていた。
    • 200系投入で捻出した1800系がこちらに回された可能性が高い。
  2. TJライナーは1990年代後半に運転開始、使用車両は有料特急の車両だった。
    • 「TJライナー」ではなく特急の一種になっていた可能性のほうが高いか(小田急の「ホームウェイ」や京成の「イブニングライナー」のように)。
      • 京急ウィングみたいなものになってた可能性も(川越飛ばし)。
  3. 西武新宿線の小江戸の利用者は減っていた。
  4. 秩父鉄道直通の廃止が遅れた。
    • 但し西武秩父線開通後は圧倒的に距離で不利になるのでいずれ廃止されていた。
  5. 「日光・きぬがわ」の運行開始時に、東上特急も新宿への乗り入れ検討がなされていた。
    • えーと、JR新宿にどう乗り入れるんだ?新宿三丁目ならともかく。

快速が○○だったら[編集]

伊勢崎・日光線[編集]

現在でも続いていたら
  1. 南栗橋での分断はなかった。
  2. 日光線に急行と区間急行が設定されることはなかった。
  3. 6050系は現在でも南栗橋以南で運用していた。
  4. 停車駅に新越谷・曳舟が追加された。
  5. 2016年ごろに6050系の置き換え用として50090系が導入される。
史実より早く廃止されていたら

史実では2017年4月21日のダイヤ改正で廃止されましたが、もし、それ以前に廃止されたら?

  • 2006年3月18日に完全廃止(区間快速もなし)
  1. 6050系が浅草~南栗橋から姿を消していた。
    • 場合によっては浅草~新栃木から姿を消していた。
    • 2006年3月のダイヤ改正直前は6050系の撮影のために多くの鉄道ファンが押しかけていた。
    • さすがに東横線の横浜~桜木町間廃止や渋谷駅地上ホーム廃止のときのようにテレビで大きく取り上げられることはないだろうが、ホームページやブログでは多くの鉄道ファンが写真を載せていた。
  2. 不満は上の「全列車区間快速に格下げ」も越えていた。
    • 新ダイヤ発表日とダイヤ改正初日は東武伊勢崎線スレの勢いが鉄道板史上最大になっていた可能性も。
  3. 特急が満席で乗れなかった人はロングシートの通勤電車の急行に乗り南栗橋での乗り換えを強いられることになっていた。
    • 場合のよっては南栗橋、新栃木の2回乗り換え。
  4. 現在では「特別料金不要の伝説の列車」として語り継がれていた。
    • 2ちゃんねる鉄道懐かし板の「懐かしの東武鉄道」スレは快速の話題ばかりになる。
  5. この場合南栗橋以北は特急と普通だけの運行になっていたかも…。
  6. さらに近鉄にもそれらの動きが波及し、大阪線の伊勢直通急行が全て名張駅で系統分割されていた。
    • 南海高野線の大運転も特急以外廃止されたかも。
  • 2013年3月16日に完全廃止
  1. 上記と同じく6050系が浅草~南栗橋か浅草~新栃木から姿を消していた。
    • しかし東横線渋谷駅地上ホームの影に隠れあまり話題にならず。
    • 日比谷線の東横線直通廃止程度の認知度。
  2. 既に1度区間快速格下げという改悪(長距離利用者にとって)があったのであまり荒れず。
  3. (有料特急を使わずに)東京都心部へ行くのに時間が掛かる様になり、春日部以北の人口流出が進んでいた。
朝上り、夕方下りにも運転されていたら
  1. 春日部以遠の通勤客に重宝されていた。
    • 埼玉県北部・栃木県南部の人口が増えていた。
  2. 通勤客の遠近分離の列車の1つになっていた。
  3. クロスシートでは混雑するので朝夕のみ6050系ではなく10000系あたりが使用されていたかもしれない。
    • 6050系だったら混雑緩和のために春日部、東武動物公園通過して、南栗橋に停車していたかもしれない。
区間快速設定後に日中も運転されていたら
  1. 特急の利用者が伸び悩んでいた。
    • しかしマイカーには逃げられずに済んだ。
  2. 今でも「特別料金不要の速達列車」として鉄道ファンにもてはやされてる。
  3. 特急が満席だったせいで仕方なく遅い区間快速に乗るという悲劇はなかった。
休日のみ運転だったら
  1. 休日は日中も快速が運転され、区間快速化されることはなかったかも。
  2. 西武池袋線・秩父線直通の快速急行と比べられることが多かった。
2017年以降1日1往復のみの運転になっていたら
  1. 特急が走っていない時間帯で運転されていただろう。
  2. 政治列車だと揶揄されそう。
  3. 浅草駅に6050系が見られる数少ない機会となっていた。
2006年3月18日に全列車区間快速に格下げされていたら
  1. 「区間快速」という種別は存在せず、浅草、北千住、春日部、東武動物公園から各駅に停まる列車が「快速」になる。
    • ただの停車駅増加。
    • 2013年3月16日に史実通り東武動物公園~新大平下の通過運転が復活するかわりに半減する。
  2. 間違いなく不満は史実以上だった。
    • 2ちゃんねるの東武日光線スレはさらに大荒れ。
      • 特急が満席で乗れなかった人の苦情でスレが埋まっていた。
  3. 「快速」は東武伊勢崎線・日光線沿線の禁句になっていた。
  4. 2013年3月に種別名称も「快速急行」に改称されていた。
伊勢崎口にも運転されていたら
  1. 6050系が伊勢崎線でも見られた。
  2. 「りょうもう」の本数が減っていた。
  3. 東武動物公園以北はかつての準急Aの停車駅に停まっていた。
  4. 佐野線・桐生線直通を併結した三階建て列車も存在する。

東上線[編集]

2017年に廃止されていたら

東武東上線の快速も日光線と同時に廃止されていたら

  1. 快速急行が増やされる。
    • 若葉に停車していたかも。
  2. 快速急行もなくなってTJライナーが日中にも運転されたかも。

伊勢崎線の準急Aが現在でも続いていたら[編集]

  1. 2006年3月の種別名変更で急行系の種別名に変更されていると思われるが、どんな名称になっていたのだろうか?
    • そのまま急行Aか
    • 快速急行
      • ただそれだと種別の順列が快速>区間快速>快速急行>急行、と区間快速が快速急行より上という前代未聞の逆転現象が起きてしまう。
      • 快速と快速急行の種別を交換していたかもしれない。
    • あるいは準快速
    • 今の東武の感覚だと準急Bは間違いなく区間急行になっていた筈だから急行になってそう。
      • 急行には浅草発着の便も設定されていた。
        • 半蔵門線直通の急行と住み分けを図るため、浅草-伊勢崎間の旧準急Aは急行、半蔵門線直通の急行は直通急行あたりになっていた。
        • むしろ半蔵門線直通急行が旧準急Aのポジションを継いでいた。
          • 運用は有効長の関係から30000系に限定されていた。
            • 30000系はこの列車のために現在でも地下鉄に乗り入れる運用についていた。
              • 東上線に転出することはなかった。
            • 久喜で付属編成との分割・併合を行っていた。
            • 乗車距離が長くなりそうなのでトイレが設置されていた。
          • 西武のS-TRAINの成功を受けて東武でも同種列車の運行を検討していた。
            • 50090系の伊勢崎線版が導入される。
          • 浅草発着は北千住-浅草間は各駅停車となるのでむしろ区間快速急行あたりになってそう。
            • その場合だと東上線の快速急行と快速との種別での逆転現象が起きていた(東上線:快速急行>快速。伊勢崎線:快速>区間快速>区間快速急行)。
  2. この場合日中の館林、太田乗り入れが存続、あるいは朝夕夜間のみの運転という仮定。
    • 後者だと通勤急行あたりになっていた。ただし休日も運転。
    • 一般列車の多くは現在、久喜で分断されているため、旧準急Bは区間急行への格上げとともに久喜までに短縮されるが、準急Aは急行に格上げされ、現在も久喜を直通運転する形で存続していた。
      • むしろ久喜-伊勢崎間の急行として存続。
  3. 乗り入れ先のこの路線と接続してるこの路線の各駅停車に倣って、急行Aと急行Bで違う色の幕やLEDを使用していたかもしれない。
    • 小田急や京王などがやってる最もポピュラーな方法は東武動物公園から各駅に停まる急行は「急行 東武動物公園行き」としそこから「各駅停車 太田行き」にするやり方だが。
      • 旧準急Bは先述の通り、むしろ今の東武の感覚だと区間急行あたりじゃね?
  4. 伊勢崎市による政治列車だと揶揄される。
    • 各支線にも乗り入れさせたというなら群馬県+足利市・佐野市の政治列車となれそうだが…
    • 伊勢崎発着のりょうもうの影が薄くなっていた。
  5. 快速準急を名乗っていた。

京成電鉄[編集]

スカイライナーの地下鉄乗り入れが実現していたら[編集]

  • 2代目スカイライナーであるAE100形は地下鉄乗り入れが可能な構造でしたが、営業運転が実現することはありませんでした(回送ならば都営フェスタの時に実現)。
  1. 後継であるAE形も地下鉄乗り入れに対応した構造になっていた。
    • 3.3km/h/sの起動加速度と160km/hの最高速度を両立する怪力電車になっていた(史実のAE形(2代)の起動加速度は2.0km/h/s)。
  2. 羽田空港-成田空港間を走破するスカイライナーが運転されていた。
    • 横浜方面にも足を延ばして成田エクスプレスに対抗していた可能性もある。
    • エアポート快特の存在が薄れていた。
  3. 浅草線のどこか(史実の計画だと浅草橋か蔵前だったはず)に通過線が新設されていた。
  4. 日暮里駅の改良工事が成されていたかどうか怪しい。
  5. 小田急電鉄よりも先に「地下鉄に乗り入れる有料特急」の座を獲得していた。
  6. 京急2100系の浅草線乗り入れも真剣に検討されていたかもしれない。
    • むしろ京急も有料特急を走らせていた。
  7. AE100形は当初の目的を生かせる車両になっていた。
    • 113系1000番台初期車や東急9000系の二の舞になることはなかった。
    • 2代目AE形導入後はシティライナーで余生を送ることはなかった。
  8. 京急乗り入れが諸事情でダメだったら成田空港~泉岳寺の運転だっただろう。西馬込まで直通?需要がない。回送ならありうるだろうが
  9. 京王ライナーの都営地下鉄新宿線直通が真剣に検討される。

東京メトロ[編集]

有楽町線の準急が2010年3月で廃止されなかったら[編集]

  1. 本数は減少していただろう。
  2. 副都心線急行の件で地下鉄成増〜氷川台間通過率が高まって不満が高まったから廃止されたとみなされることはなかった。
  3. 豊住線開通後は有楽町以南での快速運転も計画されていた。
    • もっとも飛ばせる駅が辰巳くらいしかなさそうな…その気になれば豊洲以外全部通過もできるはず(有楽町以南の新富町/築地を除く接続駅は豊洲のみになるので)。

小田急電鉄[編集]

快速急行が2018年に廃止されていたら[編集]

登戸通過で不満が多かった快速急行が廃止されていたら(史実では登戸停車)

  1. その分急行・準急・特急が増やされていた。
  2. 下手したら2017年の東武ダイヤ改正の二の舞いになっていた。
    • 小田原線は本厚木、江ノ島線は藤沢で特急以外系統分割されていたかもしれない。
      • 本厚木以西の特急停車駅が増やされていた。
        • 少なくとも新松田が停車駅から外されることは無かったはず。

「あさぎり」の沼津乗り入れが現在でも続いていたら[編集]

  1. どちらにしろMSE導入とともに一日一往復となる。
    • 2016年以降はラブライブとタイアップしてボロ儲け…とまではいかないんだろうな。増発もおそらくされない。
  2. 沼津まで富士山麓と言い切るのは厳しいので、列車名が変更されなかったかもしれない。

京王電鉄[編集]

有料特急が運転されていたら[編集]

座席指定型特急
  1. 現行の特急・準特急は「快速急行」になる。
    • 特急誘導のために快速急行の本数は少なかったかもしれない。
  2. 京王相模原線の延伸が実現してたらあったかもしれない。
  3. 「高尾」「陣馬」などの愛称が有料特急用に残っていた。
  4. 併結が得意?な京王の特性を考えると、名鉄や南海のように一部座席指定の特急になっていた可能性が高い。
    • 指定席(専用車両)2~4両+自由席(既存の通勤車)6~8両といった感じの編成になっていた。
クロスシートの通勤型特急
  • 京王ライナーとして実現しましたが、あくまでもそれ以前からあったら、という想定で。
  1. 停車駅は現行の特急と同じ。
  2. 夕方のラッシュ時には京急ウィング号やTJライナーのようなホームライナーが運転されていた。
  3. 京急とよく比較されていた。

近畿日本鉄道[編集]

近鉄特急が○○だったら[編集]

列車愛称が廃止されなかったら[編集]

  1. 名阪特急(名古屋~大阪)は「すずか」。
    • 甲特急はそのまま「アーバンライナー」になる気がする。
  2. 阪伊特急(大阪~伊勢志摩)は「いせ」。
    • 23000系の場合は「伊勢志摩ライナーいせ」。
      • 寧ろ「いすず」の名前が残ってそうな予感。流石に神風は特攻隊を連想させるから無理だろうけど。
  3. 名伊特急(名古屋~伊勢志摩)は「しま」。
    • 23000系の場合は「伊勢志摩ライナーしま」。
      • 「かつらぎ」の名称がこっちに流れてきたりして。
  4. 京伊特急(京都~伊勢志摩)は「しんじゅ」。
    • あるいは「いすず」。
      • 阪伊特急が「いすず」を名乗り、代わりに「いせ」がこっちに流れてきたかもしれない。
    • 23000系の場合は「伊勢志摩ライナーしんじゅ」。
  5. 京橿特急(京都~橿原神宮前)は「あすか」。
  6. 京奈特急(京都~奈良)は「やまと」。
  7. 阪奈特急(大阪~奈良)は「かすが」。
  8. 吉野特急(大阪~吉野)は「よしの」。
    • 新車登場を機に「さくらライナー」が新設。
  9. 今はなき阪京特急(大阪~西大寺~京都)は「みやこ」。
    • やはり廃止された湯の山特急(大阪・名古屋・四日市~湯の山温泉)は「ございしょ」になっていた。
    • これまたなき奈伊特急は…「しんと」?
  10. 50000系使用列車も上記伊勢志摩ライナーのように「しまかぜ・いせ」「しまかぜ・しんじゅ」などを名乗っていた。
    • さすがに「しまかぜ・しま」は語感が悪いので別の名称になっていた可能性が高い。
    • 場合によっては「ミュースカイ」や「スカイライナー」のように「しまかぜ」が特急とは別の種別となっていた。
      • 「青の交響曲」は運行区間が限られているので恐らくそのまま。
  11. 天理臨は「てんり」にでもなってたのだろうか。

阪神・山陽乗り入れが実現していたら[編集]

  • 近鉄側はやりたいらしいが阪神・山陽側が乗り入れに消極的らしい。
  1. 山陽姫路発賢島行きというロングラン列車が誕生する。
  2. 阪神・山陽の特急という種別は変更させられる。
    • あるいは運賃だけで乗れる特急はそのままで、近鉄直通の有料特急は「近鉄特急」「指定特急」として区別されるかも。
  3. 観光特急しまかぜは阪神・山陽乗り入れも考慮されていたのでビスタカーはなかったかも。
  4. 関西大手私鉄で有料列車がないのは阪急だけになる。
  5. 近鉄に19m車の特急車両が登場していたかもしれない。
  6. 近鉄名古屋~山陽姫路間という私鉄最長距離列車が誕生。

名阪ノンストップ特急が史実(2012年)以前に廃止していたら[編集]

近鉄の名阪ノンストップ特急は東海道新幹線開通後利用客が激減し、一時は廃止まで検討されていたほどです。もし名阪ノンストップ特急が本当に廃止されていたら・・・

  1. 「アーバンライナー」は誕生しなかった。
  2. 近鉄特急の看板は今も伊勢志摩特急。
    • 近鉄特急のフルモデルチェンジは「伊勢志摩ライナー」で行われていた。
  3. 名阪間における近鉄のシェアは現実より低くなっていた。
    • それでも1970年代半ばの国鉄の運賃50%値上げ後は近鉄の方が運賃+特急料金が安くなるので、安くいきたい人は近鉄を利用するようになる。
  4. 伊勢中川駅の短絡線は存在しない。
  5. 名阪間の高速バスがもっと栄えている。
    • 名神高速のバス停は現実より多い。

現在でも日中に京伊特急が運行されていたら[編集]

  1. 外国人観光客から重宝されていた。
  2. 2016年のダイヤ改正の前までは、阪伊乙特急との併結運転を行っていたが、ダイヤ改正後は、単独運転になっていた。
  3. 22600系電車はさらに増備されていた。

京阪電気鉄道[編集]

京阪特急が○○だったら[編集]

最初からテレビカーが無かったら[編集]

  1. 京阪は今より地味になっていた。
    • 京阪特急はロングシート主体で土日のみの運転だった。
      • テレビカーがなくてもクロスシートの特急は史実通り運行され続けるはず。そうでもしないと自分から顧客を手放すという自殺行為になるだろうし。
        • ダブルデッカーの導入はおそらく史実通り。
  2. テレビカーといえば京成。
    • あるいは富山地方鉄道。
      • 地鉄のテレビカーは京阪3000系の譲渡が前提だから、京阪のテレビカーがなかったら地鉄にもテレビカーはないだろ。
    • 意外と筑豊電鉄だったかも。
      • 路面電車タイプの車両にテレビがあるのが現実以上に珍しがられていた。
    • 意外と名鉄が導入していたかもしれない(パノラマカーの中間車のうち1両に設置)。

ダブルデッカーが増結されなかったら[編集]

  1. 8000系はしばらくの間は史実通り7両編成だっただろうが、いずれ全車平屋の8両編成に組み直されていた。
    • 場合によっては追加発注もあったかもしれない。
  2. 最初のダブルデッカーが3000系の余剰車を改造して作られた以上、3000系が完全に置き換えられていた可能性も否定できない。
  3. 9000系の特急起用に対する批判はせいぜい固定クロスである事くらいだけだったかもしれない。
  4. 富山地鉄にもダブルデッカーがなかった(京阪旧3000系のダブルデッカーが譲渡されたのがきっかけだったので)。
  5. 完全に乗車券のみで乗車できる2階建て車両といえばクハ415-1901くらいだった。
  6. 座席指定車(プレミアムカー)の登場も史実より早かったかもしれない。

座席指定席が連結されていたら[編集]

  • 何やら近い将来導入するという噂がありますが、ここではもっと早くから導入されていた場合について考えます。
  1. 新快速や阪急特急に同様の車両が連結されていればあり得た可能性大。
    • 逆に京阪で成功していたら阪急や新快速にも追って同様の車両が導入されていた。
      • 関西以外では西鉄の特急にも指定席が導入されていたかも。
  2. テレビカーが2両あった頃は片方が指定席になっていたかもしれない。
    • 8000系はテレビカーが指定席車になっていた。
  3. 旧型の指定席より新型の自由席に客が流れる恐れがあるので、3000系に8000系を増結する事はなかった可能性が高い。
    • ダブルデッカーの導入に対しても同様の理由で慎重に行われていたかもしれない。
    • プレミアムカー導入が鴨東線開通と同時期だったら3000系に増結した8000系がプレミアムカーになっていた。
    • むしろ8000系が指定席になっていた。
  4. 3000系(2代)への連結も一時的に検討されていた。
    • 3000系(2代)は急行や準急にも幅広く運用されることから結局は見送られ、3000系など3扉車使用の特急は樟葉以東の停車駅を増やしたうえで準特急に格下げされていた。
  5. 3000系の座席番号表示が有効的に使われていた。
  6. 1980~90年代に連結されていた場合、座席が自由席車と同じだったら史実の国鉄における京阪神快速電車のグリーン車や関空特快ウイング号における指定席車と同様、利用が低迷して最終的には廃止されていた可能性もある。
  7. 8000系以降の特急車には便所・洗面所や飲料の自動販売機が設けられていた。
  8. 指定席車(プレミアムカー)に客を誘導させるため、8000系以降の自由席車は3ドア車で製造され、史実の2代目3000系のような2列-1列のセミクロスシート(車端はロングシート)になっていた。

1980年代のうちに現在の停車駅になっていたら[編集]

  • 現実には2000年に中書島・丹波橋が、2003年に枚方市・樟葉停車が追加されましたが、もっと早くからこれらの駅に停車していたら?
  1. 8000系は現実と異なり3扉両開きで登場していた。
    • 現実の阪急9300系のような車両となっていた。
  2. ダブルデッカーは導入されず、テレビカーも現実より早く廃止されていた。
    • 8000系登場の時点でテレビカーが廃止されていたかも。
  3. 9000系や3000系(2代)は登場しなかった。
  4. 阪急京都線特急も早いうちに途中停車駅が増えていた。

8000系登場当初からダブルデッカーが連結されていたら[編集]

  • 現実には1997年に行われた8連化の時にダブルデッカーが連結されました。
  1. 旧3000系増結用に作られたT車もダブルデッカーとして製造されていた。
  2. 鴨東線開業の目玉になっていた。
    • 当初は旧3000系も混在していたが、現実以上に8000系を待つ客が多かった。
  3. 8000系はブルーリボン賞は無理としてもローレル賞は獲れていたかも。
  4. 特急8連化の際にはダブルデッカーがもう1両追加されていた。
  5. 旧3000系はリニューアルされずに1995年の時点で全廃になっていたかも。
    • 京阪特急にダブルデッカーが導入されたのは旧3000系リニューアルがきっかけだったため。
    • その場合、富山地方鉄道にダブルデッカーが導入されることもなかった。
      • 逆に富山地鉄・大井川鐵道以外に旧3000系が譲渡されていた可能性もある。
  6. テレビカーは現実よりも早く廃止されていたかも。
    • その場合、遅くとも地デジ移行の時に廃止されていた。
  7. 同じく料金不要の2階建て車両であるクハ415-1901の影が薄くなっていた。
  8. 3000系(2代)にもダブルデッカーが連結されていたかもしれない。
    • 8000系のダブルデッカー車の側扉を両開きにしたような感じの車両で、平屋部分は最初からロングシートになっていた。

阪急電鉄[編集]

特急が○○だったら[編集]

京都線特急の停車駅が20世紀のうちに現在と同じなっていたら[編集]

1970年大阪万博期間中は淡路、茨木市に臨時停車していたことがありました。(現実では茨木市駅は2001年、淡路駅は2007年に停車)

  1. 6300系はなかった。
    • 6300系は神宝線の6000系がベースの3扉クロスシート車になっていた。場合によっては特急格下げ車を除くと日本初の3扉転換クロスシート車となり国鉄117系電車を始め他社の車両に大きな影響を与えていた。
      • 117系は現実と異なり3扉車になっていたかもしれない。
  2. 大宮駅の特急通過が早まったかもしれない。
  3. 快速特急新設が早まった。
  4. 神戸線特急の停車駅も増えていたかも。
    • 宝塚線特急は日生エクスプレスしか設定されなかった。
  5. 京阪特急の停車駅増加も現実より早かった。
    • 京阪8000系は3扉転換クロスシート車として登場していた。

宝塚線の特急が2003年8月に廃止されなかったら[編集]

史実では、1995年6月のダイヤ改正で、宝塚線に特急が設定され、2003年8月に廃止されました。もし、続けていたら…

  1. 山本駅に待避線が設けられていた。
  2. 2015年3月に設定された通勤特急は「特急」となっていたかもしれない。
    • それとも、通勤特急は雲雀丘花屋敷発着になっていたかもしれない。
  3. 曽根新線(曽根~神崎川)が開業していたら、確実にあり得た。

急行が○○だったら[編集]

京都線の急行が2007年3月に廃止されなかったら[編集]

史実では、2007年3月のダイヤ改正で、急行は廃止されました。

  1. 新大阪線(淡路~新大阪~十三)が開業していたらあり得た。
  2. 2013年12月or2019年1月のダイヤ改正で通勤特急が淡路駅に停車していたかもしれない。

南海電気鉄道[編集]

特急が○○だったら[編集]

自由席特急が史実よりも早く廃止されていたら[編集]

史実では、2012年4月に廃止されました。

  1. 1992年7月のダイヤ改正で南海本線の特急は「サザン」で統一された。
  2. 無論、10000系電車の10001F~10003Fが中間車として、改造されることはなかった。
    • 全編成に中間車が製造された。
  3. 全車座席指定車が運行されていたのは史実通り。
    • 2012年4月までに運行されていた。
  4. 12000系電車の登場は史実通り。

1985年以降も南紀直通列車を運転していたら[編集]

  1. 1985年の急行「きのくに」の電車化及び特急「くろしお」への格上げに伴い、国鉄から余剰となった485系を購入していた。
    • ただし交流機器は撤去。
  2. その後485系の381系への置き換えに伴い、381系が南海への乗り入れができない(381系は車長が21.3mある)ことから、独自で振り子車両を開発していた。
    • ズームカーorラピートど同一規格になる。
    • 南海も車体長がJRより長いから、なんとかなりそうな気がしないでもない。
  3. なにわ筋線開業後にはどうなるのやら・・・。
  4. JR後になってついに名古屋まで延長し夢の特急化、名前は非電化区間を中心に走る「南紀」と区別するために「ワイドビューきのくに」に。
  5. 電車化や特急格上げで残るも、バブル崩壊後の不況や阪和道延伸によるマイカー・バスへの転移、さらにはダイヤ調整をめぐるJR西日本との対立などもあり、21世紀に入る頃には直通列車は廃止される。
    • JRとこじれにこじれた結果、かつての白浜急行バスよろしく和歌山バスと共同で大阪~白浜の高速バスが走る。ただし明光バスは相互無視。
    • 下にあるように関空特急を巡る競合関係もあるから、関空開港と287系導入辺りが白紙化のヤマになりそう。
  6. 関西空港開港時に関西空港-白浜間にラピートが運転されるも、どこかで廃止になっている。
    • それ以外にもイベント列車として南海難波~白浜・新宮にラピートの車両を使った臨時特急が設定されていた。
  7. 橋本駅を介して高野線とJR和歌山線の直通も検討されるようになっていた。
    • 南海難波~JR五条・粉河、JR京都・新大阪・和歌山~高野山といった列車が運行されていただろう。近鉄と協力して高野山と吉野を結ぶ列車も運行されていたかも。

山陽電気鉄道[編集]

神戸高速鉄道開業の時点で直通特急を運転開始していたら[編集]

  1. 神戸高速鉄道開業と同時に山陽電鉄線の特急停車駅は6両編成対応にホームを延伸していた。
  2. 阪神梅田~山陽姫路の他、阪急梅田~山陽姫路の直通特急も設定されていた。
    • 阪急梅田発着系統はラッシュ時においては阪急三宮(現・阪急神戸三宮)駅で2~4両増結・解放していた。
    • しかしその後阪急は神戸線を8両編成に統一するため乗り入れを新開地まで短縮、その分阪神側が直通特急を増発する。
  3. 車両に関しては直通当初は阪急は2000・3000系・5000系、阪神は3501形以降の赤胴車、山陽は3000系を運用していた。
    • 阪急線内の高速運転に対応するため、山陽3000系は現実よりも高性能になっていた。
  4. 神戸高速鉄道開業当初から阪急・阪神と山陽の乗務員は高速神戸で交代していた。
    • 1984年に起こった六甲駅での阪急と山陽の衝突事故はなかった。
  5. 阪急神戸・宝塚線の建築・車両限界は神戸高速鉄道開業の時点で拡大されていた。
    • 5100・5300系以降は阪急全線共通の車両規格で製造されていた。
  6. 国鉄時代は新快速が不便だったので、大阪~明石・姫路を阪神・阪急・山陽で移動する人も多かった。
    • 山陽直通用は扉間転換クロスシート・トイレ付きの車両となっていた。また、停車駅をさらに減らした快速特急(山陽区間内は明石・高砂・飾磨のみ停車)も運転されていた。



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