もしあの市町村があの地域を編入しなかったら

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もしあの市町村があの地域を編入しなかったら 目次
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分割済み[編集]

北海道[編集]

手稲町(現札幌市)[編集]

  1. 札幌オリンピックの一部競技は手稲山から変わっていた可能性あり。
  2. 政令指定都市移行も遅れていた。
    • おそらく仙台より後だった。
    • 札幌市の総人口に占める旧手稲町分の割合を考えると史実とあまり変わらなかったのでは。
  3. 地下鉄東西線は発寒南辺りで止まっていた。
    • というよりか、琴似が終点のままで延長しなかった。
  4. 80年代には手稲市になっていた。
  5. 札樽自動車道の札幌西ICは手稲東ICになっていた。
    • むしろ、もっと東側になっていた。
  6. 札幌運転免許試験場は曙に移転しない。
  7. でも結局平成の大合併で、札幌市か小樽市に編入された。
    • 小樽市への編入は限りなく可能性は低い。平成に入り、手稲市の人口は小樽市のそれを上回る。
  8. 手稲記念館は造られなかった。
    • 造られなくはなかったが、合併記念ではなく手稲村開基100年記念として建てられた。
  9. 手稲は札幌市のベッドタウンという位置づけが濃くなっていた。

豊平町(現札幌市)[編集]

  1. 人口40万人以上で北海道第二の市になっている。
    • 旧豊平町はおおよそ現在の豊平区(約21.8万人)・清田区(約11.5万人)・南区(約14.2万人)の大部分だから、単純にこの3区の人口(いずれも2014年時点)を合計すると約47.5万人。現実には道内2位の旭川市よりも多かったとは…。
    • 札幌市の政令市移行は仙台市と同時期くらいまで遅れていた。
      • それでも仙台よりは早かったと思う。旧豊平町を除いても(人口約150万人で京都市などと同規模)、現・仙台市(約110万人)より人口は多い。
    • 平成の大合併では現・清田区との結びつきが強い北広島市を編入し、豊平市は人口50万人突破を達成していたかも。
      • もちろん、中核市にも指定され、道内には中核市が3市存在することに。
  2. 今でも定山渓鉄道が現役。
    • 代わりに、南北線は幌平橋、東豊線(名称も東”豊”線ではないだろうけど)は豊水すすきのがそれぞれの終点になっていた。
      • 両路線ともより北方向に延伸されている。
  3. 札幌ドームは造られなかった。よって未だに北海道はプロスポーツ不毛の地と言われ続けた。
  4. 現実には羊ケ丘にあるクラーク像は札幌の中心部からもっと便利な場所に建てられた。
  5. 定山渓温泉は道都・札幌市内ではないため、知名度・観光客数ともに現実よりもだいぶ低かった。
  6. 北海道テレビの本社が、違う所(恐らく他局と同じ札幌市中央区)に置いていた。(実史は札幌市豊平区に本社を置いている。)
  7. 札幌市の市域面積は現実よりもはるかにコンパクトになっていた(旧豊平町域を除いた札幌市の面積は約400k㎡(実際の約1/3))。

札幌村(現札幌市)[編集]

  1. 面積がほぼ一致する現在の札幌市東区の人口は26万人だから、特例市、もしかしたら中核市になっていたかもしれない。
    • 市制施行時に「東札幌市」に改名していた。
      • この場合、東札幌駅(白石区)を「東札幌市」にあるものと勘違いする人が続出してたかも。
      • 南幌、由仁、栗山3町が合併して誕生する予定だったのは「南そらち市」だった。
    • それまでは札幌市と札幌村→札幌町がのように並立していた。
    • 地理的に篠路村も札幌村と合併していた可能性が高い。そうなれば人口は40万人強になり、旭川市を抜いて道2位の都市になる。
  2. それでも一応札幌市は東横名阪に次いで5番目の都市である。
  3. 同市を通る函館本線札幌~苗穂間に新駅ができていた。
  4. それでも東豊線は栄町まで延伸しているだろう。

白石村(現札幌市)[編集]

  1. おおよそ現在の白石区・厚別区の全域に相当。人口約33万人、面積約60k㎡の市に。
    • 宮城県白石市との重複を避けるため、1960年代に「北白石市」として市制施行。
      • 市名の定着により、JRの駅名も「北白石駅」に改称されていた可能性も。
    • 2000年代に入り、中核市に移行。更にその後、旭川市の人口を上回り、全道2位の市になっていた。
  2. 札幌市の人口は160万人台となるが、それでも名古屋市に次ぐ全国第5位の地位は変わらず。
  3. 新札幌副都心は現在地とは別の場所で計画された。あるいは計画すらされなかった。
    • 新札幌駅・新さっぽろ駅は開業していない。
    • 千歳線のルート変更は行われず、旧線が現在も使われていたかもしれない。
      • その場合は東札幌・月寒・大谷地の3駅が現存していることに。
      • 代わりに東西線の大通~新さっぽろ間は開業していない。
  4. 高速道路の札幌JCT・札幌ICは「北白石JCT(IC)」または「白石JCT(IC)」として開業していた。
    • 現在の札幌北ICが「札幌IC」を名乗っていた。

亀田市(現函館市)[編集]

  1. 函館市と亀田市の関係は旧静岡市と旧清水市のような関係になっていた。 
  2. 亀田市は過疎化の進む道南では格式高い10万都市として君臨。なお函館市は21世紀の現在、人口15万人を割り込み、北海道5大都市は札幌・旭川・釧路・苫小牧・帯広に。当然、函館市は中核市どころか特例市にも指定されなかった。
    • それでも戸井町・恵山町・椴法華村・南茅部町は函館市に編入されていた。
    • 平成の大合併で亀田市は七飯町・大野町・上磯町と合併していたかもしれない。
      • この場合、函館市の人口を上回り、亀田市が道南最大の市となっていたかも。
  3. 北海道新幹線は道南(新函館北斗)までの部分開業はなく、札幌全通まで待たなければならなかった。
    • 現在の新函館北斗駅の駅名論争に亀田市も参戦、三つ巴の末に仮称通り「新函館」で落ち着いてたかも。 
      • 上のように大野が合併した場合はあっさり「新亀田」に決まったかも。

湯川町(現函館市)[編集]

  1. 函館市は半島部分しか市域ではなくなる。
  2. この場合、函館は人口3万人クラスの小都市になっていた。
  3. 亀田市とほぼ同時期に市制施行。亀田市と湯川市は双子都市になっていた。
    • 平成の大合併で3市を中心とした大合併が計画される。
  4. 昭和の大合併で銭亀沢村・戸井村・亀田村と合併し、半ば「外函館市」になっていたかも。

珸瑤瑁村(現根室市)[編集]

  1. 歯舞群島は現在でも珸瑤瑁群島と呼ばれていた。
    • 漢字が難しいため「ごようまい群島」とかな表記されていた可能性も。
      • そして、現在は吐噶喇同様、かな表記が主流になっている。返還団体は漢字表記するかもしれないが。
      • 時の沖縄・北方大臣が読み間違えることもなかった。ただ漢字表記できなくて叩かれる可能性も残るが。
        • むしろ、「瑁」に釣られて「ごようぼう」と読み間違えるかも(自分みたいに)。
  2. 珸瑤瑁村も一応北海道島にも村域がある。
    • ソ連侵攻の際に、北海道島の村域が根室市に吸収され、群島は珸瑤瑁村のままだった可能性も。

青森[編集]

浪岡町(現青森市)[編集]

  1. 合併反対が多かった為、新たな青森市は新設されなかった。
  2. 青森市は代わりに平内町を編入していたかも。

金木町・市浦村(現五所川原市)[編集]

  1. 中里町と小泊村と合併して「十三湖町」が誕生していた。
  2. 当然、「中泊町」という飛び地の自治体なんてできない。
    • 五所川原市にも飛び地ができていない。

岩手[編集]

都南村(現盛岡市)[編集]

  1. 東北第2の経済都市は名実共に郡山市で決着がつき、盛岡市が北東北の中心都市としては扱われなかった。盛岡市は当然ながら中核市には指定されず八戸市と同列に扱われ、代わりに青森市が北東北中心都市の役割を果たした。
    • 青森市は現実よりも人口が減少しなかった。 
  2. しばらく「日本一人口の多い村」を売りにするが、2010年代に市制施行する。

沼宮内町(現岩手町)[編集]

  1. 岩手町に囲まれている日本一小さな町になっていた。
    • それでも鵜殿村よりも小さくなっている。

小本村(現岩泉町)[編集]

  1. 北リアス線は岩泉町を通らない。
    • 小本駅は岩泉小本駅に改名しなかった。
  2. 岩手北部の海岸部は田野畑、野田、普代、小本と小さい村が並んでいた。
  3. 岩泉町は海に面していない。

江刺市(現奥州市)[編集]

  1. 旧江刺郡の中心地とする自治体が残っていた。
  2. 水沢市は合併後も改名していない。
    • ほとんど「奥州」と呼ぶことは少なかった。

宮城[編集]

泉市(現仙台市)[編集]

  1. 仙台市営地下鉄を「仙台泉高速鉄道(仙台市50%、泉市50%出資)仙台泉線」として運営するハメになる。
    • 大阪市営地下鉄のように仙台市営のまま市外に延長していた可能性もある。
  2. らき☆すたファンの聖地になっていた、泉こなたのせいで。
    • それはない。
  3. ユアスタが出来ずに、佐々木主浩メモリアル球場ができる。
  4. 当然1989年に仙台市が政令指定都市になることはなかった。
  5. 史実では未だ存在したことがない宮城県の中核市または特例市が存在する(またはした)ことになってしまう。
  6. 仙台市営バスの営業所のうち実沢営業所(七北田出張所含む)は宮城交通へ移管されているはず。
    • 従って泉市はもちろん仙台市北部も宮城交通になったはず…。
代わりに名取市を編入した場合
  1. 史実では1995年頃に名取市との合併協議があるものの名取市に拒否される格好となったが、一般市としての仙台市ならば協議に応じた可能性はある。
  2. その場合政令指定都市への移行は1997~1998年頃。千葉よりは遅れるがさいたまよりは早い。
  3. 仙台市営地下鉄が仙台空港まで延長。ただし北は八乙女止まり。
    • 史実ではできた仙台空港アクセス鉄道は当然出来ない。
      • 仙台市営地下鉄は東北本線に乗り入れていたかもしれない。
  4. 行政区は泉区が名取区になる以外は変わらない。
    • ただし秋保・生出地区が太白区ではなく名取区になる。
  5. 一方残った泉市は平成の大合併で黒川4町村を編入。30万都市の"大"泉市に。
    • 現泉区が20万、現黒川郡が8万だからこのくらいにはなるはず。
    • 同時にこのことは宮城県に少なくとも特例市、上手くいけば中核市が存在することになる。
    • 結果、石巻市はNo2から転落。
  6. 仙台空港は文字通り仙台市内に所在することになっていた。
  7. 仙台MAと岩沼MAが統合して共に市外局番022に。そのため岩沼市(0223)にかける際に市外局番が不要になっていた。
    • 堀内(現名取市)の市外局番が岩沼MAの0223のため。
  8. 史実では廃止された市営バス南仙台営業所(後に長町営業所所属南仙台出張所に降格)は今も健在。
    • 従って名取は今でも市バスがほとんどのはず。ただし岩沼に関しては宮城交通へ移管したと思われる。
代わりの編入を行わなかった場合
  1. 2000年頃にようやく人口80万人突破、2006年に堺市と同時期に政令指定都市昇格。
    • この場合小区役所制を採用していた可能性が高い。
      • 100万人を大きく下回る場合の政令市移行には必ずどっかとの合併が必須になることも忘れずに。強制的に100万人前後まで持っていくのか?
        • 秋保町。
          • このifでは泉市以外の宮城町と秋保町の編入はできたという仮定だから例としては不適切。
        • 可能性があるのは川崎町、村田町、富谷町のいずれか。60年代に仙塩地区の5市町村に断られ、80年代に泉市に断られ、90年代に名取市に断られたとなった場合仙台市が接している編入可能な県内市町村は上記3町のみになるから。
          • ただし富谷町の可能性は低い。泉区以外にも宮城野区にも接しているものの県民の森近辺のごくわずかであり事実上の飛び地に近いから。
            • それにそうでなくとも人口的に単独市制を目指そうとしているわけだろうし。
        • むしろ平成の大合併で、仙塩地区の5市町村、名取、岩沼、富谷、大和が、次々と仙台との合併を表明し、さいたま同様100万人突破での政令指定都市移行となっていた可能性も。すると(ここでは泉は編入されないという仮定だから)仙台市は完全に泉市を包囲することになり、「広島市とそっくり」と馬鹿にされる。
    • 仙台はほぼ間違いなく中核市を経験することになる。中核市移行はおそらく制度が成立した96年4月(制度成立とともに同時移行)。
    • 千葉市が国内の人口順位12位(1位は東京23区とする)を経験していた。
      • 現実には1988年まで13位→仙台の泉編入で14位転落→直後1989年堺市を抜き13位復帰→2001年さいたま市誕生で14位再転落→2014年北九州市を抜き13位に再復帰。つまり千葉市は一度も12位以内になったことがない。
  2. 仙台が有名にならないのでガメラ2で吹き飛んでいたのは松本市だったかも・・・
    • この場合レギオンの関東での出現も足利では無く高崎市か群馬県南部となる
    • 仙台は政令指定都市になれたので有名になったわけではない。
      • 前近代から東北最大の都市であった上、明治時代には政府により東北の拠点として位置づけられた。
      • さらに、歌謡曲「青葉城恋唄」や大河ドラマ「独眼竜政宗」などのヒットにより全国的に意識される機会も少なくなかったはず。
  3. 名取市を編入する場合とは違って仙台市の規模も周辺に脅威を与えるレベルではないだろうから、泉市も合併強行には踏み切らないだろう。
    • そのため史実同様石巻市のNo2は保たれる。

宮城町(現仙台市)[編集]

  1. 平成に入って市制施行。市名は広瀬市or宮城市か。のちに塩竈市や多賀城市の人口を抜き、仙台のベッドタウンとしては名取市に次ぐ規模の都市に。
  2. 宮城町が仙台市に編入されない場合折立(仙台市)・郷六(宮城町)地域の市界がぐちゃぐちゃのままになる。
    • 場合によっては郷六のみ仙台市に編入ということも?
    • 郷六の部分編入もない場合は折立はほぼ間違いなく太白区になる。
      • 元々折立は茂庭地区であり旧集落ごとに行政区を決める原則に従うのならば太白区になるはずだった。
        • 史実では旧宮城町と一体化するという理由から青葉区になった。
  3. 市営バス白沢出張所(川内営業所所属)はJRバス東北か愛子観光へ移管されているはず。
    • 不採算路線が多いので宮城交通は引き取らないような…。
    • どちらが引き取るにせよ愛子発着が大半になると思われる。
  4. 作並地区は今のように寂れることはなかったと思われる。
    • 仙台市への編入で秋保・作並と一括りにされた結果秋保が栄えて作並が寂れたのは否めないから。

石巻市と合併した桃生郡5町と牡鹿町[編集]

  1. 桃生郡の5町が合併し、「桃生市」が誕生していた。
    • 東日本大震災の発生後、女川町の被災者は桃生市に避難していたらしい。
  2. 牡鹿町は女川町と合併を視野にしていた可能性もある。

花山村(現栗原市)[編集]

  1. 平成の大合併で宮城県内の村は全く合併していないことになる。
    • といっても、元々2つしかないんだが…
  2. 栗原郡は今でも存続している。
  3. 人口は既に1000人割れになっていたかもしれない。

山形[編集]

南小国村(現小国町)[編集]

  1. 1960年に隣の津川村と合併して「南小国町」になっていた。
    • こうなれば史実の熊本県小国町と南小国町に似たような地域になっていた。
      • そして姉妹都市になっていたかもしれない。

福島[編集]

1965年に郡山市と合併した安積郡9町村及び田村町[編集]

  1. 福島県最大の経済都市(人口1位はいわき市だが)は福島市福島vs郡山の争いは現実ほどには盛り上がらなかった。
  2. 郡山には企業の支店が現実のようには置かれなかった。一方福島市は現実以上に人口が多く、中核市になれたかも。
    • 位置的にも人口規模的にも郡山市は栃木県における小山市のような存在の都市に。
  3. 熱海町と湖南村と田村町を除いて遅れて合併をしていたらしい。
    • 中田村は田村町に編入されていた。
      • その後は平成の大合併で3町村は郡山市に編入された。
      • 田村市が誕生しても田村町と同名で被っても大丈夫なのか・・・?
        • 釧路市と釧路町、大分市と大分町が隣り合って存在していたのだから大丈夫だろう。
        • 実質史実の田村市の中心街は田村郡の郊外(船引)なので、中心地である田村町・三春町あたりが合併して田村市を名乗っていた。

津島村(現浪江町)[編集]

  1. 浪江町が突き出ている形にならなかった。
  2. 東日本大震災発生後の人口は葛尾村と同じぐらいになっていた。
  3. 平成の大合併直前の福島県東部は飯館、津島、葛尾、都路、川内と海に面していない村が並んでいた。
    • 都路村が田村市になった場合を除く。
  4. 福島第一原発事故のせいで全域が永久立入制限区域に…。
  5. DASH村はこの村にある。

山梨[編集]

上九一色村(現甲府市、富士河口湖町)[編集]

  1. 当然のこと平成の大合併で分割合併はない。
  2. 身延町に編入されたか、単独で残っていたかもしれない。

長野[編集]

篠ノ井市(現長野市)[編集]

  1. 「篠ノ井ってどこ?」といわれることはなかった・・・はず。
    • 信更村を編入していた。
  2. しなの鉄道線は長野市を通らなかった。
  3. 平成の大合併で更埴市あたりと合併していた。
    • もしかしたら合併に反対してたかも。

大岡村(現長野市)[編集]

  1. 上記のように篠ノ井市が編入されなかった場合は、篠ノ井市とともに更埴市あたりと合併していた。
    • 合併に反対して篠ノ井市に編入されたかも。

松代町・若穂町(現長野市)[編集]

  1. 2町で合併して「松代市」になっていた。
  2. 長野市のベッドタウンとしての位置に落ち着いていた。
  3. 長野電鉄河東線は全線廃止にならなかった。
    • 上手くいけば長野電鉄河東線は木島平村まで延伸していた。
      • そうなれば屋代から木島方面に向かう特急列車も制定されていたかも。
    • 松代駅は1990年代ぐらいにはリニューアルされていたかもしれない。
  4. その後は2010年ごろに信州新町と中条村とともに長野市に編入された。

西箕輪村(現伊那市)[編集]

  1. 箕輪町と南箕輪村と合併して「箕輪市」が誕生していた。
    • 日本の村に唯一の国立大学は存在しなくなる。
  2. ゆるキャラのまっくんが「日本でいちばん人気のないキャラクター」を名乗ることはなかったはず。
  3. 2017年現在、長野県内で一番人口が多い村は松川村である。

丸子町・武石村(現上田市)[編集]

  1. 長門町と和田村と合併して「依田窪市」が誕生していた。
    • 長野県内に鉄道の通らない市が出来ていた。
    • もちろん「長和町」は誕生しない。

鼎町(現飯田市)[編集]

  1. 一自治体に囲まれた町が府中町以外にも存続していた。
  2. 飯田OIDE長姫高校にはおそらく「鼎」の文字が入っていた(鼎高校ではなさそうだが)。

安曇村・梓川村・奈川村(現松本市)[編集]

  1. 松本市があんな形になることはなかった。
  2. 波田町は編入されていたのだろうか。

新潟[編集]

沼垂町(現新潟市)[編集]

  1. 新潟市と並列して発展していった場合、浦和と大宮のようなライバル関係になっていた。

新津市(現新潟市秋葉区)[編集]

  1. 新潟市は7区になっていた。
    • 小須戸町は南区の一部となっていた。
      • この場合は矢代田駅が南区になるので、南区だけ駅が無いという事態は避けられた。
  2. 適用区間拡大前でも、新潟市は全市でSuicaを使えるようになっていた。
  3. 新潟市のベッドタウンとしての位置に落ち着いていた。

豊栄市(現新潟市北区)[編集]

  1. こちらも新潟市のベッドタウンとしての位置に落ち着いていた。
  2. 新津市の時と同様に1区減っていた。
    • 旧新潟市の北地区は人口が3万弱のため、さすがにそこだけで1区とはいかずに今の東区と同じ区になっていた。

山北町・朝日村(現村上市)[編集]

  1. この2町村は岩船郡の中心として自立していた。
    • 朝日村は長野県だけにはならなかった。
  2. 特急いなほは新潟県内全て市を通ることはない。

紫雲寺町(現新発田市)[編集]

  1. 新発田市は海に面していなかった。
  2. 中条町と黒川村と共に「胎内市」になろうとしても結局は断られる。
  3. 聖籠町と同様にどことも合併しなかった。

分水町(現燕市)[編集]

  1. 西蒲原郡の中心として弥彦村とともに自立していた。
  2. 燕市役所は旧吉田町役場に移転することはなかったかも。

平成の大合併で長岡市に編入された10市町村[編集]

  1. 新潟県中越地震が酷く、合併が中止になっていたかも。
  2. 長岡市が合併するとしても三島町と山古志村のみの編入だったかも。
    • 山古志村は栃尾市と合併していた可能性がある。
  3. 和島村と与板町は出雲崎町と合併して「良寛町」になっていた。
    • ジェロの「海雪」の歌詞が出雲崎ではなく、寺泊になっていたかも。
    • 寺泊町も出雲崎町との合併に加わった可能性もある。
      • それにしても反対はするだろう。
      • 当然のこと寺泊町も編入されないので長岡市は海に面していない。
        • もしかしたら寺泊水族博物館も上越市のうみがたりみたいにリニューアルされるかも。
  4. 中之島町は見附市と合併していた。
    • 北陸自動車道の中之島見附ICの所在地が見附市となっていた。
  5. 合併をしないで単独自治継続を行う自治体もある。
    • 川口町の飛び地合併もなかった。

西山町(現柏崎市)[編集]

  1. 刈羽村が柏崎に囲まれることはなかった。
    • 飛び地は長岡と接触しているが。

松代町・松之山町(現十日町市)[編集]

  1. 中越地方に乗っ取られることはなかった。
  2. 2町で合併していた。
    • なるとしたら「ほくほく町」か「松之山温泉町」だったかもしれない。
      • 平仮名に拘るのなら駅名と一致する「まつだい町」になるのでは。
    • 後述の上越市に編入された東頸城郡の4町村とともに合併をしていた可能性も。

上越市に編入された13町村[編集]

  1. 「上越市〇〇区」が誕生しなかった。
    • 2009年に設置された地域自治区が普通に「上越市○○区」と付けられていたらしい。
      • カントリーサインも設置されている。
  2. 別々で合併していた。
    • 大潟町、柿崎町、吉川町で合併していた。
      • この3町は「頸北町」になっていた。
        • 村山秀幸は上越市長になることはなく、この町の町長になっていた。
    • 安塚町、浦川原村、牧村、大島村で合併していた。
      • この4町村は「中保倉町」になっていた。
      • この地域の中学校が2010年ごろに閉校し、新たな中学校が新設されていた。
    • 板倉町と中郷村は新井市に編入されていた。
      • 妙高市は誕生しない。
      • 妙高村が妙高高原町に編入されてたらしい。
    • 単独自治継続を行う町村もある。
    • 名立町は能生町・青海町と共に糸魚川市に編入していた。
      • その場合西頸城郡全域が1つの自治体に収まっていた。
      • 名立町は糸魚川地域に分類されていないのでそれはない。
        • むしろ糸魚川市の合併もなかった可能性が高い。
  3. 北陸新幹線の駅名が異なっていたかもしれない。
    • 上越新井?高田直江津?それとも…
  4. 新潟県内の合併は大規模にはならなかった。
  5. 北越急行ほくほく線は上越市を通らなかった。
  6. 「恋するフォーチュンクッキー 上越ご当地応援隊Ver.」はこの13町村では行われなかった。
  7. 上越市は日本一人口の多い過疎地域にはならなかった。
  8. 西頸城郡、中頸城郡、東頸城郡という3つの「頸城」が付く郡が今でも存続している。

妙高高原町・妙高村(現妙高市)[編集]

  1. 上記のとおり妙高市は誕生せず、2町村で新・妙高高原町になっていた。
  2. 妙高チャンネルは存在しない。
    • もしかすると「頸南チャンネル」になっていたかも。

能生町・青海町(現糸魚川市)[編集]

  1. 糸魚川ジオパークは存在しない。
  2. 北陸新幹線開業前に出来た糸魚川駅のアルプス口駅舎1階にある「糸魚川ジオステーション ジオパル」は別の名前になっていた。
    • そこのNゲージのジオラマに能生や青海は含まれず、旧糸魚川市と東京をモデルにしたジオラマだけになっていた。
    • かつて大糸線を走っていた国鉄キハ52形は保存されていないかも。

富山[編集]

婦負郡4町村と上新川郡2町(現富山市)[編集]

  1. 婦中町の合併反対で富山市の合併が頓挫していた。
    • 2008年に開業した婦中鵜坂駅は婦中町の駅となっている。
  2. もしかしたら、富山では大して合併が進んでなかったかも。

新湊市(現射水市)[編集]

  1. 下村を編入していた。
    • 編入だと平成の大合併で富山県内唯一の編入合併になる。
  2. 射水市は海に面していない市になっていた。
  3. 上手くいけば万葉線と富山ライトレールを繋げる構想が出来ていたかも。
  4. 新湊市独自の苗字ランキングができていた。
    • 同市独特の珍しい苗字が上位に食い込んでいる。
  5. 射水は中枢中核都市になれなかった。

立山村(現立山町)[編集]

  1. 当然、雄山町は改名していない。
  2. 立山はいびつな村になっていた。
    • それでも観光地としてやっていけるはず。

石川[編集]

1956年に小松市に編入された4村[編集]

  1. 4村で合併し、「南能美町」になっていた。
    • 廃止された尾小屋鉄道の路線はこの町を通っていた。
  2. その後は平成の大合併で小松市になっていた。

白山麓1町5村(現白山市)[編集]

  1. この6町村が合併して「白山町」ができていた。
  2. 松任市は美川町と合併しても改名しなかっただろう。
    • 鶴来町はいずれかのタイミングで松任市か金沢市に編入されていたかも。
      • それ以外の5村は結局どことも合併できなかった。
  3. 松任警察署と鶴来警察署の合併もなかった。

塩屋村(現加賀市)[編集]

  1. 合併しなければ鵜殿村よりも面積が小さい村だった。
    • 過疎化が進んでいなかったかも。
  2. そして2006年に山中町とともに加賀市になった。

倶利伽羅村(現津幡町)[編集]

  1. 倶利伽羅駅と名が一致する村として自立していた。
    • いずれにせよ平成の大合併で津幡町と合併するだろう。
  2. 道の駅「倶利伽羅 源平の郷」はこの村にある。

福井[編集]

三国町・丸岡町(現坂井市)[編集]

  1. この2町が合併に加えなかったら「春坂市」が誕生していた。
    • 三国町はあわら市になっていた。
    • 丸岡町は福井市になるか単独で残るかもしれない。
  2. 大阪の堺市とまぎらわしくなることはない。

名田庄村(現おおい町)[編集]

  1. 福井県最後の村になっていた。
  2. 大飯町は平仮名に改名されることはない。

岐阜[編集]

揖斐郡5村(現揖斐川町)[編集]

  1. 谷汲村は単独で自立し、他の4村は1村を新設していた。
    • 筑北村の合併で麻績村が断っていたように谷汲村は法定合併協議会から離脱していた。
  2. 揖斐川町はあんなにでかくなることはなかった。
  3. 人口密度最下位は藤橋村のままで、檜枝岐村はさほど有名にならなかった。

武芸川町・洞戸村・板取村(現関市)[編集]

  1. 関市がV字型になることはなかった。
  2. 3町村で合併していた。
  3. 武儀郡は今でも存続している。

兼山町(現可児市)[編集]

  1. 可児市に飛び地はもちろんできていない。
  2. 2017年現在、日本の町の中で3番目に人口が少ない町になっていた。
  3. 最終的に御嵩町に編入された可能性も。

石徹白村(現郡上市)[編集]

  • 1958年まで福井県にありました。
  1. それでも大野市編入はないだろう。
  2. 福井県に属する村だが、岐阜県とのつながりも深いので北濃駅~石徹白村~九頭竜湖駅のバス路線があった。

神坂村(現中津川市)[編集]

  • 1958年まで長野県にありました。
  1. 島崎藤村の生誕地である村として自立。
  2. 当然、山口村も中津川市に編入されず平成の大合併で越境合併がない。
    • 神坂村も山口村と共に南木曽町に編入されるだろう。

静岡[編集]

安部郡六村(現静岡市葵区)[編集]

  1. 六村で一町を作っていた。
    • しかし役場は静岡市内になる。
    • と言っても井川村は合併に反対し梅ヶ島と大河内と玉川で、大川と清沢で合併したかも。
      • 井川村は本川根町と合併していた。
    • 下手したら町にすらなれないかも。
  2. 過疎化でひどいことに・・・
  3. 結局2006年ごろに蒲原町と一緒に静岡市に入っていた。

天竜市以北(現浜松市天竜区)[編集]

  1. 浜松市の面積は半分ぐらい減り、格段に人口密度が増える。
    • 市の面積ランキングの2位は日光市になっていた。
  2. 静岡市と浜松市はもっとけんかする。(けんかしないで欲しい)
  3. 北区の面積が前より目立つ。
  4. 静岡県にはまだ村がある。龍山村。
  5. 区の人口ワースト1位は美原区
  6. なぜかよう知らんが静岡市が安倍郡六村を切り離す。
    • 県庁所在地クラスの市が市域の一部を切り離すなどという事態はよほどの場合でない限り考えにくい。
    • 現実にあった市町村の分立は戦時に行われた強制統合の解消や市制施行のためのアリバイ作りといったそれ相応の理由に基づくもの。

可美村(現・浜松市南区)[編集]

  1. 府中町と同じように周囲に囲まれたままの市町村として残る。
  2. 1992年に町制施行し、可美町になった。
  3. 結局2005年ごろに浜松市に編入されていたらしい。

戸田村(現・沼津市)[編集]

  1. 静岡県最後の村になっていた。
  2. いずれは戸田村は伊豆市に合併されていた。
  3. 現在は沼津市から直接行けるバスは通っていない。

大平村(現・沼津市)[編集]

  1. もちろん大平が沼津の飛び地扱いされることはなかった。
  2. 沼津市と三島市は隣り合ってなかった。
    • 後に三島市が合併していた場合を除く。

愛知[編集]

名古屋市周辺[編集]

守山市(現名古屋市守山区)
  1. 滋賀県守山市は、近江守山市となっていた。
    • あるいは「湖南市」。現在ある湖南市の方は「南近江市」あたりになっていた。
    • 新守山駅ではなく守山駅だったかも。
      • 琵琶湖線の守山駅は近江守山駅に
  2. ゆとりーとラインは開通していない。
  3. 市内の移動手段は名鉄バス。名古屋市バス大森営業所は存在しなかった。
  4. 守山自衛隊前駅は、守山市駅のまま。今でも有人駅。
  5. 平成の大合併で尾張旭市を吸収していたか、春日井市に吸収されていた。
鳴海町・有松町・大高町(現名古屋市緑区)
  1. 市制施行をしていた。
    • いや、大高町は東海市、有松町は豊明市に合併しているかもしれない。
  2. 桜通線の終点は野並のまま。
  3. 平成の大合併で一つの市になっていた。
    • 市名がとんでもないことになっていた気がしてならない…。
      • ここみたいなことになってたかもな。
  4. 高速1系統は開設されなかった。
    • 代わりに名鉄バスが似たような路線を走らせていたかもしれない。
愛知町(現名古屋市中村区・中川区)
  1. 市制施行をしていた。
    • 県庁所在地とよく間違われていた。
  2. 位置から考えると、名古屋市の拡大方向が大きく変わりでもしない限りいずれは飲み込まれていただろう。
天白村(現名古屋市天白区)
  1. 平成の大合併あたりで日進市と合併していた。
    • それ以前に上記の鳴海町と合併していた気がしなくもない。
  2. それでも運転免許試験場の移転は史実通り。
  3. 鶴舞線は八事までの建設にとどまり、それ以東は名鉄豊田線になっていた。
    • 車庫の場所も変わっていた。
    • これでも桜通線野並駅は出来ていると思う。現実の赤池駅のように。
      • 徳重(名古屋芸大じゃない方)延伸はなかった。
  4. 名古屋市バス野並営業所は存在しなかった。
猪高村(現名古屋市名東区と千種区の一部)
  1. 市制施行していた。
  2. 名古屋ICは猪高ICになっていた。
    • もしくは、猪高長久手IC
    • 東名と名神の境界を勘違いする人はいなかった。
  3. 東山線は今も星ヶ丘が終点。
    • 藤が丘工場が存在しないので、池下車庫が健在。
    • 長らくの間名鉄バスが主流になるが、平成に入って史実の東山線のルートにリニモが建設される。
  4. 名古屋市バス猪高営業所は存在しなかった。
    • 御器所営業所は分所に降格されなかったか、別の分所になっていた。
    • 市営バスの営業成績が史実より悪化していた。

明治村(現安城市、西尾市、碧南市)[編集]

  1. 県外の人から「博物館はないの?」と突っ込まれる。
    • 米津駅には博物館明治村はここにはありませんという看板が立てられていた。
  2. 淵辺村の再改名が検討される。

三重[編集]

久居市以南(現津市)[編集]

  1. 久居市は一志町と白山町と合併をして新・久居市になった。
  2. 美杉村は合併せず、自立の道を選んでいた。
    • この結果、三重県にもまだ村がある。

鵜殿村(現紀宝町)[編集]

  1. 鵜殿村は今でも日本一小さい村のままだった。
    • 舟橋村は日本一小さい村になることはなかった。
  2. 北中城村は日本一人口密度の高い村になることもなかった。
    • それにしても鵜殿村は人口が増えてきそうだな。
  3. 上記の美杉村と同じく三重県に村が残っている。

滋賀[編集]

堅田町(現大津市)[編集]

  1. 平成の大合併で志賀町と合併し、「志賀市」になっていた。
    • どう考えても市名は「堅田市」。あの辺りの中心は堅田なので。
  2. 高島市とともに湖西地域に分類されていた。

膳所町(現大津市)[編集]

  1. 史実の大津市域が大津市と膳所市に二分される。
  2. 「膳所」駅に改称されたのは馬場駅ではなく石山駅。
    • 馬場駅の所在地は旧大津市。石山駅の所在地は旧膳所町。

信楽町(現甲賀市)[編集]

  1. おそらく、独立独歩を続けている。
  2. 甲賀市は甲賀市を名乗れなかった可能性も。
    • 旧町名に甲賀町があること、この世界軸では甲賀郡が存続していることから、もしかしたらひらがな表記になっていた可能性も。
      • もしひらがなになっていた場合、「こうか」と「こうが」のどちらにするかで揉める。

平成の大合併で長浜市と合併した伊香郡4町と東浅井郡4町[編集]

  1. びわ町を除いて7町が合併し、「湖北市」が誕生していた。
    • びわ町が合併しない場合は滋賀県からひらがなの自治体が消滅することはない。

マキノ町(現高島市)[編集]

  1. カタカナの町がニセコ町以外にも存続していた。

京都[編集]

伏見市など(現京都市伏見区)[編集]

  1. 現在の京都市伏見区のエリアは最終的に伏見市に合併されていた。
    • 醍醐村は史実通り京都市と合併して山科区になっていた可能性が高い。
  2. 伏見市は2009年現在、人口約28万人を誇る京都府内第2位の大都市となっていた。
    • 特例市となっていた。
    • 一方、京都市の人口は約120万人、広島市と同規模に。
  3. 京都市営地下鉄東西線の三条京阪以東は京阪京津線の地下化区間となっていた。
    • 御陵~六地蔵間は京阪醍醐線として開業していた。
    • 上記の場合だと史実通り京都市営地下鉄東西線として開業しており、醍醐・石田の各駅は山科区になる。
  4. もちろん伏見市内に京都市バスは運行されず、京阪バスのエリアとなっていた。
    • ただし京都電気鉄道(後の京都市電伏見線)は史実でも伏見市が京都市に合併される以前に京都市に買収されていた。
  5. 京阪の伏見桃山駅が「伏見市」駅に改称されていた。
    • 丹波橋駅が伏見市駅を名乗っていた可能性も。
  6. 「京都市伏見区」は伏見市をからかう文句になっていた。
  7. 現実の名神京都南IC(もしくは京都深草BS)が「京都伏見」という名前になっていた。
  8. 京都市と宇治市の合併話など出るわけがない。
    • 伏見・宇治と久世郡・綴喜郡で合併して政令市を目指す構想があった。

京北町(現京都市右京区)[編集]

  1. 美山町と2町で合併していた。
    • 町名は「東丹町」あたりになっていた。
    • 南丹市は東西に長い形にならなかった。
  2. 市外局番は075にはならず0771のまま。

山科町(現京都市山科区)[編集]

  1. 史実では同時に編入された醍醐村(現伏見区)と合併して山科市になっていた。
  2. 伏見市とその周辺も編入されなかった可能性が高い。
  3. 一部では「滋賀県山科市」と呼ばれていた。
  4. 「京都市山科区」は山科市をからかう言葉になっていた。

大原野村(現京都市西京区)[編集]

  1. 向日町(現向日市)と合併していた。

美山町(現南丹市)[編集]

  1. 京北町ともども京都市に合併され、右京区の一部となっていた。

大阪[編集]

大阪市の第1次市域拡張(1897年)で編入された地域[編集]

  1. 大阪駅は現在も大阪市外。
  2. 湊町駅(現・JR難波駅)は国鉄→JRで唯一大阪市内に所在する駅だった。よって現在まで開業時の位置を死守。
    • むしろ道頓堀川を跨ぐように北進した。
  3. 今頃「梅田市」ができていたかも。

大阪市の第2次市域拡張(1925年)で編入された地域[編集]

以前の市域:中央区、西区、天王寺区、浪速区、港区、大正区、此花区(一部除く)、北区(南半分)、福島区(南半分)、都島区(南半分)

  1. 他地域へ金が回らないので、大正区中心部への地下鉄延伸はとっくに実現していた。
    • それ以外の地下鉄はそれほどなかった。
      • ただ埋立地の発展が進み、桜島線延伸が実現している。
      • ニュートラムは最初から大阪市が建設していた。
旧西成郡(概ね現西淀川区、淀川区、東淀川区、西成区)
  1. 現在の新大阪駅の位置は大阪市外となるため、新幹線は大阪駅に乗り入れていた
  2. 新淀川左岸の地域はどのみち大阪市に編入されていた。
旧東成郡(概ね現東成区、生野区、旭区、城東区、阿倍野区)  
旧住吉郡(概ね現住之江区、住吉区、東住吉区、平野区)

1955年に大阪市へ編入された隣接6カ町村[編集]

  1. 瓜破・矢田村は松原市に、加美村と巽町は東大阪市に、長吉村は八尾市に、茨田町は大東市or門真市に編入されている。
  2. 大阪市は旧河内国を市域に含まなかった。
  3. 地下鉄谷町線は平野駅、千日前線は新深江止まりとなり長堀鶴見緑地線は建設すらされなかった。
    • この「平野駅」は南海平野線の駅そのままの位置である。
    • その代わりに阪和貨物線(久宝寺-杉本町間)の旅客線化が行われていた。おおさか東線(旧城東貨物線)の旅客線化も1973年の関西本線奈良電化と同時に行われていた。
    • あるいは谷町線は天王寺から南下し、住吉・堺東方面に延伸されていたかも。
    • 長堀鶴見緑地線ではなく長堀線で、蒲生四丁目-門真南は建設されず、代わりに大正から鶴町に伸びていた。
  4. 平野区と鶴見区はそれぞれ東住吉区・城東区から分区しなかったかもしれない。
  5. 1990年の「国際花と緑の博覧会」は鶴見緑地で開催されなかったかもしれない。
    • 大正区にある昭和山で開催されていた。
    • 地下鉄長堀線のうち1990年に開業した区間は心斎橋-鶴町となっていた。心斎橋-京橋の開業時期は史実と同じ1996年。
  6. 戦後の大阪市の人口が300万人を突破することはなかった。
    • 大阪市の居住人口が横浜市に抜かれたのも史実より数年早くなっていた(史実では1978年)。
  7. 南港島(咲洲)の造成計画及び南港ポートタウンの建設は史実より10年早く行われていた。

美原町(現堺市美原区)[編集]

  1. 堺市は政令指定都市にはなれなかった。
    • そうなると大阪府は平成に入ってから一回も市町村合併を行っていないことになる。

兵庫[編集]

神戸の近隣町村(現神戸市)[編集]

仮説1
  1. 北区
    • 淡河町は三木市に編入。
    • その他は有馬町として合併→後に市制施行で有馬市に
  2. 西区→明石市に編入。
    • 明石市北部に明石ニュータウンができる。山陽電鉄田園都市線(明石-明石ニュータウン中央-桜ヶ丘-木津)が開通。
    • 学園都市周辺はただの山のまま。逆に狩場台と桜ヶ丘の間が開発される。
  3. 神戸市は平成の大合併で近隣都市(有馬市・明石市・芦屋市)に合併を申し入れるものの、住民投票で白紙に
    • 阪神大震災後、財政再建団体になる危機に瀕している神戸市のひどい財政赤字の肩代わりになるのを避けたいため。
    • 有馬市はむしろ三田市と合併。
      • あるいは西宮市。
  4. 神戸市営地下鉄は名谷から本多聞方面へ向かう。
    • 東側は新神戸から灘区の山の手方面へ向かい、神戸大学へ至る。
仮説2
  1. 昭和の大合併では以下の通りになる。
    1. 東灘区5町村は芦屋市と合併、灘市となる。
    2. 有馬郡道場村・八多村・長尾村・大沢村は三田市と合併。
    3. 有馬郡有馬町・有野村は、山口村・塩瀬村と合併して有馬町となる。
    4. 美嚢郡淡河村・上淡河村は三木市と合併。
    5. 武庫郡山田村は単独町制。
    6. 明石郡玉津村・伊川谷村・櫨谷村は明石市と合併。
    7. 明石郡平野村・押部谷村は合併して押部町となる。
    8. 明石郡神出村・岩岡村は合併して岩岡町となる。
  2. 平成の大合併で岩岡町は稲美町と合併、印南野市になる。
  3. 有馬町は三田市に吸収合併。

飾磨市など(現姫路市)[編集]

  1. 姫路市は50万都市になれなかった。
  2. 旧夢前町・家島町も姫路市ではなく飾磨市に編入されていた。
    • 太子町も飾磨市。
    • 網干区も姫路市ではなく飾磨市になっていた。
  3. JR英賀保駅が飾磨駅に改称されていた。
    • 山陽電鉄の飾磨駅は山陽飾磨駅となっている。
  4. 姫路市に工業都市というイメージは付かなかった。姫路は商業・観光都市、飾磨は工業都市というイメージが形成されていた。

武庫郡鳴尾村(現西宮市)[編集]

  1. 武庫川が西宮市と尼崎市の市境ではなくなっている。
  2. 阪神甲子園球場は西宮市内から外れている。
    • 当然阪神甲子園駅も。
  3. 阪神武庫川線も西宮市内から外れている。
  4. 2012年現在、西宮市の人口は40万人を割っている。
尼崎市と合併していたら
  1. 阪神武庫川駅は市境にある駅ではなくなっている。
  2. 尼崎の商店街が阪神タイガースを応援していても、「阪神甲子園球場も尼崎市にあるのだから」という理由であまり意外に思われない。
  3. 史実以上に「大阪府尼崎市」と言われている。
  4. 市外局番が(06)になっている。
単独で市制施行していたら
  1. 市名は「鳴尾市」。
    • 甲子園市構想もあったという話があるが、噂レベルかもしれない。
  2. 武庫川は西宮市と鳴尾市の市境となる。
  3. 町の内情はともかく、芦屋市のようなポジションに落ち着く。
  4. 「甲子園警察署」は「鳴尾警察署」になっていた。
武庫川市構想が実現していたら

もしあの市が実現していたら#武庫川市

港村(現豊岡市)[編集]

  1. 旧豊岡市は海に面していない。
  2. 平成の大合併で港村、城崎町、竹野町で合併していたかも。
  3. 水族館の城崎マリンワールドはこの村にある。

沼島村(現南あわじ市)[編集]

  1. 兵庫県唯一の村になっていた。
    • 後に平成の大合併で南あわじ市になっていた。
    • 香川県の与島村も合併していなかったら最初に村が消滅するのは広島県。

鳥取[編集]

平成の大合併で鳥取市に編入された8町村[編集]

  1. 鳥取市は県庁所在地の中で人口が増えることがあまりに少なかった。
  2. 別々で合併をしていた。
    • 福部村は岩美町と合併をしていた。
    • 気高郡の3町は新・気高町になっていた。
    • 八頭郡の河原町と用瀬町と佐治村で合併をしていた。
    • この中で合併しないのは国府町である。

島根[編集]

平田市(現出雲市)[編集]

  1. 出雲市が松江市と隣接することはなかった。
  2. 2011年に斐川町と合併していた。
  3. 平田市駅は雲州平田駅に戻されることはなかったはず。

岡山[編集]

岡山市のうち1969~1975年に編入された地域[編集]

  • 西大寺市・一宮町・津高町・高松町・吉備町・妹尾町・福田村・足守町・上道町・興除村・藤田村です。
  1. 岡山市は中核市程度の規模だった。
  2. 「都窪市」「吉備市」が出来ていた。
  3. 西大寺市は財政再建団体落ちしていた。夕張の時に「第二の西大寺」などといわれていた。
  4. 灘崎や建部、御津、瀬戸は岡山市にならなかった。
    • 灘崎は玉野と、瀬戸は赤磐と合併していた。建部、御津は単独。
      • 建部は津山になっていたかもしれない。
      • 瀬戸が赤磐市になっていた場合、赤磐市はひらがなで「あかいわ市」になっていた。
  5. 現在の瀬戸内市の部分は西大寺市に編入されていた。

玉島市・児島市(現倉敷市[編集]

  1. 倉敷市の規模は特例市程度となっていた。
  2. 玉島駅が新倉敷駅に改称されることはなかった。
    • 新幹線が倉敷駅に乗り入れることになっていたかもしれない。
  3. 倉敷市は今ほどバラバラになっていない。
  4. 現在の浅口市の部分は玉島市に編入されていた。

福田町・連島町(現倉敷市)[編集]

  1. この2町が合併して「水島市」が発足していた。
  2. その後は倉敷市に玉島市と児島市とともに合併したか平成の大合併で編入された可能性が高い。

広島[編集]

五日市町(現・広島市佐伯区[編集]

  1. 市名は当然五日市市。
    • 時折東京都にあると勘違いされる。
    • 10万人を突破した頃に市制施行する。
  2. 広島市の人口は110万程度になっていた。
    • 100万都市になるのが遅れていた。
    • 逆に府中町、海田町、熊野町、坂町の編入合併に力を入れていた。
      • 平成の大合併で熊野と海田が、2012年ごろに坂と府中がそれぞれ編入される。
  3. JR五日市駅も当然広島市内の駅から外れていた。
  4. その後、湯来町を編入していた。
  5. 隣の旧廿日市町も史実通りに単独市制施行。
    • または五日市市に合併されていた可能性も。
  6. 広電佐伯区役所前駅は五日市市役所前駅になっていた。
    • それか、広電五日市と紛らわしいので海老園とか。
  7. 西風新都が狭くなっていた。(石内の分だけ)
    • 西風新都は広島市の事業なので。
  8. 市外局番が0829のままだったかも。
  9. 開園当時、広島市外の施設だった植物公園は永遠に広島市外のまま。
  10. 五日市市のみを管轄する警察署が20世紀のうちにできていた。
    • 名称は「安芸五日市署」になっていた。
  11. チャンネルUはふれあいチャンネルに併合されることなく存続。
    • 単独で廿日市市にもエリアを拡大していた。
  12. コイン通りの観光PRがもっと派手になっていた。
  13. 五日市コミュニティ放送は閉局しなかったかもしれない。

高陽町(現・広島市安佐北区[編集]

  1. 現在以上に積極的にニュータウンを誘致しており西の千里などと言われている。
    • 少なくとも市名は高陽市
  2. その後白木村なども編入。
    • そしてニュータウン開発…
    • それを言うなら「白木町」(「白木」という名称は1956年の新設合併による町制施行時が初出)。
    • 高田郡の編入具合によっては「安芸高田市」が成立しなかったかもしれない。
  3. 当時の広島市の姿勢を考えると、代わりに安芸郡や佐伯郡の町村の吸収を目指す動きがさらに活発化していた。
  4. うまくすれば芸備線の広島~志和口間は電化されていた。

矢野町(現・広島市安芸区[編集]

  1. 広島市に飛び地が発生することはなかった。
  2. もしかすると平成の大合併で周囲の安芸郡3町と合併していたかもしれない。

因島市・瀬戸田町(現・尾道市[編集]

  1. 2市町で新・因島市になっていた。
    • または構想である「しまなみ市」になっていた可能性もある。
  2. 連続テレビ小説『てっぱん』の舞台が1つ増えていた。

山口[編集]

1944年に徳山市と合併した7町村[編集]

  1. 櫛ヶ浜町以外の6町村が1955年に和田村と合併して「南陽市」になっていた。
    • 山形県南陽市は「赤湯市」になっていた。
    • 櫛ヶ浜町は下松市と飛び地合併をしていたかもしれない。
  2. 周南市は誕生しなかったかもしれない。

香川[編集]

与島村(現坂出市)[編集]

  1. 香川県唯一の村になっていた。
  2. 与島に駅を設置すべきという声が上がっていた。
  3. 瀬居島と沙弥島が埋め立てで陸続きになったので岡山県への編入はないと思われる。もし実現していたら岡山県は四国にも領土をもつことになる。

高知[編集]

西土佐村(現四万十市)[編集]

  1. 中村市は改名していないため、四万十市と四万十町が混同することはない。

十和村(現四万十町)[編集]

  1. 高知県に「そん」と読む村が今でも存続していた。

福岡[編集]

朝倉町(現朝倉市)[編集]

  1. おそらく朝倉郡の中心地として自立していた。
  2. 甘木市は杷木町と合併しても改称しなかっただろう。
    • 鉄道の終点がある程度、知名度が高い市になっていた。

山田市(現嘉麻市)[編集]

  1. 人口1万人割れの市が北海道以外にも存在するようになる。
    • 北海道を除き一番人口の少ない市になっていた。
  2. 『山田県立山田小学校』の舞台は「山田県山田市」になっていたかもしれない。

長崎[編集]

高島町(現・長崎市[編集]

  1. 議会嫌いで、リコール解職された元阿久根市長がこの地に着目。当選後、議会を解散し、宇津木村以来の町民総会自治体に移行させ、自己の理想の行政を行う。
  2. 欧州の極右旋風に影響され、離島のみで構成という地勢柄「平成の出島」的に国外移住者を集中させる自治体候補となる。
  3. ひょっとしたら伊王島町と合併していたかも。で新設合併という形を取り自ら村に降格する。

宮崎[編集]

平成の大合併で宮崎市に編入された宮崎郡3町[編集]

  1. 田野町と清武町で「西宮崎市」が成立していた。
  2. 旧佐土原町長のとじき正が宮崎市長になることはなかった。

東米良村(現西都市、木城町)[編集]

  1. 木城町は村のままだった。
  2. 未だに合併することはないだろう。

上野村(現高千穂町)[編集]

  1. 高千穂町に囲まれた村になっていた。
  2. それでもこの村の小学校は中学校に併設される。

鹿児島[編集]

谷山市(現鹿児島市)[編集]

  1. 鹿児島市は特例市程度の規模だった。
  2. 鹿児島県内第2位の都市になっていただろう。
  3. もしかしたら谷山市内に鹿児島本線の新駅が設置されていたかも。
  4. 平成の大合併で松元町と喜入町を編入していた。

伊敷村(現鹿児島市)[編集]

  1. 町制施行していた。
  2. 上記の谷山市を編入しなくても鹿児島市はバラバラになっていない。
  3. 平成の大合併で鹿児島市との合併を視野に入れるものの結局拒否してしまう。
    • 2000年代に市制施行して「伊敷市」となっていた。
  4. 鹿児島市のベッドタウンとしての位置に落ち着いていた。

東桜島村(現鹿児島市)[編集]

  1. 1973年に西桜島村と同時に町制施行していた。
    • 桜島町は「西桜島町」になっていた。
  2. 当然、鹿児島市に飛び地はできていない。
  3. 平成の大合併で桜島町ができていた。

沖縄[編集]

首里市(現・那覇市[編集]

  1. 沖縄県の県庁所在地は首里に戻っていた可能性がある。
  2. 那覇と首里の人口は同じくらいになっていた。
  3. 中核市指定はされていなかったか、那覇市の人口が20万人を超えていれば2016年以降にずれ込んでいた。

真和志市(現・那覇市)[編集]

  1. 史実のように首里市が那覇市に編入合併されていた場合、首里地区は那覇市の飛地となっていた。
  2. 那覇新都心は那覇真和志新都心となっていた。
    • おもろまちの範囲には史実では元から那覇市に属している字上之屋と泊のそれぞれ一部が含まれているので、真和志市おもろまちはその分狭くなっていた。

石川市及び中頭郡2町(現・うるま市)[編集]

  1. 中頭郡の2町は「うるま町」になっていたかも。
    • 与那城町と勝連町が合併しても人口が3万弱なので市制施行はできない。
    • うるま町ではなく与勝町になる可能性が高い。
  2. 石川市は「石川県ではなく沖縄県にある石川市」でネタになっていた。

屋我地村(現・名護市)[編集]

  1. 屋我地島の全域とする自治体として自立。
  2. 奥武島は屋我地村に入るか名護市に入るかのどちらかの二択になっていた。

久志村(現・名護市)[編集]

  1. かの有名な辺野古を擁しているので、久志村長選が沖縄県知事選と並んで全国的に注目されていた。
  2. 名護市は太平洋に面していなかった。
  3. 沖縄高専は日本で唯一村に位置する高専だった。

関連項目[編集]




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