もしあの戦国大名が天下を取っていたら

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明智光秀[編集]

  1. 前提として山崎の戦いで勝っていた。
    • というより、羽柴秀吉が毛利の返り討ちに遭い、山崎まで大返しできなかったパターンの方がありそう。
      • あっさり首を取られてしまうと毛利の勢力が大きくなるので、両者で膠着状態になって、どちらも消耗するのがベストな展開。
      • そのうちに、どちらかが光秀に臣従して、力を借りて相手を倒そうと計る。
  2. 明智光秀の評価は「正義のために暴君を討った英雄」となっていた。
    • どうかな。足利尊氏とか天下取ったのに評判悪いし。
      • 尊氏の評判が悪いのは、後醍醐天皇を裏切るなど皇室をないがしろにしたから。このスタンスは、むしろ信長に通じるものがある。
      • 光秀は勤皇家で、信長が皇室を利用してるのが許せなかったと思われているので、大丈夫。
  3. 信長・秀吉の評判は悪い。
    • これもまた微妙。
  4. 三日天下という言葉はない。
    • 同様の意味のことわざはナポレオンの百日天下か。
  5. 果たして光秀自身が将軍なりなんなりになれるのか。信長でも右大臣になるまでには相当時間かかったのに。ものすごい勢いでものすごい功績を重ねまくらないと無理そう。足利将軍あたりを呼び戻した方が現実的かも。
    • 鞆から呼び戻すことを条件に、足利義昭の猶子になることを承諾させればOK.
  6. 娘の玉(ガラシャ)の影響が強くなるので、もっとキリスト教が普及する。
  7. 天下を取った光秀はすっかり変わってしまって晩年暴君になる。そして忠実では大河ドラマ等で悲劇の主人公として扱われることが多い光秀の人気が落ちる…なんてことになっていた可能性も。
    • もっとも年齢が年齢だし、暴君化することもなく、天下を取った後すぐ光秀は死んでいた可能性も。

朝倉氏[編集]

  1. 金ヶ崎の戦いで信長死亡。
  2. 日本の首都が福井に。
  3. 太平洋側より日本海側のほうが栄えている。
  4. 朝倉宗滴在命の時に天下統一を果たすので、リアルより若干早めに戦国時代が終了した。
    • 織田信長は、史実の伊達政宗ポジションに据えられて、「生まれる年があと少し早ければ、天下を取れただろうに…」と言われることになっていた。

尼子氏[編集]

  1. 条件としては経久の子政久が戦死せず大内の大寧寺の変で一気に介入して勢力を拡大し新宮党とも敵対せずにできれば可能かと。
  2. まず前提として有田中井手の戦いで勝ち、毛利氏を傘下にする。
    • この場合元就は何も活躍せず終わっていた。
  3. 大寧寺の変で大内家・陶家を一気に滅ぼし中国地方を制圧。政久も父に劣らぬ武将だったので晴久のようなことにはならなかった。
    • そして北九州に進出、諸侯を傘下におさめる。
  4. いずれにせよ天下を取るのは晴久。
    • しかし毛利家に苦しめられることもなかったので巷にいわれるほど暗愚にはいわれることはなかった。むしろ内政手腕は一流だったので名君扱い。
      • 「尼子ハルヒさの憂鬱」などとは言われなかった。
      • 石見銀山の開発が早まっていた。
  5. とりあえず、「尼子十勇士?誰それ?」なんて、言われてはいない。
    • 山中幸盛は尼子の天下を支えた名臣として知られた。鴻池家は山中家の庶流として別の歴史を辿っていた。

今川氏[編集]

  1. まずは義元が桶狭間で勝っていた。
  2. その後は齋藤・六角を倒して上洛。
    • 六角は滅ぼさないと思う。将軍を保護するようなのを、滅ぼしていくとは思えない。そこまで今川は、強くないと思う。
    • 六角が上洛を邪魔しなければそうだろうが、邪魔した場合は戦わないとどうにもならない。
  3. 足利家の親戚なので、養子だのなんだのこじつけて室町幕府の将軍になる。
    • 「御所(足利将軍家)が絶えれば吉良が継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐ」とも言われたので、仮に将軍家不在の場合は、義元が普通に将軍になれるかと。
    • 義輝暗殺が史実通りに起きればそうなる。
  4. 天下を取った後は公家化が進む。
  5. 戦国時代の文化と言えば茶道や鷹狩りではなく蹴鞠だった。千利休なんて出番無し。
  6. 今川氏真も名政治家として知られていたかも。

上杉氏[編集]

天下統一まで
  1. 天正6年3月の遠征前に死亡せずに、関東侵略、信長を打倒し、京へ上洛した。
天下統一後
  1. 幕府が越後春日山付近に開かれる。
    • 下にも書かれているが、上杉謙信が足利氏存続中に上洛できていれば管領などの形で幕府を支えたのでは。
      • 足利氏は将軍として存続するが、上杉氏が管領あたりの役職で鎌倉時代の執権北条氏の様に実権掌握という感じか。
    • もしくは養子縁組などを駆使し、足利家に政権を返還する。
    • 全国の大名家が新潟の積雪・寒さを経験することになる。
  2. 直江津が港として栄える。
  3. 佐渡金山から金をたくさん産出する。
  4. 足利義昭を奉じて管領就任→謙信の死後に養子の景勝と景虎で泥沼の争いという、細川政元亡き後の細川家と同じ末路を辿る。
    • 戦国時代再来。
    • 我の強い越後の国人衆が上杉氏の天下統一に伴い勢力拡大していれば面倒なことに。
  5. 直江家が米沢藩主として存続する。
    • 米沢は豊臣秀吉による上杉家会津移転によるものだからどうだろ。
  6. 現在でも政教分離が進まなかった。
    • 毘沙門天信仰が盛んに。
  7. 大判・小判といえば牛舌形というイメージになっていた。
    • 「小判形」といえば牛舌形を指していた。

上杉管領家[編集]

  1. 内輪もめがすぐにおさまるのが大前提。
  2. 戦国時代に突入してすぐに関東を統一。
    • 後北条氏の出る幕はない。
  3. 上洛後、室町幕府の内乱に加わる。
  4. 細川家に代わり実権を握る。
  5. 結果として戦国時代は史実より短かった。

黒田官兵衛[編集]

  1. 関ヶ原の戦いが長引くことが前提。
  2. 関ヶ原から慶長の大乱と呼ばれる状態にまず持ち込む。
    • 官兵衛はその最中、鍋島直茂・加藤清正らと共に九州を制圧。
      • 島津がどこまで粘るか。関ヶ原にもそんなに出してないし。
  3. で、合戦が泥沼化し、徳川家康が戦死。長政は命からがら生き残る。
  4. そして長政が徳川の敗残兵とともに挙兵し東部を制圧。
  5. 官兵衛の寿命の方が明らかに早いので、息子長政や一族の気力・器量によって変わるだろう。
    • ぶっちゃけ残った部下も優秀なので前項の状態となれば後は楽だろう。

斎藤氏[編集]

  1. 史実とは逆に、斎藤氏が織田領へ侵攻。織田を滅ぼす。
  2. その後は近江を攻め、上洛し、朝倉や武田を滅ぼし‥と史実の信長と同じく領土を拡大。
  3. 道三の時代で上洛→天下統一までのタスクがある程度まで完了していることがポイント。
    • 義龍とのいざこざは起こると思われるので、後継者選定に苦労しそう。
      • 龍興の覚醒イベントが起こるかどうかは微妙。

真田氏[編集]

  1. 大阪の陣で豊臣方が勝ち、徳川が敗走。
  2. 一旦は豊臣が天下を取り戻し、真田幸村は五大老クラスの大大名に。甲斐、信濃、上州、飛騨を治める。
  3. 秀頼死後の跡目争いで真田が勝って天下を取る。
    • 幸村は悲劇の戦国武将として人気が高いわけであり、忠実みたいにあんなに人気になれなかった。
      • お兄ちゃんの信之の方が人気が出るようになるかもしれない。
    • 下手したら天下を取った後の晩年暴君になってしまい評判を落としてしまったりして…。
  4. ペリー来航後は佐久間象山の構想通りに公武合体を行い、史実より早く文明開化した。

柴田氏[編集]

  1. 本能寺の変後、明智光秀を討てば可能。
    • でも、それを保てるほどの器量があるかは、疑問。
  2. 織田一族は信孝の系統が生き残る。
  3. 柴田勝家の死後は、勝政派と勝豊派で争う。

島津氏[編集]

  1. 鹿児島が首都になっていた。
    • 東北まで目が届かないので、南部氏か伊達氏辺りが乱を起こしていた。
      • 目が届かないことをいいことに、仙台藩(伊達氏)が密貿易に精を出す(実際の薩摩藩のように)
  2. 天下を取った後は奄美・琉球のみならず台湾や比島にまで侵攻。
  3. 捨て奸が日本国内で広まり、時代が変わって銃火器による近代戦争に変わってもそのまま戦術として用いられ続けた。
    • 時が過ぎ、太平洋戦争では米兵からは「Oh! crazy jap!!」と言われるようになる。
  4. 島津氏が史実の徳川幕府の扱いになるとした場合、長宗我部氏辺りが薩長の側にあたると思われる。
    • 戸次川の戦いで長宗我部信親が討たれたことを、いわゆる幕末まで怨みとして残していた。
    • 琉球の尚氏もこれに呼応して島津幕府の討幕し、明治維新を迎えて晴れて琉球王国の復活を果たすことになる。
      • 旧幕臣は、北海道函館まで逃げるのは大変なので、台湾に逃げ込んで「小琉球共和国」を樹立。
  5. 関ケ原の合戦を挟むのであれば、島津豊久を失った怨みから井伊家は断絶。
    • そのため「ひこにゃん」は誕生しなかった。
  6. 幕末、西郷隆盛と勝海舟の立ち位置が逆転していた。西郷隆盛の方が、無血開城の交渉にあたった。

武田氏[編集]

天下統一への道
  1. たぶん、武田勝頼が天下を取る。
    • そのため勝頼の方が信玄よりも有名。武田信玄はちょっぴり通好みの武将。
      • 正確には、武田信玄→京まで上る、武田勝頼→全国統一。
      • いや、信玄が上洛、勝頼がほぼ統一、仕上げるのは勝頼の子の信勝あたりになるだろう。
      • 通好みはむしろ信虎な気が・・・
武田政権時代
  1. 武田幕府が開かれる。
    • 信長のように足利将軍を放逐するとは考えにくい。養子に入るか執権に収まるか。
  2. 不便なので、拠点を甲斐からどこか開けた場所に移す。
    • 甲斐は副都としてそれなりに繁栄。
    • 新本拠地で一番有力なのは駿府かな。
  3. 「人は石垣、人は城」が国是になっていた。
    • 「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、あだは敵なり」
  4. 仏教の扱いに苦慮する。
  5. 安芸・若狭・下総などの武田家や、蠣崎などの分流も厚遇される。
  6. 甲州金が全国的に流通。
    • 大判・小判といえば円形というイメージになり、「小判形」といえば円形を指していた。
その他
  1. 史料が多く残るので、山本勘助の実体がよりはっきりする。
  2. 富士山は、当然山梨県に含まれる。
  3. ほうとうがメジャーな食べ物となる。
  4. 由緒ある家紋であるため,某ヤクザの家紋も別の形になっていた。
  5. 赤備はもともと武田氏家臣のものなので、井伊家が赤備を軍装とすることはない。
  6. 当然信長の野望は無い。
    • 変わりに信玄の野望がある。
      • ・・・と思ったら信玄の野望は本当にあるらしい
      • 誰かが信虎の野望とか言い出す。
  7. 勝頼は名君として知られていた。
  8. 信虎は少なくとも武田治世の時代は悪役として扱われるが、終了後は再評価される。

伊達政宗[編集]

統一まで
  1. 単独で秀吉に対抗できたとは考えづらいので、たぶん秀吉に叛旗を翻した家康、および小田原で抗戦中だった北条家と連携して秀吉軍を撃破、その後徳川・北条と三つ巴の権力闘争がおこなわれて勝ち残るというシナリオか。
    • だいぶ時間がかかりそうだけど、政宗がダントツに若いのがポイントかな。にらみ合っているうちに家康と氏政が死ねば、次の代の秀忠や氏直相手なら政宗に分がありそう。
  2. 関が原の戦いは東の伊達勢力と西の毛利勢力との戦いになる。
    • 秀吉が亡びた後、政宗が徳川・北条とにらみ合っているうちに、毛利は島津・長曽我部あたりと競り合ってそう。結局、日本の中央部を誰が押さえるかで勝負が決まるような。
  3. おそらく一番現実性が高そうなのが上杉定実に伊達実元の養子入りが成功して、天文の乱が起こらなかったケース。南東北+越後の大勢力に果たして北条・武田は対抗できるはずもない。(つまり晴宗か輝宗の時代にすでに天下取りの基礎部分は整っていた。)
    • 伊達家が天下統一できなかったのは地理的要因に加えて、天文の乱で芦名や最上などの傘下勢力の独立や家臣団との関係の変化で伊達家が衰退したため。
統一後
  1. 仙台が日本の中心地に。
    • この場合政宗自身が仙台に本拠を置いていないので、それはない。会津若松かな。
    • 政宗の性格からすると、信長同様、本拠地を移すことにあまりためらいがないように思われる。京都までは行かなくとも、関東地方か東海地方あたりまで進出し、そちらに中心を置いたのでは。
      • 確か史実だと関東進出を目指していたはず
    • 一族の誰かが(もしかしたら最上が転封されて)陸前一帯に移されたら可能性がある。
  2. 鎖国しなかった。
    • 日本でキリスト教が完全に根付く。
    • もしかしたら江戸に本拠地を置いてたかも?
  3. 日本史での東北地方のウェイトが大きくなる。
    • 東北地方が王朝における満洲みたいな扱いになって、かえって閑散としてしまったりして。
  4. 徳川家は忠輝(家康の六男、政宗の娘婿)の家系が嫡流として続く。
    • えーと、この状態でも忠輝と五郎八姫との結婚はあったんだろうか? 秀吉の死後、家康が伊達を味方につけるために画策した縁談だったと思うが。
    • 歴史によっては家康没後、取り込むために画策した可能性も。
  5. 陸奥宗光の実家は親藩大名。
そして現在
  1. 東北地方の高校が既に甲子園で優勝している。
    • 「関門海峡越え」という言葉が存在する。
  2. 仙台の政令指定都市移行が史実より早まっている。
  3. 青函トンネルの開業が早まった可能性も。
  4. 東北新幹線は1982年の時点で青森まで開通。
    • 北海道新幹線も同時に開業している。
  5. ロッテオリオンズが現在も仙台を本拠地にしている。
  6. ジェフの本拠地も仙台だっただろう。
  7. 仙台平野は広いので、500万人くらいの都市にはなっていたかもしれない。
  8. 「城=天守閣」という誤解が生まれなかった。

長宗我部氏[編集]

  1. 古来からの「流刑地」土佐が日本の中心に!・・・無理かな?
    • 四国統一の時はすでに白地(阿波池田)に本拠を移していたからねえ。
      • どちみち白地は四国の要衝になっていた。ここが後に四国中央市を名乗っていたかも?
    • 四国にこだわるとすれば、鳴門や高松、徳島あたりになるのかな?
  2. 海運がめちゃくちゃ発展する。
  3. 紀貫之と言えば古今和歌集よりも土佐日記。
  4. 早めに四国統一。
  5. 瀬戸内、熊野の水軍を配下に治め、日本最強の海上勢力となる。
  6. 安芸氏や本山氏が全国レベルの知名度になる一方、今川氏はマイナーな存在で終わる。
  7. JR四国全線が電化されている。
    • 最低でも複線化されているだろう。
  8. 長宗我部版本能寺の変後、河野水軍が仇を打つ形になり、河野通有に接ぐ偉い武将が天下を治める。
    • が、実史では金子のほうが伊予では勇猛っぽいから、いつのまにか金子幕府...で朝鮮がやたら金子氏の出自は朝鮮だと言い張る。
    • 河野氏がそんなに迅速に動けるとは思えない、明智ポジションは無く、単に金子が仇をとって天下を取ると思う。
  9. しかし関が原の戦いで長宗我部氏の天下は終わる。
  10. 一領具足制度を全国的に施行、日本は国民皆兵国家として全世界から恐怖される。
  11. 四国がもっと発展……するかな?
  12. 大阪と広島が今ほど発展していない。
  13. 坂本竜馬は上士の家に生まれたことになっていた。
    • そもそも坂本竜馬が倒幕に画することもなく、普通に過ごしていけたかと。
  14. 長宗我部氏は秦の始皇帝の一族(だと当人たちは信じている)なので、秀吉と同じく明に出兵し、祖先の土地を取り戻そうとする。
  15. 法華津氏の知名度は史実より高かった。
  16. 本能寺の変後に淡路島を経て播磨に進出。
    • 毛利氏との戦を終わらせることができなかった秀吉を背後から攻めて滅ぼし、秀吉の勢力下だった備前因幡但馬を得る。
  17. さすがに本拠地を本州(差し当たり京か堺あたり)に移動させているだろう。
    • 四国全土を合わせても100万石無いわけだし。

北条氏[編集]

天下統一への道
  1. さあ難しいぞ。取る気もない天下をどうやって取ろう?
    • 今川存続が条件。義元が実力どおり織田を倒し、東海を制する。
    • 大勢力になった今川の力を借りて上杉・武田を抑える。その間に東北をなんとかする。
    • 義元の死後二代目があの通りなのでうまいこと崩して吸収。上杉・武田も次世代なのでなんとかなる。かも。
      • 史実に近いシナリオなら盟約を裏切って駿河に侵攻した武田家を今川との同盟を存続した北条が攻め入り、そのまま武田を殲滅&今川救援のため徳川も攻めて併呑、東海→畿内方面への勢力拡大。
北条幕府
  1. この頃には足利将軍の種は尽きているか尽かしているので遠慮なく征夷大将軍任官。
  2. やっぱり小田原に幕府を開く。
  3. 京から西には興味はないので投げっぱなし。鎌倉幕府と同じ調子でいこうとする。
    • そして平島公方が西側の大名を糾合し、天下分け目の戦いへ。
執権北条氏
  1. 足利幕府はそのまま傀儡として残して、鎌倉幕府の北条氏の名跡を復活させて執権を名乗るようになる。
    • 征夷大将軍は世襲にならないよう、都度、源氏姓の武田とか佐竹あたりから適当な人材を迎え入れるようにして、権力だけは握った。
  2. 幕府を京に置いておくと何をしでかすかわからないので、元の鞘に戻すかのごとく、室町から足利荘に移動。
その後
  1. 海外交易と殖産で力を付けた西国大名に倒される。維新は100~200年は早かった。
    • この場合とっくに自ら開国してる国家が西洋列強を待ち受ける。封建制を色濃く残した独特の近代国家が出来上がった。
  2. 領国はしっかり経営するので容易に崩れず東西別国になっていたかも。
  3. 小田原評定がいい意味で使われる。
  4. 北条氏を名乗る意味がなくなってくるので、元の伊勢氏に姓を戻すことになる。

毛利氏[編集]

天下統一への道
  1. 戦国時代で少数の兵による大勝利といえば、有田中井手の戦いもしくは厳島の戦い。
    • 決して桶狭間の戦いではない。
      • 厳島の戦いは後世の捏造が激しいからなぁ・・・勝てた理由の大半が運だったっぽいのは桶狭間と同様のようだが。
  2. 室町幕府の扱いに苦慮する。
    • 室町時代の後に短く鞆時代がある。
  3. 毛利元就の死後に天下をとっていた場合、毛利家で一番有名なのは輝元。
    • と言う事で元就は三国志の曹操のようなポジションになる。
    • 長男・隆元は死なずに済んだかもしれない。
毛利政権時代
  1. 家系ゆえに幕府は開かない。
    • 毛利氏は土師氏の流れを汲んでいる。かなり大雑把に言えば菅原道真と同系。
    • 「源氏でなきゃ征夷大将軍になれない」というのは俗説に過ぎんけどな。
    • 名目上足利家の者を将軍とし、実権は毛利家の当主が握るというスタイルになっていた。
      • 鎌倉時代の執権政治に近い形。
  2. 小早川氏と吉川氏は100万石を越える大大名となる。
    • 輝元がそのあとの当主が「毛利御三家」を作ったため、吉川・小早川の立場は低下し、史実の松平家程度になる。
      • 毛利御三家とは、吉川・小早川・穂井田のことである。
      • ラストエンペラーを(毛利元就の庶子である)穂井田家から輩出したことが滅亡の一因と言われるようになる。
        • 全員毛利に名字を戻しているかも。
        • 椙杜・出羽・天野・末次も一門としてそれなりの地位となった。
          • 小早川秀包「俺は・・・?」
その他
  1. 山口県からあれほど多数の首相が輩出されることはなかった。
    • 下手をすると山口県自体存在しなかった。
    • 名前はともかく国の主要な貿易港として栄えることは間違いない。
  2. 弓が武士の主流に扱われ、鉄砲がそんなに重要視されなかっただろう。
  3. 郡山城が修学旅行のコースに組み込まれる。
  4. 原爆は広島に落とされていない。
    • その前に第二次大戦で枢軸国側だったかどうかも…
    • さらに皇居が東京にあるのか?
    • 広島大空襲で徹底的にやられるため。代わりに小倉か京都に落とされる。
  5. 和三盆が矢三本に。
    • 和三盆の名前は盆の上で三度研ぐことに由来しているのでそれはない。
  6. 厳島神社の世界遺産登録が現実より早くなっていた。

本願寺を中心とする一向宗[編集]

厳密には戦国大名ではありませんが、当時戦国大名同様に活動していた、戦国大名に準ずる存在として取り上げてみました。

  1. この場合、大阪の石山本願寺が史実における江戸城に相当する存在となる。
    • 山科にあった本願寺の跡が聖地化される。
      • 山科本願寺を法華一揆で潰された恨みとばかり、法華宗を弾圧するかもしれない。
  2. 本願寺による天下統一が実現するとしたら、それを実現していたのは顕如か次世代の教如もしくは准如。
  3. 天下の主としての肩書きは道鏡以来の”太政大臣禅師”もしくは”法王(法皇ではない)”。
  4. 当然発足当時は祭政一致のガチガチの一向宗専制国家となっている。
    • 黒船来航までこの体制が維持されていた場合、確実に攘夷を実行し、諸外国と戦争になる。
      • その結果、日本の近代化がありえたかどうかは疑問。
  5. 身分制度は士農工商の上に僧侶が立つ”僧士農工商”の5身分制。
  6. 当然キリシタンは禁教。
  7. とりあえず、貝塚?鷺森?なにそれ?
  8. 東西分立は当然なし。本願寺系以外の真宗諸派はもちろん浄土宗も本願寺傘下に。



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