もしあの放送局が○○だったら/中国・四国

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日本海テレビ[編集]

TBS系のままだったら[編集]

※史実では1959年12月15日に日本テレビ系にネットチェンジ。

  1. BSSテレビ(山陰放送)は、日本テレビ系として開局していた。
  2. 「キューピー3分クッキング」は、山陰両県でCBCバージョンが放送されている。

BSSと合併していたら[編集]

  • BSSは鳥取・島根両県でラジオ放送を開始していました。しかし、テレビ放送に関しては鳥取県において日本海テレビが先にテレビ放送を開始していたため、島根県のみとなりました。BSSとテレビ放送開始直前の日本海テレビは合併交渉をしていたようですが、もし合併が実現していたら…
  1. BSSは本社がある県でテレビ放送が開始できたが、1県1波の原則には逆らえず、そのエリアは鳥取県のみとなっていた。
    • アナログ親局は「米子1ch」。
    • 合併の条件としてテレビの親局は鳥取市に置かれたかもしれない。
  2. 島根にJOJX-TVをコールサインとするVHF波(10ch)のテレビ単営局が開局していた。
    • いやJOHF-TV松江10chとして基幹中継局としていた。日本海テレビはJOJX-TVからJOHL-TVにコールサインを変更されるが鳥取親局として残るが業務効率化の観点で本社を米子市に統合され、1970年ごろのUHF大量免許時に鳥取対松江の親局争奪戦が勃発する。

ANNに正式に加盟していたら[編集]

  1. モーニングショーやアフタヌーンショーは山陰放送ではなく日本海テレビに一本化していた。
  2. テレビ朝日鳥取・米子・松江の各支局は無かった。
  3. 現実の福井放送みたいな編成になっていた。

テレビ山口[編集]

フジテレビ系列だったら[編集]

  1. TBS系列の番組は深夜や昼に放送されている。
  2. 夕方のニュースが、tysスーパーニュースだ。
    • そんなに名前がかわってない・・・・・
    • 歴代タイトルだと、TYS夕やけニュース⇒TYSニュースワイド630⇒FNN TYSニュースワイド600⇒TYSスーパータイムFNN⇒TYSヒューマン⇒TYSスーパーニュースになるな。
  3. MBS製作の日曜17:00のアニメは日曜朝6:30~7:00に放送されていたかもしれない。
  4. テレビ東京の番組はyab、KRY TBSの番組はtysとなる。
  5. 産経テレニュースFNNは「FNN TYSニュース」として放送し、フジと同じ音楽+タイトルバック映像を使用している。
  6. 現実でいう秋田のような編成になっていた。

テレビ愛媛[編集]

TBS系列局として開局していたら[編集]

  1. あいテレビは、フジテレビ系になっていた。
    • あいテレビ開局までは、南海放送とテレビ愛媛で番販ネット。
  2. 何回も南海放送にネットチェンジやらないかと持ちかける。

ラテ兼営だったら[編集]

AMの場合
  1. おそらくNRNだけをネットする。
    • またFNNならば産経色が強くなる。
  2. その場合、南海放送はJRNシングルネットになっただろう。
FMの場合
  1. FM愛媛は開局しない。
  2. 現在のビビットホールのところ(現実のFM愛媛旧本社)にラジオ部門が集約される。

アニメを積極的に放送したら[編集]

  1. RNBでもこぼれたアニメを放送する。
  2. こんなことが起こった場合TXN系になる。

親局があの位置にあったら[編集]

すべてにおいて言える事
  1. FM愛媛・ITV・eatもその位置に送信所を建設する。
大峰ヶ台(総合公園があるあの山)
  1. 現在の送信所よりも北西にあるので、他県にもスピルオーバーがもっと出るであろう。
  2. 史実では、行道山にあるので城山に阻まれて受信できない地域のためにアナログ限定でこんなものができたが、これでは道後地区に「道後中継局」なるものができる。
    • ただし、デジタルでは城北と同様に「置局不要」という判断になってしまう。
  3. 平成新局であるITV・eatのどちらかは送信局舎と本社社屋を統合するかもしれない。
  4. EBCの送信所の位置によっては総合公園はなかった。
城山
  1. RNB・NHKが地デジ移行で送信所を移転することもなかった。
    • ここみたいにスーパーターンアンテナの隣に双ループアンテナをつけることになった。
  2. 多分あいテレビ開局時点で送信所用の敷地がなくなる。
  3. もしかしたらEBC・FM愛媛開局で鉄塔のスペースがなくなり、ITV開局で建て替えるかもしれない。
  4. デジタル放送で行道山に送信するのに城山が邪魔になることもないのでRNBの本社移転はなかった。
    • それでも建物の老朽化で1964年・移転当初からの本館(道に面していないほうの建物)は取り壊し、当面の間新館だけで業務を行い本館跡地に新しい建物を建築する。
奥道後
  1. 山口方面で視聴しやすくなる代わりに、広島方面での視聴は絶望的になる。
  2. 旧北条市でも絶対に親局が受信できなくなる。
  3. 東方向に電波を飛ばす必要がないので西方面に指向性を設ける。

愛称が「テレビ愛媛」じゃなかったら[編集]

  1. かつての正式社名の愛媛放送かEBCを前面に押し出していたかもしれない。
    • 無論、社名変更はない。
  2. または、FNSらしく「愛媛オレンジテレビ」になっていたかも。

南海放送[編集]

アナログ親局が行道山にあったら[編集]

  1. もちろん城山になど鉄塔はなかった。
    • NHKも同様に行道山からの送信となる。
  2. 当時本社から送信局舎まで放送する信号を送るのが困難だったので、城山に道後樋又移転までテレビスタジオがあった。なので行道山に鉄塔があるとスタジオがそこにあることになるので結構不便なことになる。
    • しかし、無理やり遠隔操作をするシステムをつくり、本社内にテレビマスター・テレビスタジオを設置し放送していたかもしてない。
  3. 旧社屋(樋又)は城山の影になるので、そこに本社を構えなかった。
  4. 城山中腹よりも高度が高いので、出力5kWのままだと現在よりも広範囲にスピルオーバーを出すことになっていた。
    • その反面城北地区では城山に阻まれて視聴ができなかった可能性がある。
      • なので史実よりも早く「城北中継局」ができていた。

開局から今までで本社移転がなかったら[編集]

  1. 位置的に本町会館はできなかった。できたとしても本社別館という位置付けになっていた。
    • 別館ができた場合「ラジオ南海」当時の社屋がテレビ開局で手狭になる可能性があるので、史実よりも早く1964年位にはできていた可能性がある。
    • その後、ITVがこの別館に入居する。QABのごとく。
  2. もちろん建物は老朽化するので、RNB開局50周年にあたる2003年かテレビ開局50周年にあたる2008年に「ラジオ南海」時代の社屋を建て替える。

アニメに力を入れていなかったら[編集]

  1. 愛媛は完全にアニメ過疎地帯となっていた。
    • そのため結構早い時期からアニメ見たさに広島方面にアンテナを向けるのが当たり前になっていた。
    • そのうち北九州にアンテナを向ける猛者まで現れた。
  2. そもそもテレビ東京とはあまり仲がよくなかったかもしれない。
  3. 代わりにEBCかITVがアニメに力を入れていた。

社名が「愛媛放送」だったら[編集]

  1. 愛媛新聞系なので、社名が系列新聞社と大幅に違うということが解消された。
  2. もちろん、この社名は1969年から2004年までのテレビ愛媛の社名であるため、テレビ愛媛は別の社名になっていた。
    • もしかしたら最初からテレビ愛媛として開局していたかもしれない。
    • 略称はEBCなどにならず、TEC(TV Ehime Co.Ltd)か愛媛地区のU局第1号なのでUTE(Ultra High Frequency TV Ehime)かも・・・。
      • どのみちお蔵入りをしていた。
      • いや、むしろ「TVE」だったかもしれない。
    • 逆にこっちの略称がEBCだったかも。

TBS系列でテレビ放送が開始されたら[編集]

  1. 対岸もJNNに加盟していたので愛媛の広島に近い沿岸の住民と、広島の愛媛に近い沿岸の住民に「JNNが2局あってもしょうがないんだよ」といわれていた。
  2. ラジオ開局年月日が同じでテレビ開局も半年ほどしか違わないRSKと同様有力局になっているか逆にRSKを引き摺り下ろしたかもしれない。
  3. もしかしたらTBSとの仲は険悪になっていたかもしれない。それでTXNへのネットチェンジを熱望するかもしれない。
    • アニメ好きは史実通り。なのでMBSとの仲が強くなりそう・・・。
    • TBSシンパの社員が退職していった2000年代にはそうなっていたかもしれない。
  4. 多分TBSに専念するだろうからEBCがITV・EAT開局までかつてのどこぞのようにトリプルネットになりぐちゃぐちゃな編成になる。
    • もしかしたらEBCの社名も「愛媛総合放送」になっているかも・・・。

FMラジオも開始していたら[編集]

  • 南海放送十年史によるとFM放送開始に備えてなぜか松山市に申請していたようです。そこでもしもFMラジオも開始していたらどうなっていたでしょうか。
  1. 史実どおりFM愛媛も開局していたら愛媛は地方で唯一FM2局地帯となっていた。
  2. 「JOAF-FM」が与えられるがJOEU-FMに比べてコールサインは知られないものになっていた。
    • 現在新居浜エリアではAMラジオは「JOAL」、アナログテレビは「JOAL-TV」が与えられているがFMが開局してもコールサインは与えられない。
      • なんとこれが現実になる日が来てしまった。2018年3月11日に震災関連特番をAMとFMで別番組を編成するという思い切った行動をとり、その為にFM独自放送用の免許を申請し「JOAF-FM」を取得した。もしかして、将来的にAM放送からFM放送に移行しようという計画でもあるのだろうか。
  3. 一応、JFNに加盟する。
    • ただし、TFMの番組はほとんどネットせず自社製作番組ばっかりになる。
  4. 松山の送信所は城山にRNBテレビと共有する形で設置される。
    • テレビのデジタル化で、NHK-FMと同様に城山か行道山のどっちに送信所を置くか迷うようになる。
    • RNBアナログが10chとVHFでは周波数が高いので、行道山にFMの送信所を設置し、デジタル化でNHK/RNBのデジタルが併設されるかも・・・。
  5. 2014年、Fnamなる愛称でついに始めちゃいました。ワイドFM。(KNBと全国最速タイ)
    • ジングル系もFM局っぽくしたりとか、翌年度にはFM愛媛からパーソナリティー引っ張ってきて新番組始めるという、まさにこれでもかという力の入れよう。
      • そして近々NRN系の番組のステレオ化も実施するとか。

現在も樋又移転当初から20世紀末期まで使っていたOP/EDが使われていたら[編集]

  1. どっちみち、2006年までにHDで作り直していた。
    • もしかしたら本町会館への移転までフイルムを使用し移転後に全部HDで作り直していたかもしれない。
      • 本町移転が2006年なので42年も使うことに。当然OP/EDはデジタル化しなければ劣化し末期には相当恐ろしいものになっていただろう。
  2. もちろん、樋又の社屋を流すわけにはいかないのでOPは微妙に手を加えられた。

AMステレオ放送を実施していたら[編集]

  1. (おそらく)四国で唯一のAMステレオ実施局となっていた。
    • それでも東日本大震災発生前後には、モノラル放送に戻していただろう。

あいテレビ[編集]

本社が南海放送本町会館の中にあったら[編集]

  1. QABと同様、「南海放送東京放送ネット部門」と呼ばれていた。
    • RNBはもしかしたら本町会館に引っ越せなかった。
      • この場合、地上デジタル放送は樋又から1回本町会館に番組の信号を送りそこから行道山に送出していた。

愛媛新聞とは何の関わりもなかったら[編集]

  • 史実では愛媛新聞系列ですが、そうでなかったら一体どうなっていたでしょうか。
  1. 史実とは違い、MBS・RCCではなくTBSの従順な子分になっていた。
    • TBSが大株主となっていた。
  2. 愛媛新聞と離れている社屋の位置は変更なし。
  3. 社名も「伊予テレビ」なんてものにはならず、「テレビユー愛媛(TUE)」か「テレビユー松山(TUM)」になっていたかもしれない。
    • なので愛称の「あいテレビ」などなく、社名変更もなかった。

FM愛媛[編集]

終夜放送を行ったら[編集]

  • 史実ではラジオ局では珍しく月~木は午前3時、金は1時30分、土は2時、日は1時で放送を終了していますが、もし深夜も放送を行っていたら。
  1. 当たり前だが、放送休止時間にやっていた番組のネットをし始める。
    • そのため、聴いたりそもそもFMを聞くという選択肢を捨てることもなかった。

西日本放送[編集]

「四国放送」を名乗っていたら[編集]

もし岡山香川日本テレビ系列局西日本放送(RNC)が『四国放送』を名乗っていたらどうなっていたのでしょうか?

  1. 現実の徳島四国放送(JRT)は『徳島放送』を名乗っていた。
    • 略称はおそらく『RTC(Radio Tokushima Corp.)』あたり。
  2. JRTの開局はRNCより先。よってRNCはどうにかしてJRTを懐柔する必要がある。
  3. もしJRTが徳島放送を名乗ったら、四国で系列新聞社と関係のない名前を使うラテ兼営局はRNBだけとなる。
  4. 逆に福岡県のテレビ西日本が『西日本放送』と名乗っていた可能性がある。
  5. 西日本放送が設立したときの社名はラジオ四国と名乗っていたから徳島の四国放送が別の社名を名乗っていたらこうなっていた。

テレビせとうち[編集]

広島県で開局していたら[編集]

  1. 岡山と香川の相互乗り入れは無かった。
    • 岡山が「三局目!三局目!」というわがままのため、失敗した。
    • 結果、現実同様に相互乗り入れしていたはず。
      • いや、してないだろ。
  2. 広島人としてはようやく「大都会」の仲間入りになったと思う。
  3. 現実のようにアイシールド21などの打ち切りもなく、遊戯王GXなども見られたので安心しているだろう。
    • 広島のアニヲタが現実より多かった。
  4. カープ戦のローカル中継も現実より増えていた。
    • テレ東にとっては日本シリーズの中継権も取りやすくなっていた。
      • 2016年9月10日の25年ぶりのリーグ優勝が決まった試合を、広島ローカルで放送したかもしれない。(実史はNHK総合テレビで全国放送。)
  5. 広島局と愛媛局の相互乗り入れが行われていたかもしれない・・。
    • しまなみ海道は瀬戸大橋より先に開通していた。
    • 勢いに乗って山口などとも相互乗り入れをしたかも。
    • 時期として今?(デジタルのRCCとITVがほとんど同じマスターだから)
      • itvのテレビマスターがRCCに置かれている件は解消したよ。(結局デメリットだけ残ったから)
    • それかこの局だけ広島・愛媛の2県での放送を可能とするような特権が総務省から与えられたかもしれない。
      • もちろん、本社広島なので松山には中継局が置かれている。ただし松山中継局はアナログテレビだけコールサインが与えられている愛媛地区基幹局になっていたかもしれない。
        • 中継局でもどこぞのように親局と中継局の出力が違う・・・ということはなくアナログ10kW・デジタル1kWでの送信。が、40・50ch代での送信となっていた可能性がある。
  6. 山口県にも電波が乗り入れしていたかもしれない・・。
  7. 例によって中国新聞も出資していたかも。
  8. 局名は『テレビ中国』(略称:TVC)になる。
    • いや、『もみじテレビ』になっていたかも。
  9. テレ東系の天気予報は岡山でなく広島になっていた。
  10. 8月6日の「広島平和式典」の番組を見なくて済んだ。
    • 被爆体験を聞かなくて済む
      • そんなはずがない。平和式典を一番長く中継するんじゃないのか?
      • でしょうね。TXNでは該当の時間(平日朝8時台)はローカルセールス枠だから。(実史の他4局は、ネットワークセールス枠の時間帯。)
        • 土日はネットワークセールス枠ですが・・・
  11. 広島・愛媛・山口・大分の4県で「西瀬戸内広域圏」というのができていた。
  12. 史実では在広4局で放送していた深夜アニメのいくつかはこの局で放送。

山口放送[編集]

現在でも関門地区が別編成だったら[編集]

  1. TNCネットチェンジがなかったありえたかも。
  2. 番組編成に苦労していた。
  3. しものせき21は当局で放送。
  4. 現在でもこの局は北九州市も放送エリアだった。

フジテレビ系列にも加盟していたら[編集]

実際に、フジテレビジョンがテレビ山口のフジテレビ系列脱退の前後に山口放送に加盟を打診していたそうです。

  1. 山口放送はテレビ宮崎と同様に3つのニュースネットワークに属したクロスネット局になっていた。
  2. 1990年代にフジテレビ系列の「山口ふくふくテレビ」or「山口県民テレビ」が開局していた。
    • 最終的に山口県は4局地域になっていた。
もしあの放送局が…
○○だったら 北海道・東北/関東/甲信越・北陸/東海/近畿/中国・四国/九州
親会社(関東)
違う系列局だったら 北海道/東北/中部/中国・四国/九州/沖縄
開局していたら テレビ/ラジオ
開局していなかったら テレビFNS/ANN/TXN)/ラジオ
ネットワーク関連 キー局が在阪局だったら/独立局のままだったら
クロスネットを禁じていたら/TXNとクロスネットしていたら
その他 社名・愛称・略称が変わっていなかったら/合併していたら
免許取り消しになっていたら/放送対象地域が広域圏だったら
テレビ放送を開始していなかったら/同一企業だったら
ラテ兼営局だったら/ラテ兼営局が分社化したら



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