もしあの歌手グループがブレイクしていたら

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鳴り物入りでデビューした歌手グループがもしブレイクしていたら?

あ行[編集]

RCサクセション[編集]

フォークグループ時代にブレイクしていたら

初期のRCサクセションはフォークグループで1970年に「宝くじは買わない」でデビューし、1972年に「ぼくの好きな先生」がヒットしましたが、その後、全然、売れなかったので忌野清志郎がRCサクセションをロックバンドにしたら、見事、ブレイクしました。 もし、フォークグループでブレイクしていたら・・・。

  1. 破廉ケンチが脱退しなかったかもしれない。(エレキギターが弾けない事で悩み、鬱状態になったから。)
  2. 「シングルマン」再発実行委員会が生まれなかった。

あみん[編集]

『待つわ』の一発屋で終わることがなかったら?

  1. 加藤晴子が引退することはなかった。
    • 当然、活動休止に追い込まれることもなかった。
      • 岡村孝子名義の曲のいくつかはあみん名義でリリースされていた。
    • 加藤はテレビ東京に就職することはなかった。

al.ni.co[編集]

元WANDSの上杉昇と柴崎浩による2人組ユニット。

  1. 解散することは当然なく、猫騙やabingdon boys schoolが結成されることはなかった。
  2. 上杉昇はキワモノ路線に走ることはなかった。
  3. 柴崎浩は西川貴教と関係を持つこともなかった。
  4. 柴崎浩はその名前ゆえに柴咲コウといじられていた。
  5. 新生WANDSの存在が薄れていた。

EE JUMP[編集]

  1. ケンはサッカー選手を目指すために早期脱退することはなかった。
  2. ユウキが非行に走ることもなかった。
    • 後藤真希のモー娘。卒業もなかったか遅れていた。

INFIX/infix[編集]

機動戦士Vガンダムの主題歌である「WINNERS FOREVER〜勝利者よ〜」がヒットしたものの、ブレイクには至らなかった。

  1. 史実では実現しなかったミュージックステーションへの出演が実現していた。
  2. このバンドの「愛が止まらない」という曲をWinkの「愛が止まらない 〜Turn It Into Love〜」と混同する人が増えていた。
  3. 蛯原友里の「蛯」や草なぎ剛の「なぎ」みたく、ボーカルである長友仍世の「仍」の字の知名度が史実より増えていた。

0930[編集]

「山田君」が話題になったものの、その後は伸び悩んだ。

  1. Kiroroの仕事を奪っていた。
    • イロモノでもあるのでPUFFYの仕事も奪っていただろう。
  2. 所属レーベルの経営が悪化することはなかった。
    • そして解散に追い込まれることもなかった。
  3. 児玉美代はローカルタレントに転じることはなかった。
  4. 紅白歌合戦には少なくとも最低1回くらいは出場していただろう。
  5. 「笑っていいとも」のレギュラーを降板することはなかった。

オメガトライブ[編集]

サザンやTUBE並みに人気があったら?

  1. 何度も解散することはなかった。
  2. 杉山清貴&オメガトライブ時代にブレイクしていたら1986オメガトライブとして再出発することもなかった。よって、カルロス・トシキはソロで活動していた。
  3. TUBEのライバルとして張り合っていた。
    • 高島信二はビーイング入りすることはなく、TUBEの制作スタッフに参加することはなかった。
  4. サザンの仕事をいくつも奪っていた。
    • サザンは1988年に活動再開することなく、解散に追い込まれていたかも。
  5. オメガライブと間違える人も減っていた。
  6. オレンジレンジの存在が薄れていた。

かさ行[編集]

girl next door[編集]

初期の頃はそこそこの売れ行きがあったものの次第に売り上げが伸び悩んだ。

  • それは聞いたことがないが・・・。
    • この項目にもありますが、史実以上にブレイクしていたらとしてください。
  1. 千紗は北島康介との結婚後も活動をし続けていた。
  2. ケラケラの存在が薄れていた。
    • そういえばこのグループ今どうしているのか聞いたことがないな・・・。
  3. いきものがかりをライバル視していた。
    • あのグループも放牧宣言出しちゃったしよ・・・。
  4. 鈴木大輔はday after tomorrowのメンバーという認識で終わることはなかった。
  5. エイベックスはアイドルに力を入れることはなかった。
    • SKE48が移籍することはなかった。AKB48の派生ユニット(フレンチ・キス、DiVA)とソロ曲(指原莉乃、柏木由紀)もエイベックスからリリースすることはなかった。
    • IDOL Street(特にSUPER★GIRLS)に力を入れることもなかった。
    • E-girlsやBsGirlsに力を入れることもなかった。
      • というか、AKBグループとLDHはごり押しされなかったのでは?
    • それはもしAKB48がブレイクしていなかったらそうなっていた。
  6. エイベックスはこれ以降もELTをはじめとする女性ボーカルと男性2人を構成する3人組ユニットの結成を乱発させていた。
  7. 浜崎あゆみ、倖田來未、ELTの仕事を奪っていた。
    • 浜崎あゆみは結婚と同時に完全引退に追い込まれていた。
    • 倖田來未もあの発言の余波で次第にフェードアウトされていた。
    • そういえば、これらも聞いたことがないが・・・。
  8. 楽曲がJR篠山口駅の発車あるいは到着メロディーに選ばれていたかも(千紗は兵庫県篠山市出身のため)。

KLACK[編集]

日本人斬首映像をライブで公開してしまったバンド。

  1. 忠実以上に叩かれていた。
  2. PIERROTと衝突していた。(PIERROTのキリトがKLACKを批判していたから。)

ZARD[編集]

それなりの人気はありましたが、1990年代後半以降は次第に伸び悩みました。もし、B`zのように安定した人気を堅持していたら?

  1. 「制作上の都合」を理由とした突発的な発売延期を度々起こすことはなかった。
    • そもそもビーイングはファンを軽視した利益主義に走ることもなかった。
    • 坂井泉水のわがままを晒すことはなく、ファンが離れることもなかった。
  2. GIZA Studio系のアーティストに力を入れることもなかった。
  3. メディアへの露出が解禁されていた。
    • 少なくとも最低1回くらいは紅白歌合戦に出場することができていた。

THE ALFEE[編集]

ALFIE時代にブレイクしていたら

THE ALFEEは1974年にALFIE名義で「夏しぐれ」(松本隆&筒見京平コンビによって最初に作詞・作曲された曲)でアイドル・フォークグループとしてデビューしましたが、ヒットする事無くそれから数年間鳴かず飛ばず状態が続き、バックバンド活動等の地道な活動を経て1979年にALFEEに改名して再デビュー、その後80年代に入って大ブレイクを果たし現在まで続くロックバンドとなりましたが、もしデビュー当時のアイドル・フォーク路線でブレイクしていたら・・・。

  1. 果たして30年以上バンドとしての活動が続いていたか・・・・・。
  2. 80年代初期のロック路線への転身もなかったかもしれない。
    • 同様に高見沢氏が作詞家・作曲家としても活躍する事もなかった。
      • 『木枯らしに抱かれて』や『真っ赤なウソ』は存在しない。
  3. 坂崎氏がラジオの名パーソナリティーとして名を馳せる事もなかった。
  4. BEAT BOYSの「スターズ★オン23」(「ショック!! TAKURO23」)は制作されていない。
  5. 当初の4人組のまま活動を続けていた。

シェキドル[編集]

ハロプロの一員であるが、アイドル色が薄いため、ここに記載。

  1. 大木衣吹の脱退はなかった。
  2. ハロプロの脱アイドル路線は成功していた。
    • 史実以上にアイドルに力を入れることはなかった。
  3. メジャーデビュー後にハロプロを離脱することはなかった。
  4. 末永真己が体調不良後も活動をし続けていた。
  5. BABYMETALの存在が薄れていた。
    • シェキドルが現在に至るまで活動し続けていれば別だが。
  6. 2人組時代にブレイクしていたらPUFFYの仕事を奪っていた。

シャインズ(SHINE'S)[編集]

東京プリンの伊藤ようすけがかつて杉村太郎と組んでいた2人組ユニット。現役サラリーマンによる歌手グループとして「私の彼はサラリーマン」などを歌い、そこそこの人気はあったものの、史実以上に人気があったら?

  1. 当然、東京プリンは結成されなかった。
  2. 杉村太郎は実業家に転身することはなかった。
    • 早死にすることもなかった。
    • それは関係ないのでは?
  3. 伊藤ようすけは森永に転職することはなかった。
    • 参議院議員選挙に出馬することもなかった。
    • それは違う。史実で伊藤ようすけが森永に転職したのはシャインズの芸能活動に支障が出るためである。

ZOO[編集]

TRFのYU-KIやEXILEのHIROがかつて所属していたユニット。「Choo Choo TRAIN」は大ヒットしたもののそれ以降はヒット曲に恵まれなかった。

  1. YU-KIの早期脱退はなかった。
  2. 中西圭三はプロデューサーとしても名を馳せていた。
    • スーパーモンキーズの中西圭三プロデュースも成功していた。
    • その分、小室哲哉の存在が薄れていた。
      • 安室奈美恵が小室ファミリー入りすることもなかった。
  3. 現在に至るまで活動し続けた場合、メンバーチェンジを繰り返していた。
    • EXILEも世に出ることはなかった。
      • E-girlsも。
        • 現在のEXILE系列は全員ZOOのメンバーとなっていた。
  4. CAPがクスリで×××されることもなかったか?

STEEL[編集]

柏原崇の弟・柏原収史と現EXILEのネスミスによる2人組ユニット。

  1. ネスミスのEXILE入りはなかった。
  2. 柏原も兄の事務所に移籍することはなかった。
    • 柏原収史の活動が迷走することもなく、Pottyaをプロデュースすることもなかった。

たな行[編集]

TM NETWORK/TMN[編集]

  • 史実以上にブレイクしていたら、具体的には「(史実における)最初の活動終了時までに渡辺美里の『My Revolution』(小室哲哉の作曲)以上に大衆的なヒット曲を生み出していたら」とします。
  1. 小室哲哉がTMNのファンに対して「15万個の消しゴム」なる発言をすることはなかった。
  2. 1994年にTMNが終了することはなく、もう少し長く活動が続いていた。
    • ひょっとしたらこうなっていたかもしれない。
    • 小室哲哉が史実ほどプロデュース業に力を入れなかったかもしれない。
  3. 史実とは異なる形で「小室ブーム」が起きていた。

dos[編集]

Kaba.ちゃんがかつて所属していた男性1人、女性2人で構成される3人組の歌手グループ。もし、TRF並みにブレイクしていたら?

  1. 事実上の解散はなく、もう少し長く活動が続いていた。
    • TRUE KiSS DESTiNATiONは結成されなかった。
  2. Kaba.ちゃんはオネエタレントに転向することはなかった。
    • ×××することもなかった。
    • イロモノ路線に走ることもなかった。
  3. 小室ファミリーの黒歴史が減っていた。
    • というか、小室ファミリーの退潮は起きなかった。

TRUE KiSS DESTiNATiON[編集]

小室哲哉と吉田麻美による2人組ユニット。

  1. ブレイクした恩恵で小室ブームは長続きしていた。
  2. 小室哲哉と吉田麻美が離婚することもなかった。
    • Keikoとの再婚もなかった。
  3. 小室は5億円詐欺事件を起こすことはなかった。
  4. globeの存在が薄れていた。

は行[編集]

花*花[編集]

初期の頃はそれなりにヒットしていたが、次第に売上は伸び悩んだ。

  1. Kiroroの仕事を奪っていた。
  2. 0930の存在が薄れていた。
  3. 事務所が破綻することなく、活動停止に追い込まれることもなかった。

pigstar[編集]

  1. 「ピリオド」、「純情ロマンチカ」の主題歌担当を黒歴史としていた。
  2. 活動休止はなかった。

ヒロシ&キーボー[編集]

『3年目の浮気』は大ヒットしたもののそれ以降はヒット曲に恵まれなかった。

  1. 夫婦をテーマにした曲を中心に歌手活動していた。
  2. 紅白歌合戦出場を果たしていた。
    • 史実では『3年目の浮気』の歌詞の内容により、出場できなかった。
      • 『3年目の浮気』は夫婦ゲンカを連想させる内容なのでそれ以外の曲を歌っていた。
      • 『5年目の破局』以降の曲が大ヒットしていたら十分あり得た。
  3. ソフトバンクモバイルのCMではヒロシ&キーボーとして出演していた。
    • このため、ヒロシの相方はトリンドル玲奈ではなかった。
  4. キーボーは苦労人になっていなかった。
    • 介護で暴行を受けたり万引きで×××されることもなかった。
      • この顛末で『3年目の浮気』の歌詞を引き合いに出して茶化されることもなかった。
    • そもそもキーボーは浜松へ帰郷することはなかった。
      • キーボーが意欲をなくすことがなかったら帰郷していなかった。
  5. 『男と女のラブゲーム』も歌っていた。よって、ヒロシの相方は石川みゆきではなかった。

BINGO BONGO[編集]

  1. ユースケ・サンタマリアが黒歴史にすることはなかった。

Whiteberry[編集]

『夏祭り』以外はヒット曲に恵まれなかった。

  1. 同じく北海道出身のガールズバンドであるZONEをライバル視していた。
  2. 大学進学後も活動を両立していた。
    • 解散はほほ史実通りだったと思うが、解散ツアーはやっていたかも。
  3. ミニスカート丈の浴衣ブームも長続きしていた。

ま~わ行[編集]

MAD CATZ[編集]

元NMB48の山本彩がメンバーだったガールズバンド

  1. 当然山本彩のNMB48入りはなかった。
    • NMB48そのものもここまでブレイク出来たか怪しいかも。
  2. 所属レーベルはSMEのままだった。
    • MBS日5アニメの主題歌も手掛けていただろう。
    • 逆にSCANDALは、ブレイクしなかったかもしれない。
      • MUSIC JAPANアニソンSPで、けいおん!のEDテーマ曲「Don't say ”lazy”」をカバーしていたのはMAD CATZとなっていた。
      • SCANDALをライバル視していた可能性もある。
  3. NHK朝の連続テレビ小説『あさが来た』の主題歌は別アーティストになっていた。
    • あるいはセンターは別のメンバーになっていた。
      • その場合、2015年の紅白歌合戦はNMB48は落選していた。
    • MAD CATZが担当したってことは…無いか。

MANISH[編集]

  1. KIX-Sの良きライバルとなっていた。
  2. 女性版B`zとして名を馳せていた。

ラ・ムー[編集]

菊池桃子がボーカルを務めていたバンド。

  1. 菊池桃子のアーティスト転向は成功したとみなされていた。
    • 歌手活動を続けており、女優に転向することはなかった。
  2. 菊池桃子にとっての黒歴史になることはなかった。

Le Couple[編集]

『ひだまりの詩』の一発屋で終わることがなかったら?

  1. ダ・カーポ、チェリッシュといい意味で比較されていた。
  2. 離婚することはなく、解散に追い込まれることもなかった。
  3. 『ひとつ屋根の下2』の挿入歌を歌っていたユニットという認識で終わることはなかった。

WANDS[編集]

路線変更に成功していたら

WANDSは元々は正統派バンドであり、中山美穂とのコラボ曲である「世界中の誰よりきっと」の大ヒットでブレイクし、一時は人気を博したが、その後上杉昇が志向するオルタナティブ路線に変更するも人気が伸び悩んだ。もし、路線変更に成功していたら?

  1. 音楽性の違いでビーイングと揉めることなく、上杉昇と柴崎浩は脱退することはなかった。
    • よって、ここに書かれているいくつかは現実のものとなっていた。
    • 和久二郎と杉本一生の加入もなかった。
    • ai.ni.coも結成されなかった。
  2. 和製GUNS N' ROSES、ニルヴァーナと呼ばれていた。
  3. 邦楽でもオルタナティブは市民権を得ていた。
    • これを受けて二番煎じとするアーティストが増えていた。
メンバーチェンジに成功していたら

上杉昇と柴崎浩は音楽性の違いでビーイングと揉めてWANDSを脱退し、後継者として和久二郎と杉本一生の加入とともに原点回帰した路線に変更したが、かつての勢いを取り戻すことはできなかった。もし、メンバーチェンジに成功していたら?

  1. 2000年に解体宣言をすることはなかった。
  2. B'z、ミスチルの仕事を奪っていた。
  3. 和久二郎はバーを経営することはなかった。
    • 松元治郎として再出発することもなかった。

関連項目[編集]




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