もしあの番組の司会者降板がなかったら

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途中で司会者が降板した番組というものがありますが、もし司会者の降板が無かったら?

  • 節名は『降板した司会者(降板した番組)』とし、五十音順でお願いします。
  • 司会者の逝去(につながった病気)による降板は除外とします。
  • 降板から1年間は新規記事の追加はしないこと。
  • 「今でも続いていた」という投稿はもしあの番組が今でも続いていたらへどうぞ。

あ行[編集]

生島ヒロシ(スーパーサッカー)[編集]

  1. 徳永英明の2代目就任→モヤモヤ病で即降板はなかった。
    • 『ayu ready?』で加藤浩次(史実の3代目)と共演した際にそれをネタにされることもなかった。
  2. 他番組との統合や時間帯移動、ローカルセールス化などもなかったかもしれない。
  3. TBSのFIFAワールドカップ関連番組でもメインキャスターを務めていた。

池上彰(そうだったのか!池上彰の学べるニュース)[編集]

  1. 現在でも継続しており『くりぃむクイズ ミラクル9』は放送されなかったか別時間帯だった。
  2. 裏番組だった『はねるのトびら』は史実より早く打ち切られていた。

市村俊幸(アップダウンクイズ)[編集]

  1. 小池清のアナウンサー人生は大きく変わっていた。
  2. 1983年に亡くなるまで司会を続け、西郷輝彦が2代目になっただろう。

大橋巨泉(クイズダービー)[編集]

  1. 大橋巨泉がセミリタイヤをしていない。
  2. 大橋巨泉の意向・都合で、逆に徳光和夫が司会をしていた放送期間より早く番組終了。
    • 又は、巨泉が司会をしていた「世界まるごとHOWマッチ!!」と同時期に終了かも…。
  3. 1991年以降も司会を担当していたら、裏番組の平成教育委員会は放送されなかったか別枠で放送されていた。(司会のたけしや制作のイーストが巨泉に遠慮)

かさ行[編集]

鹿賀丈史(完全なる料理の鉄人)[編集]

  1. 本木雅弘に代わることはない。
  2. 2002年以降も毎年続き、「アイアンシェフ」にも出演していた。

桂米丸(お笑いマンガ道場)[編集]

  1. 柏村武昭の全国的な知名度は低いままだった。
  2. 「素人マンガ道場」のコーナーが末期まで続いていたかも。

小西克哉(サンデープロジェクト)[編集]

  1. 島田紳助が政界と接点と持つこともなく、少しはおとなしかっただろう。
  2. 「ニュースフロンティア」のコメンテーターに就任しなかったかもしれない。

鈴木文弥(メガTONスポーツTODAY)[編集]

  1. 遅くとも、平成に入るまではキャスターをやっていただろう。
    • その場合、(史実では鈴木の後任となった)志生野温夫のキャスター登板はなかったor遅れていた。
  2. スポーツTODAYというタイトルが消滅することはなかった。
    • 2009年春からは『スポーツTODAY neo』になってたかも。
  3. 万が一期待を裏切ってしまった場合、テレ東はスポーツニュース番組から撤退していた。

関口宏(ミュージックステーション)[編集]

  1. 「クイズ100人に聞きました」の司会が交代していた。
    • 「東京フレンドパーク」もなかった。
      • むしろこちらの司会をタモリがしていたかも。
    • 「サンデーモーニング」の司会も違っていた。
  2. 日本テレビの金曜夜8時台ドラマ枠が今でも続いていたかもしれない。
  3. タモリ氏=いいとものイメージになっていた。
    • むしろタモリ倶楽部では?
  4. Mステの視聴率は史実より若干低かった。
    • 本人が若年層向けの曲を知らない為に司会に困るなどと色々あったらしいので、「若干」どころかかなり低かったと思う。下手すると今まで番組が続いていたかどうか怪しい。
    • 現実以上にmステでの関口さんはテレ朝の黒歴史扱いだったに違いない。

たな行[編集]

田宮二郎(クイズタイムショック)[編集]

  1. 軟派俳優としての一面を確立し、バラエティ番組にも多数出演していた。
  2. 猟銃自殺もなかっただろうか?
    • もし史実通りならその直後に番組打ち切り濃厚。司会を変えたとしても2、3年程で終わっていた。
    • 晩年はうつ病に悩まされて降板に至ったので、患わなかったら最終回まで完走できただろう。もし人気を維持できていたら平成に入っても番組が続いていたかもしれない。

月亭可朝(新婚さんいらっしゃい)[編集]

  1. 桂三枝のギャグ「いらっしゃ~い」は流行語にならなかった。
    • 逆に可朝が持ちギャグにしていた。
  2. 可朝の性格から考えると、現在まで続く長寿番組になったかどうか怪しい。

徳永有美(スーパーモーニング)[編集]

  1. 赤江珠緒は関東圏では無名のまま、大阪ローカルだったかも。
    • フリーにもなっていなかった。
  2. 内村光良もいまだ独身だったかもしれない。

中村敦夫(ザ・サンデー)[編集]

  1. 硬派路線は維持していたものの、サンデーモーニングの壁を崩すことはできず長くても10年くらいで打ち切られただろう。
  2. 徳光和夫の「ジャイアンツおやじ」ぶりを発揮する番組がひとつ減っていた。

は~わ行[編集]

福留功男(アメリカ横断ウルトラクイズ)[編集]

  1. 福澤ジャストミート朗の出番は多分なかった。
    • しかし、福留も寄る年波と持病の多さによって往年のパワフルな進行ぶりを続けるのは難しく、過酷ロケが予想される南米ルートあたりでジャストミートやバードが代理としてロケに帯同していたかもしれない(実際、いつぞやの大会で福留が現地の食事が身体に合わず腹痛を起してしまい、ロケ中止になりかねない事態に陥ったことがあり、担当後期の頃は、研修をかねて予備のアナウンサーを1人付けるようにしていたとか)
  2. 1991年の第15回でも敗者復活戦が行わてれいた。
  3. 「タイムボカン逆襲の三悪人」の「福澤アナまた見参!自由の女神ウルトラクイズ!」というサブタイトルは「福留アナまた参上!自由の女神ウルトラクイズ!」になっていた。

山本厚太郎(おもいッきりテレビ)[編集]

  1. 平日昼の帯番組は「いいとも」独占が以降も続くか、TBSorテレ朝が持ち直していた。
  2. みのもんたの司会者としての人気も低いまま。
    • よって息子の不祥事も明るみにならない。

芳村真理(夜のヒットスタジオ)[編集]

  1. もしかすると、史実の「料理天国」晩期のように、総合司会的なポジションに収まり、細部の進行は古舘伊知郎と若手女性タレント(アナウンサーの可能性もあり)に任せてしまっていたかも(芳村が進行細部に関わるのは大御所級のアーティストが登場する場面のみ)。
  2. 「夜のヒットスタジオdeluxe」→「夜のヒットスタジオsuper」へのタイトル変更は史実通りとしても、大御所アーティストのゲスト出演がもう少し多くなり番組も数年は長続きしていたかもしれない。

関連項目[編集]

もしあの番組が…
○○だったら NHK/日テレ系(あ・か/さ~わ)/テレ朝系/TBS系/テレ東系/フジ系/ドラマ/アニメ(あ・か/さ・た/な〜わ)/特撮/時代劇/放送枠
大コケしていたら 独立局・CS・海外・ラジオ・インターネット/NHK/日本テレビ系(あ・か行/さ・た行/な~わ行)/テレ朝系/TBS系/テレ東系/フジ系
大ヒットしていなかったら アニメ/特撮戦隊/ライダー/円谷/東映)/ドラマ(あ~こ/さ~そ/た~と/な~ほ/ま~わ/連続テレビ小説
今でも続いていたら NHK・独立局・CS・海外/日テレ系(あ~さた~わ)/テレ朝系/TBS系(あ・かさ~わ
テレ東系/フジ系(あ・かさ~なは~わ)/アニメ(あ~さ/た・な/は~わ
大ヒットしていたら NHK・テレ東系ほか/日テレ系(あ~こ/さ~の/は~わ)/テレ朝系(あ~こ/さ~の/は~わ
TBS系(あ~こ/さ~の/は~わ)/フジ系(あ~こ/さ~の/は~わ
アニメ/特撮東映戦隊ライダー円谷プロ)/ドラマ(あ~お/か~こ/さ~そ/た~の/は~ほ/ま~わ/連続テレビ小説
他局の制作だったら アニメ(あ~お/か~こ/さ~そ/た~の/は~ほ/ま~も/や~わ)/ドラマ(あ~さ/た~わ
別の時代に放送されていたら 日テレ系/テレ朝系/TBS系/フジ系/アニメ(あ~こ/さ~の/は~ほ/ま~わ
打ち切られていたら 日テレ系/TBS系/アニメ(あ~さ/た~わ)/特撮
終了したら 日テレ系/テレ朝系/TBS系/フジ系
その他 司会者降板がなかったら/もう少し長く放送されていたらアニメ)/放送中止・延期がなかったら/レギュラー化していたら



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