もしあの空襲が○○だったら

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あの都市が東京大空襲並みに被害を受けていたら[編集]

東京大空襲の被害は死亡・行方不明者10万人以上と言われております、もしあの空襲が東京大空襲並みの被害だったらどうなるのか検証してみよう。

全般[編集]

  1. 大都市だけではく中小都市にも影響が出ていた。
  2. 戦災復興都市計画も現実以上の大規模に。
    • 一部の地域では自然を守るため反対運動があったかもしれない。
      • 環境保護運動が一般的なものになったのは1960年代からなのでそれはない。
  3. 当時市町村の面積が狭かった所は違う市町村にも巻きこまれていたかもしれない。
    • 当時「区」があった自治体の場合は枠組みが現実と若干変わっている。

北海道・東北[編集]

函館[編集]

幾多に及ぶ函館大火によってコンクリートが爆発的に普及したため防災都市になりましたが、それでも約400軒が被害に遭ったようです。

  1. ハリストス正教会も五稜郭も被災は避けられなかった。

秋田[編集]

  1. 太平洋戦争最後大空襲となっていた。
    • 土崎大空襲ではなく秋田大空襲と名乗っていた。
    • 秋田市中心部も相当な打撃を受けていた。

仙台[編集]

  1. 青森大空襲より大きな被害が受けるのは確実。
  2. おそらく霞目飛行場なども攻撃するためさらに大規模な編隊で来襲していた。
    • 仙台駅の東側や長町、北仙台駅周辺も焼け野原と化していた。

関東[編集]

熊谷[編集]

  1. 多分熊谷駅も被害が受けているので、熊谷駅周辺も熊谷戦災復興計画基本方針に含まれていた。
  2. 戦災を知っている人は沢山いるはず…。

浦和[編集]

  1. 最悪の場合旧大宮市や旧与野市にも巻き込まれていた。
  2. 戦災復興都市計画で一部の道路が広くなったかもしれない。
  3. さいたま帝国の歴史も一部変わっていた?

千葉[編集]

  1. 7月7日も大空襲だったら、七夕千葉大空襲と呼ばれていたかもしれない。
    • 千葉市の7月7日の時は何かと動きがあったかもしれない。

関西[編集]

京都[編集]

  1. 原爆投下目標は無くなるかもしれない。
  2. 第1回の大規模な爆撃は3月中。
    • 全体的に市の南部や西部の方が大きな被害を受けていた。
  3. 後々のことを考え「京都御所は攻撃するな」という指令が出されていた。
  4. いわゆる「ウォーナー伝説」など誕生しなかった。

西宮[編集]

  1. 涼宮ハルヒにも空襲のネタが…。
  2. 阪神甲子園球場に大きな被害が出て、場合によっては建て替えられていたかも。

奈良[編集]

  1. 寺院や仏像は再建されず無機質なコンクリートジャングルになり、無論古都ではなくなっている。
  2. 大部分の寺院は再建されるが、国宝や世界遺産の指定を受けない。
  3. 東大寺も空襲を受けた場合、史実では「昭和の大修理」の時期に大仏殿の再建となっていた。

中国[編集]

広島[編集]

  1. 原爆投下はなかった。
    • 代わりに新潟か東京に投下されていた。
      • 小倉の可能性があります。
  2. 平和公園一帯は普通に市民が住んでいた。
  3. 呉や廿日市辺りまで巻き添えになっていた。
  4. 「はだしのゲン」の内容もかなり変わった。

九州[編集]

長崎[編集]

  1. 史実では原爆の被害をほとんど受けなかった市の南部も空襲を受けていた。
  2. 大浦天主堂やグラバー園も被災していた。

あの都市も空襲を受けていたら[編集]

北海道・東北[編集]

当時、北海道地方には雲がは掛かり視界が悪く、ほとんどが本来の攻撃目標に到達できなかったそうです。

稚内[編集]

  1. ソ連側にもなにかと影響があったかもしれない。
  2. 文句無しで「日本最北の空襲都市」である。
    • しかし、樺太から考えると微妙かもしれない。
  3. 名前は「宗谷空襲」か「稚内空襲」。

札幌[編集]

  1. 時計台も焼失したかもしれない。
  2. 空襲後の航空写真では大通公園や北海道大学が焼け残った形になる。
  3. 道内での戦災死者数が最も多い市となった。

関東[編集]

古河[編集]

  1. 古河城は確実に被害を受けている。

川越[編集]

連雀町に2個の爆弾が落とされたそうですが、仮に爆弾ではなく空襲だったらどうなる?

  1. 小江戸のイメージは無くなっていた?
    • 後になって再建するだろう。
  2. 終戦がもう少し遅れていたら確実に標的とされていた。

秩父[編集]

  1. 熊谷で空襲受けた秩父鉄道本社だか、路線や鉄道まで被害…。

中部[編集]

金沢[編集]

  1. 北陸の古都のイメージは無くなっていた。
    • 今日の様な観光文化都市として発展する事はなかった。結果、北陸地方の中心都市は重工業が石川県と比べて発展していた、富山市となっていた。
    • 金沢市のみらなず、石川県全体の衰退や過疎化が顕著となっていた。
  2. 兼六園に多くの金沢市民が避難した。
  3. 北陸三県の県庁所在地はすべて空襲を受けたことになる。

新潟[編集]

  1. 夜間空襲だったら佐渡島から新潟が燃える様子が見えた。
  2. 空襲後は戦火を逃れようと信濃川に飛び込んだ新潟市民の水死体が浮かんでいた。
  3. 田中角栄が新潟市の戦災復興で大儲けしていた。

中国[編集]

鳥取[編集]

1943年に鳥取大震災により周辺自治体含め壊滅。

  1. 防火意識によりコンクリートや道路拡張が行われており、鳥取大火は起こらなかったかも。

松江[編集]

  1. 松江城や小泉八雲旧宅は被災していた。
    • 松江城天守閣は再建されるが、国宝指定はない。
  2. 松江城の堀の一部が瓦礫で埋め立てられる。

樺太も米軍機の空襲を受けていたら[編集]

もし仮にもソ連ではなく米軍機の空襲だったらどうなる?

  1. 第一目標はやはり豊原市か。
    • 第二目標は真岡市?
      • むしろ内地との連絡上重要な港湾都市である大泊町では。
      • なお終戦時点で樺太にあった市は豊原市だけ。
  2. 場合によっては樺太は日本領のままだったかもしれない。
    • しかし、北方領土は軍政に。もちろん日本に復帰していた。
  3. ソ連対日参戦は当然無い。
    • 無い代わりにキューバ危機よりも前に米ソが衝突寸前になるところだった可能性もある。
      • それこそ終戦までは対独戦で言うエルベの誓いのような米ソ合流の光景が見られたかもしれないが、戦後処理で米国が利権云々で南樺太を要求したらマズいことになる。
    • ソ連対日参戦の動機は日露戦争で失った領土の奪還と日本占領への参加なのでそれはない。
  4. 基本的に空母に積める機体しか使えない。
    • B-29を投入しようとしたらカムチャッカあたりのソ連軍の基地を使わせてもらうしかない。
      • これが冷戦時にいろいろ禍根を残すことになる。

もし空襲が無かったら[編集]

  1. もし日本が太平洋戦争で勝っていたらである。
    • 原爆を落とさないかぎり、勝っていたかもしれない。
  2. 戦災復興都市計画はしていない。しかし、東京オリンピックでようやく大発展に繋がる。
  3. 第二の原爆は長崎ではなく、小倉に落としていたかもしれない。
    • 小倉に落とされなかったのは気象の問題だからそうはならない。
  4. 空襲が無い代わりに艦砲射撃の頻度が増えていた。
    • 本土決戦に至っていたかは微妙なところ。
  5. 下手すりゃ米軍も風船爆弾を作っている。
    • もしくは生物兵器を開発して散布するというより非人道的な作戦を取っていた。
      • アメリカが風船爆弾作ったら方角はドイツになるかと。
  6. 要するに航空機が発明されなかった場合。
    • 軍用機があるのに「上から爆弾を落として効果的に攻撃しよう」という発想が生まれてこないのは不自然な気がする。
      • 実際第1次大戦ですでにイギリスやドイツが空襲を行っている。
      • どうだろう。焼夷弾が思ったよりポンコツで効果が無かったなどの理由で「一時的に」無かった可能性はなくもない。
        • とはいえ終戦まで空襲が全くないってのはかなりの運でもない限り厳しい。
    • ルメイをみんなで国際法に接触すると抑え込んだってことじゃないの?。
    • おそらく日本で木造建築が少なかったからかもしれない。
  7. かわりに日本各地で戦略爆撃が行われた。(ネタ殺し?)
    • え?と思ったが、確かに「爆撃」と「空襲」は微妙にニュアンスが異なるか。
  8. 文化財や資料が焼けないため、江戸時代・明治大正期の歴史研究がさらに進んでいた。
    • 名古屋市長の河村たかしが「名古屋城天守閣の木造化」を公約にすることはなかった。
      • もちろん名古屋城天守閣は今も国宝になっていた。
  9. 少子化や地方の過疎化はなかった
  10. テレビ放送開始も1943年から1948年頃になっていた。

関連項目[編集]




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