もしあの競走馬が○○だったら

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故障していなかったら[編集]

アグネスタキオン[編集]

  1. ダービー制覇の場合史上初の2年連続兄弟でダービー馬の快挙を成していた。
    • 河内洋は2年連続2度目ダービージョッキーに。
  2. ジャングルポケット、マンハッタンカフェの評価が下がっていた。
  3. アグネスフライトとの兄弟対決ではフライトが河内、タキオンには藤田伸二が騎乗。
  4. 種牡馬入りが遅れたため、サンデーサイレンスの後継としての実績は下がった。

アドマイヤベガ[編集]

  1. テイエムオペラオーのグランドスラムを阻止していた。
  2. ラスカルスズカには柴田善臣が騎乗していた。

カブラヤオー[編集]

  1. 菊花賞も勝利して三冠馬になっていた。
    • 史実通りテスコガビーで桜花賞とオークスを制していた場合菅原泰夫騎手は史上初の「一年でクラシック全制覇」を達成していた。

キングカメハメハ[編集]

  1. 秋シーズンは菊花賞ではなく天皇賞秋に参戦していた。
  2. それでも種牡馬としても数多くのG1馬を生み出していた。

クロフネ[編集]

  1. 予定通りフェブラリーステークス、ドバイWCを走りダート戦線の主役となっていた。
    • 一期下のゴールドアリュール、アドマイヤドンと熱戦を繰り広げていた。

サクラローレル[編集]

  1. 菊花賞あたりでナリタブライアンの三冠を阻止していた。
    • よって杉本清の名実況「弟は大丈夫だ!」もなかった。
  2. 凱旋門賞にも予定通り参戦した。

サニーブライアン[編集]

  1. 菊花賞も逃げ切って三冠達成。有馬記念と翌年の春の天皇賞も逃げ切り勝ち。夏場休養してオールカマーを勝った後、宝塚記念勝ち馬であるサイレンススズカと、秋の天皇賞で「逃げ馬決戦」として盛り上がった。
    • 菊花賞のトライアルは惨敗して、人気を落とすのも忘れずに
    • 仮に三冠を達成しても、下の世代が強力なのでミスターシービー(1世代下にシンボリルドルフ)のような成績になったかもしれない。

シーザリオ[編集]

  1. 秋華賞も勝っていた。
  2. 古馬戦線からはディープインパクト、ハーツクライ、ダイワメジャー等を相手に激戦を展開していた。

シルバーステート[編集]

  1. 3歳時に故障していなかったらクラシック三冠全てに参戦、いずれかは取れていた。
    • 福永騎手は史実(2018年のワグネリアン)より2年早くダービージョッキーになれていた可能性もあった。
  2. 2度目の屈腱炎が起こらなかった場合、2018年7月時点で競走馬を続けている。
    • キタサンブラック引退後の古馬戦線での主役だっただろう。
  3. G1での勝ち鞍がNHKマイル、菊花賞、天皇賞春いずれかのみの場合種牡馬入りできていたかどうかは微妙。

シンハライト[編集]

  1. 秋華賞も勝って二冠達成。
    • ヴィブロスの影が薄くなっている。
  2. 一つ下のソウルスターリング、場合によっては二つ下のアーモンドアイとも対決していた。

タニノギムレット[編集]

  1. 菊花賞にも参戦していた。
    • 菊花賞のノーリーズンは蛯名正義に乗り替っていた。
      • 勿論、スタート直後に落馬することも無い。
  2. 種牡馬入りが遅れたため、ウオッカの産まれた時期が1~2年後になる。

ダイワスカーレット[編集]

  1. ドバイ遠征で善戦、その後宝塚記念を逃げ切り、秋の天皇賞ではカンパニーに勝ってた可能性大。また、エリ女に出てたらあんな大荒れにはならずブエナビスタを完封して勝ってたかも。そして有馬記念を連覇し、牝馬としてGI7勝を果たす。
    • この場合、オルフェーヴルの期待度が落ちる(忠実では2009年の春秋グランプリは全兄のドリームジャーニーが勝ったため)

ダンスインザダーク[編集]

  1. 古馬戦線でも健在。菊花賞以外でG1勝利を挙げていた。
  2. 同期のライバルはエアグルーヴと同じサンデーサイレンス産駒のバブルガムフェロー。

ダンツシアトル[編集]

  1. 1995年秋のローテーションは京都大賞典→ジャパンカップ→有馬記念となっていた。
    • 1995年当時、外国産馬は秋の天皇賞に出走できなかったので。
  2. 翌年も現役を続行していた。
  3. 種牡馬としての成績も史実よりは良くなっていた…かも。

トーホウジャッカル[編集]

  1. キズナやトウカイテイオーに並ぶアイドルホースになっていた。
  2. 主戦騎手である酒井学の知名度も上がっていた。
    • 古馬戦線では武豊に代わった可能性も。
  3. 皐月賞も制していたら「馬と調教師がそれぞれ父子で三冠」という快挙を成していた。

ドゥラメンテ[編集]

  1. 当然、2016年の凱旋門賞(シャンティイ)に挑戦で来た可能性大。そしたら、その年のダービー馬であるマカヒキと肩を並べていた。
  2. ダービー後に故障してなかった場合はキタサンブラックの出世が遅れた。
    • 凱旋門賞(2015)に挑戦してたら、トレヴが3連覇してた気がする。
    • 宝塚記念のファン投票で6位になることはなかった。
      • サイレンススズカは6位だが、当時はまだ上がり馬扱いされていたし、こちらは現役最強扱いされてたので
    • キタサンブラックは少なくとも2016年のジャパンカップと2017年の天皇賞秋は勝てなかった可能性がある(ドゥラメンテが凱旋門帰国後にJC参戦し、5歳で春ドバイ、秋国内専念と仮定)
  3. キズナやトウカイテイオーに並ぶアイドルホースになっていた。
    • 人気の背景に血統要素が大きかった両者に勝るとも劣らない血統的魅力があっただけにちょっと惜しい。
      • メジロマックイーンのように、代を重ねての血統背景は意外と受けが悪いのかもしれないけど
    • その分、アオシマバクシンオーの絶叫が、限度を超える。

バブルガムフェロー[編集]

  1. 皐月賞かダービーのいずれかは勝っていた。

フジキセキ[編集]

  1. 少なくとも皐月賞・ダービーの二冠は間違いなく取れていた。
  2. マヤノトップガンが終生のライバルになってた。
    • サクラローレル、マーベラスサンデーも。

ミホシンザン[編集]

  1. ダービーも勝利して父子三冠馬になっていた。
    • 内国産種牡馬が現実より早く再評価されていた。
    • 柴田政人騎手は史実(1993年のウイニングチケット)より8年早くダービージョッキーになっていた。
      • よって「ダービーを勝てたら、騎手をやめてもいいくらいの気持ちで臨みます」(本人談)→「柴田政人、ダービー勝ったら騎手引退」(新聞記事) という展開は起こらなかった。

ヤマニングローバル[編集]

  1. 1990年のGIを2つは勝っていた。
  2. 種牡馬としても史実より遥かに多くの活躍馬を産み出していた。
    • トウショウボーイ→ミスターシービーの父系はもう少し続いていただろう。

リオンディーズ[編集]

  1. 菊花賞は間違いなく取れていた。
    • その場合「サトノ」冠はいまだクラシックには無縁だった。
      • 或いは天皇賞秋で勝ち鞍を獲っていた。
  2. 古馬戦線からは1歳上のキタサンブラック、同期のマカヒキ、サトノダイヤモンドと熱戦を展開していた。
    • その場合だと賞金総額(ボーナスを除いて)1位は今尚テイエムオペラオーのまま。
      • 少なくとも2017年の天皇賞秋はキタサンブラックは勝利できなかっただろう。シュヴァルグランもジャパンCを勝てたか微妙。
  3. 凱旋門賞にも参戦していた。

長生きしていたら[編集]

トキノミノル[編集]

  1. 60年代前半において日本最強の種牡馬となる。
  2. 史上初の無敗の三冠馬となっていた。

テンポイント[編集]

  • case1 故障しなかった場合
  1. 予定通り海外に進出するが、微妙な結果に終わる。
  2. 種牡馬入りするも、産駒は大成せず。生まれ故郷で余生を過ごす。
    • TTGの残り2頭からはG1馬出てるから、1頭くらいはG1馬が出たかもしれない。
  3. 明石家さんまによって「ネタ」にされる事も無かった。
  4. 顕彰馬にはなっていなかった。
  5. ハンデキャップの見直しがなされず、他の競走馬で同様の悲劇が起きた可能性も。
  • case2 忠実同様に故障したが、治療に成功した場合
  1. ドキュメンタリーが制作され、ハイセイコーに匹敵するアイドルホースとなった。
  2. 競馬ブームの到来が早まった。
  3. トウショウボーイと同じく、1984年に初代顕彰馬になった。

シャダイソフィア[編集]

  1. 同期のダイナカールと共に牝馬路線の中心となっていた。
  2. 同じ牝系にあたるアンティックヴァリューは輸入されないため、ベガとその一族は産まれなかった。

サクラスターオー[編集]

  1. パーソロン→サクラショウリ→サクラスターオーの父系がもう少しは続いていた。
  2. 平井雄二調教師は1990年代に重賞の一つは勝っていただろう。
    • 2006年のサチノスイーティー(アイビスサマーダッシュ)で19年ぶりの重賞勝利という事態にはならなかった。

マティリアル[編集]

  1. マイル中距離路線でオグリキャップのライバルとして立ちはだかっていた。
  2. 種牡馬としても活躍馬を出していたと思う。
  3. 上記のサクラスターオーやゴールドシチーも健在だった場合87世代が「悲劇の世代」と呼ばれることはなかった。

イージーゴア[編集]

  1. それでも父系を繋ぐレベルの産駒が出たかは微妙。
    • アンフィトリオン(父の父がサンデーサイレンス、母の父がイージーゴア)のような例は増えたかもしれない。

ライスシャワー[編集]

  1. ここまで人気が出ることはなかった。
  2. 種牡馬としては不振な成績に終わった。
    • それでもリアルシャダイの父系は2010年代も続いていた。

ホクトベガ[編集]

  1. 予定通り引退し、欧州で繁殖牝馬入りしていた。
  2. 横山典弘がマスコミ不信になることはなかった。

サイレンススズカ[編集]

  1. 1990年後半はおろか、2000年前半まで最強馬として君臨していた。
    • グラスワンダー・スペシャルウィーク・エルコンドルパサー・テイエムオペラオーと競馬史に残る死闘を繰り広げた。
  2. 1998年11月1日の第118回天皇賞(秋)では、実史でゴールに上位入線した馬に対し「中央競馬ワイド中継」で「(タイムで)天皇賞レベルに達していない」と酷評される事も無かった。
    • 同日放送のフジテレビ「スーパー競馬」でMCの斎藤陽子が感極まる事も無く、普通に進行していた。
    • 同じくCX「スーパー競馬」で実況の塩原恒夫の名ポエム「沈黙の日曜日」は生まれなかった。
    • 同レースでの馬連が万馬券にはならなかった(実史の馬連は『6-10』で、1万2210円ついた。当時は馬単・3連複・3連単は無い)。
  3. 最も有力なサンデーサイレンスの後継種牡馬になっていた。
    • そのぶんアグネスタキオンやスペシャルウィークの評価は下がっていた。
      • ステイゴールドは種牡馬入りさえ微妙なところ。
  4. 武豊が主戦騎手のままであれば、史実(2013年)よりも少し早くGI通算100勝を達成していた。
    • 武豊がスペシャルウィークを選び、南井克巳が主戦になってたかもしれない。(宝塚記念は南井騎乗)
      • 或いは河内洋。
  5. 死んだ年の有馬でセイウンスカイと超絶ハイペースを展開 
  6. 或いは香港カップを勝っていた
  7. 最強世代はこちらにシフトしていた
    • サニーブライアンの項でも言ったけど、この世代、1983年世代に類似したところがあるし、短距離と牝馬に関しては層の厚さは同等以上なので
  8. アニメ版ウマ娘の展開が変わっていた可能性があった。
    • 変わるとしたら天皇賞秋勝利し現役を継続した場合、勝利してもレース後故障発覚→引退だったり、レース中故障も一命を取り止めた場合はそのまま。
  9. 北杜夫の著書のドクトルマンボウ遺言書の前書きのところでサイレンススズカの安楽死に触れなかった。
    • 正式タイトルは「マンボウ遺言書」。

サンデーサイレンス[編集]

  1. 今でも産駒が生まれまくっている。
    • 非SS系種牡馬の地位がもう少し上がっていた。

エルコンドルパサー[編集]

  1. キングカメハメハと共にミスプロ系種牡馬の先頭に立っていた。
  2. モンジューの産駒とエルコンの産駒で凱旋門賞リベンジマッチ(勿論、鞍上はマイケル・キネーンと蛯名正義)。

ラインクラフト[編集]

  1. マイル路線でなおも活躍していた。
  2. 産駒からも重賞馬を出していた。

その他[編集]

ハルウララ[編集]

1勝でもしていたら
  • case1 デビュー直後編
  1. 「当たらない」馬券はなくなる。
    • 事故に当たらない とかいう迷信が崩れ、あちこちで馬券が捨てられる。
  2. 高知競馬はとっくにつぶれてた。
    • 2000年代の中盤には閉鎖されていた。
      • 「たいようのマキバオー」は存在しないか、別の競馬場が舞台になっていた。
        • 高知競馬に所属していた騎手も引退していたか、他の地区に移籍していた。
    • もしかしたら福山競馬は現在も存続していたかも…。
  3. 1勝しかできなかった場合は、肉にされる可能性あり。
    • 牝馬だし肉になることはないんじゃないかと。でもいずれは「消息不明」になりそうだが…。
  4. 武豊騎手が騎乗することも、ディープインパクトとの配合も一切無かった。
  • case2 引退直前編
  1. たくさんのファンに夢と希望を与える。
  • case3 引退レース編
  1. 八百長が囁かれる。

ユキノサンロイヤル[編集]

2006年ジャパンカップで一着になっていたら
  1. 多くの人間が泣かざるをえない。
  2. 但し、そうだとしてもユキノサンロイヤルの上がり三ハロンが36秒台。ディープはどれくらいやら…w
  3. メジロブライトの新馬のようなタイムのかかりすぎるレースになったと思われる。ちなみにメジロブライトの新馬のタイムは函館の芝1,800m良馬場で2分1秒6
  4. ディープインパクトは黒歴史逝きに

シルヴァコクピット[編集]

2002年に復調していたら
  1. 凱旋門賞は無理でもG1には手が届いたかもしれない。
  2. シルヴァーホーク系種牡馬の立ち位置がもう少し向上していた。
    • ロベルト系全体としてはさほど影響がなかったと思うが
    • せいぜい、タニノギムレット(ブライアンズタイム産駒)にウオッカに次ぐ代表産駒が出る程度だろう。
      • ウオッカが国内で繁殖生活をしていたかもしれない。

エアグルーヴ[編集]

牡馬だったら

エアグルーヴが生まれた次の日に、この馬を管理した伊藤雄二調教師が「男だったらダービー馬やけどな」と社台ファーム早来(現在のノーザンファーム)場長の吉田勝己に言ったというエピソードがあります。

  1. 1996年の牡馬クラシック路線はエアグルーヴが中心となっていた。
    • 得意な東京の日本ダービーは勝っていた。
      • 菊花賞も勝敗になっていた。
        • やや苦手だった中山の皐月賞は苦戦していた。
    • イシノサンデー・フサイチコンコルド・ダンスインザダークの影は薄くなっていた。
  2. 1996年の牝馬クラシック路線は桜花賞と秋華賞は史実通り、さあオークスはどうなっていたか…。
    • リトルオードリーが勝っていた場合、鞍上の佐藤哲三は約半年早くGI初勝利を決めていた。
    • ロゼカラーが勝っていた場合、薔薇一族は史実(2009年・朝日杯FS)よりかなり早くGIを制覇していた。
  3. 種牡馬としても多くの活躍馬を出していた。
桜花賞を回避していなかったら
  1. 桜花賞は当然勝っていた。
    • ファイトガリバーの影はかなり薄くなっている。
      • ダイナガリバーの代表産駒はゴーイングスズカになっていた。
  2. それでも三冠を達成していたかは微妙。

ウオッカ[編集]

オークスに出走していたら

オークスに向けて調整を進めていた際、谷水雄三オーナーの決断でダービーに出走し、見事勝利を収めました。予定通りオークスに出走していたら?

  1. ダイワスカーレット出走の可否に関わらずやはり勝利を収めていた。
    • よって外国産馬は今なおクラシック未勝利。
  2. 一方ダービーは史実2着のアサクサキングス、1番人気のフサイチホウオーいずれかが勝っていた。
    • アサクサキングスが勝った場合タケホープ以来34年振りのダービー&菊花賞で牡馬クラシック二冠を獲っていた。
      • 鞍上の福永祐一も史実より11年早くダービージョッキーになっていた。
  3. JRAの2013年度CM「THE LEGEND」の内容も変わっていた。

エルコンドルパサー[編集]

持込馬だったら

渡邊オーナーは当初エルコンドルパサーの母サドラーズギャルの血統に魅力を感じ、キングマンボが種付けされた直後日本へ輸入し、産駒を持込馬(内国産馬扱い)とする構想があったそうです。

  1. 1998年のクラシック戦線筆頭に挙げられていた。
    • 皐月賞、ダービーは確実に取れていた。
      • その場合鞍上が的場均、ー蛯名正義いずれの場合もダービー初制覇。
  2. 古馬戦線でも国内に専念していた。
    • あるいは史実通り凱旋門賞に挑戦。
  3. スペシャルウィークの戦績が下がっていたので、サンデーサイレンスの種牡馬価値も史実より上がらなかった。
  4. アニメ「ウマ娘プリティーダービー」の内容も大幅に変わっていた。

ウォーエンブレム[編集]

もし真っ当に種付けをこなしていたら
  1. リーディングサイアー争い常連になった事は間違いない。
  2. キングカメハメハのブレイクは遅れていたか小規模になっていた。
    • ルーラーシップやロードカナロアの地位はウォーエンブレム産駒の種牡馬が占めていたかも。
    • もしキングカメハメハも現実レベルに活躍した場合、ディープインパクトはリーディングサイアーを取れなかったかも。
    • ダート路線でも活躍していたので、ゴールドアリュール辺りも喰われていたか。
  3. アワエンブレム系の種牡馬が多数輸入されていた。

サクラローレル[編集]

1995年の金杯(東)勝利後に海外遠征を行っていたら

サクラローレルを管理していた境勝太郎調教師は、1995年の金杯(東)をサクラローレルが勝利した直後に海外遠征を考えていたものの、「GⅢを勝ったばかりのサクラローレルで海外に行くといったら笑われる気がして言い出せなかった」として断念したという話があります。
もしこの時、サクラローレルが海外遠征を行っていたら…。

  1. 海外のGIを一つは勝っていたかも?
  2. ナリタブライアンは春の天皇賞を普通に勝っていたので、次走が短距離戦の高松宮杯になることも無い。
    • 鞍上が武豊に乗り替わることも無かった。
  3. マーベラスサンデーはもっと早くGIを制覇していた。
  4. マヤノトップガンは史実通りか。
  5. 1996年の年度代表馬は何になっていただろうか…。
    • フラワーパークが本命だが、ホクトベガ・イシノサンデー・ファビラスラフィンにも票が分かれていたかも。



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