もしあの鉄道が国有化されていたら/東日本

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もしあの鉄道が国有化されていたら > 東日本

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青森・秋田・岩手[編集]

十和田鉄道[編集]

  1. 「JR三本木線」→「JR十和田線」という名称になっていた。
  2. 非電化のローカル線で、八戸への直通列車が存在していた(車両はキハ40八戸車 or キハ100-200)。
    • 国鉄時代は盛岡・仙台方面に直通する多層建て急行列車が運行された。
  3. 国鉄末期に特定地方交通線に指定され、「十和田鉄道(2代)」になっていた。
  4. 東北新幹線新青森延伸にあたり、交差する場所に駅が出来ていた。
  5. バス部門は南部バスに統合されていた。

弘南鉄道[編集]

  1. 「JR尾上線」という名称になっており、黒石へ延伸されず、JR黒石線が現存していた。
  2. キハ40秋田車によるワンマン運転。
  3. 国鉄末期に特定地方交通線に指定され、「弘南鉄道(2代)尾上線」になっていた。

津軽鉄道[編集]

かなぎ
金木
Kanagi
かせ
Kase
あしのこうえん
Ashino-Koen
  1. 「JR金木線」という名称になっていた。
    • むしろ、五能線の前身である「五所川原線」を継承すると思う。
    • 「津軽西線」の可能性も(この場合史実の津軽線は「津軽東線」)。
  2. 弘前への直通列車が存在していた(車両はキハ40秋田車五能線色)。
  3. 国鉄末期に特定地方交通線に指定され、「津軽鉄道(2代)」になっていた。
  4. ストーブ列車など存在しなかった。
    • 実史で運行している(かつての)「リゾートあすなろ」みたいに、『リゾートしらかみ』が五所川原で分割され、1編成が(実史の)秋田行き、もう1編成が中里行きとして運行かな。
  5. 三厩まで延伸。

横荘鉄道(横手~老方)[編集]

  1. 国鉄の手で矢島線の前郷まで延伸され、名実ともに「横荘線」になっていた。
    • その場合、DC急行全盛期にこの線を経由する急行が運転されていた。
      • 急行「千秋」(仙台~陸羽東線経由~秋田)はこちらを通っていたかも(仙台~秋田間は北上線経由の「きたかみ」がメインだったので)。
  2. 雄勝鉄道は買収されず、戦時統合で羽後交通の主体になっていた。

雄勝鉄道[編集]

もとにしもない
元西馬音内
Moto-Nishimonai
にしもない
Nishimonai
ふもと
Fumoto
  1. 国鉄の手で羽後矢島まで延伸され、湯沢~羽後本荘間の路線になっていた。
    • その場合、線名は「湯荘(とうしょう)線」?
    • DC急行全盛期にこの線を経由する急行が運転されていた。
      • 急行「千秋」はこちらを通っていたかも。
  2. 非電化に戻されていたかも(特に羽後矢島まで延伸していた場合は)。
  3. 「あぐりこ」駅は平凡な駅名に改称させられていた。
    • 「元稲田」あたりかな?
  4. 横荘鉄道の横手~老方間は買収されず、戦時統合で羽後交通の主体になっていた。

五戸鉄道[編集]

  1. 線名は「五戸線」。
  2. 1968年の十勝沖地震で被害を受けるも、すぐに復旧されている。
  3. 国鉄末期に特定地方交通線に指定され、第三セクター「五戸鉄道(2代目)」になっていた。
    • あるいは南部縦貫鉄道が引き受けを表明、そのまま南部縦貫鉄道に移管されたかも。

南部縦貫鉄道[編集]

  1. 鉄道敷設法別表第四号に基づき買収。
  2. 線名は「七戸線」。
  3. 史実と同じく「初代レールバス」が導入されている。
  4. 三戸まで延伸を行おうとするが十和田市あるいは五戸までの開通にとどまる。
  5. 特定地方交通線に指定され、南部バスが引き受けを表明してる。
  6. 東北新幹線全線開業時時点で、国鉄→JRで運行なら、(新幹線の)七戸十和田駅が同線との乗り換え駅となり、七戸から大湊線大湊駅までの直通列車が運行される。

小坂鉄道[編集]

小坂線
  1. 線名は「小坂線」。
  2. 小坂鉱山の重要性に目をつけ買収。
  3. 濃硫酸輸送のおかげで旅客輸送を含めて現在でも存続。
  4. 十和田南まで延伸されている。
  5. 花岡線や長木沢支線はどうなっていたのだろうか。

宮城・山形・福島[編集]

小名浜(福島)臨海鉄道[編集]

  1. 「片浜線」として平(現いわき)への延伸が積極的に図られていた。
  2. 実史以上に乗り入れが活発に行われるようになる。
    • 勿来から市内シャトル列車が運行され南部との結びつきが強化される。
    • 急行「ときわ」のDC便に小名浜行き付属編成が連結される。
    • 幻の「ビーチイン大洗」計画がこちらでいち早く実現する。
  3. あるいは電化もされていた。
    • カモレがEF81のまま小名浜まで乗り入れていた。
    • 国鉄時代は455系「ときわ」、JR化後は「スーパーひたち」の付属編成が泉で分割されて乗り入れる。
    • 普通列車は気動車で運行。JR化後に余剰となった415系が投入される。
  4. 現在の極端な車社会が多少変わっていた?
  5. ら・ら・ミュウは駅ビルとして建設された。
  6. 清水港線と同様の扱いとなり1日1往復の混合列車で鉄ヲタ御用達路線となったがとっとと廃止。
    • 貨物輸送があるから廃止にはならんだろう。旅客営業がなくなったとして、後年アクアマリンパークの整備とともに復活かもしれない。

仙北鉄道[編集]

  1. 国有化と同時に瀬峰~築館間が廃止されていた。
    • 案外築館線も存続して仙台~栗原郡の重要な連絡路線になっていたかも。
  2. 路線名は「登米線」。
  3. 小牛田や仙台まで直通するのが基本。
    • 線内各駅停車の仙台方面急行列車が存在した。
  4. 1980年代中頃に第3セクター化された。
    • 社名は「登米鉄道」になっていた。
    • ちなみに国鉄時代の路線名は「とめ」線と読むが第3セクターの社名は「とよま」鉄道。
    • 需要と方向が合わない米谷~とよま間はこれを機に廃止(あるいは豊里方面に延伸??)
  5. 高度成長期まで存続していれば、米谷で北上川を越えて志津川方面に延伸、これが「気仙沼線」となり、前谷地駅は棒線駅のまま、豊里や津山に鉄路は来なかったかもしれない。

栗原電鉄[編集]

  1. 線名は「栗原線」。
  2. 細倉鉱山の重要性に目をつけ買収。
  3. 急行列車が東北本線から直通する。
    • こちらが「くりこま」を名乗っていた。
  4. 鳴子温泉まで延伸されている。
  5. くりこま高原駅は大岡駅と一体化している。
    • 駅名は当初の予定通り「栗原登米」あたり。
  6. 上記の結果新幹線アクセス路線として現在も電化で存続。
    • 1970年代までは旧型国電の天下だったが、1985年に417・455・457系に置き換えられる。
      • 2010年代にHB-E210系かE531系が投入される。
  7. 近代化が進んでいる

仙台鉄道[編集]

  1. 鉄道敷設法別表第19号に基づく買収。
  2. 確実に改軌が行われている。
    • 橋梁の改築などでアイオン台風にも耐え抜くことが出来たか?
  3. 東北新幹線開業と同時に大規模な改良が行われる。
  4. 仙台市営地下鉄が乗り入れている。
    • 筑肥線の様に東照宮-八乙女or七北田間は地下鉄乗り入れと共に廃止になっていた。
  5. 陸前吉岡~西古川間は平成以降も存続出来たかどうか

秋保電気鉄道[編集]

  1. 鉄道敷設法別表第21号に基づく買収。
  2. 鉄道線にするために大規模な改良が加えられる。
  3. 青根まで延伸される。
    • 山形までの延伸が計画される。
  4. 仙台市営地下鉄が乗り入れる。
    • 国有化されているなら長町から仙台まで東北本線に乗り入れていたんじゃなかろうか。
      • 交流電化に変更しない限り上記同様の筑肥線方式になるのでは?

玉川森林鉄道[編集]

  1. 鉄道敷設法別表第14号に基づく買収。
  2. 買収後大規模な改良をともなう改軌が行われている。
  3. 法律では鳩ノ湯までだが、そのまま玉川温泉まで開通している。

山形交通[編集]

三山線
  1. 左沢線は羽前高松から山形まで電化が行われていた。
    • 逆に左沢線自体が三山線に編入されたかも。左沢へは左沢支線。
  2. 鶴岡までの延伸が計画され、公団工事線になるが水沢当たりで力尽きる。
    • 鶴岡側からは山添まで開通するがそこで力尽きる。
    • その場合は三山線ではなく山鶴線(山鶴東線・山鶴西線)となっていた。
  3. 国鉄再建法に伴い廃止されていた。

好間軌道[編集]

  1. 路線名は「好間線」
  2. 平(現いわき)方面に石炭を運ぶ路線として着目される。
  3. 大館地区(現在の常磐線と磐越東線が分岐する地点)で磐越東線と合流して平駅に乗り入れを果たしていた。
    • 「大館信号場」が設置され後に好間線専用の停留所に昇格する。
  4. 内郷からの好間炭鉱専用鉄道とデルタ線を形成し、現在のいわき中央インター付近が出炭の一大ターミナルになる。
  5. 近年は好間工業団地への従業員輸送路線として路線の延長とLRT化が図られる。
    • 地形の制約上、磐越東線との線路共用は継続され、普通鉄道とLRTが共存する路線となる。
  6. 昭和初期に三和・蓬田・小平方面に延伸が決まり水郡線谷田川駅辺りまでつながる。

関東[編集]

もしあの鉄道が国有化されていたら/関東

甲信越[編集]

富士山麓電気鉄道[編集]

ふじよしだ
富士吉田
Fuji-Yoshida
げっこうじ/かわぐちこ
Gekkoji/Kawaguchiko

  1. E257系特急によって1時間ごとに新宿~河口湖の列車が運転されている。
    • 「かいじ」を大月で分割して運用。このためE257系の組成は基本8両+付属3両ぐらいになり、当然クモハE257型0番台の運転台が簡易構造になることはなかった。
  2. 富士急ハイランドは当然建設されない。
    • しかし、JR系列の企業やホテルなどがかの地を開発している。
    • 富士急ハイランドについては、後述も参考にして下さい。
  3. 新宿と富士五湖を結ぶ高速バスはJRバス関東が運行。
  4. 普通列車は115系で運用されていた。
    • 連結両数は3両ぐらいか。
    • もちろん現実同様通勤型(201系→E233系)の直通もあり。
    • 115系の編成単位が最低3両なのでおそらくツーマン。
  5. 地方交通線になっていた。
    • 路線名は「大月線」ではおかしいので「吉田線」。
      • 「河口湖線」じゃないか?
  6. 新宿発河口湖行「快速列車」に「ふじやま」という名称が付与されていた。
  7. 大月駅の構造がJRのみのシンプルな構造になっていた。
    • 富士吉田駅もスイッチバックにはなっていない。
  8. 「JR河口湖線」という名称になっていた。
  9. 「フジサン特急」は運転されず、「ホリデー快速河口湖」が運転されている。
  10. E257系特急が河口湖まで乗り入れ、1時間ごとに運転していた。
    • 安い高速バスに対抗するため、普通列車の往復分より安い「かわぐちきっぷ」を一時期発売していた。
    • 新宿~富士山麓の高速バスは今ほど充実していなかった、もしくは新宿以外のターミナルを発着していた。
    • 185系による横浜発着の臨時「はまかわぐち」もある。
  11. 高速化工事が行われ、少なくとも最高時速120km/hでの運転が可能となっていた。
    • あの山岳路線じゃ高速化工事も難しそうな…
  12. 沿線に車両基地が設置されて、中央本線の東京-大月が増発された。
    • 中央快速線は大月まで延伸され、その大半の列車が河口湖に乗り入れていた。
  13. 富士急ハイランドは「JRハイランド」になり、Suicaで入園できる。
    • 元々地元企業が開発していたが、'90年代に経営難に陥り、JR東日本が経営支援を行なった結果、傘下に入る。
      • JR傘下入り以前の名称は「富士ハイランド」か「河口湖ハイランド」。
    • 現実以上に鉄道利用での来園が多かった。
    • しかし最寄り駅の名前は「西吉田」とかそんな程度。
  14. JR東日本に、女子スピードスケート部が出来ていた。
  15. 富士吉田から御殿場までの延長線が完成していた。
    • 特急「あさぎり」は沼津ではなく富士吉田・河口湖に乗り入れていた。
    • さらに河口湖から富士宮への路線も建設されていた。
  16. 富士吉田駅が富士山駅に改称されることもなかった。
  17. Suicaに対応している。
  18. 上大月駅はおそらく存在していない。
  19. バス部門は山梨交通に統合されていた。

長野電鉄[編集]

すざか
須坂
Suzaka
いのうえ/しなのひの
Inoue/Shinano-Hino
きたすざか
Kita-Suzaka
  1. 長野~信濃吉田は建設されず、北長野駅で分岐していた。
    • 長野駅まで開業以降に国有化された場合、仙台駅における仙石線のような状態となっていたか、権堂辺りから線路を付け替えてJR長野駅構内に乗り入れていたかもしれない。
    • この場合、急行「志賀」は長野駅経由で湯田中まで運転。愛称も「志賀」ではなく急行「信州」に取り込まれていたかも。
      • 急行列車の特急への統合の際に、湯田中発着の特急「あさま」が誕生していたかも。
        • 但し史実のように253系が入線する事はおそらくないだろうし、長野新幹線開業後は全列車が快速に格下げになっていたと思われる。
  2. 屋代~須坂~信州中野~木島は「JR千曲川線」、北長野~須坂は「JR須坂線」、信州中野~湯田中は「JR湯田中線」になっていた。
    • 史実通り信州中野~木島は廃線。湯田中線も廃止されていたかも。
      • 屋代線は廃止されなかった。
      • 信越線の篠ノ井-屋代間も第三セクターに移管されなかった。
    • 木島から先が延伸され、JR飯山線につながっていた可能性もある。
  3. 非電化で、キハ110系による普通列車だけの運転になっていた(例外として須坂線は平日の朝夕には快速列車が運転)。
    • 国有化の時期にもよるが、国鉄→JRの路線ですでに電化されていた路線の電化設備を撤去した例ってあまり聞かないけど…。
    • 電化設備が存置されていた場合、信越本線が電化されるまでは買収時の車両を継続運行したあと、70系を経て現在は115系(E127系の可能性もあるか)。
    • 戦時中非電化なら、信州中野以北の電化設備が丸ごとなくなっていたかも。屋代線を非電化にしちゃってたら、駅が間引きされまくったあげく貨物線となり1980年代に廃止済み。一方、戦時中に吾妻線が延伸され、死者出しまくりながら高熱隧道を掘って須坂まで全通、横軽がいらない子に。

松本電気鉄道[編集]

しんしましま
新島々
Shin-Shimashima
えんどう
Endo
しましま
Shimashima
  1. 路線名は「上高地線」。
  2. 上高地線は当初の予定通り、松本~島々~籠島で開業。浅間線は開業せず。
  3. JR発足と同時期に島々~籠島が廃止。
  4. 非電化で、キハ110系による運転になっていた。
    • むしろ買収時に1500Vへ昇圧され、大糸線と共通運用の電車が走る。
  5. 戦後島々~高山間の延伸が計画されるも、難工事のため結局中止に。
    • もし実現していたら、JR東日本が岐阜県内に路線を持っていた。
      • 場合によっては高山以北の岐阜県内の高山本線も東日本もしくは西日本の路線になっていた。
        • もし高山本線の高山以南が東海で以北が西日本なら、全国で唯一JR3社が集う駅が誕生する。
      • さすがに松本高山間のどこかで東海と東日本の境界線が出来ていたと思うけど。
    • 高山本線の渚駅は重複回避のため飛騨渚駅を名乗っていた。
  6. 特急「あずさ」に新島々発着が生まれていた。
    • 電化も行われていたかも。
    • 夏の観光シーズンのみ、新宿発新島々行臨時夜行急行列車(実史通りの列車名なら「アルプス」かな)が運行されていた。

蒲原鉄道[編集]

  1. 「JR蒲原線」となっていた。
  2. 高松駅が越後高松駅に、今泉駅が越後今泉駅に改称されていた。
  3. 長岡への直通列車が運行されていた。
  4. ひょっとすると磐越西線の西半分が直流電化されたかもしれない。

長岡鉄道[編集]

にしながおか
西長岡
Nishi-Nagaoka
にしちゅうがっこう
NIshi-Chugakko
ありくり
Arikuri
  1. 国有化と同時に寺泊新道~寺泊間が廃止されていた。
  2. 西長岡~長岡の信濃川を渡る区間は無事に完成していた。
    • その代わり来迎寺~西長岡間は廃止。
  3. 首都圏と佐渡を結ぶ最短経路と位置付けられていた。
    • 寺泊からの航路を意識したダイヤが組まれていた。
  4. 線名はそのまま「長岡線」か「長泊線」となっていた。
  5. この路線が現存していた場合、現実の越後線寺泊駅は現在も「大河津」のまま。

新潟電鉄[編集]

  1. 軌道線区間は廃止され、越後線の関屋駅始発に付け替えられる。
    • 買収当時は孤立した電化線だったが、戦後新潟~関屋間も電化され、新潟駅まで乗り入れ開始。
      • ひょっとしたら富山港線みたいにLRT化されていたかもしれない。
  2. 路線名は「燕線」。
  3. 1984年の弥彦線電化時に、新潟~白根~燕~東三条間の直通運転ダイヤになった。
  4. 「ときめき」駅なんてできる訳がない(JRから分離された場合を除く)。

池田鉄道[編集]

昭和4年の14私鉄買収案のなかに存在したが貴族院が否決してしまった。

  1. 路線名は「池田線」。
    • 危惧された通り赤字路線になっている。
    • 池北線とやや紛らわしい。
    • あるいは大糸線の池田支線になっていた。
  2. 電化設備は復活している。
  3. 計画通り北池田駅から先、宮本まで延伸されている。
  4. 多くの列車は安曇追分から先、穂高まで乗り入れする。
    • 一部の列車は松本まで乗り入れている。
  5. 戦時中に不要不急路線に指定されていたかもしれない。
    • その場合戦後非電化路線として復旧している。
  6. 自動車線(名前は白馬線あたりか)が明科~池田~大町を走っていた。
  7. 確実に赤字83線に指定されている。
  8. 国鉄解体時に「池田鉄道(第二次)」として3セク化されている。
  9. 咲 -Saki-のファンがそれなりに訪れる。むろん池田ァァッ!繋がりで。

頸城鉄道[編集]

  1. もちろん1067mm軌間に改軌される。
  2. 路線名は「頸城線」。
  3. 新黒井駅は黒井駅に統合され、さらに直江津駅まで乗り入れていた。
  4. 早期に六日町まで延長される。
    • 史実とは異なり安塚町を経由していた。
    • 十日町駅は飯山線と平面交差する完全な地上駅になっていた。
    • 北越急行ほくほく線は、建設されなかった。

栃尾鉄道[編集]

とちお
栃尾
Totio
にればら
Nirebara

  1. 国有化と同時に線路の幅が広がっていた。
    • そして長岡~悠久山間が廃止される。
  2. 袋町、中越高校前、下長岡の3つの駅が統合されていた。
  3. 路線名はそのまま「栃尾線」。
  4. 上見附駅はスイッチバックになっていない。
  5. この路線が現存していれば特急「かがやき」が栃尾まで乗り入れる。
  6. いずれは平仮名表記で「とちお鉄道」として3セク化されている。

上田温泉電軌[編集]

  1. 現存している上田~別所温泉間は「JR別所線」、上田~真田間は「JR真田線」、上田~青木間は「JR青木線」になっていた。
    • 真田線の傍陽の支線は廃止されている。
    • もしかしたら別所線は丸子線を統合して松本まで延伸していたかもしれない。
      • こうなっていれば特急「あずさ」に上田発着が生まれていた。
  2. 真田町は上田市と合併しなかったかもしれない。
  3. 季節特急「そよかぜ」が別所温泉まで乗り入れていた。



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