もしあの鉄道車両がもっと長く使われていたら

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  • 新規追加は国鉄・JRは車種別に形式が若い順に、私鉄は会社別(東から順)+形式が若い順にお願いします。

国鉄・JR[編集]

機関車[編集]

DD54形[編集]

  1. =欠陥がなかったらである。
  2. 国鉄末期まで運用されていた。
  3. DD51の製造数が減っていた。

電車[編集]

62系[編集]

  1. 72系970番台同様に新性能化改造を受けていた。
    • 115系の区分番台が増える。
  2. JR化後にインバータクーラーが設置された。

101系[編集]

山手線
  1. 103系の誕生が遅れていた。
  2. 山手線のラインカラーはそのまま黄色になっていた。
  3. そのまま201系が導入される。

113系[編集]

東海道本線(JR東日本)
  1. 湘南電車という愛称はずっと消えなかった。
  2. 国鉄時代ならSM分離を境に2000番台がもっと増備され、0番台グループは房総や西日本地区に史実よりも早く転用されていた。
    • 2000番台の一部もロングシート化されていた。
  3. 211系は一応導入されたが史実よりも本数が少なかったかも。
  4. 2階建てグリーン車2両の編成も増えていた。
横須賀線・総武線快速
  1. 2階建てグリーン車連結編成に統一されていたかも。
  2. ATOS導入後も普通に営業についていた。
  3. ひょっとしたら東海道本線よりも長く生き延びていたかも。
    • 東海道線にいたものが新車導入が史実よりも早く全て房総に移っていた。
東海道本線(静岡地区)
  1. JR西日本を見習って延命工事をしていた。
    • 一部は313系に準じた車内に改装されていた。
      • 体質改善の際にロングシートに改装されていたかも。
  2. 313系と同じドアチャイムが後付された。
福知山線
  1. 新福知山色の800番台も魔緑に塗り替えられてしまった。

157系[編集]

  1. 下降窓の保守がしっかりしていたらこうなっていた。
    • 同じく下降窓を採用している阪急や近鉄の電車と比べられることはなかった。
    • 205系まで下降窓導入が途絶えることはない。
    • 急行型のグリーン車の窓の2段窓化もなかった。
  2. 185系が登場するまで活躍していた。
    • 185系は最初から回転クロスシートを採用していた。よって、「最悪の特急」と揶揄されることはなかった。
  3. 「あまぎ」に183系が導入されることはなかった。
  4. クロ157形は157系全廃後は最初から185系に組み込まれていた。
  5. 保存車両が存在していたかもしれない。
  6. 一部の先頭車は前照灯がシールドビーム化された。

209系500番台[編集]

京浜東北線
  1. 209系0番台がE233系1000番台に置き換えられた時点で自動放送装置が設置されていた。
    • 2013年ごろに中央総武緩行線所属車両共々更新工事が行われていた。
  2. E233系5000番台の製造分が増えていた。
    • 現在京葉線に一編成だけ残っている209系500番台の代わりにE331系が現存…は流石にないか。
  3. 武蔵野線の増発用としてE233系が新製投入されていたかもしれない。

253系[編集]

  1. 183系や185系を置き換えていた。
    • 踊り子にも導入されたら、平成の185系と揶揄されていたかもしれない。
  2. 「あかぎ」に転用されていた。
    • したがって、あかぎに651系は投入されなかった。
  3. そのうち大修繕により255系と同様IGBT-VVVF換装され、しばらく故障と戦う日々を過ごしていた。

E331系[編集]

  1. 増備はかなわずとも今もひっそり京葉線で余生を過ごしている。
    • 209系500番台は完全に武蔵野線へ転用されていた。
  2. 故障が少なければ最低でもこうなっていた。

気動車[編集]

キハ01系[編集]

  1. それでもワンマン運転は実現しなかった。
  2. 特定地方交通線廃止時まで使われていた。
  3. 国鉄の気動車がレールバス主体になったかは微妙。

キハ130形[編集]

  1. キハ40系に置き換えられる異例の事態はなかった。
  2. キハ40系の老朽化は問題にならなかった。
  3. 香椎線からキハ200・220が撤退することもなかった。
    • JR北海道の車両なので関係ないと思うが。

キサロハ182形550番代[編集]

  1. 「はまなす」に転用され、客車に改造されていた。
  2. 一貫して特急専用で使用された場合は「オホーツク」あたりに転用されていた。
    • 普通車個室は座席車に改造されていた。

私鉄[編集]

秩父鉄道[編集]

2000系[編集]

  1. 編成の長さからラッシュ時の運用に重宝していた。
  2. 冷房化くらいはされていた。
  3. 7500系導入と同時期に置き換えられていた。

西武鉄道[編集]

旧101系[編集]

  1. 9000系は登場しなかった。
    • 10000系はVVVFインバータ制御で新造されていた(発電ブレーキ付)。
  2. LED行先表示器搭載編成も登場。
  3. 末期は各駅停車専用車両になった。
  4. 分散冷房車もまだ生きていたかも。
    • あるいは171〜181F全編成が175F、177Fのスタイルに改造されていたかも。
      • 客ドア交換(3000系タイプへ)はそのグループにも施されていた。
  5. 多摩湖線の351系の引退も早まっていたかも。
  6. 黄色一色化は史実通り行われた。

東京都交通局[編集]

8000系[編集]

  1. 「=都電全廃の構想が存在しなかったら」。
  2. それでも車体更新は避けられなかったと見られる。
  3. 7500系の引退が早まっていた。
    • そもそも製造されてなかったのでは?。8000形の改善版の様な車両なので。

10-300R形[編集]

  1. 先頭車は車齢が若いので老朽化した中間車は代替新製されていた。
  2. 10両編成化されていた。

京成電鉄[編集]

AE形(初代)[編集]

  1. AE100形の製造数が減っていた。
  2. 3400形は登場しなかった。
  3. 2代目AE形の登場と同時期に置き換えられていた。

AE100形[編集]

  1. 都が難色を示していなかったら都営地下鉄乗り入れが実現していた。
  2. シティライナーは廃止されなかった。

東京急行電鉄[編集]

デハ200形[編集]

  1. それでも玉川線・砧線廃止時に一部車両は廃車された。
  2. 代わりにデハ70形の一部車両が玉川線・砧線廃止時に廃車されていた。
  3. 塗装が緑一色になるため愛称が「ピーマン」あたりに変わっていた。
    • 屋根に付いていた標識灯も撤去されるためよりそれっぽい顔つきになっていた。
  4. 鉄道ファン団体などによる貸し切り運転ではこの形式が指名されることも多かった。
  5. 特殊な構造が災いし300系登場までは生き延びられなかったと思われる。
    • 最後まで運用されていた編成は引退間際にデビュー当時のツートンカラーに戻されていた。

9000系[編集]

現役車両ですが、東横線に残留し続けていたら?

  1. 副都心線に乗り入れない運用についていた。
  2. 大井町線への転出に際して持て余した中間車に廃車が出ることはなかった。
    • よって、8090系が玉突きで廃車になることもなかった。
  3. 5050系の製造数が減っていた。
    • その分、5000系は当初の予定通りの本数で製造されていた。
  4. そもそも、東急は東横線の車種統一に力を入れていなかったらこうなっていた。

小田急電鉄[編集]

2320形[編集]

  • 通勤車への改造がなかったら?
  1. 準特急廃止後もそのままの形で急行に転用されていた。
    • 箱根湯本行き急行にはこの形式が使われていた。
  2. 2400形は2ドアクロスシートで製造されていた。
    • 史実における東武6000/6050系のような存在になっていた。
  3. いずれにしろ、ラッシュ時には不向きな構造なので1980年代に入ると淘汰の対象になっていた。

長野電鉄[編集]

10系[編集]

  1. =木島線が廃止されなかったらである。
  2. 冷房化、ワンマン化くらいはされていた。

名古屋鉄道[編集]

1000系全車特別車編成・1600系[編集]

  1. =特急政策の見直しがなかったら、である。
  2. 当然、5000系(2代目)と1700系は存在しない。
    • 5000系が登場しない代わりに3300系が更に増備されていた。
  3. 西尾線や津島線では今でも昼間も特急が走っている。勿論全車特別車で。
    • 犬山線や河和、知多新線の特急も今も多くが全車特別車。
  4. 輸送力増強のために1600系は4両に増結されていたかも。
  5. 1000系は2015年頃よりリニューアルが始まっていた。
    • 内外装は1200系と同様のものになっていた。

3700系 (初代)[編集]

  1. 名鉄の通勤型車両は20m4ドアが主流になっていた。
  2. 当車両がはいれるよう改良工事が行われた事により、キハ8000は国鉄と規格を合わせることができた。

7000系[編集]

  1. かつての3400系(いもむし)のように動態保存車両として1編成だけ残されていた。
    • できるだけ登場当初の姿に近づける復元が行われていた。
    • 基本的にはフェニックスエンブレムを掲出して走行するが、たまに逆さ富士行き先表示器を取り付けたりその上で白帯を巻いたりしていた。
  2. 本線で運転される機会は多くなかった。
    • 津島線や広見線、各務原線が主な運用線区となっていたか。
    • 運行は土休日や長期休暇期が中心となる。
  3. 場合によっては往年のミュージックホーンを鳴らすこともあった。

近畿日本鉄道[編集]

10100系[編集]

  1. 30000系は登場しなかった。
  2. アーバンライナー登場とともに置き換えられていた。
    • したがって、アーバンライナーに2階建て車両が連結されていた。

18000系[編集]

  1. さすがに高性能化改造くらいはされていた。
  2. 18400系とともに廃車となっていた。

京阪電気鉄道[編集]

1800系(初代)[編集]

  • 1800系(2代)への改造がなかったら
  1. 昇圧直前まで使用されていた。
    • 昇圧で6000系に置き換えられていた。
      • その分6000系の製造両数が増えていた。逆に2600系30番台は減っていた。

1800系(2代)[編集]

  1. 1900系と同時期に冷房改造されていた。
    • 1900系・2200系と同じく制御装置の1M8C化などの改造が行われていた。
  2. 最終的には7連×2本に編成替えされている。
  3. 廃車は2000年代になってからだった。

3000系(初代)[編集]

  • 8000系導入後も継続使用される予定でした。
  1. 流石に見劣りは否めないので大規模な更新工事が行われていた。
  2. 富山地方鉄道、大井川鉄道への譲渡車はなかった。
    • 富山地鉄へは阪急2800系が譲渡されていた。
  3. 2008年まで使用され、今頃は2代目3000系に置き換えられていた。
    • 2代目3000系はむしろ、特急用として製造された。したがって快速急行には9000系が充てられていた。

9000系[編集]

  • 現役車両ですが、ロングシート改造がなかったら?
  1. 快速急行に充当されていた。
  2. 2代目3000系は導入されなかった。
  3. 一部の車両が10000系に編入されることはなかった。
  4. 中之島線開通に伴う塗装変更ではこの車両は青系の塗装になっていた。

阪急電鉄[編集]

2800系[編集]

  1. 前面・側面の電動式方向幕取り付けや車体内外の更新工事が行われていた。
    • 特に前面は6000系と同タイプになっていた。
  2. 2300系と同じく界磁チョッパ制御に更新されていた。
  3. 2300系の引退が早まっていた。
  4. 富山地鉄への譲渡話は出なかった。
  5. 格下げ改造がなかったら6300系は登場しなかった。
  6. 8300系登場とともに置き換えられ、8300系はオール転換クロスシートで製造されていた。

5200系[編集]

  1. 前面が6000系と同タイプに改造されていた。
  2. 3000系の引退は史実より早かった。
  3. 21世紀になって5000系と同様のリニューアル工事が行われていた。

6300系(6330F)[編集]

  1. 「京とれいん」にはこの編成が改造されていた。
    • 7300系と同性能なので、最高115km/h運転も可能になっていた。
    • それでも余剰となった中間車2両は京とれいんへの改造と同時に廃車されていた。

阪神電鉄[編集]

3801・3901形(第1編成)[編集]

  1. =脱線事故がなかったらである。
  2. 8701・8801・8901形がもう1本登場していた。
    • 7890・7990形電車は登場しなかった。



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