もしあの鉄道車両が更に増備されていたら/私鉄

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少数派に留まった車両や完全な車両置き換えに至らなかった車両がもし、更に増備されていたら?

  • 新規追加は「会社別(東から順)+形式が若い順→形式不明(50音)」の順にお願いします。
    • 項目内に史実の導入編成数を書いていただければ幸いです。
関連項目

独立済み[編集]

茨城交通・ひたちなか海浜鉄道[編集]

キハ3710・37100形[編集]

史実では両形式合わせて3両の製造に留まりましたが、もし、所属車両全車置き換えに至るまで増備していたら?

  1. 留萠鉄道や羽幌炭礦鉄道からの譲渡車は本形式によって淘汰されていた。
    • キハ205にも何らかの影響があった。
  2. JR東海からキハ11形を譲受することはなかった。

上信電鉄[編集]

7000形[編集]

  • 2両編成1本のみ在籍ですが、もし上信電鉄の車両が全て7000形になっていたら?
  1. 150形、200形、250形、500形、1000形、6000形は引退に追い込まれていた。
  2. 上信電鉄は全て自社発注車両で固める珍しい中小私鉄になっていた。
  3. 上信電鉄は全車両が冷房化していた。
  4. JR東日本から107系を譲受することはなかった。

東武鉄道[編集]

2080系[編集]

2000系のうち、車齢の若い中間車を活用して6両編成に改造した車両。6編成登場予定だったが、2編成だけに留まった。

  1. 野田線の大型化が遅れていた
    • 史実通りに野田線から撤退なら支線に転用されていた。
      • その場合、3両編成に改造され、3000系列の置き換えに回されていた。
  2. その後冷房化されていた。
  3. 2000系の最終増備車も野田線に回され、同種の改造を受けていた。

50000系[編集]

  • 東武50000系は半蔵門線乗り入れ用の50050系、有楽町線・副都心線乗り入れ用の50070系、TJライナー用50090系など合わせて400両が製造されましたが、東武伊勢崎線曳舟~久喜・東武動物公園~南栗橋の半蔵門線直通電車と東上線池袋~小川町間の車両が全て50000系列になっていたら?
  1. 30000系の東上線転属や9000系の副都心線乗り入れ改造、10000系リニューアルはなかった。
    • 一部のこれらの車両はワンマン運転線区に改造され転属していた。このため8000系は引退に追い込まれていた。
      • 噂されていた8000系の上信電鉄譲渡が実現していたかもしれない。
    • 9000系は副都心線に乗り入れず、2013年に引退していたかもしれない。
      • いや、9000系は9101編成と同様地上専用車になっていただろう。もしくはインドネシアに譲渡された。
      • 9050系は史実通り副都心線に乗り入れていた。
    • 6050系は2017年の快速廃止で引退していた。
  2. 日比谷線乗り入れ用70000系は日比谷線乗り入れの他、浅草発着の久喜以遠直通列車にもつかわれていた。
    • 野田線は全て60000系で統一されていた。
  3. 50000系列が平成の8000系と呼ばれていた。
  4. 必然的にインフレナンバーになってしまうので早期に改番が行われていた。

60000系[編集]

現在18編成が導入されているが、ここでは野田線在籍車両全てが60000系に置き換えられたという想定

  1. 野田線のホームドア設置駅が増えていた。
  2. 東武10000系に廃車が発生していた。

西武鉄道[編集]

5000系[編集]

  1. 特急「ちちぶ」・「こぶし」・「むさし」・「おくちちぶ」の本数が史実よりも多くなっていた。
  2. 富山地方鉄道に譲渡されていた車両数が史実よりも多くなっていた。

京成電鉄[編集]

3600形[編集]

  • 史実では9編成しか導入されなかった。
  1. 3600番台が埋まる為3700番台も存在した。
    • 次の形式が3700形ではなく3800形となっていた。
  2. 先頭車が電動車化改造され京急に乗り入れていた。
  3. 8両化では編成をバラさず3700形と同様の車両を組み込んでいた。
  4. パンタグラフのシングルアーム化が行われていた。
  5. 本形式の置き換えは2020年以降だった。

東京急行電鉄[編集]

2000系[編集]

  • 史実では3編成しか導入されなかった。
  1. 東武にも乗り入れていた。
    • 場合によっては全車両が東武乗り入れに対応していた。
  2. 8590系の田園都市線転属はなかった。
  3. 5000系の導入が遅れていた。
  4. 東急8500系を転属させない限り、ちょっと経緯が想像できない。
    • おそらく8500系は大井町線に転属していた。しかしそうなると東横線から外れた8090、8590系や9000系が大井町線に転属したのか怪しくなるな…
  5. 編成数次第では2020系が違う形式名になっていた。
    • 6020系もそれに合わせた形式になっいただろう。

5000系 (2代)[編集]

  • 2007年までの3年間で250両を投入する予定が、180両で打ち止めとなった。
  1. どちらにしろ8500系はある程度残るので2020系は史実通り開発されていた。
  2. 5050系及び4000系の製造に尽力を尽くすため6ドア車両の増結が遅れていたかもしれない。
    • ホームドア設置の事も考えれば、下手すりゃ3年も使用されず廃車解体された車両も存在していた。
  3. 8500系は長野電鉄や秩父鉄道に譲渡され、在来車を置き換えていた。
  4. 恐らくサークルKの車両が2000系のみになるため、同車は田園都市線から早期に撤退していたかもしれない。

5200系[編集]

  • 史実では1編成のみ実験的に投入された。
  1. あり得るとすれば大井町線→田園都市線に集中投入。
    • 新玉川線との直通後は数編成が東横線に転属、残りが大井町線の折り返し運用に使用される。
  2. おそらく池上線か目蒲線で生涯を終えていた。
    • 池上線の旧型車置き換えは史実よりも早かった。
  3. 現在でも複数の地方私鉄に譲渡され活躍している(史実では上田交通のみ)。

7000系 (2代)[編集]

7700・7600系置き換え及び1000系の地方譲渡用に19本が製造される予定だったが、7本で打ち止めとなった。

  • 2017年に増備が再開されましたが、ここでは当初の予定通りに増備が行われていたとします。
  1. 1000系1500番台は存在しなかった。
  2. 7700系及び7600系は2012年までに現役を退いていた。
  3. 2013年の日比谷線直通終了をもって東急1000系は引退していた。
  4. 上記の通り日比直から外れた1000系を池多摩線に転用する必要がないので、1000系の地方譲渡が更に行われていた。
    • 史実では譲受しなかった弘南鉄道や北陸鉄道とかにも譲渡されていたかも?
      • 岳南鉄道や豊橋鉄道に養老鉄道、熊本電鉄も有力。
    • これにより捻出された旧7000系・7200系の一部は大井川鐵道に再譲渡され、16000系や21000系を置き換えていた。

7700系電装化改造車[編集]

7915Fと同様の改造車が更に増備されていたら?

  1. =7915Fの故障がなかったら、である。
  2. 現在は7000系(2代)に置き換えられていた。

小田急電鉄[編集]

2000形(2代)[編集]

  • 史実では8両編成9本が導入された。登場時は後に中間車2両を増備して、1000形同様に千代田線直通用となる計画があった。もしこれが実現していたら?
  1. 1000形とともに現在も千代田線直通用として運用に入っていた。
    • 1000形1081編成(8両)も10両化されていた。
    • 小田急車のJR直通化に伴い直通運用から退く。
  2. 3000形(2代)の8両編成がもっと製造されていた。
    • 史実より9本または10本多く製造されていた。
  3. 4000形(2代)の製造が遅くなっていた。
    • 新製当初からJRへの直通に対応していた。

2300形[編集]

史実では特急増発用にSE車登場後格下げされることを前提として1編成のみ導入されましたが、もし、更に増備されていたら?

  1. 1700系を格下げに追い込んでいた。
  2. 準特急は設定されなかった。
    • 2320形は登場しなかった。
  3. NSE登場とともに格下げされていた。
  4. 大規模な格下げ改造が祟って早期淘汰の対象になっていた。

2320形[編集]

準特急用として2編成のみの導入でした。

  1. 2300形はNSE登場まで特急車として使われた。
    • しかし編成が異なるので予備車となっていた。
  2. NSE登場後はそのままの形で急行に転用されていた。
  3. ラッシュ時に適さない構造であるため、早期淘汰の対象になっていた。
  4. 箱根湯本行急行には本形式が充当されていた。よって、東武6050系のようなポジションになっていた。

50000形[編集]

  • 史実では2編成のみの導入でしたが、もし、置き換え対象である10000形全車置き換えに至るまで導入していたら?
  1. 10000形は全編成長野電鉄へ譲渡。
    • よって、253系は譲渡されなかった。
  2. 60000形の導入数が減っていた。
    • コンセプトが違うからその辺りは史実通りだと思う。「あさぎり」の運用にVSEが入るとは思えないし。
  3. 調子に乗って7000形も置き換える。
    • 7000形も史実より早く全廃されていた。
    • 60000形は地下鉄直通特急とあさぎり運用分で製造を終わっていた。
  4. 2016年にシートサービスが廃止されることはなかった。
  5. 70000形は登場しなかった。

京浜急行電鉄[編集]

2000形[編集]

史実では8両編成6本、4両編成6本72両が導入されました。

  1. 京急ウィング号の本数が史実よりも多く運行されていた。
    • 休日の快特の一部も京急ウィング号になっていたかもしれない。
    • 京急ウィング号は完全な無料列車になっていた。
  2. 久里浜線が三崎まで延伸していたら、可能性があった。
  3. 後継の2100形電車の車両数も多くなっていた。
  4. 浅草線・京成線方面の乗り入れ対応工事も後期車を中心に行われていた。
    • もちろん成田スカイアクセス線にも対応。

600形(3代)[編集]

史実では、8両編成8本、4両編成6本が投入されましたが、もっと投入されていたら…

  1. 1000形電車の廃車が史実よりも早まっていた。

2100形[編集]

計画では、8両編成12本96両が製造される予定でしたが、8両編成10本80両で製造されました。

  1. 京急ウィング号の本数が史実よりも多く運行されていた。
  2. 久里浜線が三崎まで延伸していたら、確実にあり得た。
  3. 1編成が黄色塗装に変更され、「KEIKYU YELLOW HAPPY TRAIN」として運行していたかもしれない。

富士急行[編集]

5000形[編集]

  • 史実では事故車の補充で1編成のみの導入でしたが、もし、もっと多く導入されていたら?
  1. 小田急2200形や京王5000系の譲受車はなかった。
  2. 1編成しかないことを理由にラッピング車になることはなかった。
  3. 今頃は6000系に置き換えられている。

長野電鉄[編集]

10系[編集]

  • 史実では1編成のみの導入でしたが、もし、もっと多く導入されていたら?
  1. 東急5000系や営団3000系を購入することはなかった。
    • 長野電鉄は譲渡車に頼り切ることはなく、その後も自社発注車を導入していた。
  2. 1編成しかないことを理由に早期廃車になることはなかった。
  3. 今頃は冷房化やワンマン化改造されていただろう。

2100系[編集]

  • 史実では2編成のみ導入されました。
  1. 特急「ゆけむり」の本数が史実よりも多くなっていた。

富山地方鉄道[編集]

9000形[編集]

  • 3編成で、基本は富山都心線のみでの導入だった。
  1. T100の代わりに低床車両として導入されていた。
  2. 富山ライトレールと紛らわしい配色になっていたかもしれない。

名古屋鉄道[編集]

モ800形[編集]

  • 3編成の導入でした。
  1. 600V線区は多少延命できたかもしれない。
  2. 廃止して譲渡された場合、豊橋鉄道にももう少し譲渡されている。
    • イベント用を除けば780形と800形とT1000形だけに統一できたかもしれない。
      • それでも運動公園前行きの運用には2018年4月まで入る事は出来なかったか、史実より早い時期に改造がなされた。

1030系・1230系[編集]

史実では、6両編成4本が製造されました。

  1. 名古屋鉄道の顔として、活躍していた。
  2. 廃止が史実よりも遅れていた。(史実では、2019年に全廃)
  3. 7500系の特別整備は史実より早く打ち切られていた。
    • 1次車のみの施行となっていた。場合によってはその1次車にも特別整備が行われず1030系化された編成があった。
  4. 1850系も増えていたかもしれない。

1600系[編集]

  • 忠実では特急用パノラマカー置き換えのための4編成の導入に留まりました。
  1. 導入されるとしたらパノラマDXも置き換えているはず。
    • よってパノラマDXの廃車が早まっていた。
  2. 予定通り、一部特別車の急行に用いられていた。
    • 当然全車特別車特急も残っているはず。
      • 1000系も残っているので5000系は誕生しない。
      • それでも廃止するなら、2300系が増えたかもしれないが。
    • 連結すると他にほとんど例のない5両or7両になってしまうのが課題。
      • 7両は犬山線や常滑線、5両は河和線辺りがメインか。
    • 現在では3300系列との連結も日常的。
  3. 急行ではなく忠実の2200系のような運用になっていた可能性が高そう。2200系は導入されなかったかもしれない。
    • 空港特急の予定でもあったとはいえ、イメージアップしたいだろうから2000系に関しては全く変化なし。
    • と言うか史実の2300系が2200系として生産されて1600系と連結していた。よって1700系への改番も史実通り。
      • どう頑張ってもク1600形が余ることになるが、編成数によってはMc車化や中間車化改造が行われていたかもしれない。
      • 2200系がない以上、無理に特別車2両+一般車4両にする必要性は無いと思われ。一部特別車1000系のこともあるが、運用が別の以上共通化する必要性もないし。
  4. 2000系による1600系運用の代走が見られたかもしれない。逆は余程のことがない限りやらないだろうが。
  5. 現在でも西尾線で運用されていた。
    • 忠実通り吉良吉田行き急行の型になるかもしれないが。当時のダイヤのままだと福地駅のダイヤが大変なことになる。
    • 上記のような3+2両の特急になるか。ホームからはみ出すけど
  6. 最近になって、忠実の1700系のような塗装に変更され始める。
    • 前面の方向幕もフルカラーLED化されていたる。

一畑電車[編集]

7000系[編集]

  • 1両4編成が導入される予定ですが、もし、一畑電車の全車置き換えに至るまで製造されていたら?
  1. 東急1000系は一畑電車に導入されなかった。
    • もしかしたら7000系は2両編成になっていたかもしれない。
  2. 3000系全車のみならず、2100系・5000系も置き換えられていた。

水島臨海鉄道[編集]

MRT300形[編集]

キハ20系置き換え用に製造されたが、6両で製造が打ち止められた。もし、キハ20系全車置き換えに至るまで製造されていたら?

  1. JR東日本からキハ30形・キハ37形・キハ38形を購入することはなかった。
    • 同世代のキハ20形冷房車を非冷房キハ30形で置き換えることもなかった。
  2. 在来車とシステムが異なるため、運用も効率よく行われていた。

広島電鉄[編集]

1060形電車[編集]

  • 宮島線専用の高性能電車だったが市内線直通車の増備に方針が転換されたため1両しか製造されなかった。
  1. 下回りが京阪のお古だった1050形ではなくこちらが2両連結化や冷房化といった改造を受けていた。
  2. 宮島線からの高床車消滅は史実よりやや遅れ90年代中頃までずれ込んでいた。
  3. 阪急の中古を改造した1070形・1080形は登場しなかった。
  4. 運転台が先頭部分の片側に偏っていたため前面展望が楽しめる電車としてファンの間で知られていた。
  5. トップナンバーの1061号は引退後に宮島口か楽々園あたりで保存されていた。
  6. 万一この形式による市内線乗り入れが実現していたら現在の広電の姿は大きく異なっていた。
    • 都電荒川線や東急世田谷線のように市内線のホームが嵩上げされていたかもしれない。
    • なお史実では1060形乗り入れのためには市内の橋の補強工事が必要だったので断念している。

地下鉄[編集]

営団地下鉄06系[編集]

  • 史実では1編成のみしか導入されなかったが、これがもし量産されていたら?
  1. 6000系の置き換えは史実よりも速いペースで進んでいた。
    • 余剰となった6000系が北綾瀬支線用に改造されるだろうから、ハイフン車と5000系は早くから運用を離脱していた。
      • 05系に北綾瀬支線に転属した編成はなかった。
    • 当時としては6000系の置き換えは時期尚早なのでむしろ東西線あたりに5000系置き換え用として転用されていた。
      • その分、05系の製造数が減っていた。
      • 青帯の6000系を見ることができていた。
  2. 副都心線開業に伴う07系の移転先は千代田線になっていた。
    • 帯色も同じなので形式以外区別する要素がなくなる。
  3. それでも6000系を完全に置き換えるのは難しいだろうから16000系は導入されている。
    • 但し導入数は史実よりも少なかった。
    • ただ、千代田線にホームドアが取り付けられるとなるとドア位置が他車と異なるのがネックになって16000系に置き換え→廃車という運命をたどるかも。
      • そうなるとしたら07系同様東西線に転属の方があり得るんじゃない?

都営地下鉄5200形[編集]

  • 史実では2編成(後に1編成に組み替え)しか導入されなかった。
  1. 最初から5200形として登場していた(史実では5000系6次車として導入)。
  2. 6000形や10-000形同様、途中からオールステンレス車になっている。
    • 窓の構造などにもマイナーチェンジが幾らかなされていた。
      • この為8両化の際には10-000形同様、従来車に後期車を増結させる手法を取っていた。
  3. 5300形は史実ほど投入されず、しばらくは5200系と5300形が6:4程度の割合で運転されていた。
    • とはいえ13-000形の導入と同時期に5400形(仮)によって5200系の置き換えが進んでいる。

都営地下鉄10-000形8次車[編集]

  • 史実では2編成しか導入されなかった。
  1. 試作車は置き換えられていた
    • 経年の浅い中間車2両は8次車に組み込まれる。
  2. 10両化の際は7次車の中間車が組み込まれる。
  3. VVVF化が行われていた。
  4. 10-300形に置き換えられなかった。

横浜市営地下鉄3000形(1次車)[編集]

  • 史実では新横浜〜あざみ野間延伸に伴い6連×8本が導入されていたがそれよりも更に増備を続けていたら。
  1. 1000形の淘汰が早まり90年代であっという間に消滅。
    • 冷房化や旅客案内表示機も付かなかった。
  2. よって3000R形の登場も遅くなったかもしれない。

大阪市営地下鉄旧20系(10系試作車)[編集]

  • 史実では谷町線に4連×1編成が急行運転を想定し投入されましたがさらに増備されていたら?
  1. 中央線の車両は40系となっていた。
  2. 谷町線に30系の転入はなかった。
  3. 御堂筋線に来なかった。
    • 史実の10系は全て量産車のデザインで存在する。
  4. 今頃30000系に置き換えられていた。

大阪市営地下鉄20系[編集]

  • 史実では中央線に6連×7編成、谷町線に6連×9編成が投入され(最終的に中央線に集結)ましたがさらに増備されていたら?
  1. 御堂筋線中百舌鳥延伸時おける新車増備は10系ではなく20系となっていた。
    • その後も21系登場まで増備されていた。
    • 10系は8連×16編成で打ち止めになっていた。
      • 但し10系9連化用の中間車(1900形)は20系と同一の車体になっている。
      • よって10A系(10系のVVVF改造車)は存在しない。
      • もしくは9両化のタイミングで改造の上バラして組み込んでいたかも。
  2. 御堂筋線の10連化にあたっては現実の10A系同様10系を改造の上バラして組み込んでいた。
  3. 中央線用20系のVVVF更新、高速対応化が終了するとこちらも車体とVVVFの更新が実施されていた。
  4. 車両番号は30番台となり、後に登場する谷町線用が50番台となっていた。
  5. 昭和時代のうちに工場機能が緑木に一元化されていたらこうなっていたかも。

大阪市営地下鉄30系冷房改造車[編集]

  • 史実では新30系と呼ばれる後期タイプのみ冷房改造されましたが、初期タイプの改造も行われていたら?
  1. さすがに全車両改造されることはないだろう。
    • 恐らく旧7000・8000形は改造の対象から外されていた。
  2. 中央線と千日前線への投入もあった。
    • さすがに御堂筋線は新20系に置き換えられていただろう。
    • 中央線用については近鉄けいはんな線の学研奈良登美ヶ丘延伸に伴うスピードアップを機に廃車あるいは谷町線か四つ橋線に転用されていた。
  3. 新30系に関しては全車両冷房改造されていた。
    • 史実では新造から10年経たずに廃車された3043・3543・3597の3両も改造されて延命していた。
  4. それでも2000年代後半~2010年代前半に30000系への置き換えが実施されていた。
    • 30000系は御堂筋・谷町線以外にも投入されていた。
  5. 堺筋線の60系も史実よりも多くの車両が冷房改造されていた。
    • 66系初期タイプの新造は天下茶屋延伸とそれに伴う8連化に伴う不足分だけに終わっていた。
  6. 谷町線以外でも末永く活躍している編成も存在していた。
  7. 冷房改造の時期が早かったら(1980年代後半に検討されたことがある)こうなっていたかもしれない。

神戸市営地下鉄西神・山手線3000系[編集]

  • 史実では西神南駅開業分並びに増発目的で6連×6本と少数が導入されていましたが、もしもそれ以上増備し続けると。
  1. 1000系は機器更新されることなく早々と淘汰が進められ、引退した。
    • 当時としては3次車の置き換えは時期尚早なので3編成は残ったほか、1・2次車に組み込まれている3次車は3000形に編入された。
  2. 1998年に増備された編成はGTO-VVVFからIGBT-VVVF搭載で新造された。
    • 夢かもめ開業以降に導入された編成はドア開閉警告音がブザーからチャイムに切り替えられた。
  3. 西神・山手線内でもワンマン運転が行われるようにもなったかも知れない。
  4. GTO素子が老朽化したら機器更新されていたかも知れない。
  5. 6000形の置き換え対象にはならなかった。



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