もしあのJR線が別のJR管轄だったら

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  • ここでは各社の近隣のJR線のみを取り扱います。
    • 管轄範囲が異なる場合は、路線ごとに節を分けるようお願いいたします。
関連項目

○○→JR北海道[編集 | ソースを編集]

津軽線[編集 | ソースを編集]

かにた
蟹田
Kanita
せへじ
Seheji
  なかおぐに
Naka-Oguni
  1. 境界駅は青森駅
    • 青森駅構内にJR東日本とJR北海道の境界の印が置かれる
    • 津軽二股駅が存在せず、津軽今別駅で津軽線と海峡線が乗換できることになる。
      • 逆。「津軽二股駅」という駅名の方が早く出来ている。
      • 北海道新幹線開通後は「奥津軽いまべつ駅」に結局改称される。
  2. 北海道新幹線の並行在来線となる。
    • 青い森鉄道が三厩まで延伸。青い森デザインの701系が蟹田までやってくる。青い森デザインのキハ40も登場する。
  3. 中小国駅より先の津軽線の運営がおろそかに
    • 最悪廃止されかねない。
    • 青い森鉄道転換後は江差線の末端みたいに廃止もありうる。
  4. 津軽海峡線の全線がJR北海道に属することになる
    • 蟹田駅での乗務員の交代も無くなる。
  5. 実は運転指令は現実でもJR北海道管轄。

大湊線[編集 | ソースを編集]

  1. 大間線は開通していたか怪しい。
    • 実現していれば函館駅まで計画していた。
  2. 北海道新幹線のルートは少し揉めていたかもしれない。
  3. 戸井線が開業・存続している+下北交通大畑線もJR北海道の管轄になっていれば有り得たかもしれない。
  4. 維持困難線区に指定されているが、「路線の維持に努めていくことが必要」な路線とされる。

東北新幹線[編集 | ソースを編集]

  1. 時速320km運転は実現しなかった。
  2. 山形・秋田新幹線はフル規格での整備が必要となるため、山形・秋田新幹線は実現しなかった。
    • 北海道新幹線の整備のほうが費用対効果が高くなり、2000年代前半には札幌まで開業。2010年代には旭川まで開業していた。
    • JR東日本の新幹線整備は長野→北陸→羽越(上越妙高〜長岡)(ほくほく線流用?)→羽越(新潟〜村上)→羽越(村上〜酒田)→羽越(酒田〜秋田)となる。
  3. 上越・北陸新幹線との兼ね合いで東京大宮間はJR東日本に。

○○→JR東日本[編集 | ソースを編集]

東海道本線[編集 | ソースを編集]

熱海-沼津間・御殿場線[編集 | ソースを編集]

沼津
ぬまづ
三島   片浜
Mishima Numazu Katahama
  1. 沼津駅もJR東日本管轄に。
    • 現実の東京発熱海行きが沼津行きになっていた。
      • 静岡行きは存続していたか?
    • 東京近郊区間が沼津まで延長されていた。もちろん御殿場線も全線が含まれている。
  2. 御殿場線は113系で運用。2004年以降はE231系で運用。
    • 東京駅や湘南新宿ラインとの直通も現実より多かった。
    • 史実が静岡の115系だったことを考えれば国府津に数編成115系が配属されていたのでは。
      • 高崎や宇都宮の事を考えれば115系がE231系で置き換わったかどうかは微妙なところ。211系や205系600番台の投入で済まされていたかもしれない。
        • ネット上では相模線との運用の共通化が叫ばれている。
  3. 踊り子号・スーパービュー踊り子号全列車が「伊豆急下田・修善寺発着」になる。
  4. あさぎりは民営化と同時に廃止していた。
    • いや、廃止はされていないと思う。
    • あるいは、対抗して東京~国府津~御殿場間の「ごてんば」を特急で復活させたかも。
      • 車両は185系だと「あさぎり」に勝ち目がないので、251系かそれをもう少し大人しくした新車を投入したかも。
    • 「あさぎり」の沼津延長はなかった。そしていずれは名鉄の「北アルプス」と同じ運命を辿っている。
  5. 東海道新幹線の駅が、三島駅ではなく沼津駅に設置された(現実の熱海駅の様な感じ)。
    • 東海道新幹線三島駅は国鉄時代の1969年開業なのであまり関係ないかと。ただし、国鉄時代も沼津まで東京南鉄道管理局の持ち物だったら可能性はあっただろうが・・・。

熱海-富士間[編集 | ソースを編集]

  1. 御殿場線のみならず、身延線もJR東日本だった。
  2. 熱海-富士間と身延線全線が東京近郊区間に入っていたかも。
    • 身延線も大回り乗車に用いられていた。
    • 急行「富士川」の特急格上げは新車ではなく185系のたらい回しで行われていた。
  3. 富士川町が富士市ではなく静岡市に編入されていた可能性も。
  4. 「電力会社との兼ね合いで境界が決まったのではないか」と噂される。
    • 寧ろ静岡鉄道管理局自体がJR東日本に所属していたかもしれない。

熱海-豊橋間[編集 | ソースを編集]

静岡
しずおか
東静岡   安倍川
Higashi-Shizuoka Shizuoka Abekawa
  1. 史実ほどは冷遇されていなかった。
    • いや、首都圏を追い出された113系の天国になっていた。
      • 結局211になる。
  2. 新幹線の対抗策として快速が導入されていた。
    • ここでもグリーン車が導入されていた。
    • むしろ新幹線は名古屋以東がJR東日本になっていた。
      • いや東海道新幹線自体がJR東だったかも。
  3. 特急東海の寿命も延びていたかも?
    • 特急東海は特急ひたちの静岡延長と引き換えに廃止。
    • 東海道新幹線の管轄によるかと。
  4. ここでもE231系だらけになっていただろう。
    • 113系→E233系のような気がする。
    • 静岡以西は流石にE127系だらけになっていたか。
    • 209系が短編成化・便所設置改造されて転用されていた可能性もある。
  5. 18きっぱーは歓喜。
    • そうかなあ。オールロングシートだらけになっていたと思うんだが。
  6. 御殿場線、身延線、飯田線がJR東日本管轄になる。
  7. 静岡県は関東地方扱いされていたかもしれない。
    • 関東甲駿信になっていた。
      • それを言うなら関東甲信静。関東地方知事会の枠組みとして現実にある。
  8. 小田原発や横浜発などが出来てごちゃごちゃになりそうだ…。
    • 乗降客の桁が違うから熱海か沼津で運行は区切られると思われる。最悪小田原より東への直通はなさそう。
  9. この場合JR東海はおそらく存在しない。
    • 名古屋地区はJR西日本だった可能性が高い。
  10. 特急「東海」は今も健在だった。
  11. 駅ナンバリングが熱海〜静岡に導入されていた。
    • なお史実のJR東海でも導入された模様。

熱海-米原間・北陸本線(米原-敦賀間)[編集 | ソースを編集]

大垣
おおがき
垂井   穂積
Tarui Ogaki Hazumi
  1. JR東海は存在せず、史実のJR東海の在来線は三重県内と高山線を除きJR東日本の管轄に入る。
  2. 東海道新幹線は名古屋以東JR東日本・以西JR西日本の管轄になる。
  3. 大垣―米原―敦賀間は交流電化になり、米原に黒磯方式の地上切り替え設備が設置される。
  4. 東海道線名古屋地区の快速にE533系が投入される。
  5. この場合米原はJR東日本管轄、敦賀はJR西日本管轄になる。
  6. 当然ながらJR西日本の新快速は米原で打ち止めになる。
  7. 117系はとっくの前に廃車。
  8. 特急しらさぎはE653系が投入されていた。
  9. JR西日本は金沢と敦賀に投入する521系をステップ付きに、下関地区に投入する521系をステップなしにしていた。
  10. 三河安城駅の在来線部分と金山駅の東海道線部分は史実の常磐線のひたち野うしく駅とほぼ同じ規模で造られていた。ただし安城駅と熱田駅は廃止。
  11. 静岡周辺は駅ホームの嵩上げが行われているが、島田以西は駅ホームの嵩上げが行われていない。
  12. 米原周辺はE721系の交直流版の天国になっている。

京阪神地区(米原-神戸間)[編集 | ソースを編集]

京都
きょうと
西大路   山科
Nishi-oji Kyoto Yamashina
  1. 新快速はまず存在しない。
    • 新快速は国鉄時代からあった。史実ほど強化されていないだけ。
  2. E231帝国になっている。もちろんロングシート。
    • そのせいで私鉄にボロ負けしたので仕方なくボックスシートを追加。
    • グリーン車は国鉄の失敗を繰り返す。
  3. 普通の201系は全部209になっていた。
  4. 普通は昼間も京都まで来ていた。
    • 根岸線のノリで湖西線、草津線、奈良線などにも乗り入れ。
  5. 雷鳥は史実より早く485を置き換え。651とE653になる。
    • はまかぜも然り
  6. 滋賀からの通勤は新快速ではなくライナー的なのを運行。車両は117系。
    • 最近特急になった。
      • したがって史実の「びわこエクスプレス」

に当たる列車は史実より多い。

    • 通勤圏は史実ほど広がらなかった。
  1. ここまできたら本州のJRは一社だった。
関連項目

身延線[編集 | ソースを編集]

富士宮
ふじのみや
源道寺   西富士宮
Gendoji Fujinomiya NishiFujinomiya
  1. 甲府運輸区を拠点として、主に115系により運用。JR東海の車両の定期列車の乗り入れは西富士宮駅までとなる。
    • 115系は中央線と共通運用でスカ色。路線カラーもオレンジじゃなかったかも。
  2. 急行「富士川」は静岡駅への乗り入れをやめ、富士駅(一部沼津・三島駅)発着の快速列車に格下げとなる。
    • その上接続も(ry
    • 逆に甲府スイッチバックで東京~西富士宮になっていた。
      • その場合は特急「みのぶ」だろ。
    • むしろ特急「ふじかわ」に格上げし、静岡発着を三島発着に変更のうえ185系に置き換えられていた。一部は熱海以東で「踊り子」と併結のうえ東京に直通していた。
      • 静岡地区の利用者も多い列車であるため三島発着になる可能性は限りなく低い。
      • おそらく松本の183・189系が使われていた。後にE257系→E353系に置き換え。
        • 「踊り子」のE257系2000番台による置き換えの際、修善寺行の廃止が憂われることはなかった。
  3. この場合、おそらく富士駅構内を除く身延線全線が国鉄時代には東京西局の管轄下にあったということなのだろうが、場合によっては民営化直前に東京南局と静岡局の局界が熱海から富士に移動し、東海道線熱海-富士もJR東日本に承継される。
  4. 50Hz区間がJR東日本、60Hz区間がJR東海となっていた。

北陸本線[編集 | ソースを編集]

富山-直江津間・大糸線[編集 | ソースを編集]

親不知
おやしらず
市振   青海
Ichiburi Oyashirazu Omi
  1. 特急「はくたか」には681系ではなく別の車両が投入されていた。
    • 当然北越急行も。
    • 多分「スーパーひたち」用651系をベースにVVVF制御、最高160km/h対応にした車両となっていた。
      • E653系がこの路線向けに1~2年早く登場(もちろん160km/h対応)。常磐線向けは最高速度を130km/h設計にして「E653系1000番台」などを名乗って導入される。
      • 160km/h運転自体していない可能性が微レ存。
  2. 大糸線(南小谷以北)にはキハ110系が投入されていた。
    • むしろ糸魚川構内も直流電化となり、大糸線は全線が電化される。
    • 1日数往復、糸魚川発着の「あずさ」が運転される。
  3. 高山本線の猪谷~富山間がJR東海に帰属していた場合、富山駅は全国では唯一のJR3社の境界駅となっていた。
    • この場合富山駅はJR西日本の管轄。
    • 北陸本線の富山以西もJR東海に帰属していた場合、富山駅はJR東海の管轄になる。
  4. 常磐線へのE531系投入の際、押し出された415系1500番台の一部は耐寒仕様に改造されてここにやってきていた。一方、比較的温暖な水戸支社管内のローカル運用では2012年現在も415系鋼製車が現役。
    • むしろここにはE721系の交直両用・3電源対応版の車両が投入されていた。
      • なので水戸支社管内は史実通り415系1500番台だらけになっている。
  5. おそらくサンダーバード(雷鳥)と、はくたか(加越)が富山で系統分割されていた(すなわち、はくたかの金沢行きは無い)。
    • 数本はあったかもしれないが、基本そうなる。
  6. 北陸新幹線も富山までJR東日本が管轄していた。
  7. 大糸線では南小谷以北も駅ナンバーを導入。
    • 史実では大糸線の駅ナンバーはJR西日本の管轄区間の1(糸魚川)~8(中土)が欠番になっており、JR東日本管轄だった場合はその区間の駅に1~8の番号が振られるため、南小谷(9)以南の駅ナンバーは史実と変わらない。

糸魚川-直江津間・大糸線[編集 | ソースを編集]

糸魚川
  いといがわ 姫川
梶屋敷 Himekawa
Kajiyashiki Itoigawa 青海
Ōmi
  1. 糸魚川駅のデッドセクションは西側に置かれていた。
    • というか、初めからこのようになっていれば糸魚川地区もJR東日本だったと思われる。
  2. この場合でも新潟県内にJR西日本の路線は存在することになる。
    • 長野県にはJR西日本の路線は存在しない。
  3. 運行形態的にはこちらの方が分かりやすくなっていた。
  4. えちごトキめき鉄道移管は史実通り。
    • 移管後も糸魚川-直江津間では電車が用いられた。
    • あいの風とやま鉄道との乗換は泊ではなく糸魚川で行われていた。
  5. 北陸新幹線も糸魚川までJR東日本が管轄していた。
    • JR西日本は金沢延伸段階では北陸新幹線の運転・車掌業務をJR東日本に全面委託していた。
  6. 新潟-糸魚川間の快速は現在も運行中。

中央西線[編集 | ソースを編集]

中津川
なかつがわ
落合川   美乃坂本
Ochiaigawa Nakatsugawa Mino-Sakamoto
  1. 特急しなのはE351系で運転され、愛称もスーパーしなのになっていた。
  2. セントラルライナーの代わりにホリデー快速が運転される。
    • むしろグリーン車連結。
  3. ラインカラーは水色。
    • これは、嘗て走っていた103系の塗装がスカイブルーだったからである。
    • 名古屋口から4ドアオールロング車が消えることはなかった。
  4. 金山駅は今でも改札は別々。
  5. 名古屋駅の管轄に巡って、問題が起こる。
    • 結局史実通りに東海の管轄に。
    • 会社境界駅は恐らく鶴舞になっていただろう。
    • 東海道本線の車両が神領から締め出されるので恐らく分割民営化直前の転配が複雑怪奇なものになっていた。
  6. 愛知環状鉄道の新車はE231系ベースになる。
  7. 中津川~松本間の普通列車にE127系が導入される。
    • もしくは115系のみの可能性も。
  8. 東日本の管轄区間は旧長野局管轄区間南限の坂下以北、あるいは名古屋都市圏の北端に当たる中津川以北だった可能性もある。
  9. 民営化直後に205が投入される。
  10. 快速の停車駅は年々増え、いまでは定光寺・古虎渓しか通過駅がない。
  11. 通勤快速は快速の通過駅に加え、千種・大曽根・鶴舞を通過。
    • 栄から一番近い千種は通過されないと思う。
  12. 岡崎から愛環経由で名古屋へ至る湘南新宿ラインみたいな列車が運転されている。

飯田線(天竜峡-辰野間)[編集 | ソースを編集]

  1. 急行「こまがね」は特急化の上健在。
    • 「あずさ」の一部に併結されていたかもしれない。
  2. 伊那市にJRバス関東が乗り入れているのを誰も不思議に思わない。
  3. JR東日本長野支社はJR東海と比較的仲が良いため、全線直通列車はこの場合でも存在し続けただろう。
    • しかし一日1往復程度になっていた可能性は否定できない。
  4. 「飯田線秘境駅号」は運行開始当初天竜峡止まりだった。

海峡線[編集 | ソースを編集]

吉岡海底
よしおかかいてい
竜飛海底   知内
Tappi-Kaitei Yoshioka-Kaitei Shiriuchi
竜飛海底
たっぴかいてい
津軽今別   吉岡海底
Tsugaru-imabetsu Tappi-Kaitei Yoshioka-kaitei
  1. JR北海道の営業エリアが北海道内に収まる一方、JR東日本が北海道へ進出することとなった。
  2. JR北海道とJR東日本の境界駅は木古内駅。
  3. 津軽二股駅が存在せず、津軽今別駅で津軽線と海峡線が乗換できることになる。
  4. 北海道新幹線がJR東日本の区間とJR北海道の区間に分かれる。
    • 新幹線でも木古内駅が境界駅。
      • 先例として北陸新幹線の上越妙高駅におけるJR東日本とJR西日本のような状態となる。
      • いや、新幹線は新函館北斗までJR東日本。札幌延伸で初めてJR北海道が新幹線を管轄する。
  5. 北海道最南端の駅がJR北海道ではないというねじれ状態に
  6. JR北海道の旅客輸送量と収入が減少
  7. 直通する為、函館駅でJR東日本の職員が見られるようになる。
  8. 北海道新幹線札幌駅開業には新青森駅通過列車の登場の可能性が更に高まる。
  9. これを例に本四備讃線、山陽本線全線がJR西日本になった。
  10. そもそも青函航路の構想を始めたのは日本鉄道(関東・東北地方の鉄道会社)だったので、むしろ自然といえば自然。

北陸新幹線(上越妙高-金沢間)[編集 | ソースを編集]

高岡万葉
たかおかまんよう
富山   金沢
Toyama Takaoka-Manyo Kanazawa
  1. W7系は生まれなかった。
    • よってH5系の形式名も変わっていたかも。
    • 敦賀開業の時どのみち投入されると言う可能性はどうだろう?白山総合車両基地の所属問題が出てくるだろうけど。
  2. 「つるぎ」が存在したか微妙。
    • 金沢~富山間の特急は全廃されなかったかもしれない。
      • もしくは金沢~富山間にIRいしかわ鉄道・あいの風とやま鉄道が快速列車を運行していた。
    • 金沢~富山間は3セク転換されずJRのままで残ったかも。
      • 経営分離に関しては史実通りだと思う。
  3. えちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインにはキハE130系をベースにした車両が投入されていた。
  4. もちろん全駅にJR東式発車メロディーが導入されていた。
  5. 新高岡駅の駅名が変わっていた。
    • 実際の候補にもあった「高岡万葉」か「高岡飛越能」あたりが採用されていた。
  6. 金沢駅での新幹線・在来線の特急料金の乗継割引はなかった。
    • 逆に上越妙高駅での特急料金の加算はなく、東京~金沢間などでは現実よりも運賃・料金が安くなっていた。
  7. 上越市があそこまで「かがやき」の停車などに躍起になる事は無かった…はず。

北海道新幹線(新青森-新函館北斗間)[編集 | ソースを編集]

  1. 新函館北斗駅は単に新函館と名乗っていた。
    • アレは政治的問題もあるから、東日本でも同じ結果になっていそうな気がする。
      • 「函館北斗」とか「函館大野」とかだった可能性はある。ただ、JR東も命名センスは良いとは思えない…
  2. H5系は誕生していない。
    • E5系の増備分という扱いだった。
      • 札幌開業する頃には全くの新車両が誕生しているだろう。
  3. 開業は早まっていた可能性は…無いか。
  4. 海峡線も木古内まで東日本が管轄していた。
    • 津軽今別駅と津軽二股駅が同一駅になっていた。
    • その代わり、津軽線も青い森鉄道の一部として経営分離されていた。
      • 奥津軽いまべつ駅(津軽二股駅)か、最悪新中小国信号場(旅客営業上は蟹田駅)以北は廃止されていた恐れもある。
  5. 札幌開業後も新函館北斗の全列車停車が保証されることになる。
    • 上越妙高駅のような事例もあるから微妙。
  6. 新函館、五稜郭、函館の各駅ではSuicaが使用可能になっていた。
  7. 函館市内に福岡のカードが進出することはなかった。
    • 普通にSuica・PASMOか、独自カード+Suica片乗り入れなどになっていた。

東海道新幹線(東京-熱海間)[編集 | ソースを編集]

新横浜
しんよこはま
小田原   品川
Odawara Shin-Yokohama Shinagawa
  1. 東北新幹線直通と上越新幹線直通はとっくに実現している。
    • E2系以前より50/60Hz双方に対応できる車両が開発されていた。
  2. 相模新駅の計画ももっと進んでいた。
    • 設置場所も違っていた可能性が高い。
      • 分割民営化により路線の位置を変更するわけじゃないので史実通りかと。
  3. 米原~新大阪もJR西日本になっているような気がする。
  4. 湘南新宿新幹線も実現していた…か。
    • 多分史実で言う上越新幹線新宿ルートだろう。
    • 結局は構想止まりのような気がする。
  5. もちろん当初はふるさと発車メロディーはあった。
  6. 後の上越妙高駅のように、「新幹線の場合は境界駅でも乗務員交代は義務ではない」というようになっていた。
  7. JR東海との関係は史実より良好?
  8. むしろ三島までのほうがいいかも。
    • この場合三島駅はJR東海管轄の境界駅。
  9. ダイヤ改正の度に熱海以西の直通が減らされてゆく…。
    • 新幹線の場合、運転上の境界駅は熱海駅ではなく三島駅だろ。
  10. 東京-大阪が3社に跨るので新幹線の設備を所有する新幹線保有機構という国の機関が存続し、全国の新幹線はNEXCOと同じような上下分離方式で運営されていた。

○○→JR東海[編集 | ソースを編集]

もしあのJR線がJR東海管轄だったら

○○→JR西日本[編集 | ソースを編集]

関西本線(亀山-名古屋間)・紀勢本線[編集 | ソースを編集]

つ Tsu
いしんでん
Ishinden
あこぎ
Akogi
  1. 三重県のJR線は全線JR西日本エリアに入る。
    • 当然名松線と参宮線もJR西日本となる。
      • 名松線は廃止になる。
  2. 快速みえは「伊勢路快速」になる。
    • また、近鉄特急に対抗する為に名古屋~鳥羽に特急が運転される。
  3. JR東海の路線規模が小さくなりすぎる為、代わりに北陸がJR東海のエリアとなった。
    • 東海と西日本の境界は敦賀駅。
    • 北陸は関西との結びつきが強いのでそれはないでしょう。
    • 高山本線の境界駅は終点の富山駅。
  4. 関西本線の亀山~加茂間は電化され、「大和路快速」は名古屋まで延長されていた。
    • それと同時に「名阪快速」に愛称を変更。
      • 停車駅は大和路快速+旧急行かすがになるのかな?
  5. 紀勢本線の亀山~多気間と参宮線・伊勢鉄道も電化される。
    • 「伊勢路快速」は電車運転となり、京都~鳥羽間にも草津線経由で直通快速が運転される。
      • 停車駅:京都、山科、大津、石山、草津、貴生川、柘植、亀山、松阪、多気、伊勢市、二見浦、鳥羽
    • 既に伊勢鉄道があるため、ここに出資する形で桑名~津を上下分離方式で複線電化・第2種事業者となるんじゃないだろうか。
    • 愛知県内も複線化しようとするが、岡山県の瀬戸大橋線同様、県が難色をしめす。
      • 西名古屋港線の直営旅客化の約束と引きかえに県と名古屋市に出資させる。
        • 現「あおなみ線」は「なごや西線」としてJR西日本の路線として開業。車両は103系・201系が使われるが、運賃がJR水準で他のJR線とも通算となるため、現実より利用者が多かった。
  6. 特急「南紀」は、山陰線「あさしお」電車化で余ったキハ181系に置き換え後、暫く放置プレイ状態。
    • が、2004,5年頃にキハ187系2両編成の「スーパー南紀」に生まれ変わる。勿論費用はほとんど三重県持ち。
      • 振り子式なので、現実の「ワイドビュー南紀」より少々所要時間は短い。本数も、2両編成なので輸送力不足にならないよう2時間に1本程度に増発。
    • かすがは廃止されるかと思いきや、キハ189系によって置き換えられる事となり特急化するかもしれない。
    • 伊勢鉄道が智頭急行の成功を倣い、HOT7000形ベースの新車を製造するかもしれない。
  7. 名古屋車両所はJR西日本の所属となるため、武豊線の運行は線内折り返しが殆どとなり、早朝、深夜に岐阜と大府の間を送り込み運用によって行われる形となる。
    • 電化されるのはもっと早かったかもしれない。
  8. 米原―大府間と武豊線もJR西日本管轄になっていたかもしれない。
  9. 競合私鉄が近鉄である以上これでも良かったかもしれない。
  10. 参宮線が路線記号導入対象になるとすると路線記号がひっ迫する可能性がある。
関連項目

山陽本線(下関-門司間)[編集 | ソースを編集]

  1. 門司駅の構内まで直流電化されていた。
    • しかし門司港方面はJR九州なので、門司駅自体の管轄はJR九州。
  2. JR西日本の直流電車(103・115系など)が門司駅まで乗り入れていた。
    • 山陰本線の気動車列車も一部が門司あるいは小倉発着が残されていた。
  3. JR九州の車両は全列車門司港発着に。
    • ↓のように521系が下関地区に投入されていた場合、JR九州との相互直通運転が継続されていることから、415系が新山口あるいは宇部あたりまで乗り入れている可能性がある。
  4. 521系交直流近郊型電車が下関地区にも投入され、一部は門司からJR九州に乗り入れて小倉方面に直通する。
    • 下関方面から小倉への直通列車を運行するため。
  5. 下関地区の117系は521系に置き換えられて廃車。

予讃線(香川県内)[編集 | ソースを編集]

  1. 香川県と岡山県が放送エリアや橋を通じて一体的であるためJR西日本エリアに
  2. 瀬戸大橋線も全線がJR西日本となる
    • このためマリンライナーはグリーン車も自前で作るか、そもそも213系のまま。
  3. 快速マリンライナーは新快速、快速サンポートは快速又は区間快速になる。
  4. そもそもJR四国が存在せず、四国もまとめてJR西日本だった可能性も。

東海道本線[編集 | ソースを編集]

米原-大垣間[編集 | ソースを編集]

  1. ローカル列車は521系だらけになっている。
    • 521系の投入前は117系のJR西日本車と117系のJR東海車との共演も見られた。
  2. JR東海も521系を所有して相互乗り入れ。
  3. 関西地区の新快速に大垣発着ができていた。
    • そもそも敦賀直通が湖西線経由のみでしか行われていない可能性も考えうる。
      • その場合は東海道線の大垣~米原の路線記号が「A」、北陸本線敦賀~米原が「B」となり、他の路線は路線記号がずれる。(O以降の路線記号になっている路線は史実通り)
  4. それでも大垣駅の管轄はJR東海である。

米原-熱海間[編集 | ソースを編集]

金山
かなやま Kanayama
おとうばし
Otōbashi
あつた
Atsuta
  1. 名古屋地区は223系の天下。
  2. 京阪神地区の新快速は当然ながら名古屋まで乗り入れている。
  3. 米原口の普通列車は521系だらけに。
  4. 静岡周辺はいまだに117系が健在。
    • 快速でもない限り117系の転用はないだろう。恐らくN40改造・単色化して113系を使い続ける→最近になって227系投入、って感じか。
  5. 米原―熱海間直通の普通列車は、521系化された現在も健在。
  6. 東海道新幹線は、全線JR西日本の管轄になっていた。
  7. JR東海は存在しない。
  8. と言うか、JR東海は新幹線専用の企業でしょ。在来線も東海地方はJR西日本。
  9. 静シスの113系、115系は湘南色のままであるが車内のアコモが湖西線や草津線と同一のデザインになった。
    • 当然ブルーシートは無くなる。
    • 2000番台は体質改善を行われ、カフェオレ色に塗り替えられた。
    • 晩年は魔緑に改められた。
      • そちらは117系にも実施された。

高山本線・太多線[編集 | ソースを編集]

猪谷-岐阜間・美濃太田-多治見間[編集 | ソースを編集]

  1. 高山線にはキハ121・126系気動車が投入されていた。
  2. 日中の太多線はキハ120だらけになっている。
  3. それでも岐阜駅と多治見駅はJR東海管轄である。

米原-岐阜-猪谷間・美濃太田-多治見間[編集 | ソースを編集]

  1. 岐阜駅はJR西日本管轄、多治見駅はJR東海管轄になる。
  2. 中央西線を除く岐阜県内の在来線がJR西日本の管轄下に入る。
  3. 大阪始発の「ひだ」が増発していた。
    • そもそも列車名が「ひだ」にならなかったかもしれない。

下呂-猪谷間[編集 | ソースを編集]

  1. 飛騨地方は現実より北陸の雰囲気が濃くなっていた。
  2. 北陸新幹線開業後、富山-高山間に連絡列車が走っていた。
    • これが「ぬくもり飛騨路号」になっていたかもしれない。
  3. 「ひだ」大阪編成は西日本管内から東海管内を経由して再び西日本管内に戻るという変則的な運行をしていた。
    • もしかするとこちらは別の列車として独立し、JR西日本所属車両が使用されていたかも。
  4. 「君の名は。」記念TOICAは登場しなかった。
    • 代わりに記念ICOCAが登場していたかも。

北陸新幹線(長野-上越妙高間)[編集 | ソースを編集]

  1. 境界駅と運転士の交代駅が一致しているので、色々と問題が起こることは無かった。
    • 一方で「長野から会社が違うなら長野新幹線の名を残せ」という要望が史実よりも強かった可能性大。
      • おそらくそれが通り、JR東日本区間は「長野新幹線」のままになっていた。
        • 「東海道・山陽新幹線」のように「長野・北陸新幹線」という呼び名が生まれていた。
        • 「飯山は長野県じゃないのか」というツッコミが入るが、北海道新幹線奥津軽いまべつ駅同様考慮はされない。
  2. 厳密な境界点は長野新幹線車両センターとの分岐点になるので、長野駅はJR東日本管轄のままだと思われる。
  3. 経営転換に関してはおそらく史実通り。
  4. JR東日本が「しらゆき」の運行に消極的になっていたかもしれない。
  5. 飯山線(豊野〜飯山間)がJR東日本のままでよいのか問題になった。
    • JR東日本のままか、JR西日本に移管するか、はたまたしなの鉄道に移管するか。
    • JR東日本のままだった場合「在来線はJR東日本、新幹線はJR西日本」という珍しい駅になった。
    • 逆に長野~直江津間の経営分離が認められず、この区間も信越本線のままだった。

東海道新幹線(米原-新大阪間)[編集 | ソースを編集]

  1. 北陸新幹線のルート問題は米原ルートで決着…と思いきや、保安システムの関係などから史実通りになる。
    • それでもできるだけ二重投資にならないような案を策定していた。
  2. 山陽新幹線の列車の一部が米原始発になっていた。
    • 設備の問題から京都で折り返しが出来ないので、米原で「のぞみ」が「のぞみ」を追い抜く光景が見られた可能性もある。
      • その代わりに直通列車の乗務員交代は京都で行われていた。
  3. 運転上の境界駅は名古屋駅になる。

○○→JR四国[編集 | ソースを編集]

瀬戸大橋線・宇野線[編集 | ソースを編集]

ちゃやまち
茶屋町
Chayamachi
くぐはら
Kuguhara
うえまつ
Uematsu
(岡山県倉敷市)
  1. マリンライナーは現在も213系で運用、あるいは6000系をベースとした新車で運用。どっちにしても223系ベースのマリンライナーは走っていなかった。
    • マリンライナー撤退後の213系は宇野線普通・高松近辺で運用。
    • 6000系のようにJR東海の313系がベースの車両となっていた。
  2. 宇野線も121系・6000系・7000系で運用。
  3. JR四国の本社は高松ではなく本州の岡山にできていた。
    • 現実通り普通に高松に置かれていたかもしれない。
  4. クモハ84が未だ現役。
    • むしろ登場していない。茶屋町-宇野は111系、その後113・6000系で運行されていた。
  5. 駅ナンバリングはこの線にも例外なく行なわれている。
  6. とっくの昔に岡山~茶屋町は完全複線化されている。
    • お金のないJR四国がそんなことできると思うか?それに岡山市が複線化に消極的だし。
    • むしろ宇野線(茶屋町~宇野間)は最悪廃止された可能性も。
  7. ICOCA導入は遅れていた。
    • 下手すると未だに一切導入されていない。
  8. 「宇野みなと線」の愛称は導入されていない。

○○→JR九州[編集 | ソースを編集]

山陽本線(下関-新下関間)[編集 | ソースを編集]

はたぶ
Hatabu
幡生
 
しんしものせき
Shin-Shimonoseki
しものせき
Shimonoseki
  1. 新幹線の接続部分までをJR九州が担当
  2. 近距離で見ると山陰本線が飛び地のように見える。
  3. 境界駅は新下関駅だが、運転系統上は幡生駅も境界となる。
  4. 実際、JR九州が下関駅まで伸びているのであまり違和感が無い。
    • 山陽新幹線が博多駅までJR西日本の管轄である方が違和感あるようになる
  5. あえて新下関駅から在来線特急で鹿児島中央まで行く旅行プランができるかもしれない。
  6. この路線にもナンバリングが実施される。ただし史実と違って鹿児島本線とは別の路線記号となる。

山陽新幹線(新下関-博多間)[編集 | ソースを編集]

  1. 九州新幹線の列車の一部が新下関始発になっていた。
    • ただし直通列車の乗務員交代は小倉駅で行われていた。
  2. 運転上の境界駅は広島駅になる。
  3. 博多南線もJR九州の管轄になる。