もしインターネットが○○だったら

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独立済み[編集]

あの時代から普及していたら[編集]

全般[編集]

  1. 1492年以前から存在していた場合、アメリカ大陸へのヨーロッパ人の到達が早まった。
  2. 「寛容」という美徳がもっと古くから衰退していた。
    • 場合によっては「寛容」という言葉自体存在しなかったかも。
    • 戦争や虐殺事件がもっと増えていた恐れもある。
  3. ネットが局地的に発達していたとしても、全世界(全地球/全宇宙?)的に発達するのは遅かったのかもしれない。
    • 特に文字がない地域ではヨーロッパ人などが到来するまで存在することすらできなかった。

旧石器時代[編集]

  1. ナウマンゾウなどを追ってきた人たちがそのままネットのケーブルを引き、日本のインターネットの黎明期となる。
    • 相沢忠洋は岩宿遺跡で打製石器によって切断された様なケーブルを発見していた。
  2. 効率の良い打製石器の作り方を記したサイトが乱立していた。
  3. 氷河時代の終わりの海面上昇により、海底ケーブルを敷き直すことになる。

縄文時代[編集]

  1. いわゆる「世界四大文明」の地では早くからネットの利用が行われていた。
  2. エジプトではナイル川の氾濫などの情報をネットで瞬時に全土へ連絡できた。
    • ネットで用いる簡単な文字が必要になりデモティック(民衆文字)の誕生が早まっていた。
  3. ハンムラビ法典がウェブ上でデータベース化されていた。
  4. 日本ではまだ文字が伝わっていなかったためネットは利用できなかった可能性が高い。

弥生時代[編集]

  1. 文字が使える渡来人の上陸により日本にもネットが伝わる。
    • ただし当時はもっぱら支配階級のものだった。
    • 邪馬台国の公式HPは全体的に魏を意識した感じ。
    • 一般人向けにネット動画の利用(まじないの生中継など)が行われていたかもしれない。
  2. 中国では春秋戦国時代に諸子百家がそれぞれ公式サイトを立ち上げ自らの思想を広めようとしていた。
    • しかしそうしたサイトは始皇帝による「焚書坑儒」の一環でことごとく潰されてしまう。
      • それによりネット全体が一時期衰退していたかもしれない。
      • 漢の時代になってようやく元のにぎやかさを取り戻す。
  3. ギリシャでも文化の発達に伴いネット文化が隆盛を極めた。
    • ウェブ上で違うポリスの人と哲学などについて討論することもごく普通。
    • 古代オリンピックのネット配信も行われていた。
      • いわゆる「オリンピック停戦」もネット上で即日全ギリシャ世界に伝えられていた。
    • 陶片追放もウェブ化されていた。
  4. ローマ帝国による支配の拡大とともにヨーロッパの北の方や北アフリカの西部でもネットが使えるようになった。
    • ローマ道の建設工事では光ファイバーケーブルの敷設も同時に行われた。
    • ネットショッピングや動画配信が存在していてもおかしくなさそう。
    • 古代ギリシャのものを継承していたらローマ帝国でギリシャ語が史実以上に高い地位を得ていた。
  5. キリスト教の拡大にもネットが一役買っていた。
    • イエス・キリストの教えが本人が語る映像で広められた。
    • 聖パウロは伝道の旅の模様をSNSを通して発信。

古墳時代[編集]

  1. 地方豪族がネットを介し中国や朝鮮半島の有力者とつながることも普通に行われていた。
    • ブログか何かで墓や埴輪を自慢する首長もたくさんいた。
  2. ヤマト王権では早くからIT技術者も「○○部」の一つとして取り込んでいた。
  3. 西ローマ帝国の衰亡とともに西地中海地域ではネット普及率がガタ落ちに。
    • 一方東ローマ帝国では国家体制がしっかりしていたためさしたる影響はなかった。

飛鳥時代[編集]

  1. 日本での地方への仏教伝播にネット動画が大きく寄与した。
    • 法隆寺や飛鳥寺などの大伽藍の映像を見て仏教にかぶれる有力者が相次いでいた。
    • 地方でも「大和に負けない立派な仏像を作ろう」として仏像らしきものを作る人が出ていた。
  2. イスラム教そのものの誕生直後から過激派が出現していた。
    • 特に預言者ムハンマドの没後は歯止めが利かなくなり内ゲバも相次いだ。

奈良時代[編集]

  1. 遣唐使の唐滞在をまとめたブログが人気を集める。
  2. 日本最古のウェブサイトはやっぱり古事記。
  3. 風土記がChakuwikiと化す。
    • 着夷記
  4. 唐の詩人たちは自らの作品をこぞってネット上にアップしていた。
  5. この頃から中国と西洋のネットを繋ごうという試みが始まる。
    • トルコ人やペルシャ人がかなり頑張っていた。
    • タラス河畔の戦いを機にイスラム圏に流入する。それでもキリスト圏にネットが入るのはルネサンス頃だったりして。

平安時代[編集]

  1. 藤原家のページばっかり。
  2. 後期は平氏のページが乱立。源氏に対する誹謗中傷がひどい。
    • しかし壇ノ浦の戦の後、平氏のページは全て閉鎖。
    • 「平家にあらずは人にあらず」と言う事で、源氏のサイトは全てネット検閲により閲覧不可となっている。
  3. グーグルアースで義経を追跡。
    • 人工衛星があればね。
  4. 源氏物語・枕草子はブログ。
  5. 史実では散逸してしまった文学作品の一部がネット上に残っている。
  6. 紀貫之・藤原実資・九条兼実は人気ブロガーとして知られる。
  7. 動画サイトに「後白河法皇が今様を歌ってみた」というコンテンツができていた。
  8. 唐の滅亡が早まったかも。
    • 黄巣の乱に相当する反乱がSNSの影響によりもう少し早く始まっていた。
  9. アッバース朝イスラム帝国では古代ギリシャやローマの文献をアラビア語に訳したものがネットに大量に上げられていた。
    • 科学などの研究がさらに進んでいた。
    • 「知恵の館」公式サイトには国内外から多くの学者がアクセスしている。
  10. 十字軍の参加者募集は基本的にネットで行われていた。
    • その一方でイスラム圏のハッカーによる十字軍関連のサイトへの攻撃も激しかった。
  11. 靖康の難の知らせはSNSでやり取りされていた。

鎌倉時代[編集]

  1. 源氏滅亡後は、執権の北条氏が管理権を掌握。
  2. 元寇の知らせも全て電子メールでやり取りされる。
  3. 日蓮や親鸞がブログを開設している。
  4. 旧仏教系のサイトが日蓮宗の信徒に攻撃される。
  5. モンゴル帝国がユーラシア大陸を征服した事によって盛んになった東西交流がもっと盛んになっていた。
    • マルコ・ポーロの中国(元)滞在を書いたブログが人気を博していた。
    • 東方見聞録はウェブサイトになっていた。
      • 実際には中国に行っていないという説を採用するならネット上で拾った東洋の情報であたかも実際に行ったかのようにふるまえた。
    • 交易路の情報もネット上に出回り商業取引もさらに活発化した。
    • この時代にアジア各地を結ぶ情報通信網が完成していた。
    • その一方でイスラム圏の各都市が征服された際には無数のサーバーが破壊され多くの情報が失われた。
      • バグダードの戦いの後には「投げ込まれたサーバーの残骸でチグリス川の流れが止まった」とすら伝えられている。
  6. モンゴル帝国来襲の知らせはSNSでやり取りされていた。
    • 結果、モンゴル帝国の来襲により壊滅した都市では避難して生き残った人もいた。

室町時代[編集]

  1. 連歌関連サイトがブームになる。
  2. 応仁の乱の時には足利義政の憂鬱ブログが大ヒット。
    • 応仁の乱の時に大規模なサイバー戦が発生した。
  3. 「南朝の残党」を名乗るハッカーがよく出現していた。
  4. 永享の乱の後、関東地域のネットの検閲等は上杉家が掌握していた。
  5. 足利学校はウェブで授業を行っていたかもしれない。
  6. 一休さんもブログを開設している。内容は史実をありのままに書き連ねたものかと。
  7. 明ではオイラートへの悪口が大量書き込まれたサイトが。
    • 土木の変の時に大量に作成されていた。
  8. 百年戦争ではジャンヌ・ダルクの奮闘が側近により日々ネットに上げられる。
    • それによりフランス側の戦意が高まりもっと早くけりが付いていたかもしれない。
  9. ルネサンスはイタリアで始まってから数年以内にヨーロッパの広い地域へ広まっていた。
    • ダ・ヴィンチが設計した機械を実際に作ってみた人も確実にいたはず。
    • 当時ヨーロッパ最大のプロバイダを経営していたのはメディチ家。
  10. 鄭和はSNSで自らの航海の近況を発信していた。
  11. ヨーロッパで発生したペストの大流行の際には関連する玉石混交の情報が乱れ飛んでいた。
    • うまくすれば予防法が広まり難を逃れた地域が増えていた。
    • ただしポーランドのような史実では大丈夫だった地域もネットの情報による感染地域からの人口移動やデマなどのせいで汚染されていたかもしれない。
  12. 1453年のコンスタンティノープル陥落の時には全欧州的な規模で「トルコ憎し」の声が上がっていた。
    • だが実際に行動を起こす人間は皆無だった。

戦国時代[編集]

  1. 戦いのためよく落ちる。
    • 敵側のサイトには接続できなくなる。
    • サイバー空間での荒らしやハッキングも現実世界での合戦同様壮絶を極めた。
    • サーバーは各家ごとに分けられ、別の家に接続するには別途料金がかかる。
      • 信長がおそらくこの文化を壊し、日本全土を一律料金で接続できる制度を作る。
  2. のろしは要らない。
  3. 怪文書がよく流れる。
    • 「松平信康は武田方と内通している。」
  4. 信長は海外のサイトから鉄砲を大人買い。
    • その後、楽市・楽座の制度にネット通販サイトを適用した。
      • 後の楽天市場である。
  5. 内通承諾のメールを誤って主君に送ってばれてしまい打ち首。
  6. 大航海時代には「コンキスタドールの船の次に海を渡るのはケーブルを敷く船」と言われるくらいの速さで新大陸にもネットが上陸していた。
    • トルデシリャス条約やサラゴサ条約ではスペインとポルトガルのどちらがある地域のネット網を整備するかも決められていた。
  7. ネット上での密告が原因でスペイン異端審問の犠牲者はもっと増えていた。
  8. 宗教改革の拡大に役立ったのは活版印刷ではなくインターネット。
    • ルターは贖宥状を販売するローマ教皇庁の公式サイトを見て憤り自らのサイトに「95ヶ条の論題」を掲載した。
  9. 明ではアルタン・ハーンの北京包囲の時に北京にサーバーを置くサイトのサーバーがピンチ状況になっていた。
  10. 洋の東西を問わずネットオークションで平然と奴隷の取引が行われている。
  11. インターネット上で「天下を取る人と天下を取る時期」の予想も行われた。

安土桃山時代[編集]

  1. 明智光秀は本能寺で織田信長を討った旨、メールで毛利方に送信したつもりが、なぜか羽柴秀吉に誤送信してしまう。
  2. 初期の頃はキリシタン向けサイトが流行るが、秀吉が禁教令を出してからは闇サイト化する。
    • 隠れキリシタンの密告メールが飛ぶ。
  3. 千利休の処分に関して「助命嘆願メール」と「糾弾メール」が同時に飛び交う。
  4. 茶会の誘いもメールで行われ、その時の様子が大名や公家のブログの話題となる。
  5. グレゴリオ暦の採用が早かった国と遅かったところの間で何らかの問題が生じていた。
    • 場合によってはネットへの影響を考慮して移行が遅れていたかもしれない。
  6. 南蛮かぶれの大名は自らラテン語やスペイン語を学び欧州の情報を手に入れようとしていた。
    • コペルニクスの地動説など革新的な思想がもっと早く日本に伝わっていた。

江戸時代[編集]

  1. 徳川将軍のページばっかり出る。
    • 武家諸法度はネット上で大名に伝えられた。
    • 生類憐れみの令も槍玉に挙げられる。
    • 「nobunaga」、「hideyoshi」といったドメインやIDは凍結されている。
      • 「mitsunari」もNG。
    • 江戸城周辺と京都は防衛上の都合で地図掲載されない。
    • 歴代の将軍毎にメールマガジンが配信される。
  2. キリスト教のサイトが幕府を悩ませている。
    • 豊臣の末裔と名乗るハッカーが幾度となく出現しては混乱させる。
  3. 吉宗は目安箱をネット上に設置。
    • 迷惑意見(スパムメール)に悩まされる。
  4. 杉田玄白はインターネットで蘭学を学ぶ。
  5. 大奥の人たちにとっては格好の暇つぶし。
    • 2ちゃんねらーがいっぱい。…嫌な大奥だな。
      • 2ちゃんねるより発言小町。もっと嫌な大奥だ…
    • いつの時代もスイーツ(笑)。
    • 大奥は大人向けの有料コンテンツ「女春画」を始める。
    • 絵島と生島のやり取りはメール。絵島・生島事件は絵島が間違った相手にメールを送信したことが発端となる。
  6. 瓦版よりインターネットだ。
    • 但し元服修了書がないと使用不可能。
    • 瓦版はマスゴミ扱い。
    • ネット喫茶ならぬネット茶屋がある。
    • 奉公先はネットで探す。
    • 関所毎に突破しやすいか否かの難易度のランク付けがある。
  7. 平賀源内はIT関連の事業で成功する。会社の名前はもちろん「エレキテル」
    • 土用の丑の日の宣伝ももちろんネットで。
  8. 江戸や上方、幕府直轄地には優先的に高速通信網やワイヤレス通信網が整備され元禄期には成熟している。
    • 18世紀後半には全国的な高速通信網が整備されている。
  9. ネットゲームは「徳川の野望」、「徳川無双」、「ヒデヨシクエスト」、「軍馬でGO!」、「シムシティ・オエド」などが人気。
    • 実名版の相撲ゲームも当時から存在している。
  10. バーチャルお伊勢参りが流行る。バーチャル参勤交代は禁止。
    • 実際に旅に出る場合は旅籠のネット予約が重宝された。
    • 大河川の川留め状況もネットで確認。
  11. 川柳や狂歌のサイトが繁盛する。
  12. 伊能忠敬は日本地図作成の進行状況を自身のブログで紹介していた。
  13. 吉原関連のサイトが賑わう。
    • 見世の公式サイトや遊女のファンサイトがつくられる。
    • 遊女自ら開設したサイトもあるが、本音を書くことはできない。
      • うっかり(あるいはあえて?)本音を書いてしまう遊女がいて、ネットでの「吉原炎上」騒ぎが起きたかも。
    • 初心者に遊びの基本の基本を紹介するものから、達人同士が情報交換をするものまで「吉原指南」のサイトも様々。
      • 野暮な質問をするとバカにされる。
  14. かぶき者が自らの無法行為や乱暴狼藉を動画サイトやSNSで自慢ししばしば問題になる。
  15. 浮世絵の画像が大量に貼られる。
  16. 飛脚の書簡を届けるお仕事は減るかわり、通販による物流のお仕事は大幅に増えていた。
    • 一部のネット通販事業者は自前で廻船を保有していた。
  17. 江戸や上方で誕生した新しいファッションや料理などの情報がすぐさま全国に広がっていた。
  18. 田沼意次の時代に大発展するが、松平定信が老中になると二次元含めて禁止されまくる。
  19. 西欧での市民革命やアメリカの独立が早まった。
    • アメリカ独立戦争とフランス革命がほぼ同時に発生していた可能性あり。
    • ナショナリズムを活性化させウィーン体制を壊したのもネットの力によるもの。
    • 市民革命を恐れる国ではネット検閲がかなり強化されていた。
  20. 明の滅亡が早まったかも。
    • 李自成の乱に相当する反乱はSNSでやり取りされていた。
  21. 日本では19世紀初めの時点で識字率の高さもあり世界トップクラスのネット普及率を誇っていた。
    • ただし一般庶民はPCではなくタブレットを使う場合がほとんど。
  22. SNSで自分のものではない初鰹を入れて自撮りし自分が食べるかのように装う江戸っ子が続出。
  23. イギリスやフランスなどの大国はブラウザなどで自国のものを広めようと躍起になっていた。
    • 最終的にイギリスが制している気がする。
      • 後世の歴史家に「インターネットなしに大英帝国は成立しなかった」と称されていた。
  24. 清の西域への領域拡張が史実より盛んだった。
    • 雍正年間の内にジュンガルを滅ぼして新疆を支配下に入れ、乾隆年間にヒヴァ、ブハラ、コーカンドの3ハン国を滅ぼし、中央アジア全域を支配下に入れていた。
  25. 17世紀にはネット上でも魔女狩りが壮絶だった。
  26. 史実で活躍した音楽家が動画サイトで公式チャンネルを持っていた。
    • 特にモーツァルトあたりはネット動画のおかげでさらなる名声を得ていた。
  27. ウェブ上の取引を介しチューリップ・バブルの影響がオランダ国外まで及んでいた。
    • 南海泡沫事件でも似たような展開が予想される。
  28. 現実のSkypeのような通話サービスを用いて後世におけるサミットに相当する主要国の首脳会談が行われていた。
    • オーストリア、オスマン帝国、スペイン、スウェーデンといった今とは違う国も参加している。

幕末[編集]

  1. 各地での内戦や黒船来航、大政奉還はネットで動画配信される。
  2. 安政の頃には井伊直弼を誹謗中傷する書き込みが氾濫。
    • 井伊直弼は桜田門外で殺される前に大老失脚。
  3. ようやく「.jp」以外のドメインが開放される。
    • その前は日本だけだから、「.jp」ではなく、「、にほん」になりそうけど
      • 開国前の日本が使っていたインターネットの基本システムがオランダ製なら「.jp」が普通に使われていたのでは。
  4. 徳川家サイトに薩摩・長州からサイバー攻撃が度々行われる。
  5. 新撰組の仕事に新政府軍系サイトの検閲が加わる。
  6. 開港地に限り海外のサイトの閲覧が解禁される。
    • 長崎-香港を結ぶ光ケーブルがイギリスあたりの会社の手により敷設される。
  7. 太平天国の乱はSNSでやり取りされていた。
  8. アメリカではカリフォルニアでの金鉱発見のニュースがさらに広範囲に伝わっていた。
    • 最終的に政府が西海岸への過剰な移住を規制しなければならなくなっていた。

明治時代[編集]

  1. かっこいい散切り頭を紹介するサイトが数多く立ち上がる。
  2. 新政府のプロパガンダに多用されること間違いなし。
  3. 自由民権運動が史実よりも活発になり、大日本帝国憲法の発布と帝国議会の発足が早まった。
  4. Eメールの管理が逓信省管轄になる。
  5. 風刺雑誌『団団珍聞』は公式サイトにも多くの風刺画を載せ人気を博していた。
  6. ハレー彗星の画像や動画が多数アップされる。
  7. 清の滅亡が早まったかも。
    • 辛亥革命に相当する革命はSNSでやり取りされ、史実より早く起こった。
    • ロシア革命も早まっていた可能性あり。
  8. この頃には主要な航路の客船は全てWi-fi完備。
    • あのタイタニック号ももちろん例外ではなかった。
  9. 「世界初の動力飛行」を目指すチャレンジをネットで生中継し大恥をさらす人が続出。
  10. アメリカでは大陸横断鉄道よりも先に大陸横断ケーブルが敷かれていた。
  11. 近代オリンピックは第1回から全競技公式ネット配信あり。
    • クーベルタンの性格からして「これで世界中の若人に見てもらえる」とネットでの情報配信には積極的だったと思われる。
  12. この時代にはイギリスのシステムエンジニアの多くがインド人になっていた。
  13. ネットを通して世界各国の情報を知ることができるため万国博覧会が19世紀のうちに消滅していたかもしれない。

大正時代[編集]

  1. 大正デモクラシーの運動がネット上でも盛んに行われていた。
    • 運動そのものも史実よりも活発だった。
    • 3・1独立運動や5・4運動もネットを介して拡大していた。
  2. 大日本帝国憲法が改正されていたかもしれない。
    • 大正時代のうちに普通選挙が実現していたかもしれない。
    • ひょっとしたら平和主義が憲法に盛り込まれ、太平洋戦争が回避されていた可能性がある。
      • まだ日本が負け戦を経験していないのでその可能性は皆無では。
  3. 米騒動はネットを利用して広まる。
    • 史実以上に激しく、大規模なものとなっていた。
    • あるいは政府がネット上の動きを察知して対策を講じたため史実ほどの規模にはならず、昭和初期頃には忘れ去られていたかもしれない。
  4. 関東大震災で数日間ネットが不通になる。
  5. ロシア革命によりソ連では海外のサイトが閲覧不能になった。
  6. マハトマ・ガンディーなどアジアやアフリカの植民地独立を目指す運動家はSNSなどで自らの理想や近況を発信していた。
    • 宗主国政府のネット検閲を回避するためサーバーはアメリカなどに置かれていた。
    • 朝鮮の独立運動家のサイトのサーバーは中国に置かれていた。
  7. 映画産業はそこまで発達しなかった。
    • チャップリンや尾上松之助も早い時期にネット動画へと活動の場を移していた。
  8. サラエボでのオーストリア皇太子夫妻殺害事件の瞬間がネットで生中継され史実以上に世界を騒然とさせていた。
    • 意外と早い段階でイギリスあたりが介入し世界大戦が避けられていた可能性もゼロではない。

昭和元年~終戦[編集]

  1. 戦争で回線はめちゃくちゃに…
  2. 在日犯罪が早い段階で暴露される。
    • ありもしない「在日犯罪」を捏造して捕まる馬鹿者が出る。
    • 在日ではなく「鮮人」だろう。いずれにせよ朝鮮叩きは行われていた。
  3. 開戦直前になると日本が治安維持法の為民間用の回線をすべてカットする。
    • ネット検閲でいいだろ。
      • 戦況が悪化すると大本営以外のサイトが明確に禁止される。場合によっては地方へのケーブルが供出されていたかも。
  4. 社会主義者や朝鮮半島独立論者が政府関連のサイトに攻撃を仕掛けている。
  5. ネットにより第二次世界大戦の劣勢が伝えられたので、現実には1945年8月の終戦が半年~1年ほど早まっていた可能性がある。
    • 空襲で回線が寸断され、地域ごとにばらつきが出る可能性もある。
  6. 軍部を批判すると「おや、誰か来たようだ」が現実のものとなり、憲兵や特高がやって来る。
    • そして「うわなにをするやめrくぁwせdrftgyふじこlp」も現実のものとなる。
  7. 一般人が軍の機密をネットに書いてしまう事件が起きる。
    • 客として軍人が来た飲食店や旅館などの従業員、兵営や軍需工場、軍用列車などの様子を偶々見かけた一般人がうっかり…という感じか。
  8. 死のう団はネットを利用して組織を拡大。史実よりも更に大きな事件を起こしていたかもしれない。
  9. 1941年11月までにアメリカと戦争しても勝てないことが分かり、真珠湾攻撃がなかった可能性もある。
  10. SNSなどを通し早いうちに李香蘭の正体は日本人であることが明るみに出ていた。
  11. ドイツ国内のサイトは全てナチスの監視下に。
    • 英米など自由主義国のサイトは「退廃的」「ユダヤ的」などとみなされことごとく閲覧不能に。
      • 日本でも国家総動員法が出た頃に海外サイトの閲覧制限が行われていた。
    • そもそもナチス自体ネットを利用して勢力を伸ばしている。
  12. 2・26事件や5・15事件を首謀した皇道派の革新官僚達がネットで圧倒的な支持、後のネット右翼になる。統制派により圧力が加わり表現規制反対と喚き散らしながら陸軍の中で在日認定合戦が勃発、昭和天皇が陸軍掲示板閉鎖を断行する。
    • 当時罵るなら「アカ」「米英の手先」などの方が自然。
    • 「馬鹿野郎」ならぬ「アカ野郎」という言葉があった。
  13. 戦時中には各国で「国家の敵」「敵国のスパイ」叩きが過熱。
    • 殺害に至る事例も珍しくなかった。
    • アメリカではドイツ系やイタリア系も強制収容所に入れるべきだという意見が強くなっていた。
  14. 1940年の東京オリンピックを返上するか否かネット上で大議論に。
  15. 世界恐慌が原因でソ連以外では多くのIT企業が潰れていた。
    • そのソ連でもスターリンによる大粛清の一環で都合の悪いサイトが管理者もろとも消されていた。

昭和20年代[編集]

  1. ネットでも闇市が展開される。
  2. 占領中はGHQによる大規模な検閲が行われていた。
    • GHQに対し批判的なサイトは即閉鎖。
    • レッドパージと並行して共産党系のサイトが次々と閉鎖される。
    • ネット検閲のためさらに多数の検閲者が必要になっていた。
      • 一部はアメリカ国内の日系人を使ってアメリカから行っていた。
  3. 法隆寺金堂壁画や金閣寺の焼失前の姿が鮮明に記録されていた。
  4. 原水禁運動の拡大にもネットが一役買っていた。
  5. 警察予備隊のページが再軍備反対派に攻撃されていた。
  6. NHKラジオの人気番組のサイトが賑わう。
    • 「日曜娯楽版」の投書や「とんち教室」の「宿題」等はネットで作品を募集。
    • 「尋ね人」はラジオでも放送しているがネットが中心に。
  7. 近江絹糸争議では「ネット閲覧の自由」「メール監視の停止」も会社への要求の中に入っていた。
  8. ネット世論の左傾化を懸念した進駐軍参謀二部が暴力団を束ね保守系政治の影になる「政商」を育成。政商と配下のヤクザによる新たなシノギとしてネット上に保守系まとめサイトとエロ広告が溢れる。
  9. 憲法21条(表現の自由)の信者が現実の9条並にいた。
  10. ドイツや朝鮮の分断によりドメインをどうするかが問題になった。
    • 左右でサーバーが分断されると思うので普通に同じドメインを使っていたかもしれない。
      • しかし統一された場合ドメイン(サイト名)のかち合いが問題になる。
  11. ソ連ではこの時代までにKGBの前身がネット監視網を確立させる。
  12. ネット上では映画「ゴジラ」が公開直後から大人にも高評価を得ていた。
  13. もちろんマーシャル・プランにはネット設備の復興も盛り込まれていた。
    • それと同時に米英製の反ファシズム動画が大量に上がる。

昭和30年代[編集]

  1. 2chにて「東京五輪実況板」が大繁盛。
    • そして日本対ソ連のバレーボール優勝戦で実況鯖が落っこちる。(実際の優勝戦にてテレビの視聴率が89%台だったとか)
  2. 安保闘争がネット上でも行われていた。
    • 対抗するのが機動隊でも應援團でも体育会系でもなくネトウヨだった。
      • ただしこの時代はほぼ「ネット右翼=街宣右翼」だった。
  3. 三種の神器は「四種の神器」になっていた。
    • 「ALWAYS・三丁目の夕日」にも「我が家にパソコンがやってきた」的な描写が出てくる。
      • 他にも「官僚達の夏」や「不毛地帯」などでネタにされる。
        • 不毛地帯ではテレックスでなくて、普通にメール使ってる。
          • 場合によってはSkypeも。
        • 官僚たちの夏ではテレビではなく、パソコン製造業者の選定が取り上げられた。
      • 「サザエさん」でも登場。
        • カツオがネットをコピペして宿題をすませようとして、波平に「バカモーン!!」とされるネタが出てくる
    • 集団就職の前に親との連絡のためタブレット端末を買ってもらった人もいる。
  4. 当時返還前の沖縄のサイトには「.rk」というドメインが割り当てられていた。
    • 小笠原の場合は「.og」になっていた。
    • その他信託統治領にも独自にドメインがあった(米信託統治領南洋諸島は「.pi」、南アフリカ領南西アフリカは「.sw」など)
    • アフリカなどの新興国の独立時には新しくドメインが必要になることも少なくなかった。
  5. 三井三池争議では、経営陣(と事務職員)・第一組合・第二組合がネット上でも激しい闘争を繰り広げた。
    • 労働歌「がんばろう」は、ネットを通じて広まった。
  6. インターネットが発達していた場合、民放テレビ、ラジオ局の数が少なかった。
  7. 米ソはサイバー空間でもスパイ合戦を繰り広げている。
  8. ケネディ暗殺についての謎解きを行うサイトが乱立。
    • 史実では明るみにならなかったことが色々と解明されていた。
  9. 昭和基地に樺太犬を置き去りにしたことにより南極観測関係者への殺害予告が相次いでいた。
  10. アメリカでの黒人公民権運動においてSNSが重要な役割を果たしていた。
    • 当時Twitterのフォロワー数が最も多かった人物はキング牧師だった。
  11. 廃止される地方私鉄の動く映像を撮りに行く鉄道ファンがこの時代から多く存在している。
  12. ヨーロッパでは植民地の独立も絡みこの時代から極右思想が広まっていた。
  13. キューバ危機の際の展開にも何か影響があったはず。
    • アメリカで過激なネット世論が発生し政権がそれに動かされた結果武力衝突という最悪の結末も考えられた。

昭和40年代[編集]

  1. 2chでは「大阪万博板」が大繁盛した。
    • むしろ万博で初出していた可能性が。
  2. 学生運動がインターネット上で行われていた。
    • 「異議な~し」「ナンセ~ンス」といった言葉が飛び交っていた。
      • 気に入らない相手には「米帝の手先」や「反動」といったレッテルを貼った。
        • NHKは「国家権力の手先」、大手新聞社は「ブル新」(ブルジョア新聞の略)と呼ばれて誹謗中傷される。
    • 「55年体制」の崩壊が早かったかもしれない。
    • 新左翼の過激派はネットで馬脚を現しテロ実行前に捕まっていた。
  3. オイルショック時は大荒れになった。
    • トイレットペーパーの大量購入騒動で盛り上がった。
      • ヤフオクでトイレットペーパーに高値がつく。
        • アマゾンでもトイレットペーパーが売り切れる事態になる。
      • 騒動に火をつけたのは多分ツイッター。
    • 電力節減のため、深夜にはサーバーが停止されたかも。
  4. 70年代中盤からネットでも「言葉狩り」が始まった。
    • 差別語をチェックするソフトが開発された。
    • 部落解放同盟や全家連はインターネットも監視していた。
      • そもそも規制の原因がネットだった可能性もある。
      • 差別的とされる言葉を使った動画が恐ろしい勢いで削除されていた。
      • よって*差別的と判断された動画は一瞬にして削除される。
    • さらに80年代には「黒人差別をなくす会」も参入。
  5. 越路吹雪が自分の公式サイトを持っていた。
  6. 人類がに着いたときには、アクセスが集中してサーバーがパンクする。
    • Ustreamやニコニコ生放送でも公式配信されていた。
  7. 「3C」にComputerが入っていた。
    • 「4C」になっていた可能性大。
    • カラーテレビの代わりになっていた。
  8. 沖縄返還が、数年早まっていた可能性もある。
  9. ニコニコ動画では井上陽水や吉田拓郎、松任谷由美などのフォーク歌手のMADが大量に作られる。
    • 「鉄腕アトム」や「鉄人28号」といったアニメのMADも多数存在していた。
      • 「ウルトラマン」や「仮面ライダー」といった特撮のMADも。
    • Youtubeではビートルズ楽曲を使ったAMVがアップされた。
    • TV出演を拒否していた歌手は、自らネット動画を活用していたかもしれない。
    • 反戦フォークの歌詞は史実以上に激しいものになっていただろう。
  10. 当時からテレビ局の放送開始・終了映像が動画サイトに載せられていた。
    • ただ、TBSが史実どおりだった場合はやっぱり「ガラス棒」の動画が消されて見れない。
  11. 「突撃!ヒューマン」や「キイハンター」は全話の映像が残っていただろう。
    • 1973年に放送された日本テレビ版ドラえもんも。決して「幻のドラえもん」と呼ばれることはなかった。
    • 「星の子ポロン」も。
  12. 1973年に起こった上尾事件や首都圏国電暴動の際には当時の国鉄がネット上で徹底的に叩かれていた。
    • その結果国鉄は1980年頃に民営化されている。
  13. ボウリング関連のサイトが乱立。2chのボウリング板はいくつかに分かれている。
  14. 1966年FIFAワールドカップ決勝戦の動画が試合後すぐYouTubeにUPされ、史実以上の大論争となる。
  15. アメリカではデンバーオリンピックを返上するか否か、ネット上でも大論争に。
  16. チャージマン研のMADも放送当時から作られていた。
    • 星の子ポロンも。
  17. 日テレ版ドラえもんの作品がネットを通してたくさん残っている
    • 日テレ版ドラえもんの映像を使ったMADがあった。
  18. ベトナム反戦運動がSNSを介しとんでもない規模になっていた。
    • 「#peaceforvietnam」のようなハッシュタグをつけた投稿が氾濫していた。
      • 日本の反戦フォークでも世界に広まった歌があった。
    • ウーマンリブ運動も後世の「#MeToo」並みに広まっていた。
  19. この頃から不祥事で引退に追い込まれる芸能人やスポーツ選手が増えていた。
    • 大鵬は拳銃密輸事件により引退。
    • 黒い霧事件で球界を追われた選手ももっと増えていた。
    • 史実ではスターとして活躍した人物のうち何人かはSNSなどでの不始末で芸能界を追われていた。
  20. 中国では文化大革命が始まると伝統文化保存運動のサイトが検閲され強制的に閉鎖された。
    • 守旧派や劉少奇に近いとされた人物の拷問や処刑が平然とネットで生中継されていた。
    • その一方で西側に文化大革命の実態が早く漏れ68年に西側で発生した若者による蜂起があまり大したものにならなかった。
  21. いわゆる「プラハの春」の時期のチェコスロバキアでは一時的に西側のサイトも閲覧できていた。
  22. イギリスのEC(ヨーロッパ共同体)加盟が実現していなかった可能性あり。
    • その後の拡大にもかなり支障をきたしていた。
  23. 韓国では「漢江の奇跡」とともにネットが急速に普及した。
    • その一方で当時の西側陣営最強クラスのネット検閲網も形成されていた。
    • 後の全斗煥政権では「3S政策」のおかげでネットゲームや動画サイトが隆盛を極めていた。
  24. LEGOのブロックが日本で発売された時期と重なるので「あのレゴブロックが日本上陸」とネットで話題になる。
    • とは言っても当初のレゴブロックは高かったのでお金がない人がお金に余裕がある人を妬む書き込みが掲示板にあった。

昭和50年~64年[編集]

  1. 音楽配信や動画共有サイトも昭和のうちに流行していた。
    • とはいったものの、当時はアナログカセット以外の録画・録音メディアが無かったので、ダウンロードした音楽・ビデオを携帯する手段に困る。
      • パソコンとテープレコーダーをケーブルでつなぐことになる。
    • ビルボードジャパンの過去風架空記事に書かれた内容もすべて現実のものになっていた。
  2. 2chではパリーグはプレーオフをやめろと言うスレもある。
    • アイドル板は大盛況。「聖子板」「明菜板」「おニャン子板」「チェッカーズ板」などができる。
      • 1986年の岡田有希子自殺の際には大パニックに。
    • 鉄道板も「総合板」「国鉄板」「私鉄板」になっている。
  3. 日航ジャンボ機墜落事故の際は、アクセスが集中してサーバーがパンクする。
    • 昭和天皇崩御の際も、アクセスが集中してサーバーがパンクする。
      • 2chにも「新元号を予想する」みたいなスレができていた。
        • 誰かが崩御前に新元号をリークしてしまい、光文事件再び。
    • ジャンボ事故後数年は、日航ホームページのトップに大きく事故お詫び文が掲載された。
    • ジャンボ機事故に関するデマもネット上で飛び交う事態に。
      • あるいは羽田沖事故後のトップの大きなお詫び文にジャンボ事故のお詫びも併記されたかも。
  4. バブル期には日本全国にブロードバンドが広まる。
    • アメリカでは80年代初頭、西欧でも日本と同じくらいの時期に普及していた。
  5. 「フロッピーウォークマン」ができていたかも。
  6. MDは普及しなかった。
    • その頃になるとipodなどが登場する。
  7. 三億円事件の犯人じゃないかという事実無根の書き込みで高田純次のブログが炎上していた。
  8. 実際にインターネットの誕生は1983年1月1日。技術的条件はそろってるのできっかけがあればこうなってたかもしれない。
  9. 人口の多い団塊ジュニア世代は小中学生の頃にインターネットに慣れ親しんだ。
    • その後の成長も現実と大きく異なっていた。
    • 団塊世代も20~30代の若い時代にインターネットに触れていた。
    • 1960年代後半生まれのいわゆるバブル世代が茶髪やコギャルブームを広めたかもしれない。
  10. メディアとしてのテレビの衰退が昭和期に始まっていた。
    • 1980年代後半~1990年代前半におけるトレンディードラマは制作されなかった。
    • 「平成新局」どころか系列の再編が行われていた。
    • ゴールデンタイムにおけるテレビアニメ枠の減少もこの頃から始まっていた。
  11. 左翼の勢いが現在と比較してもう少し強かったかもしれない。(ソ連が健在であったため)
    • 社会党や共産党が現実以上に強かった可能性がある。
    • 民社党は…やはり史実と変わらず。公明党も。
    • 結局冷戦終結・ソ連崩壊後は右翼が強くなる。
      • 共産党がソ連崩壊を機に愛国左翼的な方向に走っていたかもしれない。
  12. モスクワオリンピックに参加するか否か、ネット上でも大論争に。
    • ネット上で「参加すべき」という意見が優勢だった場合は、政府が激しく非難される。
      • 内閣が退陣に追い込まれたかもしれない。
      • 史実(ハプニング解散)とは異なった形で衆議院が解散したかも。
    • 一部の国では参加の可否が史実と変わっていた。
  13. 名古屋オリンピック招致の決選投票の日には、名古屋周辺でサーバーがパンク。しかしソウルに決定するといきなり過疎化して回復。
    • 2chでは、名古屋を揶揄する書き込みであふれ返る。
      • 嫌韓派は名古屋を擁護しソウルを非難するが、あまり目立たない。
        • しかし、いざソウルオリンピックが開催されると…
    • ブログや個人サイトで、オリンピック絡みで名古屋を揶揄すると、名古屋方面のネットユーザーから非難のコメントが殺到し炎上する…という状況がしばらく続いた。
      • 一時的には、揶揄どころかちょっと批判しただけでも炎上していたかも。
      • これをきっかけに嫌韓派になったネット民が多かったかも。
    • 拉致問題が表に出たのもこのくらいの時期だったので、史実より親韓反朝ムードが強かった。そのため、韓国における反日活動も「北の手先」とやり過ごしていたかも。
  14. プロ野球では広岡監督が管理野球の一環として「選手のブログ・個人HPの禁止」という規則を作っていた。
    • テレビやラジオで試合を放送されることが少なかったパ・リーグの球団は、公式サイトでの試合速報に力を入れる。
      • 動画配信にも早くから取り組んでいた。
  15. TM NETWORKは最初から「TM INTERNET-WORK」を名乗っていたかもしれない。
  16. いわゆる「バブル世代」の就職活動が大きく変わっていた。
    • インターネットによるエントリーが主流になっていることから、聞いたことのない大学の学生もどんどん採用されていた。
      • 韓国も現実ほどの学歴社会にならなかった。
    • 映画「就職戦線異状なし」の内容も変わっていた。
  17. 「アメリカ横断ウルトラクイズ」などの視聴者参加型のクイズでは、ネットで答えを検索されるのを防ぐため、事前に携帯電話やモバイルルーターを預かる措置が取られていた。
    • 勝ち残り者に対しても定期的にボディチェックや持ち物検査が行われ、携帯電話やルーターの類が見つかったらその場で大会から除外。
    • 返却は敗退が決まった順に行われ、国内脱出者は帰国時に行われた。
  18. ネット右翼に槍玉にあげられるというか目の敵にされるのは中国でも韓国でもなくソビエト連邦である。
    • レーガン政権以降は「日本は9条を廃止し軍事を強化しろ」という声が強かった。
    • それでも天安門事件以降は反中が強くなる。
  19. キャンディーズ解散時には、「微笑みがえし」の購買運動がSNSを通じて行われた。
  20. 「ビートたけしのオールナイトニッポン」でキドカラー大道が古田古をバットで殴った事件を面白おかしく話した事が原因でネットが炎上していた。
    • その後、キドカラー大道は逮捕され、たけし軍団は活動休止になるはずなので、「フライデー襲撃事件」は起きなかったはず。
  21. クラッシュギャルズのファンがネットで極悪同盟のメンバーの自宅の住所を晒しまくっていた。
    • 極悪同盟のメンバーは何度も引越しをするハメになる。
  22. LAUGHIN'NOSEが新宿アルタ前でソノシートを無料配布するといった内容の告知をネットに掲載した事が原因で大変な事になった。
    • 新宿アルタ前には一万人のファンが集まってしまった。
  23. 東側ではあらゆる方法で西側のサイトを見ようとする人が相次いでいた。
    • そうした人々が得た情報が後の東欧革命の原動力になっていた。
  24. 小錦の取り口が「あんなのは相撲ではない」とネット上でさんざん批判されていた。
    • 外国人力士に対する極端な非難はこの時代から発生していた。
    • それ以前の高見山も叩かれていた。
    • だが双羽黒及び無理やり横綱に昇進させた相撲協会に対する非難ほどではなかった。
  25. カンボジアではポル・ポト派が政権を奪取した直後に国中でネットが使用禁止にされた。
  26. Youtubeのような動画共有サイトも早くに登場していた。
    • おニャン子クラブのメンバーが卒業後にYoutuberとして活躍していた。
    • 就職できなかった氷河期世代の若者の中にYoutuberとして生計を立てていた人もいたかも。
  27. 80年代はとんねるずが原因でネットが荒れまくった。
    • 「夕やけニャンニャン」の「とんねるずのタイマンテレフォン」でとんねるずが視聴者に向かって、「ネットに俺達の悪口を書き込むんだったら、直接、俺達に言え!」と挑発していた。
  28. チェルノブイリ原発事故の際には西側で各種のデマが拡散していた。
  29. チトー没後のユーゴスラビアでは史実以上の速さで民族主義が蔓延していた。
    • ベルリンの壁崩壊以前に内戦に突入していた恐れもある。
  30. この時代からゲームのプレイ動画が上げられていた。
    • ただし一部のメーカーはネタバレ防止などのため「動画アップ禁止」と説明書に明記していた。
    • スペースインベーダーの「名古屋撃ち」も動画経由で広まっていた。
      • 「ゼビウス」の無敵コマンドや「スーパーマリオブラザーズ」の無限増殖技や裏ワールドなんかも。
        • ドラクエのランシールバグや透明気球なんかも。
      • バグや裏技なんかも現実以上に広まりが早かった。
    • 「チャンピオンシップロードランナー」のシークレットコード(レンガや金塊などを組み合わせて入力するパスワード)もネット上に流出していた。
  31. ロッキード事件ではロッキード社の機密データを添付したEメールが誤って上院の調査委員会に送信されていた。
    • 隠語の「ピーナツ」もメールか何かで用いられていた。

黎明期から使い放題プランがあったら[編集]

インターネットは当初は従属制で、使った分だけ請求されていました。ブロードバンドでは完全定額制が実現しましたが、もしインターネット黎明期から十分な技術・サーバー処理能力・回線容量を備えていて、常時接続がインターネット誕生と同時に実現していたら?

  1. それでも最初はアナログモデム並みの速度になり、メガビットの速度になるのは史実と同じぐらいになる。
  2. Windows95以後のPCにはLAN端子が標準搭載になっていた。
    • アナログモデムでは「低速ながらも使い放題」は難しかったと思われるため。
  3. ダイヤルアップ接続はなかったか、あっても史実より早く廃れていた。
    • キャプテンシステムは1998年あたりで全サービス終了。
    • Lモードも定額制度になっていた。
  4. 各社とも、1999年あたりから3Gケータイへの移行を早めようと躍起になっていた。
    • 3Gへの移行が早い分、4Gサービスへの移行もかなり早い時期に行われる。
  5. 謎のヒーロー「テレホマン」は活躍せずそのまま忘れ去られていた。
  6. モバイルブロードバンドサービスが現実よりも早い時期から登場する。



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