もしインターネットがあの時代にあったら

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もしインターネットが○○だったら > あの時代にあったら

全般[編集]

  1. 1492年以前から存在していた場合、アメリカ大陸へのヨーロッパ人の到達が早まった。
  2. 「寛容」という美徳がもっと古くから衰退していた。
    • 場合によっては「寛容」という言葉自体存在しなかったかも。
    • 戦争や虐殺事件がもっと増えていた恐れもある。
  3. ネットが局地的に発達していたとしても、全世界(全地球/全宇宙?)的に発達するのは遅かったのかもしれない。
    • 特に文字がない地域ではヨーロッパ人などが到来するまで存在することすらできなかった。

旧石器時代[編集]

  1. ナウマンゾウなどを追ってきた人たちがそのままネットのケーブルを引き、日本のインターネットの黎明期となる。
    • 相沢忠洋は岩宿遺跡で打製石器によって切断された様なケーブルを発見していた。
  2. 効率の良い打製石器の作り方を記したサイトが乱立していた。
  3. 氷河時代の終わりの海面上昇により、海底ケーブルを敷き直すことになる。

縄文時代[編集]

  1. いわゆる「世界四大文明」の地では早くからネットの利用が行われていた。
  2. エジプトではナイル川の氾濫などの情報をネットで瞬時に全土へ連絡できた。
    • ネットで用いる簡単な文字が必要になりデモティック(民衆文字)の誕生が早まっていた。
  3. ハンムラビ法典がウェブ上でデータベース化されていた。
  4. 日本ではまだ文字が伝わっていなかったためネットは利用できなかった可能性が高い。
    • 文字で書かれたサイトより先に動画サイトのほうが盛況になる

弥生時代[編集]

  1. 文字が使える渡来人の上陸により日本にもネットが伝わる。
    • ただし当時はもっぱら支配階級のものだった。
    • 邪馬台国の公式HPは全体的に魏を意識した感じ。
    • 一般人向けにネット動画の利用(まじないの生中継など)が行われていたかもしれない。
  2. 中国では春秋戦国時代に諸子百家がそれぞれ公式サイトを立ち上げ自らの思想を広めようとしていた。
    • しかしそうしたサイトは始皇帝による「焚書坑儒」の一環でことごとく潰されてしまう。
      • それによりネット全体が一時期衰退していたかもしれない。
      • 漢の時代になってようやく元のにぎやかさを取り戻す。
  3. ギリシャでも文化の発達に伴いネット文化が隆盛を極めた。
    • ウェブ上で違うポリスの人と哲学などについて討論することもごく普通。
    • 古代オリンピックのネット配信も行われていた。
      • いわゆる「オリンピック停戦」もネット上で即日全ギリシャ世界に伝えられていた。
    • 陶片追放もウェブ化されていた。
  4. ローマ帝国による支配の拡大とともにヨーロッパの北の方や北アフリカの西部でもネットが使えるようになった。
    • ローマ道の建設工事では光ファイバーケーブルの敷設も同時に行われた。
    • ネットショッピングや動画配信が存在していてもおかしくなさそう。
    • 古代ギリシャのものを継承していたらローマ帝国でギリシャ語が史実以上に高い地位を得ていた。
  5. キリスト教の拡大にもネットが一役買っていた。
    • イエス・キリストの教えが本人が語る映像で広められた。
    • 聖パウロは伝道の旅の模様をSNSを通して発信。

古墳時代[編集]

  1. 地方豪族がネットを介し中国や朝鮮半島の有力者とつながることも普通に行われていた。
    • ブログか何かで墓や埴輪を自慢する首長もたくさんいた。
  2. ヤマト王権では早くからIT技術者も「○○部」の一つとして取り込んでいた。
  3. 西ローマ帝国の衰亡とともに西地中海地域ではネット普及率がガタ落ちに。
    • 一方東ローマ帝国では国家体制がしっかりしていたためさしたる影響はなかった。

飛鳥時代[編集]

  1. 日本での地方への仏教伝播にネット動画が大きく寄与した。
    • 法隆寺や飛鳥寺などの大伽藍の映像を見て仏教にかぶれる有力者が相次いでいた。
    • 地方でも「大和に負けない立派な仏像を作ろう」として仏像らしきものを作る人が出ていた。
  2. イスラム教そのものの誕生直後から過激派が出現していた。
    • 特に預言者ムハンマドの没後は歯止めが利かなくなり内ゲバも相次いだ。

奈良時代[編集]

  1. 遣唐使の唐滞在をまとめたブログが人気を集める。
  2. 日本最古のウェブサイトはやっぱり古事記。
  3. 風土記がChakuwikiと化す。
    • 着夷記
  4. 唐の詩人たちは自らの作品をこぞってネット上にアップしていた。
  5. この頃から中国と西洋のネットを繋ごうという試みが始まる。
    • トルコ人やペルシャ人がかなり頑張っていた。
    • タラス河畔の戦いを機にイスラム圏に流入する。それでもキリスト圏にネットが入るのはルネサンス頃だったりして。

平安時代[編集]

  1. 藤原家のページばっかり。
  2. 後期は平氏のページが乱立。源氏に対する誹謗中傷がひどい。
    • しかし壇ノ浦の戦の後、平氏のページは全て閉鎖。
    • 「平家にあらずは人にあらず」と言う事で、源氏のサイトは全てネット検閲により閲覧不可となっている。
  3. グーグルアースで義経を追跡。
    • 人工衛星があればね。
  4. 源氏物語・枕草子はブログ。
  5. 史実では散逸してしまった文学作品の一部がネット上に残っている。
  6. 紀貫之・藤原実資・九条兼実は人気ブロガーとして知られる。
  7. 動画サイトに「後白河法皇が今様を歌ってみた」というコンテンツができていた。
  8. 唐の滅亡が早まったかも。
    • 黄巣の乱に相当する反乱がSNSの影響によりもう少し早く始まっていた。
  9. アッバース朝イスラム帝国では古代ギリシャやローマの文献をアラビア語に訳したものがネットに大量に上げられていた。
    • 科学などの研究がさらに進んでいた。
    • 「知恵の館」公式サイトには国内外から多くの学者がアクセスしている。
  10. 十字軍の参加者募集は基本的にネットで行われていた。
    • その一方でイスラム圏のハッカーによる十字軍関連のサイトへの攻撃も激しかった。
  11. 靖康の難の知らせはSNSでやり取りされていた。

鎌倉時代[編集]

  1. 源氏滅亡後は、執権の北条氏が管理権を掌握。
  2. 元寇の知らせも全て電子メールでやり取りされる。
  3. 日蓮や親鸞がブログを開設している。
  4. 旧仏教系のサイトが日蓮宗の信徒に攻撃される。
  5. モンゴル帝国がユーラシア大陸を征服した事によって盛んになった東西交流がもっと盛んになっていた。
    • マルコ・ポーロの中国(元)滞在を書いたブログが人気を博していた。
    • 東方見聞録はウェブサイトになっていた。
      • 実際には中国に行っていないという説を採用するならネット上で拾った東洋の情報であたかも実際に行ったかのようにふるまえた。
    • 交易路の情報もネット上に出回り商業取引もさらに活発化した。
    • この時代にアジア各地を結ぶ情報通信網が完成していた。
    • その一方でイスラム圏の各都市が征服された際には無数のサーバーが破壊され多くの情報が失われた。
      • バグダードの戦いの後には「投げ込まれたサーバーの残骸でチグリス川の流れが止まった」とすら伝えられている。
  6. モンゴル帝国来襲の知らせはSNSでやり取りされていた。
    • 結果、モンゴル帝国の来襲により壊滅した都市では避難して生き残った人もいた。

室町時代[編集]

  1. 連歌関連サイトがブームになる。
  2. 応仁の乱の時には足利義政の憂鬱ブログが大ヒット。
    • 応仁の乱の時に大規模なサイバー戦が発生した。
  3. 「南朝の残党」を名乗るハッカーがよく出現していた。
  4. 永享の乱の後、関東地域のネットの検閲等は上杉家が掌握していた。
  5. 足利学校はウェブで授業を行っていたかもしれない。
  6. 一休さんもブログを開設している。内容は史実をありのままに書き連ねたものかと。
  7. 明ではオイラートへの悪口が大量書き込まれたサイトが。
    • 土木の変の時に大量に作成されていた。
  8. 百年戦争ではジャンヌ・ダルクの奮闘が側近により日々ネットに上げられる。
    • それによりフランス側の戦意が高まりもっと早くけりが付いていたかもしれない。
  9. ルネサンスはイタリアで始まってから数年以内にヨーロッパの広い地域へ広まっていた。
    • ダ・ヴィンチが設計した機械を実際に作ってみた人も確実にいたはず。
    • 当時ヨーロッパ最大のプロバイダを経営していたのはメディチ家。
  10. 鄭和はSNSで自らの航海の近況を発信していた。
  11. ヨーロッパで発生したペストの大流行の際には関連する玉石混交の情報が乱れ飛んでいた。
    • うまくすれば予防法が広まり難を逃れた地域が増えていた。
    • ただしポーランドのような史実では大丈夫だった地域もネットの情報による感染地域からの人口移動やデマなどのせいで汚染されていたかもしれない。
  12. 1453年のコンスタンティノープル陥落の時には全欧州的な規模で「トルコ憎し」の声が上がっていた。
    • だが実際に行動を起こす人間は皆無だった。

戦国時代[編集]

  1. 戦いのためよく落ちる。
    • 敵側のサイトには接続できなくなる。
    • サイバー空間での荒らしやハッキングも現実世界での合戦同様壮絶を極めた。
    • サーバーは各家ごとに分けられ、別の家に接続するには別途料金がかかる。
      • 信長がおそらくこの文化を壊し、日本全土を一律料金で接続できる制度を作る。
  2. のろしは要らない。
  3. 怪文書がよく流れる。
    • 「松平信康は武田方と内通している。」
  4. 信長は海外のサイトから鉄砲を大人買い。
    • その後、楽市・楽座の制度にネット通販サイトを適用した。
      • 後の楽天市場である。
  5. 内通承諾のメールを誤って主君に送ってばれてしまい打ち首。
  6. 大航海時代には「コンキスタドールの船の次に海を渡るのはケーブルを敷く船」と言われるくらいの速さで新大陸にもネットが上陸していた。
    • トルデシリャス条約やサラゴサ条約ではスペインとポルトガルのどちらがある地域のネット網を整備するかも決められていた。
  7. ネット上での密告が原因でスペイン異端審問の犠牲者はもっと増えていた。
  8. 宗教改革の拡大に役立ったのは活版印刷ではなくインターネット。
    • ルターは贖宥状を販売するローマ教皇庁の公式サイトを見て憤り自らのサイトに「95ヶ条の論題」を掲載した。
  9. 明ではアルタン・ハーンの北京包囲の時に北京にサーバーを置くサイトのサーバーがピンチ状況になっていた。
  10. 洋の東西を問わずネットオークションで平然と奴隷の取引が行われている。
  11. インターネット上で「天下を取る人と天下を取る時期」の予想も行われた。

安土桃山時代[編集]

  1. 明智光秀は本能寺で織田信長を討った旨、メールで毛利方に送信したつもりが、なぜか羽柴秀吉に誤送信してしまう。
  2. 初期の頃はキリシタン向けサイトが流行るが、秀吉が禁教令を出してからは闇サイト化する。
    • 隠れキリシタンの密告メールが飛ぶ。
  3. 千利休の処分に関して「助命嘆願メール」と「糾弾メール」が同時に飛び交う。
  4. 茶会の誘いもメールで行われ、その時の様子が大名や公家のブログの話題となる。
  5. グレゴリオ暦の採用が早かった国と遅かったところの間で何らかの問題が生じていた。
    • 場合によってはネットへの影響を考慮して移行が遅れていたかもしれない。
  6. 南蛮かぶれの大名は自らラテン語やスペイン語を学び欧州の情報を手に入れようとしていた。
    • コペルニクスの地動説など革新的な思想がもっと早く日本に伝わっていた。

江戸時代[編集]

  1. 徳川将軍のページばっかり出る。
    • 武家諸法度はネット上で大名に伝えられた。
    • 生類憐れみの令も槍玉に挙げられる。
    • 「nobunaga」、「hideyoshi」といったドメインやIDは凍結されている。
      • 「mitsunari」もNG。
    • 江戸城周辺と京都は防衛上の都合で地図掲載されない。
    • 歴代の将軍毎にメールマガジンが配信される。
  2. キリスト教のサイトが幕府を悩ませている。
    • 豊臣の末裔と名乗るハッカーが幾度となく出現しては混乱させる。
  3. 吉宗は目安箱をネット上に設置。
    • 迷惑意見(スパムメール)に悩まされる。
  4. 杉田玄白はインターネットで蘭学を学ぶ。
  5. 大奥の人たちにとっては格好の暇つぶし。
    • 2ちゃんねらーがいっぱい。…嫌な大奥だな。
      • 2ちゃんねるより発言小町。もっと嫌な大奥だ…
    • いつの時代もスイーツ(笑)。
    • 大奥は大人向けの有料コンテンツ「女春画」を始める。
    • 絵島と生島のやり取りはメール。絵島・生島事件は絵島が間違った相手にメールを送信したことが発端となる。
  6. 瓦版よりインターネットだ。
    • 但し元服修了書がないと使用不可能。
    • 瓦版はマスゴミ扱い。
    • ネット喫茶ならぬネット茶屋がある。
    • 奉公先はネットで探す。
    • 関所毎に突破しやすいか否かの難易度のランク付けがある。
  7. 平賀源内はIT関連の事業で成功する。会社の名前はもちろん「エレキテル」
    • 土用の丑の日の宣伝ももちろんネットで。
  8. 江戸や上方、幕府直轄地には優先的に高速通信網やワイヤレス通信網が整備され元禄期には成熟している。
    • 18世紀後半には全国的な高速通信網が整備されている。
  9. ネットゲームは「徳川の野望」、「徳川無双」、「ヒデヨシクエスト」、「軍馬でGO!」、「シムシティ・オエド」などが人気。
    • 実名版の相撲ゲームも当時から存在している。
  10. バーチャルお伊勢参りが流行る。バーチャル参勤交代は禁止。
    • 実際に旅に出る場合は旅籠のネット予約が重宝された。
    • 大河川の川留め状況もネットで確認。
  11. 川柳や狂歌のサイトが繁盛する。
  12. 伊能忠敬は日本地図作成の進行状況を自身のブログで紹介していた。
  13. 吉原関連のサイトが賑わう。
    • 見世の公式サイトや遊女のファンサイトがつくられる。
    • 遊女自ら開設したサイトもあるが、本音を書くことはできない。
      • うっかり(あるいはあえて?)本音を書いてしまう遊女がいて、ネットでの「吉原炎上」騒ぎが起きたかも。
    • 初心者に遊びの基本の基本を紹介するものから、達人同士が情報交換をするものまで「吉原指南」のサイトも様々。
      • 野暮な質問をするとバカにされる。
  14. かぶき者が自らの無法行為や乱暴狼藉を動画サイトやSNSで自慢ししばしば問題になる。
  15. 浮世絵の画像が大量に貼られる。
  16. 飛脚の書簡を届けるお仕事は減るかわり、通販による物流のお仕事は大幅に増えていた。
    • 一部のネット通販事業者は自前で廻船を保有していた。
  17. 江戸や上方で誕生した新しいファッションや料理などの情報がすぐさま全国に広がっていた。
  18. 田沼意次の時代に大発展するが、松平定信が老中になると二次元含めて禁止されまくる。
  19. 西欧での市民革命やアメリカの独立が早まった。
    • アメリカ独立戦争とフランス革命がほぼ同時に発生していた可能性あり。
    • ナショナリズムを活性化させウィーン体制を壊したのもネットの力によるもの。
    • 市民革命を恐れる国ではネット検閲がかなり強化されていた。
  20. 明の滅亡が早まったかも。
    • 李自成の乱に相当する反乱はSNSでやり取りされていた。
  21. 日本では19世紀初めの時点で識字率の高さもあり世界トップクラスのネット普及率を誇っていた。
    • ただし一般庶民はPCではなくタブレットを使う場合がほとんど。
  22. SNSで自分のものではない初鰹を入れて自撮りし自分が食べるかのように装う江戸っ子が続出。
  23. イギリスやフランスなどの大国はブラウザなどで自国のものを広めようと躍起になっていた。
    • 最終的にイギリスが制している気がする。
      • 後世の歴史家に「インターネットなしに大英帝国は成立しなかった」と称されていた。
  24. 清の西域への領域拡張が史実より盛んだった。
    • 雍正年間の内にジュンガルを滅ぼして新疆を支配下に入れ、乾隆年間にヒヴァ、ブハラ、コーカンドの3ハン国を滅ぼし、中央アジア全域を支配下に入れていた。
  25. 17世紀にはネット上でも魔女狩りが壮絶だった。
  26. 史実で活躍した音楽家が動画サイトで公式チャンネルを持っていた。
    • 特にモーツァルトあたりはネット動画のおかげでさらなる名声を得ていた。
  27. ウェブ上の取引を介しチューリップ・バブルの影響がオランダ国外まで及んでいた。
    • 南海泡沫事件でも似たような展開が予想される。
  28. 現実のSkypeのような通話サービスを用いて後世におけるサミットに相当する主要国の首脳会談が行われていた。
    • オーストリア、オスマン帝国、スペイン、スウェーデンといった今とは違う国も参加している。

幕末[編集]

  1. 各地での内戦や黒船来航、大政奉還はネットで動画配信される。
  2. 安政の頃には井伊直弼を誹謗中傷する書き込みが氾濫。
    • 井伊直弼は桜田門外で殺される前に大老失脚。
  3. ようやく「.jp」以外のドメインが開放される。
    • その前は日本だけだから、「.jp」ではなく、「、にほん」になりそうけど
      • 開国前の日本が使っていたインターネットの基本システムがオランダ製なら「.jp」が普通に使われていたのでは。
  4. 徳川家サイトに薩摩・長州からサイバー攻撃が度々行われる。
  5. 新撰組の仕事に新政府軍系サイトの検閲が加わる。
  6. 開港地に限り海外のサイトの閲覧が解禁される。
    • 長崎-香港を結ぶ光ケーブルがイギリスあたりの会社の手により敷設される。
  7. 太平天国の乱はSNSでやり取りされていた。
  8. アメリカではカリフォルニアでの金鉱発見のニュースがさらに広範囲に伝わっていた。
    • 最終的に政府が西海岸への過剰な移住を規制しなければならなくなっていた。

近現代[編集]

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関連項目[編集]




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