もし出版業界であの事件がなかったら

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サザエさんバス事件(1951年)[編集]

もし「サザエさん」が○○だったら#サザエさんバス事件がなかったら

チャタレー事件(1957年)[編集]

参考:wikipedia:ja:チャタレー事件

  1. わいせつと表現の自由の関係が史実より問題視されなかった。
    • だが、他の作品が問題視されるきっかけを作っていたかも。
  2. 伊藤整が『裁判』を書くこともなかった。
  3. 後年のイギリスでの訴訟問題が注目されていた。

嶋中事件(1961年)[編集]

  1. 思想の科学は休刊まで中央公論社から出ていた。
    • 1962年1月号も予定通り発売されていた。
  2. 皇室・天皇を批判したり揶揄することが言論界で自粛されることはなかった。
    • それでも保守派などから批判されていた。
  3. 中央公論の論調は右傾化しなかった。
    • それでも読売新聞傘下以降は現実通り。
  4. 風流夢譚が封印作品になることはなかった。

宴のあと事件(1961年)[編集]

  1. 訴えた有田八郎はもう少し長生きしていたか?
    • 三島由紀夫についてはそんなに変わらないと思う。
  2. 石に泳ぐ魚の裁判にも影響していたか?
  3. 日本でも海外と同じぐらいに作品が評価されていた。

太陽風交点事件(1981年)[編集]

  1. 早川書房が事実上SF界から追放されることはなかった。
    • もしかしたら第2回~第9回の日本SF大賞で早川書房版元の作品が受賞していたかもしれない。
  2. 『S-Fマガジン』では小松左京死去時に追悼特集が行われた。
    • この事件で早川書房との関係が悪化したため。
  3. SF第三世代の台頭が遅れたかも。

石に泳ぐ魚プライバシー侵害裁判(1994年)[編集]

  1. 韓国人や中国人、あるいは障がい者をモデルにした小説が増えていた。
  2. 作者の柳美里と新潮社が出版を強行することはなかった。
  3. 柳美里が芥川賞受賞時のサイン会で脅迫されることもなかったか?

キャンディ・キャンディ著作権裁判(1995年)[編集]

  1. =「もしキャンディ・キャンディ(リメイク版)の放送が実現していたら」である。
  2. キャンディ・キャンディが封印作品になる事はなく、原作漫画も絶版に追い込まれる事はなかった。
    • DVD化・ゲーム化も実現していた。
    • 当然ながら独立局などでの再放送も度々行っていた。

小学館問題(2008年)[編集]

  1. 雷句誠は小学館を離れることはなかった。
    • 新作は講談社ではなく小学館で掲載された。
    • 金色のガッシュ!!の新装版は講談社ではなく小学館から発売された。
  2. 週刊少年サンデーが部数激減することはなかった。
    • ネットではこの問題で購読をやめたという人も多いと聞くので。
  3. ひかわ版カービィの連載終了は小学館のパワハラが原因という噂が広まる事も無かった。
    • ひかわ博一がゲッサンで直接噂を否定する事も無かった。
  4. コロコロコミックの漫画にチンギス・ハンの肖像画に落書きしたものを載せることはなく、朝青龍らモンゴル側からの猛抗議を受けることもなかった。

ハイスコアガール著作権侵害事件(2014年)[編集]

  1. 無事にアニメ化されていた。
    • 史実では2018年7月にアニメ化されたがそれが史実より早まっており、最低でも2015~16年あたりになっていたかもしれない。
  2. LOV IIIからKOFのBGMが削除される事はなかった。
  3. 押切蓮介が精神的に追い詰められる事もなかった。
  4. 同時期にコーエーテクモゲームスを訴訟したカプコンに対する批判が更に加熱していた。
  5. SNKプレイモアが中国メーカーに買収される事も無かったかも知れない。

境界のないセカイ打ち切り問題(2015年)[編集]

  1. 月刊少年エースに移籍する事は無かった。
    • 予定通り単行本も発売されていた。
  2. 講談社が批判される事も無かった。
  3. レインボー・アクションがコメントを出す事も無かった。
    • 「女性なら男性と恋するのが普通でしょう?」という表現が問題にならなかった。

二度目の人生を異世界でヘイト発言騒動(2018年)[編集]

  1. 声優陣の降板やアニメ化の中止は無かった。
  2. 書籍版が出荷停止に追い込まれる事も無かった。
  3. 作者がTwitterアカウントを削除する事も無かった。
  4. ヘイト三郎と言う蔑称で呼ばれる事も無かった。
  5. 福原遥が混合される事も無かった。



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