もし名鉄がドラゴンズから撤退しなかったら

提供: chakuwiki
移動先: 案内検索

名古屋鉄道は1951年より1953年まで中日ドラゴンズ(当時・名古屋ドラゴンズ)へ経営参画(中日新聞と共同で経営)していましたが撤退しました。もし名鉄が撤退しなかったら?

全般[編集]

  1. 初代ノースリーブユニホーム以後も紅のユニホームがポコポコ生まれる
    • パノラマカーの色に倣ったユニホーム
  2. ミュースカイにドアラのラッピングをさせている。
  3. プレイボールの時の音楽は、もちろんアレ。
    • あれといわれても…「パノラマホーン」(ドケヨホーン)か「しなやかな風」か…
  4. 優勝したら、パレードに運用を終えた名鉄バスを改造した車両が使われる。
  5. 名鉄線の駅旅行センターなどで、観戦チケット付き往復乗車券を発売する。更に、全国の名鉄観光では、観戦チケット付きのパック旅行を販売する。
  6. 名鉄のCMならびにポスターには、ドラゴンズの監督以下主力選手がズラリ。
  7. 今でもナゴヤ球場を本拠地にしていた。
    • 名鉄に「ナゴヤ球場駅(今は廃駅)」があったので。もちろん今でも現役だった。
    • ナゴヤドームは、ナゴヤ球場を改装して屋根を掛けたものになる。
      • 名鉄電車は、阪神電車と同じ体制を採っていた。
    • 移転の噂が出ても、元国鉄の土地だった笹島貨物駅・稲沢操車場跡地への建設はすぐ一蹴されていた。
  8. 名鉄空港線開業の際は、そのPRポスターにドラゴンズの選手が起用されていた。

名鉄・中日の共同経営のままだったら[編集]

  1. 鳴海球場は地域への球団定着と共にまず2軍本拠地
  2. 「名古屋ドラゴンズ」のまま現在にいたる。
    • トヨタの資本も入り「名古屋グランパス」になっていたかも。
    • あるいは「東海名鉄ドラゴンズ」にでも改称。三河や岐阜に配慮し。
  3. 仮にドラゴンズが低迷すると、チーム名を「東海中日ドラゴンズ」にさせている。
    • その頃には鉄道球団ではなくなっている。おそらく中日かトヨタが引き受ける。
  4. 中日の息があまりかかっていないので、中京テレビ・メ~テレでも主催試合を放送できたかも。
    • それでも下の中日が撤退した場合に比べると制限は残っている。
    • 名鉄資本もある東海テレビが一番多くなりそう。下手すりゃ独占放送に。
      • 競馬のある日曜デイゲームなど編成の都合で放送できない分をCBC・(同じく名鉄資本のある)中京テレビに譲渡する程度に留まる。
  5. 後に、球団の運営会社として中日と名鉄ならびに双方のグループ会社の資本が入った「株式会社名古屋ドラゴンズ」というのができる。
    • 出資は他に、中日側から中部日本放送や東海テレビ・東海ラジオなど、名鉄側から名鉄バス・名鉄運輸・名鉄百貨店など。

中日新聞が撤退していたら[編集]

  1. 名鉄単独でやっていたなら、身売りも有り得た。
  2. 球団名は「名鉄ドラゴンズ」だった。
    • 中日新聞の方が撤退していた。
  3. 中日の息がかかっていないので、CBCと東海テレビ・東海ラジオ以外でもテレビ中継が出来た。
    • 中京テレビ・メ~テレでもドラゴンズ戦の主催ゲームの中継が出来た。
      • 挙句の果てには、ぎふチャンまでドラゴンズ戦の主催ゲームの中継に参加・・・?
      • でも、一番多いのは東海テレビだろう。他局はほぼ横並び。
        • その中で中京テレビが少し多いかも。さすがに中日のような排他的にはならないと思うが。
  4. 今でもナゴヤ球場を本拠地にしていた。
    • 名鉄に「ナゴヤ球場駅(今は廃駅)」があったので。もちろん今でも現役だった。
    • もし「ナゴヤドーム」になるときは、ナゴヤ球場に屋根をかける「西武ドーム方式」を採用。
  5. ファミスタの「レイルウェイズ」に参加していたかも。



関連記事