もし国鉄の分割民営化が○○年遅かったら

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5年遅かったら[編集 | ソースを編集]

全般[編集 | ソースを編集]

  1. 電電公社と専売公社の民営化も同時期までにずれ込んだだろう。
    • 時期的に東西ドイツ統一やソビエト崩壊とほぼ重なったため、社会主義時代の終焉を人々に印象付ける出来事になったかも知れない。

新幹線[編集 | ソースを編集]

  1. 「のぞみ」は「スーパーひかり」として誕生。
    • いずれは「のぞみ」に改称されていただろうが基幹種別はなっておらず、東海道・山陽新幹線のメインは今も「ひかり」。
  2. 100系と200系2000番台の増備は1990年代後半まで継続されていた。
    • 全廃も2016年ごろまでずれ込む。
  3. 整備新幹線の一部はバブル崩壊で着工が遅れるか建設自体が見送られる。

在来線[編集 | ソースを編集]

  1. 101系は冷房車しかJRに引き継がれなかった。
  2. 205系は横浜線より先に京浜東北線に投入された。
  3. 205系と211系の増備は21世紀序盤まで継続されていた。
  4. 207系900番台は量産車も普通に製造され常磐緩行線だけでなく中央・総武緩行線にも導入されていた。
    • 京阪神緩行線の207系も900番台の量産車でJR西日本オリジナルの207系は登場せず。
    • 207系の増備自体も2010年ごろまで継続。
  5. 205系が中京圏にも投入されていたほか、211系が京阪神にも投入されていた。
  6. 215系と207系の近郊型仕様の217系が国鉄最後の新車となった。
    • 史実のE217系は219系を名乗っていた。

私鉄[編集 | ソースを編集]

  1. 関西の私鉄王国は史実ほど衰退しなかった。
    • 阪神なんば線も2000年ごろには開業していた。
    • 阪急神戸線と阪急京都線も一部区間の複々線化は実現していたかも知れない。
      • 阪急京都線の特急は現在まで一貫してノンストップの快速特急と史実とほぼ同じ停車駅の特急の2本立て。
      • 阪急神戸線の特急が1995年の震災後に岡本に停車することもなかった。
        • 阪急神戸線の特急は現在も岡本を通過している。なお夙川停車は変わらず実施。
    • 阪急と阪神の経営統合もなかったか史実より遅れた。
    • 三重県と奈良県は史実以上に近鉄の天下に、それも以前にも増して。
      • 近鉄のアーバンライナーの21000系は史実よりも多く増備された。
      • 近鉄の伊勢志摩ライナーの23000系の登場が史実よりやや早まった。
        • この場合、23000系は界磁チョッパ制御だったかも知れない。
          • 22000系も然り
    • 京阪や阪急京都線も特急は京阪間ノンストップを続けていたかもしれない。
      • 有料指定席の導入も早まっていた。

10年遅かったら[編集 | ソースを編集]

全般[編集 | ソースを編集]

  1. バブル期に整備新幹線の一部着工に乗り出し、その後の不景気で目論見が外れる。
    • 一部の路線はバブル崩壊のしばらく後から現在まで工事がストップしたまま。
  2. 関西圏の私鉄王国は健在。
    • 阪神なんば線はバブル期に着工。
    • 阪急と阪神の経営統合は無かったか、かなり遅れた。
    • 阪急は今もノンストップ特急を運行している。
      • 阪急9300系は2扉転換クロスシート車でデビューしていた。
    • 京阪1900系はとっくに前に引退している。
    • それでも阪急、近鉄、南海は球団を手放している。
      • 南海の球団売却は史実と同じく1988年だが、近鉄と阪急の球団売却は早くて2004年のプロ野球再編問題のときだっただろう。
    • 名阪間では近鉄のシェアが現実以上に高くなっていた。アーバンライナーは全て10連化されている。
      • アーバンライナーの登場は1998年にずれこんでいた。バブル期の利用者増に対してはビスタカーの増備などでお茶を濁していた。
        • 現実と異なりオール2階建て車両が登場していたかも。
    • 1995年の阪神大震災からの復旧も阪急・阪神など私鉄の方が早かった。国鉄は新幹線の復旧を優先するため在来線は後回しにされ、GW前に複線でなんとか仮復旧するものの、複々線での全面復旧は10月にずれ込んだ。
  3. JR線と関東地区への自動改札導入は2000年代以降になる。ICカード導入も阪急電鉄が第1号に。
  4. 国内線の航空便も現実とは逆に、もっと発展している。
    • 日本航空の経営破綻はなく、日本航空と日本エアシステムの合併もなかった。JASもジャンボ機を就航させている。
    • 伊丹空港には今でもジャンボ機が発着している。それどころか、羽田-伊丹線にはオール2階建てのA380すら就航している。
    • 神戸空港も2001年には開港している。東京(羽田・成田)-大阪(伊丹・関空・神戸)には飛行機が20分間隔で運航されている。
      • 神戸空港にはポートライナーのほか阪神電鉄が乗り入れ、大阪方面からの空港アクセスを担っていた。
        • 梅田・近鉄奈良~神戸空港間に直通電車が運行されていた。
    • 新規参入する会社ももっと多かった。
    • 横浜フリューゲルスがマリノスに吸収合併されることはなかった。逆に古河電工のJリーグ参加が遅れる。
  5. 成田空港ターミナルビル直下への鉄道乗り入れは2010年の成田スカイアクセス開業時だった。
    • 空港に乗り入れるのは京成のみとなっていた。
    • 東京都内~成田空港間の鉄道アクセスは京成が独占し、スカイライナーは京成上野のほか羽田空港・横浜発着も設定されていた。
    • JR成田空港直通時には成田新幹線用地に京成が複線で建設済、JRは空港直下の建設の為に免許取得と建設含めて更に10年かかっていた。
  6. 京都駅ビルの開業も遅れていた。
    • 「ガメラ3」のイリスとの最終決戦はどこで行われたのだろう?
    • 京都駅前の近鉄百貨店も現実より生き長らえた。
  7. 東武日光線の快速の区間快速化もなかった。東急東横線の特急の停車駅も現実より少なかった。
    • 東横特急の停車駅をこれ以上減らすのは不可能でしょ。中目黒(渋谷・横浜に次ぐ乗降客数)、自由が丘(乗換と緩急接続あり)、武蔵小杉(目黒線乗換)、菊名(乗換と緩急接続あり)、どこも外せそうもない。むしろ日吉にも止めてという意見もあるくらいなのに。
    • 東武日光線特急は2000年代前半まで北千住-下今市間ノンストップを維持していた。また、1720系の後継車は史実と同じ時期に登場するが、スペーシアのような豪華仕様にはならなかった。
  8. 国鉄の赤字財源がもっとふくらみ、タバコ税、消費税など庶民の財布の負担がもっと厳しくなっていた。
  9. 小田急ロマンスカーは未だに半数が新宿-小田原間ノンストップを維持していた。10000形は登場せずバブル期の利用者増加に対しては7000形の増備で済ませていた。
  10. 最後の国鉄総裁には松田昌士か井手正敬が就任していたと思われる。

新幹線[編集 | ソースを編集]

  1. 100系は1990年代後半まで生産されていた。
    • 200系2000番台も90年代後半まで製造されていた。
    • 100系でカフェテリア編成は1997年度製以降の最終グループのみ。
  2. 山形新幹線、秋田新幹線の開業が現実より遅れていた。
    • 山形新幹線は国鉄時代に開業された。
      • 国鉄なら山形新幹線の構想は出てこないはず。よって山形新幹線も分割民営化後(史実より10年遅れ)に開業した。
      • むしろ奥羽新幹線が開業された。
    • 長野新幹線、秋田新幹線は分割民営化の後に開業した。
    • 山形新幹線の構想は国鉄時代からあったはず。よって史実通りに開業し、車両は200系ベース。
  3. 中国・四国・九州にもミニ新幹線が運行されている。
  4. 300系は21世紀になってから開発された。
    • 500系は2010年ごろに登場。
    • E1系は600系として2005年ごろに登場。
    • E2系は800系として、E3系からようやく「E」を使うようになり、E3系はE1系。九州新幹線はすでに東北で「800系」が使われてしまったのでK700系として2015年ごろに登場。
    • 300系で初めて真空式汚物処理装置が設置された。新幹線の汚物処理装置で真空式が採用されるのは21世紀になってから。
  5. 0系が2008年に全車両引退することはなかった。
  6. 400系が今年(2009年)中に引退することはない。
  7. バブルに乗っかり東北新幹線盛岡~青森を着工。
  8. 東海道山陽新幹線の食堂車は2010年3月のダイヤ改正まで営業していた。2000年代初頭まで帝国ホテル・都ホテルは撤退せず、ビュフェとうきょうも2005年頃までJダイナーに合併されなかった。
  9. 東北新幹線と東海道新幹線直通運転は実現した。もちろん料金も通算。

在来線[編集 | ソースを編集]

  1. 現在も山手線に205系が現役活躍している。
    • 103系は1990年代まで現役だった。
    • 関東の103系全廃は2015年ごろにずれ込む。
    • 関東の113系全廃も2015年ごろ。
    • 117系は泥縄の3扉化が行われる。中央扉は片開き。
  2. 205系、211系、213系は2000年代前半まで生産されていた。
    • 207系900番台はその後非貫通の207系1000番台として増備され、京葉線に投入される。205系、211系、213系もVVVFに。
      • というより、205系のVVVF版が207系だから...。
  3. 広島周辺だけは走っている車両に変化はない。
    • 分割民営化前に導入された115系が211系になっている。それまでは80系やら70系やらが残っていた。
  4. 東海道線の静岡地区の113系全廃は2020年ごろになり、全車がクロスシートの211系に置き換えられる。
  5. 彗星、なは、あかつき、銀河、瀬戸、出雲などの寝台特急は2015年ごろ電車化される。
    • 北斗星は当初からステンレス製の新造車が投入され、カシオペアは存在しなかった。一方、トワイライトエクスプレスは24系の最終増備車の改造で賄われた。
    • 東京-九州間寝台特急の食堂車は2003年3月まで(出雲は2001年3月まで)営業していた。みずほ・博多あさかぜ・ゆうづる・つるぎ廃止は2005年3月だった。
  6. 関西圏の新快速は2000年ごろまで117系を使用され、その後223系に置き換え。
    • 現実の223系が221系と名乗り、今後誕生する225系は223系と名乗っていた。
    • 1995年ごろに213系が関西圏にも導入され117系に代わって新快速に使用されていたのでは?。
  7. JR東西線の開業も2008年頃にずれ込んでいた。
  8. 関西空港線は建設されず、「はるか」や「関空快速」も運転されなかった。
    • 関西空港アクセス鉄道は南海電鉄が独占していた。
    • ラピート」の乗車率は現実よりもよかった。
      • あるいは空港アクセスの大半をリムジンバスが担っていたかもしれない。
  9. 中京圏は今も普通列車は113系or211系、快速列車は117系,311系(現実の313系)だった。
  10. 列車便所の汚物処理方式は1990年代前半まで垂れ流し式が主流。特急列車でさえ全列車循環式となるのは1996年で、真空式が採用されるのは21世紀に入ってから。日本で真空式トイレを初採用したのは近鉄特急ということになっている。
  11. 一部の165系が車籍を残したまま近郊型に改造される。車体は413・717系からステップを取り除いた形態に。
  12. 羽越本線や鹿児島本線は全線複線化された。
  13. 水戸岡は脚光を浴びていなかった。

20年遅かったら[編集 | ソースを編集]

  1. 205系、211系は民営化直前まで製造されていた。
    • 途中でVVVF車にマイナーチェンジされていただろう。
  2. 鉄道博物館の開館が民営化と同時に行われていた。
  3. 大量の赤字が残ったため合理化が凄まじいものとなっていた。
    • 九州行きブルートレインは民営化の時点で全廃された可能性が高い。
      • 大都市の路線ですら10両ワンマン運転や駅の無人化が行われている。
        • 下手すればJR全体から車掌は消滅していた・・・・かも。
        • 「もしもし券売機Kaeruくん」が東日本以外にも設置された可能性も。
        • 自動改札の半数がICカード専用になる。
    • 新幹線の食堂車・ビュフェも民営化の時点で全廃されていた。
  4. 民営化を強行した自民党は党内から大量の離党者が続出していた。
    • それでも自民党側は刺客を送り込むが票が割れて共倒れを起こし、民主党が第1党になっていた。
      • 結果2005年の総選挙は歴史的勝利どころか、下手したら50議席台半ばまで転落していた。
        • 離党したほうも小選挙区で当選できたのは1人か2人にとどまっていた。
    • しかし民主党政権がだめだめだったので自民党に政権を奪還されていた。
      • そうなると東日本大震災及び福島第一原子力発電所事故は自民党政権下で起きることになるので、その後の対応が変わってたかも。
    • やはり小泉政権下で民営化が決まったのだろうか?
  5. 並行在来線は分離されないためしなの鉄道やIGRいわて銀河鉄道は存在しない。
    • 肥薩おれんじ鉄道も。北陸新幹線は史実通り(2015年)の開業だったらここで初めて3セク化されていたのだろうか?
    • 信越本線の碓氷峠の区間も残った。
    • 青い森鉄道は八戸〜青森、しなの鉄道は長野〜直江津だけある。
  6. 東北新幹線の新系列は全通時にようやく登場する。
  7. トワイライトエクスプレスは「日本海」のスジを利用する形で登場した。
  8. 福知山線脱線事故は起きていなかった可能性が高い。
    • もし現実通り起きていたら皮肉にもこれが国鉄解体→民営化を後押しする形になっていた。
      • 史実とは異なり、職場規律の崩壊・職員の士気の低下など、専ら国鉄の「親方日の丸の弛みきった体質」が問題とされていた。
  9. 最後の国鉄総裁には葛西敬之が就任していた。
  10. 営団地下鉄の民営化も国鉄分割民営化と同時に実施されていたかもしれない(そちらは史実より2年遅れということになる)。

25年遅かったら[編集 | ソースを編集]

  1. 多分この状態が継続されていたが、3.11をきっかけに増大する赤字に痺れを切らせてこうなる。
  2. 207系、209系、221系は国鉄時代に製造されていた。
    • デザインも現実よりも古臭くなっていた。
    • 207系900番台が量産され、221系は211系をベースに転換クロスシートにした車両で、現実の311系に近いスタイルとなっていた。
  3. 3.11まで重なって、国鉄の赤字が現実以上に超巨大なものになっていた。
    • 国鉄債務の返済のため、2014年には消費税が10%どころか15~20%くらいにまで引き上げられていた。
      • 日本における諸物価の高騰は現実よりも早く平成末期から起こっていた。さらに2022年現在ではさらに物価高に苦しめられている。
    • JRの運賃も現実より高く、特急もA特急料金に統一された上に自由席は廃止されていた可能性が高い。
      • その結果、在来線特急は現実以上に高速バスに利用客が奪われている。
  4. 鉄道博物館の開館も5年遅れた・・・・かも。
    • リニア鉄道館や京都鉄道博物館の開館も現実より遅れた。
  5. 「あさぎり」は一度も沼津に乗り入れたことがない。
    • JR371系や小田急20000形の登場はなく、30000形「EXE」がJR乗り入れ対応になり「あさぎり」に投入されていた。
    • 場合によっては高速バスに客が奪われて「あさぎり」そのものが廃止されていた。
      • 「ふじさん」という愛称も生まれなかった。
    • 場合によっては御殿場線はJR東海ではなくJR東日本に帰属していた。

30年遅かったら[編集 | ソースを編集]

  1. ブルートレインは国鉄時代の内に全廃されていたことになる。
    • きっとサンライズもななつ星も存在しないのでJR化後夜行列車は皆無に…
  2. 国鉄最後の日の切符が「メルカリ」に大量に出品されていた。
  3. 大阪市交通局の民営化も史実より1年早く、国鉄分割民営化と同時に実施されていたかもしれない。
  4. 乗客同士のトラブルや駅員に対する暴行なども増えてきた頃なので、駅員も国鉄時代の横柄なままだった。
    • 「お客様は神様」という考え方は生まれなかった。
    • 同様に飲食店もマナーの悪い客には毅然とした態度を取っていたため、不適切行為はなくなっていた。
    • 多発する撮り鉄の問題行動に対し武力制裁をかけるが逆恨みされ本社にクレームが入りその結果労組と本社の関係がさらに悪化する。

35年遅かったら[編集 | ソースを編集]

  1. 2020年から始まった新型コロナウイルス感染症の影響を受け、JR各社は厳しい船出を強いられた。
    • 果たして本当に民営化できたのだろうか…。
    • 恐らく民営化自体はコロナ前に決まってたと思うが東京五輪同様世間からの中止要求を無視して数年延期して強行
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