もし幕府体制のまま近代化していたら

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  1. 東京ではなく江戸と呼ばれる
    • 「大阪」と呼ばれずに「大坂」のまま…。
    • 「京都」も「京」のままだった。
      • 京都所司代があったのでやはり「京都」だろう。
    • 「駿府」は「静岡」に改称されなかった。
    • 「豊橋」も「吉田」のまま。
  2. 近代化の際に求められる条件は現実と変わらないためそこまで歴史は変わらない。
    • でも議会や憲法の制定などは遅れたかも。
      • むしろ早まった可能性が高い。幕末には西周などが欧米に習った憲法や議会の案を出している。その中で徳川将軍は「大統領」とされていたから、天皇と大統領が両方いる以外は現実と同じになる。かつてのイランみたいな体制だね。大統領も民主化運動で結局は公選制になる。
        • 慶喜は大統領制の確立とともに将軍から降りるだろうから、初代大統領は徳川家達になっていただろう。
        • 将軍は議会の議長になり、朝廷は拒否権のない最終決定権を下す場になっていた。
        • 議会は大名と各藩の藩士からなる上院と選挙で選ばれる下院で構成。
        • 「大統領」とは政府首班程度の意味であり、史実における「内閣総理大臣」と同じ扱いだった可能性も。その場合「大統領」=「国家元首」とはならなかったかもしれない。
          • 老中や大老が首相と扱われていたらその限りではない。世界でも類を見ない(イランは首相が廃止されて以降事実上の首相公選制みたいなもんだから)制度になっていたかもしれない。
  3. こんな世界観になっていた
    • どちらかと言えば百花繚乱銀魂から宇宙人を抜いたような世界観になってたかと思う。
    • この作品のような世界かも?
  4. 将軍は世襲では無くなる。でも徳川家自体は戦後になっても影響力を持ち続ける。
  5. 天皇は現在でも京都にいる。
    • 帝都電鉄(現在の京王井の頭線)は別の社名に。
      • 江王(こうおう?)電鉄とかかなあ。
    • その結果京都が大阪よりも発展している。京阪電鉄の本社も京都にある。
    • 日本は江戸と京都の2大都市を中心に発展するようになっていた。
      • それは無い、江戸時代は政治の中心は江戸で経済の中心は大坂。京都は皇居があること、憲法に首都と書かれる以外ポジションは史実と同じ。
    • 東京一極集中はなくドイツみたいな人口分布だったかもしれない
    • 憲法における首都は京都、事実上の首都となり国会や省庁や大使館が置かれるのは江戸、大坂は企業の本社が立地するなど経済的な中心地となる。
    • 新聞も読売と日経は江戸に、朝日と産経は大坂に本社を置いていて、産経は文字通り経済紙の色彩が強くなっていた。毎日は「江戸日日」と「大坂毎日」に分かれたまま。
    • テレビ局は日本テレビ系と江戸12チャンネル(現実のテレビ東京)系列は江戸に、朝日放送系列と毎日放送系列は大坂にキー局を置いていた。
    • 現実のフジテレビ系列は大坂の「サンケイテレビ」がキー局となり、江戸の系列局は「坂東テレビ」という地方局であった。
  6. 幕府側を支援していたフランスの影響を強く受けた国になっている。
    • となれば、やはり廃藩置県は行われた。
    • むしろイギリス型の階級社会になっていたのでは。そして階級によって言葉が違うので一般市民の標準語はべらんめえの江戸言葉が広まった。
    • 道路交通が右側通行になっていた。
  7. 近衛文麿は関白になっていた。
  8. 断髪令や廃刀令は出ず、武士がでかい顔して町の中を歩いている。
    • 刀剣類自体は時代が下るにつれ使い勝手の良いピストルなどに置き換わったのではないだろうか。結果として日本にもNRAの様な銃剣類の圧力団体ができていたかもしれない。
      • 史実での警官の発砲にマスコミが大騒ぎする情勢を考えたら、次第に「持っているだけで使うことが出来ない」と揶揄されるように。「いつでも使える武器のはずなのに、使うと全てが終わる」という意味で「武士の帯刀」なる諺まで出来ていた。
    • ちょんまげ姿で洋服を着た侍や大名の写真が残っていたかもしれない。
    • 服は今でも着物が主流
    • 廃城令も出されず、日本中に城がたくさん残っていた。
    • 現実の警察の役割も武士が担っていた。
  9. 士族授産がないため郡山は未だに原野地帯。
    • 白河が交通の要所として発展していた。
    • 郡山は「東北のシカゴ」と呼ばれない。
    • 奈良県の大和郡山市が「郡山市」を名乗っていた。



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