もし日本が戦後しばらくして権威主義化していたら/スポーツ

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もし日本が戦後しばらくして権威主義化していたら > スポーツ

  1. 史実より業界は発展しているだろう
    • 少なくとも国策によるスポーツ振興は史実より盛んにおこなわれている。
      • スポーツ庁は昭和の間に発足している。
  2. 戦後も日本の国技が相撲なのは史実と変わらず
    • まあ当然と言えばそりゃ当然
    • 力士は以下のようになっていた
      • 大鵬の爆発的な人気は史実と変わらず
        • むしろ史実以上の人気になっていた
      • その後の北の湖・千代の富士の人気も史実と変わらない
      • 若貴兄弟の人気もやはり史実通り
    • 但し大相撲の人気低迷はプロ野球の大衆化もあり史実と同じく不可避
    • 昭和天皇がこよなく大相撲を愛されたのは変わらず
      • 天覧試合も史実より多めに設定された
    • 相撲協会の腐敗もなかったかあっても史実よりは幾分マシだった
    • 外国人力士が増えるのは史実と変わらないが、21世紀に入ってから日本人力士の優勝が激減することはなかった
  3. プロ野球は戦後急激に人気が急上昇し、史実以上の支持を得て、現在でも国民的スポーツの代名詞に。高校野球も史実以上の人気を得れば、大学野球や社会人野球も史実より盛り上がっていた。
    • 興行収入が日本で最高額なのも変わらず
    • プロ野球の戦後史が史実と違い、結果として現在の日本のプロ野球界も史実と異なる
      • 1949年の日本野球連盟の分裂による2リーグ制移行は史実と同じ
        • 阪神がパ・リーグ加盟からセ・リーグ加盟へ意思を転換するのも変わらず
          • 結果阪神がセ・リーグに加盟するのは史実と変わらず。理由は読売ジャイアンツとの伝統の一戦のため。(史実でもそうだった)
        • セントラル野球連盟は権威主義復古以降から中央野球連盟に。一方、太平洋野球連盟は変わらず。
          • いずれにせよ、現在はセントラル野球連盟とパシフィック野球連盟に改称している。
        • セ・パ両リーグ問わず国策で球界拡張が実施されるため、球団数は史実よりそれ相応に増えている。
          • 球界拡張は現在までに複数回実施された
            • 帝国復古の1953年には実施されていた可能性がある
            • 東京オリンピックを見据えて1963年オフにも球界拡張は行われた
            • おそらく1970年オフ~1971年開幕前にも球界拡張は実施
            • 1982年の開幕前に行われた可能性も断じて低くない
              • この場合1985年にも球界拡張があったか、1982年の球界拡張がない場合1985年に球界拡張が行われたかと
            • プロ野球60周年を記念して1993年オフ~1994年開幕前には確実に球界拡張が行われた
            • 民主化後の21世紀に入ってからも1度は球界拡張が行われただろう。
        • セントラル・リーグは以下のようになっていた
          • 巨人の一強多弱なのは変わらず
            • 但し球界における影響力は史実以下
            • V9は史実と同じと思われる
              • V10達成もしくはV8以下止まりかも知れないが、いずれにせよ高度経済成長期に連続日本一を達成するのに変わりはない。
          • 中日の優勝回数は史実とほぼ変わらず。強さも史実とさほど遜色なかろう。
          • 阪神は史実より強く、優勝回数も史実より若干多い。
          • 広島の優勝回数は史実より少ない。
            • 球団自体は広島市の行政の所有になっており、球団名は「広島東洋カープ」にならず「広島カープ」から変わらず。
          • 国鉄がプロ野球から撤退することはなかった。
            • よって産経のプロ野球参入はなかった。
            • ヤクルトは新球団を旗揚げし球界に新規参入
          • 国鉄の撤退がないどころか電電公社と専売公社も球界に参入しセ・リーグに加盟している
            • 本拠地は首都圏だろう
            • 東京オリンピックを見据えた球界拡張で参入
              • 電電公社と専売公社は権威主義復古を記念した球界拡張の可能性が高い
          • 日本航空もプロ野球に参入していた
            • 球団名は日航機の尾翼の鶴丸に因んで「日航クレインズ」に
            • 日航球団は確実にセントラル・リーグに加盟
          • ヤクルトは先述したとおり、新規参入で球界入りしていた。
            • 参入は1970年オフの可能性が最も高い
            • セ・リーグ加盟は史実と変わらず
              • セ・リーグ加盟の条件として、当時の日本の核武装を記念した名前になってたかも。
          • 東武も1970年オフにセ・リーグに新規参入で休暇入り。
            • 本拠地は春日部
              • 春日部市郊外に運動公園を整備しそこに本拠地球場を構えた
            • 訂正、球界入りです。
            • 初代オーナーは根津嘉一郎(2代目)
            • 巨人との一戦は名物になってるだろう。
              • 監督も特に初期は巨人のOBが招聘される。
          • 大洋球団の発足は史実と変わらないが、史実と同じく成績低迷が続いた。
            • ホエールズの愛称は史実と変わらず。当初は下関が本拠地だったのも同じ。
            • 松竹ロビンスの吸収合併は史実より遅れた。いずれにせよ不可避なのは変わらず。
              • 松竹球団の吸収と同時に大阪へ移転するのも変わらず。
                • 大洋松竹ロビンスを一時的に名乗るのは同じ。後に洋松ロビンスに改名するのも変わらず。松竹の撤退で大洋ホエールズに戻るのも変わらず。
            • 大洋ホエールズに戻ってから川崎に移転するのも史実と変わらず。
        • パシフィック・リーグは以下のようになっていた
          • 東急は東映への移管も売却もないまま現在も球団を所有し続けている
            • 球団名も東急フライヤーズのまま
              • 駒沢球場の建設とそこへの移転と、五輪会場建設による閉鎖解体は同じ
                • 駒沢球場解体後は神宮球場へ移転するがほどなくして後楽園球場へ移転するのも史実と変わらず
                • 1977年頃に東急田園都市線の沿線に超大型球場を建設し2019年現在もそこを本拠地としている
                  • 現在では屋根が付きドーム化されている
            • 水原茂の監督就任は史実と変わらず
            • 張本勲の入団も史実と変わらず
              • 張本勲は巨人に移籍せずこの球団一筋で現役を終えていた
          • 近鉄と阪急は現在も球団を所有し続けている
            • オリックスは新球団旗揚げで球界に新規参入
              • 史実より早くに建設された大阪ドームを当初より本拠3江地としている。
              • 球団名も球団創設から現在まで一貫して「オリックス・ブルーウェーブ」。
              • 日本プロ野球創設60周年を記念した球界拡張(1993年オフ)でおそらく参入。
              • 訂正:本拠3江地→本拠地
            • 阪急ブレーブスは現在も存続
              • 阪急西宮球場から他所へ本拠地を移転せず
              • 阪急西宮球場は老朽化のため2005年頃に閉鎖され解体。2006年より西宮北口駅の反対側に建設された阪急西宮ドームを本拠地球場にしている。
              • 戦後帝国時代初期は小林一三が名物オーナーなのは史実と変わらず
              • 小林一三の死後は一三翁の息子の小林米三が名物オーナーに
            • 近鉄バファローズも現在も存続
              • 近鉄パールスは藤井寺球場を本拠地とするが日生球場へ史実と同じく移転
              • 近鉄バファローを名乗ることなくパールスから一気に近鉄バファローズに改称
                • 東花園に新球場を建設し2019年現在もそこを本拠地としている
                  • 名称は近鉄東花園球場
          • 西鉄球団の発足は史実と同じ。当初は西鉄クリッパースだが西日本パイレーツを吸収して西鉄ライオンズになるのも史実と同じ。
            • 1950年代に南海と人気と実力を同時に二分するのは同じ
            • 1963年のリーグ優勝を最後に低迷し始めるのは変わらず
            • 黒い霧事件でのダメージは史実をも上回る
              • 黒い霧事件自体が刑事事件として扱われ、主犯の永易将之と西鉄オーナーの西亦次郎は逮捕され実刑判決を受けていた。
              • 西鉄の身売りは史実と同時期か史実よりやや早い
              • 西鉄身売り後は地元自治体の福岡直轄市(現:福岡特別市)が引き取っていた。
                • 進藤一馬市長がオーナーに
                • 1974年オフには国土計画(西武グループ)に売却され福岡を去り首都圏の埼玉・所沢に移転していた。
          • 南海が1950年代に西鉄と人気と実力をともに二分するのは同じ
            • リーグ優勝は何度もするが日本シリーズで巨人に毎度のように敗退し「何回も巨人に勝てない南海」と史実同様揶揄される
            • 1959年の日本一でようやく巨人を倒して日本一になるのは変わらず
            • 1964年の阪神との日本シリーズで大阪は史実以上に盛り上がった。
              • この日本シリーズで阪神を倒して日本一は変わらず
            • 開発独裁による難波駅界隈の区画整理で大阪球場は1970年代前半に整理解消。本拠地球場は堺の中百舌鳥に移転した。
            • 1970年代以降の低迷は変わらず
              • 成績低迷のほか親会社の業績不振で毎年莫大な赤字を出すがオーナーの川勝傳が「儂の目の黒いうちはホークスは絶対売らん」と言い張り頑なに維持し続ける。史実と同じ。
            • 1988年4月に川勝傳が死去し吉村茂夫にオーナーが交代してからも、史実のバブル景気がなかったほか中百舌鳥の本拠地球場の償却期間が球団の経営不振で延び延びになった影響ですぐには売却できず、1989年以降もしばらく南海は存続。
            • 1994年頃にオーナーが川勝泰司(川勝傳の息子)に交代。この少し前に中百舌鳥の本拠地球場の償却期間が終了し、球団の赤字経営もあり、川勝泰司オーナーにより球団は売却された。
              • 売却先は松下電器産業と思われる。
            • 杉浦忠の監督退任は史実より遅れる。監督退任時の杉浦の強い懇願で後任の監督は王貞治に。
              • 当然ホークスのオールドファンは強く反発するが、杉浦自身の一声で沈静化した。
              • 王貞治がホークスの南海時代最後の監督になっていた。
            • 南海が本業の鉄道事業で四国に進出しているのは確実なので、四国におけるホークスの人気が(親会社が変わった後も)非常に根強いのは間違いないだろう。
          • 西武の球界参入は1975年開幕前になった可能性が一番高い
            • 先述のとおり、福岡特別市(1975年当時おそらく既に直轄市から昇格)から1975年元日付で福岡球団を買収し、本拠地を埼玉県所沢市に移転し、球団名を「西武ライオンズ」とする。
            • 当時の親会社は国土計画。史実と同じく球団名は「西武グループ」という意味合いがある。
            • 西武時代初期は低迷が続くが徐々に実力を増していく。
            • 1978年が初優勝になったかも知れない
              • この場合日本一も達成していた
            • 所沢移転後に稲尾和久が監督に復帰したかも
            • 鬼頭政一の監督就任はなかった
            • 根本陸夫の監督就任は史実と変わらず
              • 監督退任後のGM就任も史実と同じ
            • 西武ライオンズ球場が社会人野球用の西武園野球場を改造・拡張する形で誕生するのは史実と同じ。
              • 通称が「西武球場」なのは変わらず
              • ドーム化され西武ドームになるのは史実より早い
                • 命名権を賃貸し「インボイスSEIBUドーム」や「グッドウィルドーム」、「西武プリンスドーム」や「メットライフドーム」を名乗ることはなかった。
            • 広岡達朗の監督就任は史実と同時期
              • 1982年と1983年の優勝と日本一は史実と変わらず。これにより西武が一躍全国レベルの常勝球団になるのは変わらず。
              • 阪神タイガースの監督に招聘する話もあり取り合いになったのも史実と変わらず。
          • 東急の球団売却がないため、日本ハムは新球団を旗揚げし新規参入という形で球界入りした。
            • 日拓が球団を所有することはなかった。
          • バブル景気がないため、ダイエーが球界に参入することはなく、南海ホークスはダイエーとは別の企業が買収していた。
            • 先述したとおり松下電器産業の可能性が最も高い。
            • 南海は(おそらく)1994年オフに球団を松下に売却し、南海ホークスは松下ホークスとなった。
              • その後は大阪松下ホークスへの改称を経て、親会社の社名変更に伴い現在は大阪パナソニックホークスになっている。
            • ホークスの松下時代最初の監督は王貞治。その後仰木彬や片平晋作などが監督を務める。
              • 清原和博は大阪松下ホークスで現役を終えていた。
                • 大阪パナソニックホークスになったあとに監督に就任し現在に至る。
                • 当然薬物所持などせずに済んだ。
          • ロッテの球界参入とその形が史実とやや異なる
            • 前身の大映毎日の経緯が史実と違う
              • 毎日オリオンズと大映スターズの発足は史実と変わらず
              • 高橋ユニオンズは誕生せず大映スターズが吸収し大映ユニオンズになることもなかった。
              • 大映スターズと毎日オリオンズの合併による大映毎日オリオンズの発足は変わらず。
                • 但し合併以降の経営の主導権は史実と違い毎日が握った。
                  • 1962年頃を最後に大映は撤退し毎日ユニオンズに戻った。
                    • オーナーは本田親男
                  • 南千住移転はなく東京スタジアムは建設されなかった。
                    • 東京オリオンズを名乗ることもなかった。
                • 1964年のシーズンを最後にロッテに身売り(詳細は後述)
            • 毎日オリオンズのロッテへの売却によるロッテオリオンズの発足は1964年オフ。
              • 岸信介政権の政策によるもの。岸信介による大東亜共栄政策の一環として韓国系資本のロッテへ球界参入を斡旋し毎日球団をロッテに買収させる。
                • 因みに史実でもロッテの東京オリオンズ買収は岸信介の斡旋によるものです。
              • 史実と違いロッテオリオンズ発足当初よりロッテが親会社
            • 大映毎日~ロッテ時代初期・前期と長らく成績低迷が続いた。
            • ジプシー・ロッテはなかった。
          • 東北楽天ゴールデンイーグルスは東北イーグルスとして1980年代の球界拡張で誕生した。
            • 当初は東北野球企業が親会社だった。
            • 発足は国策での列島改造とその後継的な政策によるもの。
            • 2000年代に楽天が買収し東北楽天イーグルスに。
              • 「ゴールデン」はチーム名に入らない。
            • 本拠地は球団発足から現在まで一貫して宮城球場。
          • 全日本空輸もプロ野球にパシフィック・リーグで参入していた。
            • 1970年オフの球界拡張に際して新規参入という形で参入する可能性が最も高い。
          • ソフトバンクはダイエーの球界参入がないので新規参入という形で球界に参入していた。
            • パシフィック・リーグなのは史実と変わらず。
            • 本拠地が福岡なのも史実と同じ。
          • アイワイグループも1980年代のプロ野球拡張に際して新球団を旗揚げし球界に参入した。
            • 十中八九パシフィック・リーグでの参入。
            • 自社球団所有に伴い読売ジャイアンツの優勝セールは取りやめた。
            • 西武ライオンズの優勝セールも当然行わず。
              • そもそも西武百貨店がセブン&アイの傘下に入ること自体があり得ない。
  4. 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の発足は史実より20年早い
    • サッカーのJリーグは田中角栄政権のスポーツ振興政策により創設された。



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