もし特別市が存続していたら

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地方自治法は1947年に制定されましたが、当初は都道府県と市の性格を併せ持ち、都道府県から独立した地方自治体である「特別市」の制度も設けられ、旧勅令「五大都市行政監督特例」で指定されていた大阪・京都・名古屋・横浜・神戸の移行が想定されていました。しかし五大都市が賛成する一方、五大都市が属する府県が激しく反対し、1956年の改正で特別市は廃止され、代わって「政令指定都市」が設けられて現在に至っています。

もし特別市が現在も存続していたら、どうなっていたでしょうか?

  1. 愛知県では新しい県庁所在地を巡って、豊橋・岡崎・一宮の間で対立が起こる。
  2. 京都府の府庁所在地は福知山や舞鶴の反対を押し切って亀岡に(京都市に隣接し・かつ府の版図のほぼ中心にあるため)。
  3. 兵庫県の県庁所在地はあっさり姫路に決まる。
    • 兵庫県ではなく飾磨県(あるいは姫路県)になっていたかも。
      • 姫路や加古川は、「飾磨県」として兵庫県から分離。
    • 兵庫県庁は明石に移転する。
  4. 札幌や福岡の人口増加に伴い「準特別市」と称して政令指定都市と同様の制度ができる。
    • 仮に両市が県から離脱するとしたら北海道の道庁は旭川、福岡県は飯塚市になっていた
    • あるいは福岡市も関門市も離脱して抜け殻に成ってしまった福岡県は改名して久留米県になっているか、佐賀県に編入されてした。
  5. 北九州市は誕生しない
  6. 神奈川県の県庁所在地は揉めに揉めた末、かつての軍都計画が決め手となって相模原に。
    • この関係で横浜の特別市移行は遅れる。(史実では相模原の市制施行は1954年11月)
    • 川崎市が飛び地になってしまうのも問題になっていた。
  7. 大阪府の府庁所在地はもちろん堺市。「大阪府」ではなく「堺県」になっていたかもしれない。
    • ちょうど現実の京都市と大津市のような関係になっていた。
  8. 東京都庁のような「市役所兼県庁」は存在しない。
    • 東京市が「東京特別市」として存在する。一方、現在の東京都多摩地域は「多摩県」となる。
      • 歴代の東京都知事は「東京市長」の比重が圧倒的に大きいから、多摩地域が軽視されがちになるのは当然。「特別市」制度が存在すれば、多摩に関する行政案件もスムーズになるだろうな。
        • 八王子は中核市の初期メンバーになっていた。昼間人口の要項撤廃で町田が、面積要項の撤廃で府中と調布も移行した。
          • 場合によっては八王子はどっかと合併し政令指定都市になっていたかも。
      • あるいは埼玉県と融合して両県は「埼多摩」県になる。読みは埼玉と同じく「さいたま」。
    • 橋下徹が「大阪都」(大阪市役所兼大阪府庁)構想を打ち出す事はあり得ない。
      • 大阪市と大阪府の行政が完全に分断されていたため、大阪市モンロー主義の弊害が史実以上に酷くなっていた。東京と隣県の関係と異なり、大阪市と大阪府の両方に大阪という名前がついているため、どちらの首長も「うちらが本当の大阪や」と引かなかった。だから橋下は都構想ではなく、大阪府の大和川以北を全て大阪市に編入して、大和川以南を堺県とする構想を打ち出していたはず。

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