もし田沼意次が失脚しなかったら

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  1. 田沼時代ではなく天明の改革と教科書に記載されている。
    • その代わり「寛政の改革」が消えている。
  2. 北海道の開拓にも熱心に取り組んでいた。
    • 北方領土問題が緩やかになる。
      • 1800年代序盤には樺太や千島列島が完全に日本の領土に組み込まれ、領土問題は発生しない。
  3. 松前藩以外にも北海道に藩ができていた。
  4. 時代劇は誰を悪役にしたらいいのだろうか?。
    • 「妖怪」こと守旧派の儒学者鳥居耀蔵で。
  5. 今よりも賄賂に対して甘い世の中になっていた。
    • 贈賄・収賄罪も現行よりゆるくなっていた?
    • それはない。
      • そもそも「田沼=賄賂」というイメージは松平定信が作った。
        • 意次の息子を斬った佐野政言は出世しようと意次に賄賂を贈ろうとしたが、門前払いされた。
        • よって、田沼意次に金権政治家の汚名がつく事はなかった。
        • 大体、田沼は商工業者からの献金は貰っていたが、武士から賄賂をとって人事を左右したようなことは無かったのではあるまいか?
  6. 松平定信は地元のいいお殿様で終わっていた。
    • 某駅伝小説の舞台は「寛政大学」じゃなくて「天明大学」?
  7. 松平信明が老中になることもなかった。
  8. 三池藩は改易されなかった。
  9. ドラマでも肯定的に描かれている。
  10. 大江戸捜査網は制作されなかった。
  11. 朱子学は時代遅れのものとなった。
  12. 相良城は現代も残っている。
    • 静岡鉄道駿遠線は廃止されなかった。
  13. 大黒屋光太夫は帰国後外交奉行として大出世していた。
  14. 身分制が緩やかになり、消滅する。
    • 明治時代の四民平等は、あくまで形式的なものとなる。
  15. 鎖国が解かれるのも早まった可能性がある。
  16. 幕府体制のまま近代化したかもしれない。
  17. 「日本の資本主義の礎を築いた」と評価され、紙幣に描かれたりして。
  18. 息子も老中になっていた。
  19. 後世において史実のような緊縮主義がまかり通ることはなかった。



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