もし総理大臣があの人物だったら

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なっていなかったら[編集]

片山哲[編集]

  1. 社会党総理は村山富市だけだった。
  2. 厚生省から労働省が分割されず、厚生労働省という名前にならなかった。
  3. 吉田茂がずっと総理大臣を務めていた。
    • 安倍晋三の総理大臣再登板は戦後初になっていた。
    • 芦田内閣もなかった。

大平正芳[編集]

  1. 1980年の衆参ダブル選挙は、もちろんなかった。
    • その最中に倒れる事もなかったため、もう少し長生きできただろう。
  2. 福田赳夫の長期政権となっていた。

中曽根康弘[編集]

  1. 国鉄が現代でもある。
    • 労組はいまでも健在。
  2. バブル経済は発生せず。
  3. 現代でも自民党は旧経世会(田中角栄の流れを汲む政治家)が強く、ひょっとすると中曽根氏が自民から離脱していたかも。
  4. 憲法改正の動きが弱まっていたかも。

細川護煕[編集]

  1. 多分小沢一郎が首相になっていた。
  2. 2014年の都知事選には出馬しなかった。
  3. 陶芸家に転身しても史実ほど注目されず。
  4. 下の名前を迷わず「もりひろ」と読める人は少なかった。

村山富市[編集]

  1. おそらく河野太郎が首相になっていた。
    • 河野談話が「河野・村山談話」と呼ばれることは少なかった。
    • 父親の洋平の間違いでは。
  2. 阪神淡路大震災の対応は…どうなることやら。

森喜朗[編集]

  1. =小渕恵三が倒れなかったらである。
  2. 神の国解散はなかった。
  3. 小泉純一郎が総理になれなかったかもしれない。
    • 森のせいで人気が急落した自民党が小泉人気にすがった面もあるので。
  4. 加藤紘一が内閣不信任決議に賛成する必要もなかった。

小泉純一郎[編集]

全般[編集]

  1. そもそも『郵政民営化』なんてことは実現しなかった。
    • 今でも一人で騒いでいただろうが。
      • 「一人だけの大騒ぎ」で誰にも見向きもされなかったろうな。
  2. よって国民新党、新党日本は結党されず、国民新党の4コマも無かった。
  3. 格差社会とか、二極化など、負の要素が形作られなかった。
    • 格差問題はどのみち起こってたと思う。ただそれが早かったか遅かったかってだけで。
    • 銀行の不良債権処理は行われていないか見送られているため、2000年代後半でもなお不良債権の問題がマスコミ上で扱われていた。
      • 貸し渋りや貸しはがしが2015年現在も死語になっていなかった。
    • ホリエモンや村上ファンドが台頭せず、その逮捕劇も無かった。
      • 阪急と阪神の経営統合もなかった。
  4. 北朝鮮とはすでに国交樹立。ただし拉致問題は黙殺され、マスコミでは今も「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」と報道されている。
    • 拉致問題で頭角を現すはずの安倍晋三氏は北朝鮮批判をし過ぎたためタカ派でKYな3世議員として出世できないまま政治家人生を終わる。
      • 特定疾患である潰瘍性大腸炎が広く知られることはなかった。
    • ハト派の福田康夫官房長官が次期総理争いの単独一番手となり、2008年より早く総理大臣になっていた。
    • 国交を結んでも、人工衛星の打ち上げなどとうそぶいてテポドンノドンスカッドを日本海や太平洋に打ちまくり、日本政府はなぜかその都度人道支援を申し出ていた。
    • 金正日国防委員長は死の床でも松阪牛や夕張メロンを食べることができていた。
    • 東日本大震災後の反原発運動の高まりで「使用済み核燃料を北朝鮮の原発でのプルサーマルに活用すべきだ」という敵に塩を送るような議論が真剣にされていた。
    • 日本に引っ張られる形で、アメリカもオバマ政権のときに非核化を条件に国交樹立し、「21世紀のニクソンショック」などと言われる。
  5. 韓国の盧武鉉政権がここまで反日に傾くことはなかった?
    • 逆にエスカレートして盧武鉉大統領が竹島上陸していた可能性もある。
  6. 営団地下鉄の民営化もなかったかもしれない。
  7. 後の総理大臣が立て続けに1年で職を投げ出す、といったこともなかった。
    • 既に小泉以前から日本の総理大臣の寿命は1年単位だった訳だが。
  8. 「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」は改正されなかった。
    • 派遣労働が製造業にまで拡大することはなかった。
    • このため非正規社員の増加は抑えられた。
      • 政策によっては、正規雇用が増えず失業率は高いままだったかもしれない。
  9. 2005年頃には景気が回復に転じ、失業率も改善。
    • しかし2008年には再び景気悪化。
  10. 省庁の再編は行われず、「運輸省」「建設省」「労働省」「厚生省」などが今でもある。
    • 省庁再編は2001年1月なのでどっちにせよ行なわれていた。
      • 一時検討された厚生労働省の再分離は実現し、社会保障省と雇用省になっていたかもしれない。
        • 普通に厚生省と労働省では。
  11. 民主党への政権交代が早まった。
    • 逆に自民党の不甲斐なさが露呈されないので小沢一郎が暴走することはなかった。
      • 元々は新自由主義的な小沢氏なので自民党の異端児である小泉純一郎氏との連携を模索していたかも知れない。
  12. 小泉が自民党を飛び出し新党を結成していた可能性も。
    • 自民党は史実よりかなり早く下野していた。
    • 「小泉新党」が政界再編の火付け役となり本当に自民党をぶっ壊していたかもしれない。
    • 竹中平蔵氏や渡辺喜美氏などが加わり、のちのみんなの党や日本維新の会のようなポジションになる。
      • 民主党は大きな政府路線(戸別所得補償や子ども手当)に転向せず、結党当初の規制緩和や行政改革を前面に出して小泉氏と共鳴、選挙協力か合併して自民党を総選挙で下野に追い込んでいた。
        • 小沢一郎氏も「日本改造計画」当時のような、アメリカ化や自己責任を推進する新自由主義者のままだったかもしれない。
      • いや、竹中はむしろ、○○戦略会議、の委員どまりで本格的な政界入りはしていなかっただろう。
      • 橋下徹は大阪府知事や大阪市長にはならずに「小泉新党」から国会議員になっていた。
      • 小池百合子は自民党には入らず「小泉新党」に移籍していた。兵庫から東京へのお国替えもなく東京都知事にはならなかったが、兵庫県知事にはなっていたかもしれない。
        • その場合都知事には増田寛也氏が就任していた。
  13. 大学関係の規制緩和も行われなかったため、現実ほど大学は増えなかった。
    • そのため大学は少子化で受験戦争は緩和されるものの、一定の競争率は保っている。「大学全入時代」という言葉は生まれなかったかもしれない。
    • 国立大学の独立行政法人化はなかった。
      • 国公立大学が広告を出すこともなかった。
    • 短大の四年制大学への改組も現実よりは少なかった。
    • 「分数ができない大学生」などの大学生の学力低下は表面化しなかった。2011年の学習指導要領もゆとり路線を踏襲していた。
  14. 道路公団も公社のままで規制緩和も進まず、SAやPAにコンビニや外食チェーンが入居することもなかった。
    • 経費削減の流れがなければ、笹子トンネル事故も起きなかったかもしれない。
    • 猪瀬ポールは存在せず新東名は全線片側3車線で震災前に全通していた。
  15. 構造改革特区?なにそれおいしいの?白タクやどぶろくは駄目に決まってるだろうが!
  16. その後の輸出バブルを考えると、容易にデフレ脱却できていた。(2001年の総裁選で緊縮財政派は小泉のみ。麻生と亀井は積極財政派、橋本も自身の緊縮財政を反省していた)

橋本龍太郎が再び総理大臣になっていたら[編集]

  1. 「経済再生200日プラン」を実行。
  2. 小渕総理に続いて、またもや現職中に死亡。
    • それまで長期政権を築けていたかどうか。
  3. 死のわずか4日後に例のミサイル乱射が起こり、日本は史実以上に大混乱に陥る。
  4. 省庁再編などどちらかというと行政改革に積極的なので、内政面では遅かれ早かれ小泉的な政策を打っていたかも。
    • 官房長官か重要閣僚に小泉純一郎氏を起用していたかも。
  5. 日歯連事件で現職総理大臣が捜査を受けるという憲政史上2度目?の事態になっていたかも。
  6. 史実の安倍晋三氏に代わって「吉田茂以来の元首相の再登板」の枕詞を持っていた。

麻生太郎が総理大臣になっていたら[編集]

  1. 「羽田ローゼン事件」は無かった。
    • 「フロッピー発言」も無かった。
  2. 英語圏の国々で名前の発音をネタにされていた。
  3. 母校に凱旋、秋篠宮佳子内親王殿下との2ショットもあり?
    • やっぱり漢字いい間違いが起こり、田島院長が大慌て。
      • 痛みに耐えてよく頑張った横綱に「内閣総理大臣 貴乃花光司殿」と口走ってしまう。
    • ※現実には初等科凱旋はまだ果たしていない。やはりあの方のせい?
  4. なっちゃいましたね
    • ま、現実よりは支持率はあっただろう。
  5. 「1000円高速」は2000年代前半に開始されていた。
  6. 実際よりネットからの人気が無かった。
  7. 靖国神社のA級戦犯分祀が中韓に押される形で本気で検討されていた。「ネット右翼」からは史実ほど支持されていなかった。
  8. 前総理同様に失言を叩かれまくり、総理や政治家の失言叩きが深刻化していた。

亀井静香が総理大臣になっていたら[編集]

  1. 景気対策のための公共事業を推進し社会保障費削減もおざなりに終わり、日本は2015年現在も良くも悪くも「世界で最も成功した社会主義国」であり続けている。
    • 公共事業抑制がないため建設業者の倒産は少なく、東日本大震災後の建設ラッシュでも建設費は高騰しなかった。
    • 三橋貴明氏(当時まだ若すぎるか)や中野剛志氏が史実の竹中平蔵氏のようにブレーンとして招かれ、政権の顔となっていた。
    • 財源は無利子国債で捻出。
    • 後期高齢者医療制度も反対が多くて実現せず、病院やクリニックは老人たちで混雑したまま。
      • 医療崩壊が史実以上に注目され、増税してでも医学部の定員増が推進される。
  2. 総理退任後だとしてもリーマンショック時には債務支払いモラトリアム法を提唱し本気で検討されていた。
  3. 2015年現在TPPは日本で話題にすら上っていない。
    • 2015年まで亀井が続投するとはとても思えないが…
      • 自国産業保護的な亀井氏が総理になることで、小泉政権の長期化による自由競争・グローバル化・輸入自由化の流れが断ち切られると思われるため。
  4. 談合や随意契約が叩かれることはなく、「仲間外れを作る談合」のみが悪とされていた。
  5. 学会嫌いなので支持率によっては公明党を切って、社民党との連携を模索していた。
    • 憲法改正の無期延期と重要閣僚ポストを条件に連立を組んでいたかも。
    • いずれにせよ自公関係悪化は避けられなかった。
  6. 当然国民新党は影も形もない。

安倍晋三[編集]

  1. もちろん「アベノミクス」はない。
    • 日経平均株価も1万円をウロウロ。
    • 現在も円高傾向、たまに1ドル100円になる。
    • 有効求人倍率も全都道府県で1倍を超えることもない。
  2. 中韓との関係が悪化することはなかった。
  3. 大学新設認可が厳しくなる。
  4. それでも左翼は○○辞めろと言っている。
  5. 報道の自由ランキングで日本がガタ落ちしなかった。

鳩山由紀夫[編集]

  1. アメリカとの関係は悪化しなかった。
  2. ルーピーは流行語にならなかった。
  3. 小沢一郎でも岡田克也でも民主党政権誕生は変わらなかった。
  4. 故人献金や脱税疑惑の扱いは小さかった。
  5. 政界引退後の行動は結局変わらず。

なっていたら[編集]

徳川家達[編集]

  1. 大隈重信の再登板はなかった。
  2. 徳川家が首相?と世論は賛否両論。
  3. 解散総選挙を行うも、与党勢力が大敗して辞任していたしれない。
  4. 第1次世界大戦の日本参戦に影響が出ていた。
    • 場合によっては参戦しなかったかも。

石原莞爾[編集]

  1. 東條英機は前線に飛ばされている。
    • しかしそのお陰で彼はA級戦犯になることはなかった。
  2. どっちみち、太平洋戦争は起こっていた。
  3. 日中戦争はもっと早くに終わっていた。
  4. 満州国の元首は皇帝ではなく大統領になっていた。
  5. 石原内閣の閣僚の大半は皇道派の軍人で固められた。
    • 当時の陸軍には「皇道派」と「統制派」の2つの派閥があったが、石原は皇道派の中心人物であり、東條は統制派の中心人物であるため。
      • いいえ、石原莞爾は、皇道派でも統制派でもどちらでもないと見られていました。ただ、皇道派からすると、自分たちの真意は分かってくれるはずだという期待感はあったようですが。

宇垣一成[編集]

宇垣が組閣できなかった理由についてはこちらを参照。

  1. 第二次世界大戦の日本参戦はなかったor仮に参戦していたとしても攻撃開始が史実(1941年12月8日)より若干ずれ込んでいた。
    • 後者の場合、第二次世界大戦の終結(史実では1945年9月2日)も。
  2. 政界の惑星と呼ばれることはなかった。
    • ちなみに、↑は宇垣氏のことです。
  3. 当然のことながら林銑十郎が首相になることはなかった。
    • 宇垣内閣が流産したことにより林に大命が降下したため。
  4. 陸軍大臣に果たして誰が就任するのか…。
    • 陸軍が陸相を送るのを拒否したのが宇垣内閣流産の原因であるため。
    • 軍務大臣(陸軍大臣・海軍大臣)任用制が改正され予備役・後備役の大将・中将が陸相・海相に就任できるようになれば、宇垣自身が陸相を兼任。
    • 軍務大臣任用制を改正出来ず現役の大将・中将しか陸相・海相に就任出来なければ、宇垣が現役の軍人時代に自らの子分だった小磯国昭・杉山元・梅津美治郎のうちの誰かが就任。

山崎猛[編集]

  1. =山崎首班工作事件が成功していたらである。
  2. 吉田茂の知名度が地味になっていた。
  3. 衆議院議長と首相を経験した稀有な人物となっていた。
  4. 民主党や日本社会党との連立政権になっていただろう。
    • この過程で民自党が分裂していたかもしれない。
  5. 田中角栄はますます反米になっていた。
  6. 茨城県唯一の総理大臣になっていた。

二階堂進[編集]

1984年に中曽根康弘再選阻止を目指して擁立を画策しましたが…

  1. 田中角栄はこの時点で失脚していた。
  2. 公明党や民社党との連立政権になっていたかもしれない。
    • 逆に新自由クラブは野党になる。
  3. 国鉄分割民営化などの三公社民営化が行われたか怪しい。
    • それでもプラザ合意は行われていただろう。

安倍晋太郎[編集]

  1. 吉田松陰記念館で蝋人形がひっそりと置かれることはない。
  2. 韓国よりの政策を次々に実行してしまう。
    • 統一教会との関係も強化される。
  3. 安倍晋三が史実通り総理になっていたら親子三代でやっていることに。
  4. なにかと小渕総理と比較されていた。
  5. 松原照子著『宇宙からの大予言』に書かれた「恐怖の男・安倍氏」は普通に安倍晋太郎の首相就任を予言したものと解釈され、「実は安倍晋三のことではないか?」などと言われることはなかった。

渡辺美智雄[編集]

  1. 羽田孜は首相になれなかったかもしれない。
  2. もしこの時点で自民党から大量に離党者が出ていたら、村山政権も誕生しなかった。
    • 自民党の勢力が現実より小さくなっていた。
  3. 過去のアメリカ人侮辱発言のせいで日米関係がうまくいかない可能性が高かった。
  4. 息子の喜美が自民党を離党する際に新党を結成して民主党と連立政権を組むという噂が出ていた。

小沢一郎[編集]

1999年、自由党時代[編集]

  1. このころは新自由主義者だったので、小泉改革のようなことをやっていたかも。
  2. 民由合併が無いため、いまでも小沢は右派のまま。
  3. 一部ネットで嫌われることは余り変わらない。
    • この場合、ネット右翼からは「愛国者」と呼ばれ、ネット左翼や陰謀論者は「アメリカの傀儡」といっていただろう。

2009年、民主党時代[編集]

  1. だいたいそんなにかわらない。
  2. =西松事件に巻き込まれなかったらである。
  3. 菅内閣はなく、消費税増税発言がなかったため、2010年参院選は民主党が圧勝していた。
    • 人権擁護法案や外国人参政権まで可決していてもおかしくない。
    • 自民党を離れる議員が続出していた。
  4. 下手したら2013年までやっていたかも。

加藤紘一[編集]

2000年の加藤の乱が成功していたらの話。

  1. 2ちゃんねる開設2年目で2ちゃんねらー総理誕生。それによりひろゆきはもっと高い地位を築く。それはそれで嫌だなあ…
  2. 自民党内部の2ちゃんねる化ももっと早くに進行していた。

野田聖子[編集]

  1. 日本初の女性首相になっていた。
  2. 女性活躍がますます推進される。
    • しかし、高市早苗、稲田朋美といった反野田の女性議員は干されていた。
  3. それでも夫婦別姓は実現しない。
  4. 表現規制推進されてオタク涙目。
    • オタクは左傾化する。
  5. 官房長官は小渕優子

関連項目[編集]




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