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もし衆議院解散があの時に行われていたら

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1994年[編集]

  • 当時の羽田内閣は社会党の連立離脱により少数与党に陥りました。この時、辞任ではなく衆議院解散を選んでいたら…
  1. 中選挙区制の下で行われていた。
  2. 1979年・1980年以来の2年連続総選挙となっていた。

羽田内閣与党が過半数をとっていたら[編集]

  1. 第二次羽田内閣が成立していた。
  2. そのまま新進党政権に発展していた。

自民党が過半数をとっていたら[編集]

  1. 河野内閣が成立していた。
    • 1年後に橋本内閣が成立、あとはだいたい史実通り。

羽田内閣与党も自民党も過半数をとれなかったら[編集]

  1. 結局自社さ政権が誕生していたか、それを阻止するために海部俊樹が首相に再登板していた。

2008年秋[編集]

  1. 選挙で民主党が勝ち、自民党が負けるにせよ、実史ほどの大差は付かなかった。
  2. 「高速道路1000円均一」や定額給付金の給付は実施されなかった。
    • その代わり「高速道路無料化」の実験が既に終了。こども手当が支給されている。
  3. 渡辺喜美は自民党を離党せず、みんなの党も結成されなかった。
  4. 西松問題も表に出てこなかったので、民主党の代表交代もなく、小沢一郎が首相に、鳩山由紀夫が外相になっていた。
    • ただし、陸山会問題でどうなっていたか・・・。
    • 少なくとも「権力の二重構造」ではあるまい。
  5. 児童ポルノ禁止法改正案が施行され、漫画・アニメ・ゲームがほぼ全滅
    • そこは何とか出版業界のロビー活動で回避できたかも。

福田康夫が辞任せずに解散していた場合[編集]

  1. 自民党が敗れた場合、総裁は麻生太郎ではなかったかもしれない。
  2. 「あなたとは違うんです」発言は無かった。

麻生太郎が総裁就任直後に解散していた場合[編集]

  1. その後の閣僚の失言も無い為、国民の反発も実史ほど強くなかった。
    • 中川昭一は最悪でも比例で復活当選していた。
      • 復活当選しても、約1ヶ月後の10月4日に死去したからなぁ。
      • 1年1ヶ月後ね。
        • むしろ、当選していたら亡くならなかったかもしれない。
  2. 解散時期によっては、「金融危機解散」という別名が付いていた。
  3. 確実に自民党は議席を減らしてはいたが、2009年のような惨敗にはならなかった。
    • その場合、民主党政権は誕生しなかったかもしれない。

2010年夏[編集]

  1. 衆参ダブル選挙が行われていた。
    • その場合ここで民主党政権は終焉していたかも。
      • だが2012衆議院選挙のような大惨敗はなかった。
        • その後の選挙日程が史実通りだった場合は2014衆議院選ではそこそこの議席は取れていたかもしれない。少なくとも海江田氏は落ちることはなかった。
  2. 「高速道路無料化」は実現されることなく破談。
  3. 自民党が政権を取り戻し、「谷垣総理」が誕生していた。
    • すなわち、安倍総理は復活せず、「アベノミクス」もなかった。
      • 総裁選によっては安倍総理の復活もありえたかもしれないが、経済政策に本腰が入るのはやや遅れていたか。



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