もし逸見政孝が健在だったら

提供: chakuwiki
移動先: 案内検索

僅か48歳で癌により亡くなった逸見政孝ですが仮に癌が初期状態で手術に成功して生存していたら

全般[編集]

  1. クイズ世界はShowバイショーバイ!」は現在も続く超長寿番組である。
    • 横取り40萬…。懐かしい。
    • 現実に2代目の店長になった当時日テレアナウンサーだった福沢朗のフリーになるのが無かったか、時期が遅れた(かな…)。
    • 場合によってはスーパークイズスペシャルも続いていたか。
  2. 平成教育委員会」も続いていた(たけしの事故うんぬん関係なく)。よって「平成教育予備校」はなかった。
    • その場合ユースケ・サンタマリアはMCになれないとして、アヤパンはどうなっただろうか…。
  3. 「夜も一生けんめい。」も続いていた。
    • よって「夜もヒッパレ」はなかった。
    • ショーバイが続いているということは「歌の大辞テン」も存在してない為、↑2つから考え、日本テレビの音楽番組は超氷河期を迎えていた。
      • 「歌の大辞テン」は別の時間帯(日曜20時あたり?)で放送していたかも。
  4. 鈴木史朗は定年後はフリーにならず引退していた。
    • 露木茂も定年後フリーにならなかった。
      • TBS『おはよう!グッディ』に出演する事が無かった?
    • IKKOは今でも専属ヘアメイクとして活躍。したがって表舞台には出ない。
      • そうなれば、現実に放送している「おネエ☆MANS」の放送が無かった。
      • つかさの「どんだけー」も無し
        • 史実通り「どんだけー」が流行語大賞を受賞した場合、受賞式には藤本敏史が出ていた。
  5. ミリオネア」の司会はみのではなく逸見だった。
  6. ヘキサゴン」の司会となり、おバカ解答者にも優しく接する。
    • 逸見さんが司会だったら、今のクイズパレード形式ではなく初期の六角形クイズが続いていたと思う。あと、ヘキサゴン(ゴールデン進出)が水曜日放送じゃなかったかも…
    • もしかして、「クイズヘキサゴン」の放送が無かったかもしれない。
      • 「ヘキサゴン」が放送された場合、「ヘキサゴン」と「平成教育委員会」との入れ替え戦(サッカーにおける「J1」と「J2」の入れ替え戦の様な形)が行われる。
        • 詳細…「ヘキサゴン」の成績上位者が翌週の「平成教育委員会」に、「平成教育委員会」の成績下位者が翌週の「ヘキサゴン」に出演するもの。
          • そうなれば、渡嘉敷勝男や岡本夏生が、スザンヌや里田まいから馬鹿にされたりして。
    • 六角形クイズが続いてた場合、こうなっていたかもしれない。
  7. 「紅白歌合戦」の司会も務めていただろう。
    • 「大河ドラマ」にも出演していた可能性もある。
      • 俳優は無理としても、ナレーターとして出てただろうな。
  8. 夜のニュース番組のキャスターに抜擢された可能性もある。
    • 「ニュースJAPAN」のキャスターはホーサイでなく逸見。
      • 逆に夕方のニュース(現在は「FNNスーパーニュース」)に復帰か…。
        • 加えて山川千秋が健在だったら竹内貞男と二人してコメンテーター。逸見キャスターと国際派・山川&国会記者クラブの顔・竹内を合わせて久米・筑紫すら粉砕し得る鉄壁の布陣。
          • 山川が史実通りの場合、俵孝太郎がコメンテーターに。逸見との軽妙洒脱ながらも芯の通ったやり取りで人気ニュース番組に。
        • これにより「木村太郎」は、引き続き夜ニュース(現:ニュースJAPAN)を担当し、松本はディレクターのまま。
        • 調子に乗ってスーパーニュースがゴールデンタイムに進出。
      • 逸見と安藤の「スーパータイム」コンビが復活する。
    • あるいは久米宏の後「報道ステーション」のキャスターになっていた可能性もある。
  9. 「オジサンズ11」のレギュラーになっていた。
    • 露木や山中の出番は無かった。
      • 11(イレブン)なので、ハブられるのはどちらか一方でしょうね。
        • OUTは山中氏で間違いないかと。
  10. 子供をテレビタレントにしなかったと思う。
    • 当然、「ズームイン…」のリポーターもやっていない。
    • 「5時に夢中」のMCもやっていない。
  11. ジャイアント馬場はタバコをやめなかったので、もっと早く×××かもしれない。
  12. 03年の阪神タイガースの優勝を心から喜んでいた
    • 05年の優勝の時は甲子園に行ってた。
      • しかし例の33-4には落胆及び激昂していた。
        • 08年のVやねん!も…
    • ナイター中継内で巨人ファンの徳光和夫との応援バトル、のような企画もあったかも知れない。
  13. 郵政解散・総選挙のときあたりに民主党から担ぎ出されていたかもしれない。
    • あるいは、扇千景(『3時のあなた』で逸見と共演)の後継者として政界入り。
  14. 没後にブレイクしたタレントと一緒に番組をしていたかもしれない。
    • モーニング娘。(及びハロプロ関係者),AKB48,SPEED,中川翔子辺りと番組をしていたかも。特に松浦亜弥とは同じ関西出身であり、馬も合っていただろう。
      • AKB48総選挙の司会を務めていただろう。
    • KinKi Kidsや関ジャニ∞とかも。
      • 松浦亜弥・KinKi Kidsや関ジャニ∞の父親的存在になってただろうなぁ。もしかしたら叔父(伯父)と姪・甥のような感じか…。
    • 爆笑問題と一緒にレギュラー番組をしていたかも。
    • 藤原紀香辺りと特番の司会をやっていたかもしれない。
      • 余談だがこの2人はともに兵庫県出身である。
    • 水樹奈々や平野綾といったアイドル声優とも共演していたかも。
      • 特に水樹奈々とは阪神ファン同士ということもあり、意気投合していた可能性は大きい。
    • 武井咲と共演していた可能性も高い。ちなみに逸見さんの命日に、彼女は生まれた。
    • 上戸彩、長澤まさみ、新垣結衣などの若手女優陣とも共演してたはず。
    • 小島瑠璃子とはほぼ間違いなく共演していただろう。ちなみに彼女が生まれた2日後が逸見さんの命日。
  15. 「トリビアの泉」のレギュラーになっていた。
  16. たけしがバイク事故を起こさなかった…か?
  17. 同期の某アナが出家することもなかった…か?
  18. みのもんたや島田紳助の影がかなり薄くなっていた。
    • 宮根誠司がフリーになって東京進出することもなかったかも知れない。ちなみに逸見さんはフジテレビだけではなく地元のABCからも入社内定をもらっていて、宮根と同僚として上司と部下の関係になっていた可能性もあった。
  19. 「FNS1億2000万人のクイズ王決定戦」何年か後にこの番組で優勝したクイズ王(ちびっこの含む)を集結させて「最強のクイズ王決定戦」を行っていたかもしれない。もしくはまだ続いていたかもしれない。
  20. 女子アナがタレント化、アイドル化することは絶対なかった。モナやアヤパンみたいなのは絶対に出てこなかったはず。
    • 平成生まれでは、逸見氏を知っている人より知らない人の方が多い。
      • アヤパンなんて呼ばれず、ごく普通の女子アナ・高島彩で番組進行。
        • 当然、「着信のドレイ」などというCDを出すこともない。
        • もし父親も健在だったら間違いなく女優の道を選んでいた。
        • 高島彩はゆず北川と結婚していたのだろうか?
  21. 「いっつみーのマジメガネブログ」という名のブログもやっていたかと思う。
  22. ダウンタウン・松っちゃんの結婚披露宴の司会を引き受けていたと思う
    • それ以前にこの人の場合は披露宴なかったはずでは?
      • 逸見さんのアドバイスやススメで史実より早く結婚していた(少なくとも30代までに)可能性はありそう。
  23. 山城新伍のお別れ会での発起人にもなっていた。
    • 山城の元妻と長女は最初は参列を拒否するも、逸見の懸命な説得で出席していたかもしれない。
    • ジャイアント馬場が死去した際のお別れ会の司会を務めていたかもしれない。(史実では徳光和夫)
  24. ACのガン早期診断の啓発CMに出ている。
    • 王監督や高杢禎彦、雨上がり決死隊の宮迫が胃ガンに冒された際にも激励のエールを贈っていたはず。
      • 忘れてはいけない岡崎律子
      • 史実で宮迫が出演しているAflacのガン保険のCM(嵐の櫻井翔と対談してるCM)に出演していた。
  25. 「FNSの日」のBIG3(タモリ、たけし、さんま)との共演はもちろん今も続き、毎年の恒例行事になっている。挙句の果てには逸見さん自らさんまの愛車を破壊してたりしてwww
  26. 紅白歌合戦の司会にも起用されていた可能性がある。
  27. 「ダウンタウンDX」にも定期的に出演し、大ボケ発言した際に浜田から「逸見さん!」とよく突っ込まれる。
    • 「笑ってはいけない24時」にも登場し、誰よりもノリノリでダウンタウンを笑わせに来そう。
    • 「格付けチェック」にも出演。正解して流石逸見さん!となったりする反面間違えて浜ちゃんから色々と突っ込まれる、なんて場面があったり。
  28. とんねるずの皆さんのおかげでした!や、めちゃイケにたまに出演。
  29. 健康食品・サプリメントのCMに出ていた。
  30. アナウンサー全体の「親父」的存在に。
  31. 山城新伍が逝去するその以前に横山やすし渥美清いかりや長介松本竜助中島忠幸、植木等、ウガンダ・トラなどの葬儀に参列していた……かも。
    • 特に同じFNSの仲間として山本琢也の葬儀に参列し、弔辞を読んでいたかもしれない。
  32. 奥さんももっと長生きできたかもしれない。
  33. TwitterやFacebookにハマっていただろう。
  34. 平日朝のFM番組「クロノス」も中西哲生じゃなくて逸見さんがやってたかも。
    • となると東日本大震災の時は出ずっぱりだったか。
  35. W杯関連なんかの番組は一人で盛り上がってただろう。今の香取慎吾みたいな感じで。
    • Jリーグでは実家に近い長居スタジアムをホームにするセレッソのサポーターになっていたかも。
    • 熱狂的な阪神ファンだし案外徳○並みのアンチサッカーに、なんてことになっていたりして…まあ逸見さんは個人的な好き嫌いを露骨に出す人ではなかったので大丈夫だったとは思うけど。
  36. AKB総選挙の総合司会が毎年恒例になったかも。
  37. テレビ東京で大江麻理子アナと司会をしていただろう。
  38. 島田紳助が芸能界を引退(2011年8月23日)した際に、なんらかのコメントをしていた。
  39. 「探偵!ナイトスクープ」の2代目局長は西田敏行ではなく逸見さんになっていたかも。
    • ただ逸見さんとABCは「素敵にドキュメント」のやらせ事件があっただけにその件でしっかり和解出来ていたかどうか?
      • もしかしたらABC(場合によってはテレ朝も)の番組には一切出演しないまま現在まで絶縁状態に、となっていた可能性も。
  40. 特番放送時に務めていた「平成初恋談義」の司会をレギュラー昇格後も務めていた(史実では板東英二)
  41. 2016年5月6日にTBS系列で放送された「爆報!THEフライデー」の内容が変わっていた。(この日の放送は「逸見の遺品を整理する」内容だった為。)
  42. 京急の逸見(へみ)駅を「いつみ」駅と読み違える人が出ていた。
    • 名前が縁で名誉駅長に就任していたかも。
  43. 2018年現在も生きていた場合、2025年の大阪万博開催決定を喜んでいた。
    • 大阪都構想に関しても何らかのコメントをしていただろう。
      • たかじんや橋下徹とは盟友になっていたのか、あるいは犬猿になっていたのか?
  44. アニメの声優も1回はやっていた。もちろん本人役もあり。
  45. 2008年夏季オリンピックの大阪招致失敗を見て、落胆及び激昂していたのは間違いない。

土曜日ゴールデンの編成はこうなっていた[編集]

  1. 日テレのケース
    1. 19:00~19:58…「クイズ世界はSHOW by ショーバイ」(水曜から移動)
    2. 19:58~20:54…「マジカル頭脳パワー」(木曜に移動せず、放送時間を2分拡大。)
    • 事実、実際1回だけ、両番組がコラボレーションした事がある。
  2. フジのケース
    1. 19:00~19:58(後に19:57に変更)…「クイズヘキサゴン」
    2. 19:58(後に19:57)~20:54…「たけし・逸見の平成教育委員会」 (58分繰り下げ、後に1分繰り上げ。)
  3. これにより、日テレとフジとの「4・8戦争」が勃発する。(過去現実に言われた「6・8戦争(TBS「全員集合」とフジ「ひょうきん族」)」の再現となる。)
    • このあおりで、TBSとテレ朝が視聴率で低迷期に入って、当枠が鬼門枠となる。(テレ東は問題外)
    • そうなれば、TBSとテレ朝において、日テレで一部放送権を譲渡した土曜日の巨人中継にかぶりついたかも。
    • TBS(制作は毎日放送)が「久米宏の逸見ってヤツは!?」で対抗したりして。
    • TBSで「全員集合」復活!テレ朝とテレ東は完全に沈没。

もしJAL123便に搭乗していたら[編集]

逸見は、夏季休暇中による帰省の為、1985年8月12日の羽田発伊丹行JAL123便に搭乗する予定だったが、妻晴江の勧めにより、東海道新幹線に乗り換えて難を逃れました。もし、逸見が妻の勧めを受け入れず、そのままJAL123便に搭乗していたら?

フジテレビの場合[編集]

  1. 当時逸見がメインキャスターをしていた「FNNスーパータイム」で、逸見の死を伝える事に…。
  2. そして、「スーパータイム」でピンチヒッターを務めた露木茂が、そのままメインキャスターになる。
  3. 事故の2年後から開始された「FNSの日1億2千万の夢列島」も放送自体が無かったか、実史で逸見が出演していた1992年と1993年の内容も大きく異なっていた。

フジテレビ以外の放送局の場合[編集]

  1. 当然、フリーになる事が無い為、番組編成に大きな影響を与えていた。
    • 特に「SHOW by ショーバイ」でゴールデンタイムを支えた日本テレビの影響が大きかった。

その他[編集]

  1. 闘病生活を送ることが無い為、「ガン再発す」も存在しない。
  2. 芸能界では、坂本九と共に日航機事故での死を悼まれていた。
  3. 山川千秋が逸見政孝の葬儀で弔辞を読んでいたかもしれない。
    • 彼は日航機事故当時はまだ健在。
  4. 本ページの内容も大きく変わっていた。

関連項目[編集]




関連記事