新型コロナウイルス関連の投稿は当分の間厳禁といたします。詳しくはこちらをご覧ください。

もし金解禁で新平価を採用していたら

提供: chakuwiki
移動先: 案内検索

wikipedia:ja:金解禁
1930年に実施された金解禁(金本位制への復帰)では、旧平価(第一次大戦前の金本位制を採用していた時代のレート)を採用するか、新平価(解禁時点での実際のレート)を採用するかで論争がありました。結局、旧平価を採用して、世界恐慌の最中に金解禁を実施した結果、日本は急激なデフレ不況に襲われ、金解禁を断行した濱口内閣は崩壊、濱口首相と井上蔵相は後に暗殺されるという悲劇的な結末となってしまいました。
もし、このとき新平価を採用していたら、日本はどうなったでしょうか?

  1. 恐慌の影響はあったものの、急激なデフレ不況はなかった。
    • しかし、他国が次々に金本位制を離脱すると、日本は通貨高となって、結局不況に陥った。
    • 高橋是清の再登板がなかったので、不況からの景気回復は遅れた。
    • 史実のような急激な不況と景気回復ではなく、ダラダラとした長期の不況が続いた。
    • 1930年代半ばになって、ようやく金本位制を停止し、不況は収まった。
  2. その結果、濱口内閣は国民の人気に支えられて長期政権となっていた。
    • 満州事変時も米英協調路線の濱口内閣だったので、国際連盟の調停案を日本は受け入れ、国際連盟の脱退はなかった。
      • その結果、日本の大陸進出は行われなかった。
    • しかし濱口内閣の後は、長期化する不況を背景に、軍部の影響が強まっていった。
      • 満州国が存在しないので、日本の軍事的進出は南進論が優勢となった。
      • 大陸に足を取られることなく太平洋戦争を迎えたため、太平洋・東南アジアに兵力を集中できた。
        • でも戦術は変わらなかったため、悲惨な死を迎えた兵が増えただけだったかも。
    • 東京駅にある遭難現場を示すプレートが1つ減る。



関連記事