カリーニングラード

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ご当地の噂 - 世界ヨーロッパロシア北西連邦管区カリーニングラード

  1. カリーニングラードは一筆書きで有名な都市。
    • 市内を分岐しながら流れる川に、複数の橋が架かっており、一つの橋を一度しか渡らず、すべての橋を一筆書きで廻ることが要求されるが実際はとんちを使わない限り、そういうことができないことになっている。
    • だったら一筆書きの題材になどするな、と思うが、その程度の名物がない限り、スターリングラードとかレニングラードとかと混同されるのだからやむを得ない。
      • 名物なら琥珀がある。それとカントなどの学者も名産品だったが今は…。
    • 一生懸命そのルートを探っていた住民は一筆書きは不可能という事実を知ってガックリした。
      • これの漫画版に(スキー場で遭難する話だったかな?)その一筆書きの話があった。
  2. バルト三国の独立と周辺諸国のEU加盟で、浮いた島みたいな存在に。
    • 持て余すくらいなら、ポーランドドイツに割譲してもいい気がするが。
      • どちらもロシア人が移住した土地を割譲されても困るんじゃないか。
      • ソ連崩壊直後にポーランドにあげようとしたが頓挫した実績有り。
    • 独立させてプロイセン共和国でもいいが。現在のドイツにプロイセン色はないし。
    • 地元で囁かれるアネクドート(政治的諷刺の小咄)では「小リトアニア」としてリトアニアに編入されるというものまである。
      • ドイツ人やポーランド人が来る前の原住民はリトアニア人に近縁だった訳だし…
        • でもドイツ騎士団の征服を生き延びた先住民は新しいプロイセン人(バルトドイツ人)に血を残したから、現在のドイツ人にも僅かに受け継がれているんじゃないか。
    • プロイセン時代はポーランド分割まで飛び地。ドイツ時代は西プロイセンがポーランドに分轄されてから飛び地。ロシア時代はリトアニアが独立してから飛び地。何処の国に支配されても飛び地になる不幸な地。
  3. 旧名ケーニヒスベルク。
    • ロシア革命後にカリーニン将軍の名前を記念して改称。
      • 革命後?
      • 嘘つくんじゃねぇ。ケーニヒスベルクはもともと東プロイセン(ドイツ)領。第二次大戦後、ソ連が占領してそのまま自分のものにしてからカリーニングラードとなった。
      • そもそも同志カリーニンは将軍じゃないどころか軍人ですらない。第四代全露中央執行委員会議長(1919〜38)・初代全連邦中央執行委員会議長(22〜38)・初代評議会社会主義共和国連邦最高評議会幹部会議長(38〜46)。ようは国家元首。
    • ちなみにボルガ川沿いに「カリーニン」という街があったがこちらはソ連崩壊後に元の名前の「トヴェリ」に改称されている。
    • 旧名の意味はドイツ語で「王の山」。同じ意味フランス語の地名がカナダケベック州にある。
  4. ドイツの哲学者カントが一生の殆どを過ごした地。
    • そのため、「カントグラード」に改名しようという声が現住ロシア人からもちらほら上がっている。
  5. 冷戦終結時に旧ソ連各地にいたドイツ系住民がドイツに「帰還」する前に一旦この地に集まってきていた。
  6. ポーランドに属したグダニスクが中世以来の景観を復元しているのに対し、こちらは無機質な軍都として戦前の面影全くなし。
    • 復元された地区があるが非常に安っぽい。ポーランドの完成度とは対照的。ただし大聖堂だけは割と丁寧に復元されている。今後も計画があるらしいので少しだけ期待
    • ドイツ時代にはケーニヒスベルク城という城があってWW2に大破したのだがソ連はその跡地に「ソビエトの家」というヨーロッパ1醜いと呼ばれる建物を作った。
  7. 州としては市内の他、旧ドイツ領プロイセンの北半を含む。その中にはヨーロッパ史にも出てくる「ティルジットの和約」で有名な旧ティルジット市も含まれるが、こちらも旧ソ連臭ぷんぷんの「ソビエツク」と改称されたままである。
  8. 世界地図を見るとどうしてももやもやする場所の一つ。
    • EUに楔を打ち込んでいるようにも見える。



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