サッカーフランス代表

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フランス代表の噂

  1. 通称「シャンパンサッカー」。
    • なんでもその華麗なパスサッカーをフランスの名産品であるシャンパンの泡に例えたのが始まりとか何とか。こじつけ言うな。
    • チームカラーからイタリアの「アズーリ」と同じ様に「ル・ブルー(Le Bleu)」という愛称でも呼ばれる。
  2. 古くはジュス・フォンテーヌ、将軍ミッシェル・プラティニ、最近ではジネディーヌ・ジダンがシンボル的存在。
    • ただジダンは象徴的な存在でありながらもキャプテンではなかった。当時のキャプテンはデシャンで、デシャンの代表引退後にキャプテンを引き継いだのもデサイーだった。
    • エリック・カントナなんて面白い人も居たけど、この人は自国大会で外されて、挙句の果てにそのチームで優勝までされてしまいました。
    • 南ア大会現在ではフランク・リベリーが象徴的。彼はどこまでいけるのか。
      • リベリーは「ジダンの後継者」的な期待を受ける事も多いけれど、役割的にはかつてのヴィルトールの方が近い。ジダンの後継者は個人的にはアーセナルのナスリだと思う。プレースタイル的にも出身地的にも。南ア大会何故か呼ばれなかったけど。
        • ジダンの後継者はグルギュフでは?
    • 正反対の地味で泥臭いタイプだったけど、デサイーもあげたいな。代表ではCBだったけど、全盛期を過ごしたミランではMF(DH)。ミランでの、反則といってもいい身体能力を生かした守備力は凄まじかった。
      • デサイー以降、DHにはオリセー、ビエラ、マケレレ、エッシェン、Y・トゥーレといったブラックアフリカ系の世界的名手が増えた気がする。
      • 94年のW杯で当時猛威を振るっていたナイジェリアとベスト16で当たったイタリアのコスタクルタは、「我々は11人のデサイーと戦わなければならない」と悲壮な決意と共に、当時のデサイーの凄さを形容していた。
  3. 日本と同様「○○の悲劇」経験国。
    • 通称「パリの悲劇」。「ドーハの悲劇」と同じアメリカ大会の予選最終戦でしかも後半ロスタイムと言う境遇も同じ。ただこの「パリの悲劇」は日本だけの通称なので注意。
    • ドーハの悲劇は第三国での出来事だったが、こっちはホームゲームでやられてしまったから・・・
    • ブルガリアは強かったからしょうがない。でもその前のグループ最弱のイスラエルに、ホームで何故負けたのかが不思議。
  4. 対日本戦では、雨の日の定石である中田英の地面を這う様なフリーキックや、俊輔のキーパーの逆を突く見事なフリーキックなど印象的なゴールが多い。勝敗は別にして。
    • 前者のゴールではマルカトーレが「なかた・かべの・あいだー!」と何ともリズムの良い実況を聞かせてくれ、後者のゴールでは倉敷さんが「ゴル゛ァッソー(Golazo)!痺れるぜ俊輔![1]」と放ち、双方とも忘れられない実況を残している。
    • すみません、中田のフリーキックはオーストラリア戦でしたorz。
  5. 何故か正ゴールキーパーなのに「16番」を愛用するスキンヘッドの名物キーパーがいた。
    • その頭に大ベテランのローラン・ブランがキスをするのもお決まりだった。
      • ちなみにこのブランがW杯南ア大会後のドメネクの後任として決まっているらしい。ブランが監督になったら、長らく代表から離れている「ブランの再来」「ブランの息子」なんて言われたローマのメクセスも呼ばれるのかな?
    • そう言えばアンリもずっと「12番」を愛用している。
      • ファン・バステンがオランダ代表選手のころ12番付けていたので、それに対するオマージュらしい。
  6. W杯優勝メンバーの1人でもあるクリスチャン・カランブーの奥さんが有名なモデル。
    • 驚異的に股下(脚)が長いとかで1度(たけしの)アンビリバボーかなんかでも紹介された事があった。
  7. 移民が多い。
    • アンリ、アネルカ、ギャラス・・・このへんの顔ぶれを知らない人が見たらカメルーンかどこか、アフリカのチームと勘違いしてしまいそう。
      • でも彼らはれっきとしたフランス人。肌の色は関係ない。ジダンだってアルジェリア系だし。それがフランスのいいところ。
      • これらの選手の多くは両親の出身国を代表に選ぶ事も出来た。逆にアフリカ各国の代表にもフランス育ちでフランス代表として出られる権利を持っていた選手が多くいる。実際、本人がどっちを選ぶかだけ。
  8. ジダンが去って以降、チーム力が低下している気がする。
    • この国は基本的に王様がいないとチームが機能しないらしい。考えてもみりゃ、この国が一番輝いてたのはルイ14世やナポレオン、ドゴールのような強い指導者のいた時代だったしな。お国柄か。
    • 白人やアフリカン両方から尊敬されていたテュラムのような選手がいないのも一因。
  9. W杯南ア大会は「アンリの手」で出場権を得た。
    • 予選のプレーオフ、アイルランド戦、試合も延長という正に大詰めの場面でアンリが手でトラップしたボールを流し込んで決勝点を挙げ、W杯出場を決めた。当然見逃した審判が悪いんだけど、「僕は審判じゃないし」とハンドをあっさり認めた上で開き直ったアンリにも批判が集中してしまった。
      • 自責の念からか、批判に耐え兼ねたのか、アンリ本人も反省を見せて再試合を提案するも、FIFAやフランスの協会は否定的で再試合は実現しなかった。
    • 結局出場した本大会ではチームも奮わず、内紛まで勃発。最終戦ではキャプテンのエブラを含めた「造反組」がメンバーから外され、期待されたグルキュフが1発レッド、試合にも敗れ、最下位で予選落ちと歴史的な醜態を晒してしまった。アイルランドの呪いか。
      • しかも懲罰的な意味も含め、帰国の便はエコノミークラスというおまけ付き。
        • 負けて遠征先からダッシュで帰らされる部活の学生じゃないんだから。
  10. U-17代表に、シュートをことごとく決められる伝説のヘボキーパーがいた
    • 森崎君とどっちがヘボか、論争したものだ。
    • 日本とやった時って何点取られたっけ?
    • 今何してるかは不明。
  11. 内紛が専売特許化しつつある。もはや内紛はあのチームではなく、ここの代名詞では?
    • せっかく2年前の事件から立ち直りかけてたのに、EURO2012でもそれを蒸し返すかのように内紛が起きてしまいましたね…
  12. その名も「バ」という1文字の代表選手がいた。
    • ACミランにも所属していた名プレーヤー。この人ももちろん移民で、恐らく本人が選択すればセネガル代表でも出られた。
  13. アルゼンチン、オランダと相性が悪い。
  14. ユニフォームサプライヤーは長年アディダスだったが、2011年からナイキに変わる。
    • アウェイユニフォームがマリンルックに!
  15. 最大のライバルはイタリア。



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