トランスカイ

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トランスカイの噂[編集]

トランスカイ1976年発行普通切手・地図と国章
  1. 人種差別時代の南アフリカが独立させた、いわゆるホームランド。
    • 南アが人種差別をやめた後には、同国に復帰した。
    • どういうわけだが知らないが世界地図で独立国として扱われていた。
  2. レソト国境からインド洋岸にわたる地域で、面積は結構広い。
    • レソトが3万平方kmに対して、トランスカイは4万平方kmだった。
    • トランスカイがあった時代は、レソトは南アフリカに囲まれていなかった。
  3. 南アのマンデラ元大統領は、実はトランスカイ出身。
  4. 建国時の指導者のマタンジマはマンデラの甥にあたる。
    • トランスカイ独立前はマンデラとマタンジマの仲は良かったが、この時点から袂を分かち、絶交状態になったという。
      • 白人に協力して黒人の地位を保障してもらおうとしたのがマタンジマ。全人種の権利を平等にするために国家体制そのものの変革に挑んだのがマンデラ。方法は違うが、二人とも「黒人の地位向上」という目的は同じだったといえる。
      • ホームランド廃止後は二人の関係も修復された…らしい。
  5. 独立の目的は、独立国になれば南ア内の黒人はトランスカイ国籍の外国人になり、選挙権等の権利がなくても人種差別にはならないという言い訳。
  6. 最後まで、南ア以外にトランスカイを承認する国はなく、国際社会からハバにされていた。
  7. 傀儡政府のはずが、途中からなんと南アと断交するという荒技に。
    • 結局、経済封鎖をちらつかされて断念したけど、その後もことあるごとに衝突した。
  8. 南アと仲が悪くなった後も、国際社会から信用されない立場は変わらなかった。
    • この時点でソビエトあたりが承認して軍事協力でもしていたら、アブハジアみたいに今日まで生きながらえていた可能性が高い。
      • その場合は、南アのホームランド政策は完全な失敗となるので、史実よりも人種差別撤廃が早まったかもしれない。
  9. 小さい国ながら、飛び地が2つもあった。
    • それでもホームランドの中では一番まともな部類に入る。一応本土も大きく固まってたし。ここでボプタツワナなどと比較するとよいだろう。
  10. 海岸地域は、ワイルドコーストの異名を持つ。ゴツゴツした岩肌が迫る景観が多い。
    • 岩壁に波浸食でできた大穴「ホール イン ザ ウォール」が名所として知られている。
      • 巨大な魚が岩壁を突き破ってできたという伝説がある。
    • コーヒー湾は、コーヒー積み出し船が難破して一面茶色に染まったことから名付けられた。
  11. 現在はリゾート開発にも力を入れている。
    • ポーセントジョーンズあたりではサーフィンやフィッシングが楽しめる。
    • スヌーカの泉という、ちょっとしたパワースポットも有名らしい。




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