バカ人物志

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歴史上の人物の噂・バカな逸話を集める。
ここでは「歴史上の人物」は大正時代以前に活躍した人物とします。


目次

バカ人物志/日本[編集]

バカ人物志/中国[編集]

バカ人物志/世界[編集]

第一次世界大戦以前の人物といたします。

独立項目

武将伝[編集]

ハンニバル[編集]

  1. カルタゴの将軍。第二次ポエニ戦争の立役者。
  2. 象の軍団を率いてアルプス越え。ローマ攻略を目指す。
    • この壮大な大戦略により、敗将なのに栄光と共に名を残す。
    • 第一次ポエニ戦争でシチリア島をローマに分捕られ、地中海の制海権を失っていたので、やむをえず陸路で攻めようとした。
    • せっかくの象軍だったが、アルプスの寒さでほとんど全滅。
  3. 羊たちの沈黙の続編。
  4. この人がカンネーの戦いでやってのけた「少数による多数の包囲殲滅」は、後世の軍人が誰でも一度はやってみたいと考える憧れになった。
    • そして、大失敗する例が多い。アカンねぇ。
    • 奉天会戦では日本軍がロシア軍に対してこれを企図したが、最後は息切れして流星光底長蛇を逸した。

ロバート・ランバート・ベインズ[編集]

  1. 豚が一匹撃ち殺されただけで始まった戦争をあやうく指揮するところだったイギリスの軍人。

ジャンヌ・ダルク[編集]

  1. 世界初の魔法少女。フランス征服をもくろむ謎の秘密結社イングランドとの戦いに敗れて処刑された。
    • ちなみにそのシーンがあまりに残虐だったため、後に出てくる魔法少女のアニメは全て最終的に勝利することになっている。
      • ところでその「おジャ魔女ダルク」が再放送されるのはいったいいつだろう???
  2. だから、ダルクは武将じゃないって!旗持ちもとい魔法少女だって!本当だってば!
    • 神風怪盗ですね、わかります。
  3. だから魔女として処刑されてしまったわけだ。
  4. 牧野つくし
  5. ドラクロアの絵画「民衆を率いる自由の女神」に描かれている人物はこの人ではないらしい。
    • 「自由の女神」だからマリアンヌに決ってる。

ジョージ・ワシントン[編集]

  1. 本人は戦争が終わった後はマウントバーノンでゆっくりと暮らしたかったらしい。が、英雄として祭り上げられ憲法会議の議長や初代大統領に就任。
    • 大陸軍の司令官としてのポジションも最初は自分はふさわしくないと主張するも結局対抗馬が居なかったため就任。
  2. フレンチ・インディアン戦争の発端は彼自身。
    • 但しろくな戦果も上げられぬまましばらく隠居し歴史の表舞台から消える。
  3. アメリカの大統領の慣習の多くは彼の行動から来ている。
    • 大統領が二期までしか務められないのも彼が三期目の出馬を辞退したから。
    • 大統領就任式で聖書に手を置いて宣誓する儀式もフリーメイソンのメンバーだったワシントンがフリーメイソンの入会の儀式の一つの自分の信じる本に宣誓する儀式をまねしたから。
  4. フランクリン共々フリーメイソンのメンバー。彼の肖像が使われている1ドル札にはメイソンのシンボルが多数散りばめられてるとか。
    • なのでアメリカ建国にはフリーメイソンが絡んでいるというが散々唱えられている。
  5. 歯はかなり酷い状態だったらしい。
    • 大統領就任時には1本を除き全て入れ歯という有様。
    • $1札の肖像は彼が入れ歯を噛んでる場面だったりする。
    • コンプレックスとなって演説を避けるようになり、大統領をやめたのも歯が原因だそうな。
  6. 今は横須賀にいる。
  7. 子どものときに桜の木を切ったことを正直に打ち明け怒られなかった逸話は有名。
    • しかし当時のアメリカ大陸にはまだ桜はなかったらしい。

ヘルムート・カール・ベンハルト・フォン・モルトケ[編集]

  1. ドイツ統一に貢献、近代ドイツ陸軍の祖を作り、プロイセンを世界有数の強国にし、電信と鉄道の有用性にいち早く気づきしかも7か国語を操れる天才。
    • だが嫁さんが姪っ子でしかも結婚した時の年齢差が26歳というロリコン。

学者伝[編集]

アリストテレス[編集]

  1. 「自然科学」の基礎を築いた。
    • 師匠のプラトンや、そのまた師匠のソクラテスが「人文科学」の域にとどまっていた点からすれば、この一歩は大きい。
    • 今から見ればごく大雑把ながら、分類学と論理学を創始。またいろんな学問を体系的に秩序立てた。
    • アリストテレスの体系が当時としてはあまりに完成されていたため、千数百年にわたってヨーロッパの学問を縛り続けた。
      • 地球球体説も地動説もギリシャ時代に存在したのに、「アリストテレス大先生が地球が中心だって言ってるから」って理由で封印されてしまった。アリストテレスが生きていたら嘆いたに違いない。
      • 「重いものは早く落下する」というスットコドッコイな内容を書いてしまい、ガリレオが反証するまで定説で生き残ったりもしている。
  2. アレクサンドロス大王の家庭教師。
    • どんな関係だったか興味のあるところだが、案外後世の人々が想像するような濃い関係ではなく、お互い淡々と授業をしていたような気もする。
  3. アリスとテレス
    • 谷村新司が居たフォークグループとそのパチモン
    • 昔「脱線問答」という大喜利を発展させたようなTV番組があったが、そこの出題プロジェクトチームが「アリスとテレス」だった記憶が。
    • 「たのしい算数」の番組内アニメ。
  4. ドン・チャックのパパ。

ユークリッド[編集]

  1. 数学を習い始めた人々の怨嗟の的。
    • とはいえ、「当たり前のことから順々に複雑な理論を構築してゆく」という方法論を確立してくれたのは、その後の科学の発展に大きく役立った。
    • その怨みはリーマンが晴らしてくれたが、かえって苦しむ羽目になった。

アルキメデス[編集]

  1. エウレカ!
    • 浮力の原理を発見した時の叫び。意味は「われ発見せり!」
    • 「ユリイカ」とも言う。後世、日本の雑誌のタイトルになった。
      • 「ヘウレーカ」という名前で『寄生獣』の岩明均が漫画化。主人公の作中最後の台詞が。いかにも21世紀の日本らしい。
    • 「エウレカ! エウレカ!」と言いながら街路をマッパで走ったらしい。
      • 全裸で
  2. 物理学の基礎を築いた。
    • 「われに支点を与えよ。地球すら動かしてみせん」と豪語。
  3. 故郷シチリアに攻め寄せるローマ艦隊を、ソーラ・システムで焼き払った。
    • 伝説ではあるが、シチリアの強烈な陽光を見ると、できそうな気がしてしまう。
  4. ポエニ戦争のさなかに、ローマ兵により殺された。
    • 最後の言葉は「私の図形を壊すな」。地面に図形を描いて何か計算していたらしい。
      • 図形を壊すと壊したやつに呪いがかかる計算だったんじゃない???
        • ……確かに、アルキメデスを殺した兵士は、上官から「アルキメデスを殺しちゃダメだって言ったろ!」と叱られ、処刑されてしまったんだよなあ。
        • いや、図形と思わせて実はえっちな絵だったんだろ。
  5. 歩きながらでも食べれるラーメン
  6. 円周率の大体の値を算出した。

ニコラウス・コペルニクス[編集]

  1. 地動説を提唱。
  2. 物の考え方の革命的な変化を「コペルニクス的転回」と呼ばれるまでになったほど。
  3. さぞ迫害されただろうと思いきや、意外と賛同者も多く、穏やかに生涯を送っている。
    • そもそもコペルニクスは「地球は動いてるんだ!」と主張したわけではない。
      「地球が動いていると仮定したほうが、天体の動きがシンプルに解釈できるよ」と指摘しただけ。
      • ケプラーの方がそう考えると功績は大きい。惑星軌道を楕円と看做して観測と理論の矛盾を減らしたので。
    • 彼の著書が刊行されたのは死後で、そもそもドイツやポーランドでは教皇の権力など及ばなかった。
    • 更に地動説を提唱する者はそもそも古代ギリシア時代からいた。
      • なんと春秋時代の中国でも地動説が唱えられていたらしい。「晏子春秋」にそれらしき記述が出てくる。

ガリレオ・ガリレイ[編集]

  1. それでも地球は動いている!
    • 実に不思議だ
  2. けっこう偏屈で頑固な人だったらしい。
    • 実にうっとうしい
  3. 裁判にかけられたのは、地動説のせいというより、著書の中で当時の有力者を誹謗中傷したせいらしい。
    • 実に忌ま忌ましい
  4. 手作り望遠鏡を空に向け、数々の発見をする。
    • のクレーターを発見した。
    • 木星の衛星を発見した。いわゆるガリレオ衛星。
    • 金星の満ち欠けを観測した。
      • それが金星の見かけの大きさ変化と連動していることも見つけ、天動説ではできないこの原理の説明は地動説ならば可能となることから地動説を支持するに至り、金星は地球の内惑星であると確信。
    • ここまで見れば、地動説が学問上の仮説ではなく本当のことなんじゃないかと思うのも無理はないかも。
      • 実は×××をしていたり……
  5. 物理学上でもいろいろ発見している。
    • 振り子の等時性を発見。
      • この法則はピサの聖堂のランプを見て発見したという説があるが、ランプができたのはガリレオの時代の後のこと。
    • 落体の法則を発見。
      • ピサの斜塔が有名になったきっかけ。実はイタリアにはピサ以外にも傾いた塔はいっぱいある。
        • 塔の窓から大小二つの鉄球を落としたという実験は、本当はやってないという説もある。
      • 落下速度は落下物の大きさや重さによらず一定というのが落体の法則だが、この法則は「キン肉マン」によってもろくも覆されたらしい。
      • 落体の法則に関しては、空気抵抗に関する説明がなかったため、ネット上で論争の種になることもしばしば。
  6. この人たちは「♪ガリレオ~(ガリレオ~)ガリレオフィガロ~」を思い出す。
  7. この節……実におもしろい
    • 現象には必ず理由がある
  8. ガリレイじゃなかったっけ?
    • フルネームがガリレオ・ガリレイ。
      • 出生地であるトスカーナでは長男に姓を単数形にした名前を付ける風習があったらしい。(ガリレオは単数形、ガリレイは複数形)
    • ほかの人は「姓」で呼ばれるのに、この人だけは「名」のほうで呼ばれるのが面白い。
  9. そうやって今は僕の方へ♪
  10. イギリスとアイルランドでダービーを制した。

アイザック・ニュートン[編集]

  1. 万有引力を発見。その他にも多くの科学上の業績がある。
    • 林檎が落ちるのを見て引力を発見したというのは嘘。林檎が彼の家の庭にあったというだけ。
    • 地球上の物の落下運動と、天体の運動を関連付けて考えたところに功績がある。
    • アインシュタインにより相対性理論が発見されるまでの力学の基礎体系を築いた。
      • 微積分を編み出した。後年受験生の恨みを買うことに・・・
  2. そのくせ錬金術師でもあった。中世人と近代人の狭間に居た人。
    • またの名を「りんごの錬金術師」
  3. 論敵の排除には容赦なかった。
  4. 変なエピソードが数々ある。後世の「変な科学者」像のモデルとも言える。
    • ズボンをはくのを忘れて街を歩いた。
    • 猫を2匹飼っていたが、家に自由に出入りさせるため、猫用のドアを作った。それだけなら良いのだが、大きい猫用と小さい猫用にわざわざふたつ作ったらしい。
  5. でも就職先は税務署だったとか。
  6. オリビア・(略)・ジョン
  7. 空き巣の今村は、ニュートンから数百年の遅れをとって万有引力を発見した。

レオナルド・ダ・ヴィンチ[編集]

  1. 学者節に入ってるけど、芸術家じゃないの?
    • モナ・リザは、眉ゾリした人を描いた。
      • 俗説。実際は眉を描いた痕跡があり、何らかの外部的要因によって見えない状態になっていることが科学調査で判明した。
    • かなり手広くいろいろやった人なので、総合的に一言で評するならやはり「学者」が妥当だろう。
  2. ヘリコプターのデザイン画が、全日空の飛行機の尾翼に描かれていた。
    • 全日空に依頼されて描いたらしい。
  3. 「ルネッサ~ンス」
  4. 翼を授けるドリンクことレッドブルを開発し、市民に提供した。
  5. 世界初のロボット工学者でもある。
  6. 眼球の解剖をする時は、形が崩れないように、茹でてから行うといいらしい。
  7. 現在のように高く評価されるようになったのは、意外と最近。
    • それまではルネサンス期の画家では、ラファエロの方が貴族たちの趣味に合って好まれていた。
    • 評価されるきっかけは彼の手稿の内容が、科学技術の発展でようやく分かるようになったことや、印刷技術の発展で数が極めて少ないダ・ヴィンチの作品が、広く人々の目に触れるようになったことが大きい。
      • 解剖学の見地から芸術作品を制作すべく、馬や犬の死体を買い取っては自ら解剖して詳細なスケッチをとっていた。
  8. 師匠のヴェロッキオもイタリア芸術史に名を残す高名な画家なのだが、20歳そこそこの小僧だったダ・ヴィンチの画才にショックを受けて隠居した人物として知られる羽目になってしまった。
  9. 信じられないほどの遅筆だったらしく、1枚の絵を完成させるまで5~6年費やしたなんてのはザラ。未完成のまま放置された絵や、山のようなスケッチだけを残して構想のみに終わった作品も多い。
    • もう完成して人手に渡った作品でも、思い出したようにちょこちょこ手直ししてグダグダにする癖があった。有名どころではモナ・リザの腕の部分が作業の途中で中断したままだったりする。
    • ダ・ヴィンチの構想を引き継いで他人が完成させた作品もある。
      • LHOOQのこと? あれは詳しく知らないけどおふざけの一種だと思うw
  10. “ウィトルウィウス的人体図”が某映画の影響で有名。
  11. 和訳すると「ヴィンチ村のレオナルド」になるのだが、意外に知られていない気がする。
  12. IQが半端なかったとのうわさ。

ジョン・メイナード・ケインズ[編集]

  1. 「経済学者が金持ちにならないのはなぜか」とか言われたら、この人の名をあげてみるのもいいだろう。
    • 投資で荒稼ぎ。
  2. ちょっとした有名人の多い一族。
    • 父親もひとかどの経済学者なのだが、息子のせいで学者仲間から「君の経済学に対する最高の貢献は、息子を生んだことだ」と言われてしまう。
  3. 男爵。
  4. マルクスが死んだ年に生まれた。
  5. 世界恐慌に乗じて今までの経済学を「古典派」とdisった。
  6. 大恐慌を起こす純粋な資本主義から転換する方法を考案した。

ベンジャミン・フランクリン[編集]

  1. 何を間違えてか印刷屋が雷が電気だと証明しいつの間にかアメリカの建国の父の一人になってしまった。
    • それを応用したのが避雷針。
  2. 凧揚げ実験は実際は本人がやったかが怪しい。
    • その凧揚げ実験を真似ようとしたバカが当時出て案の定(ry
    • 本人はコツをつかんでいたものと思われる。
  3. 息子の一人が王党派(独立反対派)だったため大いに揉め、絶縁している。
  4. 100ドル札。

チャールズ・ダーウィン[編集]

  1. 進化論の提唱者。
    • 生物学者と思いきや地質学者だったりする。今の生物学は彼の発見が根底にあるから強ち間違いではないが。
  2. ダーウィン賞を創設したわけではない。
    • 社会ダーウィニズムも彼が唱えたわけではない。
  3. 毎週日曜夜になるとNHKにやってくる。
  4. 実は同時期に同じような研究をしていた人がいたとか。

哲学者・思想家伝[編集]

ルネ・デカルト[編集]

  1. われ思う。ゆえにわれ有り。
    • ……などというものものしい訳になってるから有難味があるが、これが「考えているボクが居る」みたいな訳しかただったらあんまり広まらなかったかも。
      • シェイクスピアのハムレットの“To be,or not to be”もしかり。日本の翻訳者にはそういうセンスがあるのかもしれない。
  2. スウェーデン王女のおもちゃにされ、こき使われて過労死。高名な哲学者、数学者にしては死に際が悲惨すぎる…。
  3. 超お寝坊野郎だった。

ブレーズ・パスカル[編集]

  1. 「人間は、葦なんだあ!」と喝破した哲人。
    • 岡本太郎の「芸術は、爆発だあ!」に匹敵する魂の叫びである。
  2. ふくらました頬の一方を指で突き、反対側の頬に圧力を感じて「おお!これがパスカルの法則か!」と感動した人は多いはず。
  3. いつの間にか気圧の単位にされていた。
    • ちなみに1気圧は約1013.25ヘクトパスカル。ヘクトは百倍のこと。つまり1パスカルは10万1325分の1気圧。
      • パスカル「そんな軽そうな俺って……orz」
        • 実際パスカルは病弱だった。高地と低地で気圧差を調べる時も自分は山に登らず妹の旦那にやってもらったらしい。
    • 哲学でも科学でも数学でも教科書に出てくる。しかし、真っ先に思い浮かぶのはヘクトパスカル。
  4. 子孫がアルゼンチンに渡り、ファン・ディアスの相方になった。

カール・マルクス[編集]

  1. 毛深い。特にヒゲの濃さは顕著。
    • 多分、貧乏だったので床屋にも行けず、髭剃りも買えなかったと思われる。
      • 若年期、そういう辛い逼迫した生活を送った彼は、全ての人がひげをそれる髭剃りを買える世界を造るため共産主義を唱えだした。
  2. 30年ぐらい前までは偉人とされていたんだが、今では…(以下自粛)
    • 歴史や社会を、出来るだけ普遍的でシンプルなモデルを使って説明しようとした姿勢は素晴らしいが、それをそのまま社会に適用しても上手くいくわけ無いだろ・・・常考。
    • 『ユダヤ人問題によせて』の頃はまだ良かったんだが、『経哲草稿』を出した辺りからおかしくなり始めた。そして『共産党宣言』では…(以下略
  3. 大英博物館を自分の勉強部屋にしてしまった人。
  4. ユダヤ系で弁護士の息子。そう見ればこの人もブルジョアである。
    • 後半生は、むしろルンペン・プロレタリアート。
  5. 資本論は難読。
    • あんなぐちゃぐちゃの原稿、まともに読めるのはエンゲルスくらい。
    • マルクス本人にも読めたかどうか。

フリードリヒ・エンゲルス[編集]

  1. 自活能力がまるでなかったマルクスにご飯を作ったり、オムツを替えてやったりしたマルクスの「嫁さん」
    • 「エンゲルスは俺の」byカール・マルクス
  2. マルクスの死後、その思想をまとめて出版したりと、公私にわたり彼の「尻拭い」をやった。
  3. 大食漢だったので、家計のエンゲル係数が異常に高かった。
  4. ブルジョアだった。

フリードリヒ・ニーチェ[編集]

  1. 神は死んだ。
  2. 彼は正義超人派だったのだろうか?それとも悪魔超人もしくは完璧超人派だったのだろうか?
  3. ♪ニ、ニ、ニーチェかサルトルか♪(by野坂昭如)
  4. 最近になって名言集的な本が出版されて話題である。
  5. 江上敬子と近藤くみこのコントユニットではないらしい。
    • 愛好していることを公言する人は多いが、彼が言いたかったことの本質を理解している人は極めて少ない。

セーレン・キルケゴール[編集]

  1. 絶望はペストや結核よりも恐ろしい「死に至る病」であると提唱した。
  2. ロリコンである。

アダム・スミス[編集]

  1. 「経済学の祖」と言われる。しかしグラスゴー大学で講義をしていたのは法学や哲学。
  2. 中世英国にありながらオックスフォードになじめなかった珍しい学者。
  3. 独り言が多かったとか、すぐ放心状態になったとか言われていて結構な奇人だったらしい。
  4. 分業の重要性とか国際貿易における比較優位とか、現在の経済学でも重要視されることを初めて提唱した。
  5. アダムスさんが間違えた!

ゴットフリート・ライプニッツ[編集]

  1. ニュートンに遅れを取った人。
  2. 思想家、数学者、外交官など、様々な分野で実績を残したが、反面器用貧乏と評されがち。奇抜なエピソードもないので、人々の人気はいまひとつ。

ソクラテス[編集]

  1. 無知の知。鞭の痴ではない。
  2. 悪法も法なり。
  3. ♪ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか♪(by野坂昭如)
  4. の人事
  5. 80年代に「黄金の中盤」の一角をなす。
  6. 妻がとんでもない悪女だったことで有名。

プラトン[編集]

  1. ソクラテスの愛弟子。
    • ソクラテスが汚らしいジジイ(失礼)のイメージで描かれる事が多い為か、プラトンは精悍なイメージという扱いらしい。
  2. 世界初の政治学者でもある。
    • 哲人王と呼ばれる存在がいてこそ国家は理想のものになると考えていたが、後にアリストテレスに「そんなのいねぇよ」と否定されることになる。
  3. 彼の著作は基本的には対話形式であり、ソクラテスが勝つようになっている。
    • 少年ジャンプの作品みたいに、別の主義主張を持つ学者をソクラテスが次々と論破していくスタイルである。
    • ホントにソクラテスが言ったかどうか怪しいものもあるので、何となく幸福の科学の書籍に似たようなものを感じる。

マックス・ヴェーバー[編集]

  1. 「ウェーバー」なのか「ヴェーバー」なのかはっきりしない。
    • 原語のスペルはWeberだから前者が正しいはずなのだが、Wikipediaを含めて日本では後者が正しい事になっている。
    • ドイツ語読みだとwは「ヴ」に近い発音だから「ヴェーバー」の方が近い。
  2. 社会学者からも政治学者からも重要な人物として崇められる存在。彼がいなければ現代政治学と社会学の概論が大分変わってしまっていたはず。
    • 本人は政治学と社会学が得意だが、弟も経済学が得意だったという。
  3. 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』というクソ長いタイトルの本で、プロテスタントと資本主義の密接性を説いた。
    • 「カトリックは稼いだら寄付しちまうから豊かにならないが、プロテスタントは稼ぎと天職は神の賜物だと考えている。だから神の為に自分の職を発展させるためにどんどん稼げ!」…と言った感じらしい。
  4. 善悪二元論を否定し、多元主義を提唱した大きな意義もある。価値判断そのものは神の闘争に委ねればいいらしい。
    • どうもマルクスのような暴力じみた考えが厭だったのかこうなったそうである。
      • マルクス主義のような固定的な二元論は無限の暴力を生むのだそうだが、言われてみれば確かにそうかもしれない。
  5. 彼曰く、政治家は「情熱、責任感、判断力」の三つが揃って言えば良いらしい。
    • 決して「看板、鞄、地盤」ではない。

エミール・デュルケム[編集]

  1. 「自殺」という概念を真剣に分析し、分類した男。
    • 利他的自殺、利己的自殺辺りはまだ分かりやすいが、アノミー的自殺に関してはきちんと勉強しないと「?」となる。

宗教家伝[編集]

ツァラトゥストラ[編集]

  1. ゾロアスター、ザラストロなどとも呼ばれる。ゾロアスター教の教祖。
  2. 時代が古すぎて(紀元前11世紀頃)、どんな人だったのかさっぱりわからない。
  3. ニーチェが「ツァラトゥストラかく語りき」という本を書いたが、別にツァラトゥストラの教えを祖述したわけではなく、自分の意見を述べただけだったらしい。
    • でもその本を読んでリヒアルト・シュトラウスが作曲した同名の交響詩は、のちに「2001年宇宙の旅」のテーマ曲に使われて大ブレイク。
      • 最近「ツァラトゥストラはこう語った」という表現をする人もいるが、どうも迫力に欠ける。

ゴータマ・シッタルタ[編集]

  1. つまりはお釈迦様。ただし「シャカ」というのは彼の属していた部族の名前。
  2. 6年間苦行を重ねて悟りを開く。
    • そんなに苦しんだのは王族として贅沢していた酬いだろう、その証拠にナザレの大工の子は40日しか苦しまなかったようである……と芥川龍之介が指摘していた(「侏儒の言葉」)。
  3. マイケル・釈尊ではない。
  4. ヒョウタンツギによる食中毒で命を落とした。
  5. 現在キリスト様と一緒に立川に在住。
  6. ものすごい天然パーマだったと想像される。仏像の頭みたいな感じ。
    • 仏像の頭そのものだろ。

イエス[編集]

  1. キリスト教の教祖。
    • ただし、イエスが「キリスト教」という宗教を始めたわけではない。イエスの死後、弟子たちが「あれ?イエス様ってキリスト(救世主)だったんじゃね?」と考えて始めたのがキリスト教。
      • 救世主って飯屋じゃなかったっけ?
        • ヘブライ語でメシヤね。キリストはギリシャ語→ラテン語。
          • なおクリスマスを「Xmas」と書くのは、キリストのギリシャ語綴りの頭文字がXになるため。エックスではなくカイである。また、「X'mas」と書くのは誤り。
    • しかも「キリスト教」の骨格を作ったのは、生前のイエスに会ったこともないパウロ。この男がユダヤ人ではなくローマ人であったことで、母体のユダヤ教とはガラッと変わった宗教になってしまった。
  2. お母さんはマリア。お父さんは神様らしい。
    • 義理の(?)お父さんの大工ヨセフは、たいていどの絵を見ても陰気な顔をしている。嫁が知らない間に神様の子をはらんでたんだから、そりゃそうだ。
    • マリアが処女懐胎というのは、誤訳から生まれた大誤解という噂も。
      • ヘブライ語で単に「未婚の女」を意味していた言葉を、ラテン語に訳す時に「処女」としてしまったらしい。訂正しようにも、今さらひっこみがつかなくなっている。
  3. ユダヤ教の改革者というのが、生前のイエスについてのいちばん妥当な評価かと。
    • ユダヤ教側もその意味では認めている。
    • またイスラム教では、「ムハンマド以前の最大の預言者」と規定している。
    • が、「神の子」とは認めていないために、キリスト教はこの2宗派と共存できないと考えている。
  4. 公式には一生童貞だったことになっている。でも妻子が居たという噂もある。
    • 妻はたぶんマグダラのマリアで、子は新約聖書がなぜか絶対名前を書いていない「13人目の弟子」と見られる。
      • 名前が書いてないだけで、「もっとも愛された弟子」とか書かれており、この人物の存在は確実。奇妙なほどに名前を避けているのには、それなりの理由があるのだろう。
        • その「最も愛された弟子」の正体はイエスの子でも何でもなく使徒の一人であるヨハネだと聞いたことがある(「最も愛された弟子」もそのヨハネが書いた福音書から来てる)。単に自分の名前書くのが恥ずかしかっただけ?
          • イエスに子供が居てはまずいのでそんな解釈になったような気がする。この弟子、あとで登場した時、「この人は最後の晩餐の時にイエスに向かって『主よ、それは誰のことですか』と訊ねた人である」なんてまだるっこしい説明付きだったりする。自分の名前を書くのが恥ずかしいだけでここまで面倒くさいことをするだろうか。
          • またイエスが十字架にかけられる時、この弟子に母のマリアを指して「見よ、あなたの母である」次いでマリアに向かってこの弟子を「見よ、あなたの子である」と言っている。自分が死ぬので急遽養子縁組をしたわけだが、実のおばあちゃんと孫だったのであれば不自然ではない。
          • さらに復活後、ペテロがこの弟子のことを「この人はどうしましょうか」とイエスに訊ねている。イエスの実子だったからこそ、教団としては扱いに困ったのではないだろうか。
    • 日本人からすると、別にイエスに妻子が居たっていいじゃん、と思うが、キリスト教の立場としては、イエスの妻子の存在を認めてしまうと、数多くの修道士や神父に童貞を要求してきた根拠が根本から崩れてしまうので、これも「今さら」認められないらしい。
  5. 誕生日は7月頃。クリスマスではない。
    • ついでに言えば誕生年は紀元前5年頃。西暦1年ではない。
  6. 戦国時代の日本にキリスト教が伝わってきた当初は、デウス様と呼ばれていたらしい。
    • デウスは神様のこと。イエスのことはイエズス様と呼んだ。
  7. 英語ではジーザスと発音する。
    • Oh...Jesus...(/ω`)
    • アイアムジーザスクライストゥ!!
  8. 対義語はノー
    • 日本語訳ははい
  9. 黙示録にはイエスが「もうすぐ」この世界に帰ってくると書かれてる。因みに黙示録が書かれたのは西暦95年。
  10. 高○クリニック
  11. プログレッシブロックのバンドを結成している。

パウロ[編集]

  1. イエスの死後の弟子。キリスト教の骨格を作り上げたのは、実はイエスではなくこの男。
    • 新約聖書の半分はパウロが書いた。
  2. 最初はイエスの弟子たちを迫害していたが、途中で転向。転向者ならではのヒートアップぶりで、本来ユダヤ人だけのための宗教だったものを、当時知られていたありとあらゆる民族に布教しまくる。
    • 本人もユダヤ人ではなく、ローマ市民だった。
  3. 異民族に布教するために、戒律などを大胆に省略もしくは改変してしまった。ほとんど換骨奪胎と言ってよいほど。
    • 当然、イエスの直弟子だったペテロたちにすれば面白くなかったろうが、パウロの異様なエネルギーと布教実績を前に、改変を認めざるを得なかった。
      • つーかここで認めたからキリスト教は世界宗教となることができたと言える。誰でも簡単に入信できるようになったので。
      • ペテロたち直弟子はいわば植民地住民だったので、本国市民であるパウロに逆らえなかったのかもしれない。
        • ペ「あの~パウロさん、これちょっと違うみたいなんすけど~」
          パ「いいのいいの。こうしないとガラテアやテサロニケの連中にはよくわかんないんだからさ。ペテロさんは教皇なんだから、細かいこと気にしないで、俺に任せてど~んと構えててくださいよ。それに字ィ書くのとか苦手でしょ?」
          ペ「え~、そ、そう?それじゃまあ、任せるけど……(いいのかなあ)」

マニ[編集]

  1. マニ教の教祖。
    • 現存していないのでわかりづらい宗旨だが、ゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教などを統合した内容を持っていたらしい。仏教や道教の影響も見られるとか。
    • 徹底した善悪二元論(もしくは光と闇の二元論)で、それらは永遠に交わることがないとする。
      • この点で、光明神アフラ・マズダが最終的には暗黒神アンリ・マンユに勝利すると考えるゾロアスター教とは峻別されるし、ユダヤ教やキリスト教などの一神論とも異なっている。道教の陰陽二元論からの発想かもしれない。
        • この頃は道教自体がまだそこまで出来上がってない。マニの出自を考えたら、まず確実にグノーシス主義からだろう。
    • 反面、基本的にマニという卓越した個人が一から十まで頭の中で創り上げた宗教なので、マニ教独自の宗旨や特色がやや乏しい。
      • そのためどこの地域でも、カウンターカルチャーにはなれてもメインカルチャーにはなれず、一時的に流行はしても、結局既存の宗教勢力から異端と看做され撲滅させられてしまった。
        • マニが作った神話の構造はそのままに、その登場人物をアフラ・マズダやキリストなど他の宗教の神や人物に置き換えて布教した。やられた側からすれば、腹が立って当然。
        • マニは生前に自分で宗教書を書き、どれが聖典かまでキッチリ決めてから死んだため、発展する余地が乏しかった。
          • 普通、何が聖典かは数十年・数百年の激しい内ゲバの後に決まる事を考えると、いかにマニが用意周到だったかわかる。
          • かわりに教義の議論や深化が進まず、他の宗教との争論に弱いという弱点も産んでしまった。
    • 「最終預言者」を名乗り自分の後に同じ事を言い出す者が出ないよう教義に練りこんだが、結局その称号は後世のムハンマドに取られてしまった。
  2. ゾロアスター教を国教としていたササン朝に迫害され、最後は虐殺される。
    • 生きたまま全身の皮膚をはぎ取られて殺されたそうな。ガクガクブルブル……
    • ただ史料によってまちまちで(マニ教にはよくあること)、どれが正しいか決めがたい。
      • 牢屋に囚われたマニを高弟が見舞っていることから、そこまで酷い扱いではなかった気もする。死因は獄中の辛い生活に老齢のマニが耐えられなかったからだろう。
  3. の長安にマニ教の寺院があったことは確実。だが武宗の廃仏令の時に迫害されて地下に潜り、その後どうなったのかわからない。
    • 「マニの教え」という名前を捨て、「まことの教え」と称して既成宗教に浸透し、それぞれの中で改革を試みたという説もある。陳舜臣の小説「桃源郷」を参照。
    • 北宋末に叛乱を起こした方臘(「水滸伝」後半の敵役)は「喫菜事魔」と呼ばれた。これが実はマニ教だったという説が有力。
      • というのは一昔前の説。単に徽宗の重税に対する反乱だったのが、中国の反体制運動は宗教がつきものというパターンからの逆算して、明教(中国のマニ教)と結び付けられてしまった。
    • 現在でも福建省にだいぶ変質したとはいえ、マニ教の中国分派・明教を信仰する村があり、ぱっと見仏像にしか見えないマニの像がある。
      • 20世紀、マニ教研究が進んだせいでこれを信仰しようとする人も表れた。ただ、マニ教研究はまだまだわからないことが多く、一つの遺物発見や文献の解釈次第で通説が一変しかねない。そんな教えをよく信仰する気になるよなあ。
  4. 国鉄の荷物車。
    • 現金輸送車としてのそれは、その存在を秘匿されていた。マニ車とも。
    • 42.5t以上47.5t未満の荷物客車。
  5. かつて某アイドルグループの1ユニットとして存在していたことがある。マニモニだけに。
  6. マニが頭の中で一人で組み上げた教えなため、時々意味不明な教義がある。
    • 聖職者が食べていいのは、水をいっぱい含んだメロンきゅうりぶどう
      • 乾燥地帯に住む人らしい発想とも言えるが、それ単にお前が好きな食べ物なだけじゃないの!?、とツッコミを入れざるを得ない。
  7. マニの個性が強すぎるため、弟子たちは基本影が薄いが、父親のパティークはマジフリーダム。
    • 身重の妻(inマニ)を捨てて、女人禁制のユダヤ・キリスト教系の新興宗派エルカサイ教団に入る。仏陀にも苦悩して妻子を捨てる話があるけど、この人の場合その場の思いつきでやってるようにしか見えない。
    • 成長したマニが、エルカサイ教団を抜けてマニ教を広めようとすると、その教団を捨ててマニに付いてくる。我が子が可愛かったんだろうが、妻を捨ててまで入った教団をまたあっさり捨てるのはどうなんだ・・・。
    • マニ教を各地に布教するが、わずか5年間でメソポタミア、イラン、インド、イランに戻って直ぐまたインド、メソポタミアに戻ってシリアで伝道、他の弟子に任せてメソポタミアに帰ると、落ち着きが無さ過ぎる。
    • 教団内での功績はともかく、マニの父ということで「長老」という特殊な地位を与えられて、マニより長生きした。この人生きてて楽しそうだよね・・・。
  8. 写本と賛美歌を好み、布教に大いに利用した。
    • 19世紀頃までのイスラム圏でマニと言えば。宗教家ではなく、画家として有名だったほど。田中芳樹の小説『アルスラーン戦記』で軍師ナルサスが「画聖マニの再来(笑)」と自称する元ネタは、多分これ。

ムハンマド[編集]

  1. イスラム教の教祖。モハメッドとも呼ばれる。
    • マホメットとも。
  2. 宗教家というより、教育者という雰囲気がある。
    • 日常のことこまかなことまで懇切丁寧に教えている。当時のアラビアに、そういう日常規範みたいなものがほとんど無かったのだろう。
    • 一方、ムハンマドの発言がことこまかすぎて、後世の教徒が身動きとれなくなっているというデメリットもあるようで。
  3. イエスはすべてを捨てて神に祈ったが、ムハンマドは女房の愚痴を聞きながら神に近づこうとした。どちらがより困難で尊いかは……考えるまでもありませんね。
  4. 武将としても一流。彼は信徒たちを上手く組織して、後のイスラム帝国の基礎を作り上げた。ハンパねぇ統率力。
    • そのため、イスラム教にはユダヤ教やキリスト教のような迫害の歴史はない。
      • ユダヤ教におけるエジプトやバビロニア、キリスト教におけるローマなどの強大な勢力と隣接していなかったせいかも。アラビア半島を席巻したムハンマドの力量は確かだが、その時点で、すでに迫害するほどの力を持った敵対勢力は存在しなかった。
      • だが他の宗教同様、内ゲバ(内部抗争と分派の発生)をなくすことはできなかった。
        • 暗殺専門の分派が発生したり、内ゲバは他の宗教より先鋭化して……ゲフンゲフン。
  5. その教えは、漢字圏では『回教』と呼ばれている。なぜ『回』なんだろう?
    • 「回族」という中央アジア系の民族が信仰していたため。日本でもイスラムのことを「フイフイ教」と呼ぶ人が居た(「回」の現地語発音が「フェ」で、それがなまって「フイ」)。
  6. 絵では顔を描いてもらえない。
    • と言うか描いたら描いた人の命が危ない。
  7. 一夫多妻が流行していた当時のアラブで、妻を持つのは4人までにしておけと戒告。
    • しかし自分は同時に10人も妻を娶った。
  8. 嫁の一人は結婚時に9歳。
    • その影響で、イスラームでは女子の結婚の最低年齢は9歳とみなされるようになった。
    • なお、アラブでは性交しなければ結婚は成立しない。つまり結婚年齢=処女喪失の年齢。
      • いくら何でも「9歳の幼女を犯した預言者は間違っていた」と公言するのは憚られるので、後世のアラブのフェミニストは、「実はムハンマドの幼な妻は9歳じゃなかった。(だから9歳の娘と結婚するのは違法)」という苦しい説を唱えている。
      • アラブのロリコンの中には、「愛さえあれば年齢は関係ないということを預言者は実証してみせた」と唱える人もいる。
      • シーア派では、父親のこともあってアーイシャは嫌われている。
    • ロリコンというよりマザコンなのでは・・・
    • 9歳で嫁に行ったアーイシャは幸せだったかというと、死んだ15歳年上の前妻(ハディージャ)の昔話を側室の前でするムハンマドの傍で、大変嫉妬深く攻撃的な女性に成長しましたとさ。
  9. 今でこそ世界中で人気のある人物だが、当時は怪しげなカルトの教祖としかみなされていなかった。
    • そしてその先例ともいえるキリストはカルトとかそんなレベルじゃない程の超危険人物だった
      • イエスって危険人物かな?ローマ帝国への武装蜂起・テロも辞さないような団体がある中で、かなり穏健なほうだったと思うけど
        • 今ではキリスト教の勢力が強いので、日本の一般人にもイエス=穏健な善人のイメージがあるが、新約聖書を読むと、神殿で商売人している人々相手に暴力を振るったり、「家族は敵である。私を家族よりも愛さないものは私の弟子では無い。」と発言したり、豚を集団自殺させたりと、過激な面もある。
  10. 大の好きだった。
    • 弟子にアブー・フライラという人がいた。アラビア語で「子猫大好きオヤジ」という意味である。
  11. 洞窟にこもって瞑想していたら神の啓示を受けたらしい。

グリゴリー・ラスプーチン[編集]

  1. ロマノフ朝というと歴代皇帝よりこの人物の方が有名だったりする。
  2. 妖術でアレクセイ皇太子の血友病を治したとされている。
  3. ラスプーチンがデカ○ンであったことは有名。
    • 後年ラスプーチンのムスコとされるものがホルマリン漬けで発見されたが、ナマコを糸で縛ったものだったらしい。
    • そのため、周辺の女性には人気があったらしい。
  4. 青酸カリ入りのケーキを食べても死なず、銃で4発撃っても死なず、タコ殴りにしても死なず、凍った川に投げ込んでやっと溺死したという。
  5. この人の本名はラスプーチン。イメージが悪いので改名したらしい。
    • 改名したのはその人のお爺さんね。ちなみにスターリンの専属のコックだった人です。

芸術家伝[編集]

ヨハン・セバスチャン・バッハ[編集]

  1. 音楽の父。乳ではない。
    • ドイツ3大B」の一人。残りはベートーヴェンとブラームスだが、彼らとの面識はない。
  2. 小川さん。
    • Bachは「小川」の意。ちなみにドイツ語読みで「バッハ」と発音する。
  3. 兄弟や親子みんなが著名な音楽家なので、J.S.を付けると特定できる。
    • 家系図絡みの場合「大バッハ」と表現するのが一般的。ちなみに「小バッハ」は多数ある分家の俗称。
    • 子孫が異常にデカい態度をとっていた時期があり、たまに笑い話のネタにされている。
  4. 「トッカータとフーガ」とか「G線上のアリア」とか、名曲多数。
    • しかし曲は知っていてもタイトルやバッハと結びつけることができないというのが大多数の人間。
    • 著作権についてアバウトな時代、いろいろなジャンルで曲をパクられまくった。
  5. チャラリ~♪ 鼻から牛乳ー♪
    • きーたーねーえー♪

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン[編集]

  1. 世界で最も有名な音楽家の一人で、ドイツ3大Bの一人。
    • 「ドイツ3大バカ」ではないので注意。
  2. 交響曲からピアノ曲、歌曲、オペラと、ありとあらゆるジャンルの作曲をした。
    • 第九とエリーゼのためには、知らない人はいないんじゃないかな。
    • ただしオペラは苦手だった。唯一のオペラ「フィデリオ」はけっこう駄作。
  3. ジャジャジャジャーン!
    • 交響曲というジャンルをやたら重たいものにした。師匠のハイドンは少なくとも104曲、先輩のモーツァルトは41曲も作っているが、このためベートーヴェンは9曲書くのがやっとになってしまった。
      • タモリ曰く「ベートーヴェンが音楽に深刻さを持ち込んだんですよ!」
  4. 難聴と闘いながらも数多くの作曲をした苦労人としても有名。
  5. ドイツ語では「ベートホーフェン」と発音するのが正しいらしい。あと、真ん中は「ヴァン」ではなく「ファン」になる。
    • 貴族の名前につく「フォン」ではなく、ただのオランダ系のミドルネーム。画家のヴィンセント・ヴァン・ゴッホや、「ピーナッツ」に出てくるルーシー&ライナスのヴァン・ペルト姉弟などと同じである。
      • 「フォン」と間違われて貴族の出と思われ、ベートーヴェン自身も否定しなかった。あとでバレた時に大変気まずかったらしい。
  6. 同名の犬の映画があったなあ。
  7. 髪の毛を振り乱した肖像画が有名だが、残された手帳には「○月×日、かつら屋」などと記されていた。人前に出る時はちゃんと身なりを整えたようだ。
  8. 最後の言葉として伝えられるのは「友よ喝采せよ、喜劇は終わった」
    • えらくカッコいい気がするが、実は遺言状に署名した時のセリフ。この頃もうベートーヴェンはよれよれで、ペンを握るのも覚束なく、署名するのにやたら時間がかかった。ようやく署名し終えて、まわりの友人たちに照れ隠しに言った言葉だったそうな。
  9. 日本の地で現代によみがえったかに見えたが、どうやら幻に・・・

ヨハネス・ブラームス[編集]

  1. ドイツ3大Bの一人。但し先述の二人(バッハとベートーヴェン)とは面識はない。
    • ベートーヴェンの没年は1827年で、ブラームスの生年は1833年。
  2. 日本では非常に人気が高い作曲家らしい。
  3. 名曲多数で、交響曲第1番は交響曲史上最高の作品の一つ。
    • まあ俺は好きではないんだが。「非の打ち所のない作品です(ドヤァ)」というような作風が鼻につくので。名曲ではあるけどね。
  4. ハンガリー舞曲第5番は知らない人はいないだろう。また第1番は一時期2chで話題になった。
    • ハンガリー舞曲集を出版するとハンガリーの音楽を紹介した当地の音楽家達から訴えられてしまった。が、作曲ではなく編曲としたのが幸いして裁判には勝った。
  5. その作風とは裏腹に、本人はかなりの変わり者だったようだ。特に酒に関するエピソードが多い。
    • 床にこぼれたブランデーを「もったいない」と言って舐めたとか。

ピョートル・チャイコフスキー[編集]

  1. ロシアの作曲家で、ブラームスとほぼ同時期に活躍した。
  2. 美しいメロディが特徴で、それゆえに名曲も多数。
    • クラシックファン以外にもよく知られている曲も非常に多い。
  3. 上のブラームスに比べると、遊び心が満載な作風でもある。
    • 「序曲1812年」の冒頭部分なんて、初めて聴いたら4拍子だと思うんじゃなかろうか。まさか3拍子だったとは!
  4. ホモだったらしい。
  5. 死因にも色々と謎の多い人。
    • 一応公式には「生水を飲んだことによるコレラ」ということになってはいるが、自殺説や他殺説も根強い。

政治家伝[編集]

ジェームズ・モンロー[編集]

  1. アメリカにおいて「モンロー主義」と呼ばれる他国の外交政策に無干渉かつ無協調な立場を打ち出した。
    • 後に似たような態度を取った大阪市の市営交通に関する政策がモンロー主義と言われるようになった。
  2. 同じ姓の有名なモンローの先祖のうわさがある。

エイブラハム・リンカーン[編集]

  1. 奴隷解放で知られている。
    • でも当の本人はあくまでも奴隷州の拡大を支持していないだけ。奴隷制自体は地域経済の影響を懸念してあんまり手を付けたくはなかった。なのに南部の州は「奴隷制が廃止される!」とパニクって離脱し、南北戦争が勃発。
    • 奴隷解放宣言は単に南部の奴隷を発起させて内乱を起こさせようとする軍事的戦略にすぎない。
      • また、南部から安価に綿花を輸入でき、自由貿易のほうが有利なイギリスやフランスを牽制し、人道を盾にとって南部への援助を踏みとどませる方策でもある。
  2. アメリカ史上最初に暗殺された大統領。
  3. ダーウィンとは同い年どころか同じ日生まれ。
  4. トム・ハンクスの遠縁。
  5. 「人民の、人民による、人民のための政治」というゲティスバーグ演説をした。やけに長い演説っぽく見えるが、このフレーズ含めた演説全体は約3分と短かった。

セオドア・ルーズベルト[編集]

  1. アメリカ版暴れん坊将軍。
    • 42歳の若さで大統領に就任。この記録は今でも破られてない。
  2. ニューヨーク知事から副大統領になったのは裏でNYの利権屋が手に負えなくなって副大統領になりゃ何もしてこないって事で副大統領にぶちあげた。が、時の大統領暗殺で(ry
  3. テディベア。
  4. 米西戦争時は騎馬隊長であったが当の騎馬隊は馬の輸送が遅れてたせいでほとんど徒歩で移動していた。
  5. 日本人がポーツマスの名前を知ってるのは彼が日露講和条約をそこで取り持ったから。
    • それでノーベル平和賞を貰っている。
  6. 日本に戦争を吹っかけた方のルーズベルトは従兄。
    • セオドアの方が年上であり、フランクリンは従弟。
  7. ルーズベルトなのかローズヴェルトなのかはっきりしない。

ウッドロウ・ウィルソン[編集]

  1. 上院の反対を食らったせいで自分の国であるアメリカを国際連盟に参加させることが出来なかった。
    • 第一次世界大戦を終わらせて国際連盟設立のきっかけを作ったまでは良かったのだが…。



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