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利用者・トーク:第1施設団/論集

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Chakuwikiにおける事件の処分(ブロック、コメントアウト、削除など)に関して、自分の思うところをだらだらと書き連ねたものです。

  • 私のChakuwikiのルール運用に関する考え方、みたいなものですが、これはあくまでも私的意見であることにご注意ください。文責は負いますが、各人の行動を保障するものではありません。

なお、

  • 補足意見:処分内容、理由共に異存はないが、何か付け加えて言いたい意見
  • 意見:処分内容に異存はないが、その理由が違うときの意見
  • 反対意見:処分内容に不服があるときの意見

となっております。

人の苗字によく使われる地名の処分に関する補足意見[編集]

  • ノートにおいてすでに述べたとおりですが、多少の補足をしておきたいと思います。
  • 今回の削除処分は、ベタなキャラクターの法則での議論結果と、正反対の処分(片や例を削除、片や例は問題なし)と取られるかも知れません。
  • しかし、今回の処分はベタなキャラクターの法則での議論結果とその議論内容が異なっています。
    • つまり、ベタな○○キャラとは、それまで数々のキャラクターが登場した中でできあがった、最大公約数的キャラクター像であり、その点で法則とキャラクターは親密な関連性を持っています。言い換えれば、それらキャラクターが存在していなければ、法則はできあがっていないと言うことです。
    • 一方、人の苗字によく使われる地名とその地名を名字とする人物との相関は特殊な例外(例えば、豊田市→トヨタ→豊田自動織機→豊田佐吉さん:「豊田はもとをたどれば豊田佐吉さんから来ている」など)を除けば(特に現代では)偶然の一致でしかないわけです。つまり、ほとんどの人物の氏と地名とは関連性がないわけで、言い換えれば、同じ名字の人が存在しているから名字と同じ地名ができたわけではほとんどないわけです。
  • そのような、相互の関連性という視点で見た結果、「人の苗字によく使われる地名」と「ベタなキャラクターの法則」で処分が異なることとなった、という風に考えております。
  • ご意見等ありましたら、向こうのノート及び、ここでご質問下さい。--第1施設団 2008年4月8日 (火) 19:15 (JST)

テレビ局に言いたいでのコメントアウト処分に関する補足意見[編集]

  • コメントアウト処分の理由とその処分自体に関し、何らの異論もありませんが、思うところを述べさせていただきたい。
  • そもそも、今回のコメントに関しては、その大部分がある特定人物によってなされたものであり、これらほぼ同一の内容のものをいくつも表示する必要はどこにもないものです。
  • また、その内容が「糞」だのといった、他人を不快にさせるようなものであれば尚のことです。いくらでも他の言い方があるのに、何ゆえ他人を不快にさせる表現を用いる必要があるというのでしょうか。
  • 考えるに、投稿者はよほどの恨みがあるのでしょう。しかるに、この様な表現で憂さ晴らしをしたところ、自分が爽快になった反面、閲覧する人々を不快にしているのであります。何をか他人を不快にさせて自分だけが良い気分となれる権利があるというのでしょうか。
  • 言わば、他人に自分の不快感を押しつけたとでも言う形であると考えるべきであります。これらの表現は保護するに値しないし、投稿者本人にもそれなりの責めを負わせるのは当然と考えます。ましてや同内容のものを多数投稿すれば尚のことです。以上が私の考えるところであります。--第1施設団 2008年4月26日 (土) 22:14 (JST)

ひばりーず民主共和国のブロック処分に関する意見[編集]

  • ブロック処分それ自体に異存はありませんが、その決定に至る経緯までが不透明かつ手順にいくらかの問題があったゆえ、その理由の正当性に付き確信を得られないので、改めて見直し、自分の意見を述べさせていただきたい。
  • そもそもの発端は、IP氏の言うところの「間違い部分を調整」。しかし、勝手国自体妄想によって作られた、言わば全てが真実であることは明白です。何をか理由をして間違いなどと言えるのでしょうか。
  • 仮に間違いであるとしたところで、注意事項にある通り、間違いそのものの修正は認められていないと考えるべきです。
  • そのように考えれば、「正当な理由」とは注意事項を見れば明らかなるところ、「誤字・脱字の修正や、リンクさせること、リンクの修正は問題ありません。」であり、つまりはその人の主観を損なわず、あるいはその人の不完全な形にある主観を補強するような修正であると考えるのが相当でしょう。
  • 仮にそうでなければ、各人の勝手な「正当な理由」により改竄が広く正当化され、よって改竄ルールが形骸化することが明らかであるからです。
  • この様な前提に立てば、「間違いの修正」にしろ「正当な理由」にしろ、その所論の前提が間違っていること明白であり、独自の見解を主張しているに過ぎず、あるいはその主張を持ってして改竄ルールを破壊しようとするものと考えざるを得ません。
  • 従って、その論旨に理由はなく、改竄及びルール無理解あるいはルール破壊行為によりブロック処分がされてもそれは相当と考えるのであります。--第1施設団 2008年4月26日 (土) 22:14 (JST)

他wiki改変宣言問題に関する補足意見[編集]

  • 一応の解決の運びとなったゆえに、自分の論点を見直した上で再構成し、補足意見とし、併せて反省の意を表したい。あくまで自分の考えであり、自分が認定した事実、及びその背景を基に独断と偏見で再構成したもので、他管理者の意見、意図を害するつもりは全くないことを先に述べておく。
  • まず、はっきりさせておきたいこと三点。
    • 第一は、荒らしそれ自体の処分はあちらの専権であるから、代理処罰的な理由でのブロックはこちらではできないであろう事。
    • 第二は、それら行為によりChakuwikiの品位を落とすようなら、当然それらを抑止するためにこちらで処分することは否定されないこと。
    • 第三は、荒らし行為であるなら、それを公言する行為は明文化されたルール違反ではなくても所謂ネチケット違反であること。
  • 第一点は、処分はあちらの判断でなされるべき事、言い換えれば、ブロックされる、あるいは荒らしであるかを我々の基準で判断してはならない、あくまで向こうの基準で判断するべきということであります。つまりは向こうが荒らしであるといえばこちらが何を言おうが荒らし、その逆も真なりです。
    • 今回の件は、自分にとってまさしく後者であり、その点適切な把握を怠ったことはまさに自分の不徳とするところであります。
  • 第二点、第三点はそこで荒らしであると判断された場合、当然なし得ることであり、その妥当性は前述の通りなので省きます。
    • 逆を言えば、ルール違反、あるいはネチケット違反でなければ、それらを公言する行為は品位を貶めるでもなく、またネチケット違反たらないのは明白であります。
  • つまるところは、今回の私が基準としたところで考えるところ、私が意見した時点ではそれら行為は問題なしと判断すべき事、有罪推定で判断したことは、自分に非があること明白であります。ゆえに深く反省し、二度と繰り返すことの無いよう、より一層慎重な判断を期し、汚名を晴らさんとするものであります。
  • これ以降のことについては、そもそも自分の立場からはおよそ何事をか言えようかという状況に付き、判断不能であるゆえ他管理者諸氏の意見を尊重します。
  • なお、例えYPであろうが、向こうのルールは遵守べきであり、その点において、向こうでブロックされた行為について、こちらで堂々と報告するようなことがあれば、当然ブロックの対象となるとの考え(つまり上三点)は維持します。更にその理由を加えれば以下になります。
    • それはつまり、例えYPであろうがルール違反でブロックされたことを、ここで公言するような行為を黙認すれば、それは逆に他のWikiに対して、荒らしを容認するようなものだからです。
    • 要は、他Wiki荒らしを容認しながら自分のWikiを荒らすな、などとはおよそ自分勝手で言えなかろう、ということであります。
  • 自分らが他者に対してルールの遵守を要求するなら、まず我々が他のWikiのルールを遵守すべきである、これは当然のことと考えます。--第1施設団 2008年5月22日 (木) 23:06 (JST)

選挙制度に関する一私論[編集]

  • さて、何故選挙なのか。普通にその目的、それは国政選挙であったりあるいは特別法制定に関する憲法規定の住民投票であったり、あるいは何の法的拘束力も持たない住民投票でもいい、それらの目的は、為政者達が広く世論に信を問い、世論を自ら行う政治に反映させることではないのか。
  • 立候補者に対してある人が推薦を出す、それは誰がどうあがいたところで(全くの少数派であっても)借民の世論の一部であることを認めねばならないだろう。為政者(=管理者)がこの選挙という制度を持ち出すと言うことは、借民の管理者に対する信を問う制度、でもあるのである。
  • それに対する拒否反応を見るに、私は管理者が借民を全く信用していないのではないかと疑いたくなるのである。尻馬氏の言を借りるまでもなく、Chakuwikiの根幹を破壊するような人物に対し、誰が賛成票を入れるであろうか。まず間違いなく落選するであろう人物に対しこうも過剰な行動を取ることは、これ一般ユーザーを信用せざる証左ではなかろうか。つまりは現管理者に対する借民のNO!と言う意思表示に対する拒否反応である。
  • かように考えるのである。某所でも述べたが単に広く人材を集めるのが目的なら、公募をかけて集まった人物に考査をかけてふるい落とせばいい。ある人物に重責があるのならBC輪番制にするなりSOに代理権を与えるなり、仕事を分散させればいい。わざわざ選挙制度、それも立候補という制度を取り入れたと言うことは、以上のような制度ではなお欠落する欠点を補うべく創設した制度ではないのか、あるいは自らの信を問うべく創設した制度ではないのか。
  • 今回の議論をするに、余りにも選挙制度それ自身が持つ目的あるいはその意味と、管理者諸氏の持つ選挙制度の理解が離れているような気がする。



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