北陸の神社

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日本の神社 > 北陸

富山[編集]

射水神社[編集]

射水神社
  1. =高岡城
    • 城の中にあるように見えるが、実際には神社の中に城があるらしい。
  2. なんだかんだ言っても越中国一宮。
    • 実は、明治に入るまでは富山市よりこっちのほうが栄えていたため、良い物は基本的に呉西が持っているらしい。
  3. 高岡市護国神社は射水神社の摂社。管理も射水神社によってなされている。

高岡市護国神社[編集]

高岡市護国神社
  • 高岡市
  1. こじんまりとした神社。
    • 社務所などは存在しない。あるのは鳥居と拝殿のみ。
  2. 高岡城跡内にある。
  3. 管理は射水神社によって行われている。

高岡関野神社[編集]

関野神社
  • 高岡市
  1. 地元では関野神社という風に呼ばれることが一般的。
  2. それなりに歴史がある。確か1604年創建らしい。
  3. 高岡駅北口を出て徒歩5分位のところにある。
  4. 重要無形民俗文化財に指定されている高岡御車山祭の御車山行事はこの神社の祭礼。
    • 2016年にはユネスコ無形文化遺産に登録された。
    • 毎年5月1日、山町筋を練り歩く。

気多神社[編集]

  • 高岡市伏木
  1. 越中国一宮を名乗る神社の1つ。
    • 他とは違って、地名も伏木一宮となっており、一般には気多神社だけが越中国一宮と思われているフシがある。
      • 実際には、射水神社、高瀬神社、雄山神社の3社とその座を競い合っている状態であることに注意されたい。
  2. どうも能登羽咋の気多大社の分社らしい。越中から能登が分立したときに正式に創建されたようである。
    • それ以前にも歴史はあったようで、能登分立前は気多大社の遥拝所だったと考えられているらしい。

伏木神社[編集]

  • 高岡市伏木
  1. 伏木曳山祭で有名。どっちかというと通称のけんか山のほうが知られているとは思うけど。
    • 意外とけんか山の歴史自体はそれ程長くはない。(19世紀初期のスタート。)
  2. 大伴家持が越中在任中、崇敬していたと伝わる。
    • そういう意味では歴史があると言えるところではあるが、今(2019年(令和元年))の社殿は昭和の終わり頃に再建されたもので、あまり歴史を感じられない。
  3. 雪の日に参道を歩くとそれなりに味わいがあるように思う。

二上射水神社[編集]

  • 高岡市二上
  1. 今の高岡城内にある射水神社はこの地にあった。
  2. 射水神社を奪われた二上の民が、射水神社に分社を創らせた上で、それを独立させたのがこの神社。
    • そういう意味では良い意味で、独特の雰囲気が漂う。

頭川神社[編集]

  • 高岡市頭川
  1. 富山ではそこそこよく知られた心霊スポット。
    • 近所の津々良隧道と合わせて、セットで有名だと思う。
  2. 祭神は瀬織津姫という古事記・日本書紀のいずれにも登場しない神様。
    • でも東京の日比谷神社や大阪の御霊神社などでも祀られている神様なので、何かしら由緒ある神様であることは疑わなくても良さそう。

戸出野神社[編集]

  • 高岡市戸出
  1. 幌武者行列というお祭りを毎年10月にやっている。
    • 戸出ゆかりの歴史上の人物に扮した人が練り歩いたりするが、ほとんどがかつてこの地を通過した(可能性がある)というような人ばかり。
      • 唯一の例外は、この地の町娘だったという伝承がある巴御前。とはいえ、巴御前戸出出身説自体、地元民にすら眉唾扱いされているのは、公然の秘密。
  2. 鳥居が大きいことで有名。
    • この鳥居、小豆島産の石材らしい。高岡周辺でも良い石は取れそうなものなのに……

日枝神社[編集]

  1. 富山市で初詣といえばココ。
    • 初詣の時は人が多い。途中でギブアップする人も。
  2. 日枝神社のお祭り(日枝神社大祭)は富山市の学生にとって一大イベント。

姉倉比売神社[編集]

  1. 伊須流岐比古に浮気をされてブチギレ高志国に大乱を引き起こしたという姉倉比売神なる女神を祀る。
    • 最終的に大国主命がはるばる出雲よりやってきて大乱を抑えたとか。その時受けた刑罰が、船倉山から呉羽地区に流罪の上、当地で機織りを地元民に教えることだったそうな。それでこの地に神社があるらしい。
  2. 婦負郡の地名の由来。因みに呉羽という地名も機織りつながりで、この神社及び姉倉比売につながる。

放生津八幡宮[編集]

  1. 放生津の地名の由来になった放生会を行っている神社。
  2. 築山行事という神事を毎年10月頭にやっている。
    • 新湊曳山祭の名でも知られる放生津曳山祭で有名な神社だが、それはこの築山行事の一部だったりする。
  3. 746年に大伴家持が宇佐八幡宮より八幡神を勧請したことに始まる。

高瀬神社[編集]

  1. こちらも越中国一宮を名乗る。
    • 延喜式神名帳いわく、伏木神社とは同格らしい。
  2. 井波の街から少し外に出た感じだが、余裕があれば是非お参りいただければと思う、良い雰囲気のある神社である。

立蔵神社[編集]

  • 中新川群立山町 本宮
  1. 今でこそ一集落の小さな神社だが......
  2. かつては岩峅寺や芦峅寺の雄山神社と同格の大きさだったらしい。
    • それどころか古代立山信仰の起源の神社という説も。いくつかの遺跡があるらしい。
    • 所在地の「本宮」はかつてのこの神社の大きさを象徴してるのだろうか?
  3. どちらにしろいつのまにか立山信仰のメインから外れた模様。
  4. 与四兵衛山を境内に持つ。
    • 登山道がないので藪漕ぎしないと山頂にいけない。

石川[編集]

気多大社[編集]

  1. 正式には気多大社というらしいが、テレビでは気太神宮と言っていたような気がする。
  2. 石川羽咋の神宮だが、気多って地名や神社名は北陸から山陰にかけて多い気がするのは気のせいだろうか?
  3. どうも日本海側の港湾拠点だったのが神社になったっぽい。
    • 能登千里浜みたいな大砂浜があると港として使えるのか疑問だが、いい海産物が揚がる漁港もあるしその点では、問題無さそう。
    • 古代は羽咋川が今よりも広く、邑知潟を港湾として使用していたらしい。
  4. 神社本庁から破門を食らって法廷闘争をやったらしい。
    • 正確には逆。神社本庁から独立しようとして認められず、逆に新しい神主を本庁から送り込まれ(刺客)、現神主と立場を巡って争った。ちなみに現神主側が勝訴。

伊須流岐比古神社[編集]

  1. 石動山山頂にある神社。
    • 伊弉諾、伊弉冊の両尊の化身を祀っているみたいなイメージらしい。
  2. 大昔はよく隕石が落ちたらしい。石動の由来もその辺らしい。
    • これを霊験あらたかな石動権現とか言って崇め奉っていたのに、明治に入ると存在そのものが否定されるという……
      • とはいえ、神社も寺も無くなってしまった医王山の医王権現に比べりゃマシかもしれない。

白山比咩神社[編集]

  1. 全国にある白山神社の総本社。
  2. 地元ではしらやまさんで通じる。
    • CMも同様。
  3. 2009年に廃止された北陸鉄道石川線加賀一の宮駅は年末年始が大勢の初詣参拝客でにぎわう数少ない時期であった。

尾山神社[編集]

  1. 加賀藩祖・前田利家を祭神としている。
    • 加賀藩歴代藩主も祀られている。
  2. 正面の門は、南蛮風のステンドグラスが飾られている和洋折衷。

大野湊神社[編集]

  1. その昔、金石の浜にご神体になる石が流れ着いたのが起源とか。これを猿田彦大神として祀った。
  2. 神社そのものはさらに古く飛鳥時代からあり、天照大神を祀っていた。
  3. 現在はさらに応神天皇を加えて3人の神様を祀っているが、主神はやはり猿田彦(佐那武大明神)である。
  4. 最初はご神体が流れ着いた浜辺にあったが、火事で消失し、今の場所に移った。
  5. 夏の大例祭は、もとの場所に作った仮設の神殿に神様が里帰りする行事。
    • 神様が移動する往復の神輿行列(特に還り)は、かなりやんちゃな祭りである。
  6. ご神体は黒い石だそうだが、(隕石か?)門外不出の秘物で誰も見たことがない。
    • 例祭のときにはご神体を神輿へ移すが(神遷し神事)、神事そのものは公開されているものの、真っ暗闇の中で行う伝統行事なのでやはり見ることはできない。
  7. 境内に能舞台があり、春の例祭の時期には能や狂言が奉納され、誰でも無料で観劇することができる。
    • これは金沢市の無形文化財になっている。なお、神社そのものは石川県の文化財に指定されている。
    • 近くの中学校では、この時に合わせて国語の野外授業として生演奏の能や狂言を見学に来る。
  8. 大野川河口に大野港という漁港があるが、こことはまったく別の場所にある。
    • 名前は「大野湊」でも、所在地は大野でも祭礼を行う金石でもなく、さらにその隣の寺中町にある。

福井[編集]

平泉寺白山神社[編集]

  1. 白山神社のうち、越前側にある神社。
    • 昔は寺があったが神仏分離令で寺は粛清されたが、こうやって名前に組み込んだ辺りが執念を感じる……
    • 寺は一度一向宗の門徒による焼き討ちにあい、重要な文化財はパアになっている。
  2. 加賀の方の白山神社とは対立しまくっていた。
    • 江戸期に、白山頂上部分の利用権は、幕府裁定で越前に移るも、維新後気がつきゃ加賀に移るという……

劔神社[編集]

  1. 織田信長等でよく知られた織田家所縁の地。
    • 柴田勝家も「殿様、御氏神、粗相仕るべからず」と書状にしたためているらしい。織田家家中でも事実として織田家が劔神社ゆかりの家柄だと認識されていたことの証であろう。
  2. 御神体は剣。だから社名が劔神社。
    • 垂仁天皇皇子の五十瓊敷入彦命が作らせた神剣を祀っている。なんでもその神剣を授かった忍熊王が高志国を平定したからであるとかなんとか。
  3. 越前国二宮はここらしい。
  4. 福井藩及び大野藩からの崇敬と庇護を受けていたとか。

氣比神宮[編集]

氣比神宮
  1. -北陸総鎮守府-
    • らしいよ。敦賀って、やっぱり北陸なんやないの……?
      • 越前国ですから北陸ですね、当時の分け方では。
  2. 大陸方面との外交の神様らしい。
    • 神功皇后も三韓征伐の折、ここへ参られ、一説ではここから長州まで船でおゆきになられたとか。
    • 渤海から来る使節の逗留場所があったらしい。
  3. 気比ではなく、氣比が正しいらしい。
    • 気比の松原とかあるから余計に……
      • 旧字と新字の違いだから別にどちらでも、と思うけれど。
  4. 越前国の一宮。若狭じゃなくて越前です、敦賀のあたりは。



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