和歌山の寺院

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関連項目[編集]

紀北[編集]

和歌山市[編集]

紀三井寺[編集]

  1. 正式名称は「金剛宝寺護国院」というらしい。
    • 金剛宝寺までは知っている人もある程度は居るが護国院が付くことを知っている人となると一気に減る。
  2. 門前の土産物屋では、みかんが山ほど売ってある。もちろん紀州産。
    • せやけど高い。近くのオークワや松源で買うたら、アレの半額よりも安い。
      • 因みに、もうちょっと田舎の方へ行けば、無人販売所やふれあい販売所などでもっと安値で売ってはる。
  3. 名草地区の人間は、一回200円払っておけば、その日から1年間有効のフリーパスがもらえる。
    • 和歌山市民でもみんなが貰えるわけではないのがミソ。
  4. 実は裏の名草山からただで入れるルートが嘗てはあった。今は通る人が減ったため荒れてしまい、道がトレースできない。
  5. 紀三井寺の由来は三井寺だと思われている事があるが、本当は3つの井戸があったことにちなむらしい。
    • そのうちの1つ、清浄水の水質の良さは、昭和天皇陛下の耳にまで及び、陛下が和歌浦へ滞在なさった折にその水を調理などに供させられたとか。
  6. 多宝塔は本堂より人気がある。
    • 紀三井寺というとこの塔と桜をイメージする人が多い。でも実際、これが境内で一番古い建物なので参拝者の目は間違ってない。
  7. 和歌山地方気象台のソメイヨシノの標本木がある。
    • きちんとその旨を表す説明も付けられている。

岩出市[編集]

根来寺[編集]

  1. 大塔で有名。
    • 室町時代の創建のもので、結構でかい多宝塔。40m位あるんだっけ?
    • 実は真言密教の教義を表しているとかなんとか。
  2. 雑賀と並んで比較的早く鉄砲を武器にした紀州の寺。
    • 歴史通にはこういうイメージのほうが強そう。
    • 種子島へ渡った鉄砲をこのお寺の津田監物さんがすぐ譲り受けている。雑賀、堺へはこの寺を経由して伝播した。津田監物さんが種子島氏と交流があったことが結構重要。
  3. 戦国時代は70万石・僧兵3万の威勢をふるった。
    • 雑賀衆とならんで超優秀な鉄砲衆を抱え、傭兵として働いた。
      • 雑賀衆と共に本願寺側についたこともあれば、織田信長側についたこともあった。まぁ雑賀衆だって一部は本願寺側、一部は織田方ってこともあるし。
    • 矢を一本作るとお経を1回唱えるだけの御利益が、みたいなことを言ってたらしい。おいこら。
    • あれ?紀州徳川藩も55万石ですけど、それ以上?
  4. 豊臣秀吉に攻められて数多あった伽藍も炎上。その炎は夜空を焦がし、山を越えた和泉国からも赤々と見えたと。
    • その前年の小牧長久手の戦いの際に徳川家康に味方し、秀吉留守の隙に大坂城を攻めようとしていたからなぁ。手前の岸和田城で撃退されたけど。
    • 秀吉の侵攻軍に対し、雑賀衆とともに泉州貝塚に防衛戦を築き、秀吉の馬印を狙撃するくらいのもんだったが、たまたま豊臣方が放った火矢が火薬庫に引火・大爆発で城(砦)が一つ落城してからはあっけなく壊滅。
    • どっかの建物にそのときの鉄砲玉の跡があるらしい。
  5. 根来寺の近所に僧兵鍋とかいう料理を出す店がちらほら。観光客向けに創ったっぽい。中身はイノシシとかなんとか。坊主が肉食ですか?ってその前に僧兵は合戦で人殺ししてるか。
  6. 新義真言宗の総本山。初代の覚鑁(かくばん)上人は高野山とケンカ別れしたのか?
    • 高野山衆徒に暗殺されそうになって、根来寺まで逃れる。なお、衆徒はここまで追い掛けて来て乱暴狼藉を繰り返した模様。何がこれだけ彼らを駆り立てるのだろう。
    • 覚鑁が仏様に記した告発文によると、窃盗や殺人まで横行してたようだ。どんな社会状況だよ。
    • これでも高野山は田舎な分まだマシな方で、都に近い比叡山は更に酷かったらしい。どんだけ~。

紀の川市[編集]

粉河寺[編集]

  1. 縁起絵巻で有名。
    • でも、あの絵巻物は今は京都国立博物館かどっかに置かれてるんですよね。
      • 寺社の代表的文化財が博物館などに寄託されるのはよくあること。
      • そのおかげか、京博サイトで絵巻を画像が小さいものの全編見ることが出来る。
  2. 大門と庭園で有名。因みに庭園は2つあるが石庭の方が有名なやつなので要注意。
  3. 本堂のサイズは西国三十三ヶ所の寺院の中で最大サイズらしい。
  4. お寺の前は小規模ながら門前町になっている。まぁ、粉河の町がこのお寺でできたようなもんなんだろうな(多少は大和街道沿いってのもあるでしょうけど)。
  5. 本尊は絶対の秘仏で本堂の地中に埋められているらしい。お前立像があるがこれも秘仏。

九度山町[編集]

慈尊院[編集]

慈尊院
  1. 世界遺産高野山の子分というか門番というか……
  2. 空海の母親の家にして、女人高野みたいな存在。女性の場合ここへ参れば高野山へ来たものとして扱われたらしい。
    • 空海が月に9度母に会いに来ていたことから九度山の地名がついた。
  3. 木造弥勒菩薩坐像が実は国宝らしい。えっ、世界遺産なんだし、国宝とか重文とかはこの際どうでもいいって?
    • 御開帳は21年に1回行われる。なぜ21年なのかは空海の命日が21日であることから。
  4. 女人高野だけあって、お乳の出が良くなるように乳房型が奉納されている。
  5. 境内の奥に丹生官省符神社参道の石段があり、その途中から高野山町石道が分岐している。

高野町[編集]

金剛峯寺[編集]

朱塗りの根本大塔
  1. 言わずと知れた真言宗の総本山。
    • 総本山は金剛峯寺。なので節の名前も金剛峯寺にした方がいいのかも知れない。高野山のほうがよほど通りがいいけど。
      • 修正。
  2. 空海さんが中国から仏具を投げたらここの松の枝に落ちてたからここにお寺を建てたんだと。
    • 仏具が引っ掛かったとされる松の葉は通常の二つではなく三つに分かれている。
      • その松の葉を拾うと金運が上がるとされている。
  3. 大名家の墓も多い。武田信玄や上杉謙信、織田信長に明智光秀など。生前のライバル達も同じ高野山の霊地に。
  4. 企業の墓地も多い。企業の業態に合わせた独特な形の墓石も。
    • 大名のお墓は元々あったと思われる杉林のなかの奥の院への参道沿いにあるが、企業の墓はそれより東側の開けたところが多い。
    • ロケットの墓や、シロアリの墓といったギャグなのか本気なのかわからないのまである。
  5. 幾つかの僧坊は一般でも宿泊可。
    • 楽天トラベルやじゃらんに登録してあってビックリした。
    • ただし、値段はビジネスホテルに比べて当然高い。
    • もともとは墓参りに来た大名やその家臣を泊めていたのが始まり。
    • 1950年頃から旅館としての登録を行うところが続出した。
  6. もともとは高野山上の寺院の集合体が「金剛峯寺」とされていた。
    • 明治維新によりまとめ役となる存在が必要となったため青巌寺と興山寺という有力寺院をまとめて金剛峯寺とした。
  7. お接待でお茶とともに出される麩菓子がなかなか美味。
  8. 吉野にある金峯山寺とは字面が似ているのでたまにごっちゃになる。宗派は違うが。

紀中[編集]

日高川町[編集]

道成寺[編集]

  1. 歌舞伎の京鹿子娘道成寺でお馴染みの道成寺。
    • 上記日高町のページには「ヤンデレストーカー蛇女」と書かれてた。なるほど。
      • 男には同情する、どうしようもなかっただろうけど。
  2. 本堂は1300年代の建物。でもそれ以外は1700年以降の物。歴史的価値の差が激しい。

紀南[編集]

那智勝浦町[編集]

青岸渡寺[編集]

  1. 那智の滝のところ。
  2. 滝の上のところの注連縄の掛け替えは近畿地方の年末のニュース。
  3. 熊野三山の一つだが、残り二つ本宮・新宮は神社。まぁ神仏混淆の時代のもんやからえぇか。
    • それは熊野那智大社だと思ったが…。
      • 元々は同じだったらしい。
  4. 西国三十三番札所の一番目。なお、二番札所は紀三井寺でその先は粉河寺、あとは京都奈良とかに多く、ここだけがえらい飛んでいる。
    • ほとんどは近畿地方にあるが、1つだけ岐阜県にある(谷汲山華厳寺)。

串本町[編集]

無量寺[編集]

  1. 通称の「芦雪寺」どおり、円山応挙の弟子・長沢芦雪の代表作があることで知られる。
    • 境内自体はそこそこ広いものの、観光で見るものは何もない。
  2. メインは串本応挙芦雪館。
    • 入館料は1300円と高いが、障壁画を元々のレイアウトのまま見られる施設は貴重。
    • 何気に狩野探幽や伊藤若冲、白隠などの佳作も所蔵している。



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